不貞の童は潮風に散る
【不貞の童は潮風に散る】
作:ハイカ
ずっと子供でいたかった。
こんな大人になりたくなかった。
悪人の息子だ、穢れた血だ―― と、地元の人達にさんざん無視され、罵られ。
金も、人脈も、将来の道も全て絶たれ。
俺なんてもう、生きる価値はないんだ。
社会不適合者として、将来が約束されちまったから。
「あの男」の存在があった以上、不可抗力でもう、どうにもならないから。
このまま死のう。
もう、できる事はすべてやった。俺は疲れた。
もしも生まれ変われるなら、あんな悪魔の元に生まれないよう、俺は願うよ。
さよなら。
「君、早まるな――!!」
――――――――――
ふと、走馬灯が蘇る――。
俺は、「君」のことが好きだった。
小学校4年に、念願のクラス替えで一緒になり、席も隣同士になり。
そして、6年生になり、修学旅行を終えた直後のことだった。
あの頃が、一番幸せだったな。
だけどもう、あの頃には戻れない。
今の君が、どこにいるのかさえ、分からない。
父親が―― あの悪魔が、あんな事さえしなければ、君が転校する事はなかったんだ。
「うわくんなよ! 悪人の息子!!」
「爺ちゃんと婆ちゃんがいってたぞ! お前、すげー悪いやつなんだってな!!」
「や~いや~い! お前の父ちゃん、人殺し~!」
俺は、あの日を境に、クラス中と近所からいじめの標的にされた。
それまで仲が良かった友達も、町役場のお孫さんも、みんなが俺の敵になった。
原因は、俺の父親の浮気だ。
それも、相手は俺が気にかけていた「君」の母親で、不倫旅行中の土砂災害である。
うちは狭い田舎だったから、人の悪い噂が流れるのは早い。
だから、不倫だってバレれば、すぐ村中の噂になる。
ただ、それだけの理由で、ここまでのいじめに発展する事はない。なぜなら、不倫する男なんて一定数いるからといって、皆そこまで目くじらを立てないからだ。
じゃあ、なんで俺と母親は不幸になったのかって?
それはもちろん、あの悪魔が、不倫を知られたくないと“逃げたから”だよ。
そう。旅行先の土砂崩れで孤立し、ケガ人が出た所を、自分と不倫相手だけ見殺しにして。
『おととい未明に発生した土砂崩れにより、孤立状態となった天津寺温泉へ、自衛隊そして医療機関のヘリが到着し、現在はケガ人の懸命な治療と捜索が行われています。
温泉宿からは宿泊客が手を取り合い、配給や、土砂を取り除く作業、そしてケガの手当てに努めていますが…
あ! ちょっと、どこへ行くんですか? ケガ人出てますよ!?』
悪魔と、その不倫相手は、同じくヘリで到着したマスコミから顔を隠す様に逃げていった。
背中を丸める様に、情けない足取りで、スタスタと。
それを見た、ほか宿泊客や仲居さん達から、睨みつけられたにも関わらず。
あの悪魔どもは、なんとしても、自分達の姿を映されたくなかったのだろう。
人命救助より、自分達の不倫を隠す事を、優先したのである。
…まさか、旅行中に土砂崩れに遭うなんて、思ってもいなかったんだろうな。
そして、これが俺にとって全ての「地獄のはじまり」となり、今に至った。
「生徒の皆さんに、とても残念なお知らせがあります。北条詩織さんですが、お父様の仕事の都合により、違う学校へ転校いたしました。
先生も、最後に一目お会いしたかったのですが、お時間を取る事が出来ず、急ぎで引っ越さなければならなくなったと――」
教室中に落胆の声と、女子数人の嗚咽が、続々に上がった。
もちろん、俺は「君」がなぜ引っ越す事になったのか、本当の理由を知っている。
あのあと、両親は離婚した。
向こうの親も離婚した。
あの悪魔が、不倫相手と旅行先でした「逃げ」をテレビに映されたことで、村中一気に悪い噂が流れたのだ。
あとから知ったのだが、その事は当然、父親の会社にも知られたという。
しかも、あの悪魔は会社の金を横領し、それで旅行していた事が判明したためクビになったのだそうだ。
やつは警察のお世話にならない代わりに、会社に横領した分の金を返済する形で終結。
よって離婚時には職も財産も全て失い、やつはどこかへ蒸発して消えた。
残された俺と母親は、一気に無一文となった。
「君さぁ… もう分かってるんだよ。今は母親の姓を名乗っているけど、あの土砂災害でケガ人を見殺した男の息子さんだろう?
君に罪はないのは分かっているのだが、こちらとしても、君を迎え入れる事で我が社のイメージを下げたくはないのだよ。あの災害では、人が死んでいるのだからな。
というわけで不採用だ。ささ、とっとと帰ってくれ」
“地獄”は、学生時代を終える直前にも、再び掘り起こされた。
母子家庭でお金がなく、高校進学を諦め、やっと就職先を見つけた中での悲劇であった。
俺はもう、この時点で、どう足掻いても幸せになれないのだと悟った。
すべては、あの悪魔のせいだ。
そいつさえいなければ、「君」がいなくなることも、俺がここまで苦しむことも――。
涙が、止まらない。
息が、苦しい。
自分がこうして生きている事が、こんなにも否定されるって、辛いんだな。
どんなにいじめられても、無視されても、こんなに頑張ってきたのに…
耐えてきたのに…
結局、俺はあの悪魔のせいで、最後まで報われる事はなかった。
崖下の、岩浜に打ち付けられる海水が、白く輝く。
空は、キレイだ。
そうだ。俺は決めたよ。この空を飛んで、自由になろうって。
「あれ… ちょっと、そこの君!?」
後ろから、何か叫び声が聞こえるけど、もう、どうだっていいや。
俺は、靴を脱ぎ捨て、崖の淵へと身を乗り出した。
そして――。
――――――――――
本当は、死にたくなんてなかった――。
でも、これ以上生きていたって仕方がないんだよ。
もう、君には会えないんだから。
君の笑顔は、いつも眩しくて、キラキラしていた。
君のためなら、俺はいくらでも頑張れる。そんな日が、いつまでも続くと思っていた。
「実はね~。私がみんなに、ずーっと内緒にしている事があるんだけどね?」
それが、君が俺に告げた最後の言葉だった。
その「内緒話」を教えてもらう前日に、あの修羅場が起き、俺たちは離れ離れとなった。
くやしいなぁ。
内緒話って、なんだったんだろう?
気になって仕方がないじゃないか。
でも、もうその答えを待つ意味がないんだよな。
もう、君には会えないし、俺もこの世を去るから、今更願っても無駄だけどさ。
もう少し君を知りたかった。
【完】




