セミの泣き声
湘南についた。ここに来るのは何回目だろうか。新しい髪型もまだ彼女には披露してなかった。タイミングが悪かった。でもこのまま来てしまった。今考えるとそれはやめたほうがいいとアドバイスするだろう。
最寄りの駅に彼女と息子君が迎えに来てくれた。彼女は私を見るなり大爆笑だった。
「あ……。いい!いいよ!うん。」
「凄くいいと思うよ?うんうん。」
「あ、え、笑ってますけど?」
「アハハハ。ごめんごめん。」
髪も触られ弄られた。でも顔を近づけてぎゅっと抱きしめてきた。嫌ではないらしい。
「とりあえず家に帰ろ♪」
「うん……。」
「ほら、はやく行くよ♪」
「ちょっと待って。」
彼女はそう言うと足早に歩きだした。ニコニコしてるからまあいっかと思った。この時の写真を見返すことがあるがいつも絶句している。よくこれで真剣な顔合わせに行ったなと。私もどうかしていた。
彼女は天真爛漫で自由な人。私はこだわりの強い偏屈な人間。お互いの歩み寄りで成り立っていたカップルだった。一歩間違えれば心を通わすことはないだろう。それでも互いの存在がぴったりはまったときの私たちはとても強い絆で守られているようだった。怖いものなどなかった。
「今日夜、お父さんと会うからね。」
「服はいつもの普段着でいいから。」
「大丈夫だよ。怖くないよ。大きいけど。」
「お母さんは都合が悪いみたい。」
「あんまりよくは思ってないかな~。」
彼女は一方的に喋っていた。今思うと彼女自身も緊張していたのかもしれない。大切な家族に大切な彼氏を紹介するのだから。家まで3人で歩いた。いつものように手を繋いで。
家の近くに小さな公園がある。息子君が遊びたがっていたので少し寄り道することにした。滑り台を滑ったりブランコに乗ったり。ブランコに乗せて背中を押す。息子君は無邪気に笑っていた。
夏の終わりが近づいていた。セミはまだ鳴いていたけれど。どこか切なかった。いつもと景色がちがうから。これから大事な顔合わせがあるから。少し感傷的になっていたのかもしれない。
一通り遊んだ後は彼女と息子君の家に帰ることにした。とりあえずお昼ご飯を食べようと彼女は言った。また彼女がご飯を用意してくれているらしい。彼女のご飯はとても美味しくて大好きだった。胃袋も掴まれていた。幸せを嚙み締めていたけれどやはり夏の終わりを感じていた。




