プロローグ 最期の願いを(1)
「聖女様、国王陛下がお呼びでございます」
中世ヨーロッパを思わせるガラリア城の客室。
私が滞在している部屋へと、壮齢のメイド――エリンが私を呼びに来た。
そう、私だ。聖女と呼ばれるのは私――白波由麻。半年前からそんなことになっている。年上であろうエリンを呼び捨てているのもその理由に由来する。
半年前、日本からこの世界のとある洞窟にいわゆる異世界トリップをしてしまった私は、その場ですぐにこの国の騎士に保護された。
『聖女の奇跡』の説明を受けた私は、その日のうちにガラリア国王の病を治療。陛下の命を救った聖女として温かく迎え入れられた……といった経緯である。
異世界転移ものにありがちな役目、あるいは生活安定のための試行錯誤を初日にすべてこなしてしまったというか。怒濤の初日以降の私は、日がな読書をして過ごす毎日だ。
ここに来てというもの、家事どころか自分の身支度ですらやっていない。というよりエリンを始めとするメイドに止められ、やらせてもらえない。彼女たちのお陰で、残業続きで傷んだ髪はつやつやの黒髪に蘇ったし、適当に引っ詰めていただけだった髪型も毎日ハーフアップにセットされている。
出される城の食事は美味しいし、初日で既にコルセットに懲りてローブ(聖女感溢れる白)を着用していたいという私の希望も通っている。ちなみにそのとき用意されていたドレスは、二十四歳が着るには少々痛いデザインであった。元の世界と同じで、日本人は若く見られるらしい。
他は家電代わりの生活魔道具もあるし、御手洗いも水洗式(ここ大事)。今のところ、異世界トリップした割りには困ったことがない。どころか、寧ろ困っているのは私を保護したガラリア国の方ではなかろうか。
というのも、こうして半ば放置され気味となっているのは、私の聖女の力がいまいちというのが一番の理由だと思うからだ。
きっと歴代の聖女様たちは、もっと活躍なさったのだろう。『聖女の奇跡』自体は素晴らしい能力なのだから。
『聖女の奇跡』とは、この世界リトオールにあるものならば紙に描き出すことで具現化できる……というもの。私もこの力で国王陛下の病を治す薬を作り出し、完治させた。
治した人物が人物なだけに優遇されているが……もう一度言おう、私は聖女としていまいちである。何故なら――
(一日一回三分だけの効果って……)
私は内心肩を落としながら、部屋の入口で待機するエリンの方へと歩み寄った。
せめて数回使えたら、ここぞというとき以外でもやれることがあるだろうに。そうではないから、ずっと待機という名の軟禁をされている。
待機の理由は国王陛下の例で言えば、描いて三分以内に飲まなくてはいけない。それ以上時間が経つと、具現化した薬が跡形もなく消え去ってしまうからだ。よって、聖女に奇跡を依頼する権利のある陛下から、あまり離れるわけにいかない。
持続時間も具現化の一日の上限も、歴代の聖女によってまちまちだという。そして私は、予想通りというか……どちらも最下位だった。
(でもお呼びということは、何かしら今『ここぞというとき』が起こったのよね?)
役立てることがあったのは嬉しい。けれど、そういう事態が起こっていると思うと複雑だ。
呼び立てたのが陛下とあり、廊下を行くエリンは無意識なのかやや早足だった。
その後ろを、こちらも遅れないようにして歩く。
その間ずっと私は、肌身離さず持っている紙とペンが入ったケースを固く握り締めていた。