届けたかったもの
唐突に彼女が話し出した。話すようになって約3か月ぐらいだったろうか。毎日毎日電話していた。昔はLINEなんてなかったから電話料金がすごいことになったのを覚えている。専門学校は15時前には終わる。夕方からずっと話していた。スマホなんてなくてケータイをずっと耳に当てて話す。それが楽しかった。
「実はね……。私16歳って言ってたけど本当は27歳なんだ。」
「仕事もしてるよ。」
「え……。」
「ごめんね。黙ってて。私、君が思っているような女じゃないの…。」
「そっか……。」
沈黙が流れる。
彼女はずっと声色を変えて話していたらしい。私と話すときはずっと幼い女性の声で話していた。毎日毎日何時間も。不思議と怒りなんて感情は込み上げてこなかった。確かに驚いたが年なんてどうでもよかったからだ。私にとっては毎日話してくれる彼女がいればよかった。話すことが楽しくなっていたから。
電話越しに沈黙が流れる。
「どう思った……?」
「いや…そうなんだ。驚いたけど大丈夫。」
「……許してくれる?」
「うん。」
「……よかった。」
そこから何を話したなんて覚えてないが今まで通り色んなことを話した。彼女も声色を変えるのをやめたらしい。本当の彼女はずっと年上で見た目にも自信がないらしく食事をする男性はいるけれど彼氏はいないと言っていた。会ったことないし電話やチャットで話すだけだけどこの時間に癒されていると。
私はそれだけで満足だった。私のことを必要としてくれているのだから。秘密を打ち明けてから彼女は前よりも沢山話すようになっていった。心を開いてくれたみたいだ。
私はアルバイトもせず只々学校の勉強と遊びを繰り返していた。時間だけはいくらでもあったのだ。ずっと話しているからお互いに恋心が芽生えていた。会ったことないのに。
会ったことがないのに顔も知らないのに恋に発展することはあるのだろうか。今までそんな経験をしたことはなかった。でもその時は手探りだったけれど確かに恋をしていた。顔も名前も知らない彼女に。
そんなやり取りを続けて約半年。神戸での一人暮らしにも徐々に慣れていた頃。彼女の誕生日が近づいていることを知った。相変わらず会ったことはなかったのだけれど。プレゼントする約束を彼女と交わした。彼女は何か身に着けるものが欲しいみたいだ。
お金を持っていなかった私はシルバーアクセサリーを送ることに決めた。指のサイズも聞かずに。高いものなんて買えないからシンプルな指輪を選んだ。当時の自分としては精いっぱいのものだ。背伸びしていた。これを送れば彼女は喜んでくれると確信していた。根拠のない自信があった。
彼女の住所を聞いた私は指輪を封筒に入れて送った。しばらくしてから彼女からプレゼントが届いたとの知らせを聞いた。初めて画像を送ってきてくれた。顔は相変わらず送ってはくれなかったけれど。
彼女の指にはめられた指輪の画像。薬指には入らなかったようだ。小指にしてくれていた。確かに私が贈った指輪。彼女はとても喜んでくれていた。
「本当にありがとう。休みが取れたら神戸まで飛行機で行くね。」
「でも本当の私は、君が思っているような女性じゃないの。見た目も。」
「……そんなの見ないと分からないけど。」
「大丈夫だから。早く会いたいね。」
「うん……。ありがとう。必ず会いに行くね。」
その約束が果たされることはなかった。そのあとしばらくした後、急に音信不通になったからだ。私は困惑していた。彼女と毎日毎日話していたから。彼女に依存していたしうまくいっていると思っていたからだ。想像の中に彼女はいた。彼女の屈託のない笑顔が大好きだった。
音信不通になってから1か月ぐらいたって一通のメールが届いた。彼女ではなかった。彼女の身内という人からいきなりメールが来た。内容はこうだった。
――〇〇と仲良くしてくれてありがとう。〇〇は亡くなりました。