上書き
彼女とはこうやって様々な思い出を作った。実は彼女はそれらのほとんどは他の誰かと過ごした記憶があったようだ。だからそれを私で上書きしていった。新しい記憶に書き換えてくれていた。沢山のところに行きたがったのはそれが理由だ。過去は消して未来だけを見たがった。彼女は前だけを見ていた。
彼女とはもちろん喧嘩も沢山した。初めの頃に比べてそういうことは増えていった。どれも理由は些細なことだったけれど。最後に言い合う理由は結局同じだった。入口がちがうだけ。お互いの未来にそれぞれが同じ歩幅で歩いていられるのか。それはわからなかった。
だからずっと心の中にモヤモヤしたものがあった。それを救うことは最後までできなかった。もっとちゃんと向き合わなければならなかったのだけれど。そこから逃げていたように思う。一緒にいたいなら一緒にいたいと言えばいい。何も特別な言葉なんていらない。思ったことをただ伝えればいいだけだった。
彼女から教わったのは思うだけじゃだめだということ。大切な人には特に。言い過ぎなんてことはない。言えなくなってから言おうと思ったって叶えることはできないから。タイミングってものは確かにある。でもそればかり考えていては前には進めない。タイミングは作ればいい。気持ちを正直にすればいい。
「□□君との思い出をもっと増やしたい。」
「何?急に。」
「いつも思い出せるようにしたいってことだよ♪」
「ふーん。」
行間を読む。この当時はそこまで深く受け取っていない。言葉そのものをそのまま取っていた。彼女の真意は言葉の節々に隠れていたはずだ。それを20歳の私は見つけることができなかった。言葉は深くて尊いものだと教えてくれた。この経験があるから今に繋がっている。
人は誰しも不安になる。不安を解消することなんて実はできるはずはない。次から次へと新しい不安がやってくるからだ。不安という漢字の成り立ちを見ればわかる。不という漢字の成り立ちは花のめしべの子房。花房という。安という漢字の成り立ちは家の中にしなやかに佇む女性。
花房と家に居る女性を組み合わせたもの。漠然とした心配事があって落ち着かない心理状態だ。本来なら安心してそばに置いていたい女性の気持ちが遠くへ行ってしまわないか。そういう心の葛藤が表現されている。どんな言葉でもよかった。彼女の気持ちをずっと手元に置いときたかった。




