再会(3)
お茶の用意をしたメイドさんが部屋を出て行く。
室内には再び、私とエイナード、それからエリンにサイラスさんの四人となった。
「こうしてまたユマ様とお会いできるとは、夢のようです」
私が紅茶を一口のみ、カップをテーブルに戻したタイミングでエイナードがそう話を切り出してくる。
顔を上げれば、こちらをじっと見つめる彼の目とかち合った。
「陛下の寝室をともに辞した後、二人で廊下を歩きましたよね。そして私は城の出口へと向かう道を、あなたは城の奥へと続く道を行くために別れた。私にはあれが、私とあなたとの関係に見えました。相見えたのは奇跡ともいえる一瞬で、もう道が交わることは無いのだと。あのときあなたとゆっくり話す機会が無かったことを、惜しく思っていたのです。だから今ここにあなたがいるのが、心から嬉しい」
そう感じ入るように言ったエイナードの声色が、まるで先程彼が冗談で言ったはずの『あなたの騎士』を思わせて。私は横髪を払う振りをして、火照ってしまった頬を撫でた。
「私も……また会えて嬉しいです。エイナードには、ずっとお礼を言いたかったので」
彼を直視はできなくて、襟元辺りを見ながら言う。
エイナードは、まったく心当たりがないといったように首を傾げた。先に私に救済の光をくれたのは、彼の方だというのに。
「見知らぬ土地で彷徨うことなく、ガラリア城に保護され毎日を過ごせているのは、あなたが私を見つけて下さったからです。その節は本当にありがとうございました」
「そんな……私は当然のことをしたまでです。あなたはリトオールに降り立った、天より遣わされし聖女様で――」
エイナードが、そこまで口にして不自然に言葉を止める。
それから彼は眉を寄せて、小さく頭を振った。
「……いえ、そうではない。そうではないと、冷静になった今ならわかります。あなたはリトオールのために在るわけではない。あなたには私たち同様、それまで暮らしていた世界があった。それなのに私は、あなたがこの世界に来ることを我欲のために望んでしまった。あなたには惨いことをしたと思っています。申し訳ありませんでした」
頭を下げる直前、エイナードの表情には後悔の色が見て取れた。
私がガラリア国に来たのは、偶然でしかない。異世界の入口がただ、その場所だっただけ。それなのに彼は、良心の呵責に苛まれている。
「エイナードが責任を感じる必要はありません。今、あなた自身が仰ったようにあなたは望んだだけ。あなたが望めば叶うならそもそも聖女などに頼らず、あなたが陛下を治したはずです」
ガラリア国に来て半年、その間にエイナード・ゼアランの逸話は私も聞き及んでいる。
陛下の病の特効薬をどうにか自国に持ち帰ろうと、原材料を凍らせたり乾燥させて粉末にしたり――彼はあらゆる方法を試したという。けれどそれらは実を結ばず、最終的に彼は聖女伝説を頼った。
最初は「忠義のある騎士」と敬されていたエイナードも、二十日を過ぎた辺りから憐憫の目で見られるようになり。五十日経った頃には「気が触れた騎士」というのが彼の評価だった。
それほどまでに烈々たる想いを持つ彼だ、「望めば叶う」なら聖女伝説に至る前の原材料持ち出し実験の段階で叶っていただろう。
そう私が思うのとは異なり、エイナードは悲愴な顔をしたまま目を伏せた。
「それでも、私があなたの災難を喜んだことに変わりはない。あなたには私を詰る権利がある」
「では災難ではなかったと、はっきり申し上げましょう」
私はエイナードが言い終わると同時に、そう返した。
それが意表を突く反応だったのだろう、彼が「え?」と思わずといったようにこちらを見てくる。
「当たり前の毎日がそうでなくなるのは、私に限った話ではありません。遠い地に嫁ぐ者、他国で商売を始める者。彼ら同様、私も国から国へと渡っただけです。その上、私は新たな国で歓迎されました。私が必要だと、私がこの地に来て嬉しいと手を差し伸べてくれる者がいました」
私は言いながら、抱えていたケースをエイナードに掲げてみせた。
高級な革張りの薄型ケースとその中の文具は、私がリトオールに来て初めて手に入れた私物だった。
エイナードの馬で城まで行き、馬から降ろしてもらってすぐに彼から手渡されたものだ。六十七日間、彼とともに私と出会うのを待っていてくれた。