表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/17

呪いと魔女の下僕(5)

 あれからエイナードが一角兎を堪能し、私が伝えた昨日の一角兎の様子も彼を楽しませることができた。

 しかしその間も、私はずっと焦燥感に駆られていた。


(呪いって、何なのだろう?)


 人間が扱う呪術とは違い、魔物の断末魔の(ほう)(こう)により発動する呪い。特効薬が存在しないため、聖女の奇跡を(もつ)てしてでも治せない不治の病。そして呪われた者は、その存在ごと消滅する……。

 今までの私はそれだけを聞いて、呪いを知った気でいた。けれど、それらは呪いのかかる状況と、呪いにかかった者の末路でしかない。

 私は呪いを本当の意味で目の当たりにしたことはない。残された記録にしても、その症状について『存在ごと消滅する』としか記されていない。そこまでの過程があったはずなのに、何故かそれだけしか書かれていない。


(私は……いいえ、誰もが呪いについて知らないのよ)


 改めて考えれば、情報が少なすぎる。症例自体少ないというのもあるが、聖女の奇跡への信頼が逆に(あだ)となっている気がしてならない。聖女の奇跡でも治せないのなら不治の病である。そう位置づけて、本格的な研究はなされていなかったのではないのか。

 本当の意味で呪いを知ることができたなら、そこに道が開ける可能性はないのだろうか。


「エイナード」


 今は向かい合って紅茶を飲んでいる彼の名を、私は呼んだ。

 私もその前にひとくち紅茶を飲んだはずなのに、もう喉がカラカラに渇いていた。

 それでも、どうにか次の言葉も声にする。


「エイナード……呪いの症状を見せてもらうことはできますか?」

「え……」


 思いも寄らない要望だったのだろう、彼の目が大きく(みは)られる。

 次いで、エイナードは困ったような表情で「できません」と頭を振った。


「ユマ様は異世界から来られたので、ご存じではないのですね。真偽は別として、ガラリア国において魔物は魔女の支配下にあると言われています。その中でも『魔女の下僕』と呼ばれるのが、私が遭ったような強力な魔物の俗称です。伝承では、強い人間を道連れにしようとするのは、冥府に住む魔女への手土産だとか。そこから来ているネーミングですね」

「魔女……」


 ガラリア国の魔女については、神話を読んだので知っている。

 魔女に毒の作成を依頼した者が政敵をその毒で排除するも、毒を飲んでいない依頼者の方も毒と同じ症状で変死した。()(ぼう)を願った者は誰もが(うらや)む美貌を手に入れたが盲目になり、周りが褒め称しても信じることができないまま自殺した。そんな逸話で登場し、「だから(よこしま)な心を持っていては魔女に(だま)されてしまうよ」と子供たちは教育で聞かされる。

 魔女の姿は、魔女と聞いて思い浮かべるイメージ通りの(よう)(えん)な美女で。その魔女が屈強な男と(から)み合う構図の挿絵には、説明文が添えられていた。


「魔女は気に入った男を(めい)()に連れ去る」


 思い出した一文を口にすれば、エイナードは少し驚いた顔をした後、「そうです」と頷いた。


「つまり、私が受けた呪いは生け(にえ)のマーキングのようなもの。()(かつ)に見たり触れたりしては、その者まで魔女の被害に()うかもしれません。だから、誰もそのようなことはしないのです。何せ、これまで必ず相手を死に至らしめた呪いですので」


 エイナードが手にしたティーカップに目を落としながら、穏やかな声で話す。

 落ち着いたその声が(てい)(ねん)から来るものだとわかり、私は言葉に詰まった。


『誰もそのようなことはしない』


 エイナードがそう言ったのは、自身の経験談だけを指しているのではない。

 呪いにかかった彼は、きっと過去の関連記録を調べたはず。(まゆ)(つば)ものの聖女を待ち続けた彼なら、当初は呪いを解こうと考えただろうから。


(それが、裏目に出た……)


 エイナードは呪いを解く手がかりではなく、これまで呪いが解けなかった間接的な理由を知ることになってしまったのだろう。

 呪いを受けた者から誰もが目を背け、刻一刻と死が迫る中、寄り添う人すらいない。だから、呪いの症状についての過程の記録が残されていないのだ。

 孤独な環境で症状について詳しく知ることができるのは、被害者本人だけ。独り呪いを解こうと()()く被害者に、後生のために何故記録を残してくれなかったのかと責められるはずもない。

 カチャッ

 静まり返った室内に、エイナードがティーカップを置いた音が響いた。


「エイナード」


 まるでその音が合図だったように、自然と彼の名前が声になった。


「それでも見たいと願えば、見せてもらえますか?」


 エイナードの目をまっすぐに()()え、強い意志を持って彼に(こいねが)う。

 先程、私が「見せてもらうことはできますか?」と問うたとき、彼は「できません」と答えた。

 彼は、私が被害に遭うかもしれないから「できません」と答えたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 嫌な人がいない。 [気になる点] ユマの気づきがどう展開するのか。 [一言] 魔物がいる厳しい現実の中でも人を思いやることができる優しい世界だと思いました。タイムリミットが迫るなか、それで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ