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湘南の夜

 ――ここが彼女が住んでるところ。



 正直これが最初の感想だった。思ったよりも古びた木造アパートだった。彼女は照れながら話した。いつか絶対にここからもっと綺麗なところに移ると。もっと大きな家に住みたいと。6家族ぐらいが住めるような木造アパートだった。海のにおいがしていた。

 


 「どうぞ!」

 「あまり片付いてないけどね。」



 後部座席の息子はまだ寝ている。一瞬に起きたがまたすぐ寝てしまった。移動に疲れてしまったようだ。プレゼントは明日渡すことにした。とりあえず部屋に入る。彼女は子供の服を着替えさせ布団に息子を寝かせた。すやすやと気持ちよさそうに寝ている。寝顔はやはり彼女にそっくりだった。


 子供を優しく寝かしつける彼女を見ていた。その顔は今まで見ていたものとはまた別の表情でとても美しいものだった。母性に溢れているといえばそういう表現になるだろう。優しい目をしていた。こちらまで不思議と優しい気持ちになれる。初めての感覚だった。


 それから彼女と遅めの食事をした。息子は途中迎えにくるまでに軽く食べていたらしい。寝ることがわかっていたからだ。彼女の作ったカレーを食べた。久しく食べてなかった家庭的な味。とても美味しくてすぐお替りしてしまった。彼女も喜んでくれた。


 

 「……びっくりした?」

 

 「何が?」


 「……ここ古いでしょ。でも住んでみたら意外と快適なんだよ。」


 

 確かに歴史のあるアパートだった。2部屋とキッチンにお風呂とトイレ。それぞれ狭い部屋だった。母子家庭で子供を育てていて月に1度会わせることで養育費をもらっているみたい。生活はなんとかできてると話してくれた。ヤマハの音楽教室で営業をしているらしい。なるほどと思った。


 陰キャでコミュ障な私とは対照的な人だった。だからこそ惹かれていたのだけれど。よく笑い、よく話す。営業成績もトップらしい。それは話しててわかる気がした。



 「疲れたでしょ?シャワー浴びてくる?」

 

 「一緒にはい……。」


 「ちょっと!やだよ。恥ずかしい……。」


 「入ってきます。」


 「お湯わかすね♪」

 

 「わかった。ありがとう。」


 「待っててね♪」



 彼女の後姿をずっと見ていた。見ているだけで幸せだったから。来てよかった。順番にシャワーを浴びた。私は彼女がシャワーを浴びて上がってくるのをドキドキしながら待っていた。お風呂上がりの彼女はとても刺激的だった。見たことのない姿。ゆったりとした寝巻きに着替えた彼女はとても新鮮だった。


 今夜はとてもいい夜になる。私はそう思っていた。彼女は電気を消した。夜が始まる合図だった。やさしい時間が訪れる。確かめ合うにはぴったりの夜だった。やはり海のにおいはしていた。





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