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救済(1)

 ――半年前、日本。

 私は祖母の家の裏山に分け()っていた。

 高齢だった祖母の介護のため、都心での仕事を辞めて地方に移り住んで丁度一年。先月、春一番が吹いた日の朝、祖母は亡くなった。

 最期を看取ることはできたが――それだけだった。

 ここ数年、祖母との遣り取りは年一回の年賀状のみで。彼女の文面は、いつもこちらを心配するものばかりだった。彼女が自分の近況を書いてくることは、一度もなかったように思う。

 私が祖母の体調不良を疑ったのも、いつもは元旦に届くはずの年賀状がなかったという理由からだった。

 唯一の肉親が祖母であった私に、彼女が病気で日々の生活もままならないことを教えてくれる人はおらず。結局、翌日祖母の家を訪ねその惨状を目の当たりにして初めて、私はそのことを知ることとなった。

 記憶の中では隅々まで綺麗だったはずの家と庭は、一瞬別の場所かと思ったほどに荒れ果てていて。そして弱った祖母の姿は、もっと何かの間違いではと私に衝撃を与えた。そんなこと一言も書いていなかったじゃないか……と。

 翌朝から私は家の中を片付け始めた。「ありがとう」とは言われたけれど、その申し訳なさそうな祖母の顔に、心は渇いて行く一方だった。

 それからは祖母が亡くなるまで忙しくしていて、亡くなった後はやはり遺品整理に追われていた。しかし、元来あまり物を持たない人だったというのもあり、それも一ヶ月ほどで目処が付いた。

 そうなれば私は否応なく、自身の今後を考えることになった。そして、ここで新たな生活を始めようと結論を出した。祖母が生前手続きをしていたのかこの家の名義が私になっていたことが、その気持ちを後押しした。

 退職の際、自宅は引き払ってしまったため、都心に戻る理由もない。ここは田舎ではあるけれど、さすがにインターネットは繋がる。在宅の仕事を探してみようか。上手く行けば、これまで通勤に費やしていた時間を趣味に充てられるかもしれない。時間がなくて随分と遠退いていたけれど、イラストや漫画を描くのは今でも好きだ。

 いつまでも周りに心配をかけていられないし。今日から前向きに頑張ろう――そう思っていた。


(本当に、そう思っていたんだけど……ね)


 私は裏山に登る直前の出来事を思い出し、溜息をついた。

 つい先程のこと、そろそろ少なくなってきた食材を買い足しに、私は家の外へと出た。そしてそこで近所の女性とバッタリ会った。

 既に顔なじみとなった女性で、会えば世間話の一つでもする仲で。私は女性に少なからず親しみを持っていた。

 だから彼女の口から出た台詞に、私は(がく)(ぜん)とした。


『いつまでこっちにいる予定なの?』


 口調から行って、彼女は決して「早く出て行け」と言ったわけではない。そのことはわかった。純粋に滞在期間を尋ねただけだったと、頭では理解できた。

 それでも私は……堪えた。

 一年ここにいたことで、私としてはこの村に馴染んだと思っていた。でもそれは私の一方的な思いで、周りからはずっと「帰省している余所者」のままだった事実を突き付けられたようだった。

 周りは確かに心配はしてくれていたが、それはあくまで祖母の孫だったから。祖母がいなくなってしばらくすれば、私もこの村からいなくなる。きっとこの村の誰もがそう思っているだろう。


『近々帰る予定です』


 気付けば私は、彼女にそう答えていた。

 そしてその私の答に、彼女は「そう。元気でね」と言って去って行った。世間話と同じくらいに、何てことない別れの挨拶だった。


(帰る……どこに帰るんだろう……私は)


 裏山の豊かな森が太陽光を遮るせいか、この場所は下界よりひんやりとしていた。

 着ているロングワンピースはハイネックで、履いているブーツも膝まであるが、まだ肌寒さを感じる。

 それでも、私に戻るという選択肢はなかった。


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