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(4)神さまにかかれば、ラジオも神具になるらしい。

「あなたが、稲荷神社の神さまなの?」

「バカ、そんなもん触るな!」


 衣笠(きぬがさ)くんの声に、慌てて手を引っ込める。危ない危ない、見た目の可愛いさに危うく騙されるところだった。


「そ、そうだね、エキノコックスが本州上陸したってニュースになってたもんね!」

「は?」


 ごめんね、可愛いもふもふちゃん。でも、1度でもネットでエキノコックスについて調べたら、不用意に狐にはさわれなくなると思うの。潜伏期間が長い上に、気がついたらかなり進行しているとか、肝機能障害マジで怖い。


 神さまがエキノコックスにかかるかはわからないけど、わからないからこそ手を出しちゃいけないよね。


「俺が言いたかったのはそういうことじゃなくてな……」

「ごめん、まさかカゴの中に狐がいるとは思わなくて。噛まれたりしてない?」

「いやむしろ、口裂け女の生首の方が危険性が高かっただろうがよ!」

「口裂け女は噛まないでしょ?」


 そこへ、柔らかな笑い声が境内に響いた。


「ほんにそなたたちは、面白いのう」

「あ、ちょっとどこに行ってたの? 心配したんだからね!」


 神社に到着してすぐに見失ってしまった親友の姿に、駆け出そうとして慌てて立ち止まる。彼女は、こんなしゃべり方をしない。こんな笑い方なんてもっとしない。一瞬、放送部の撮影中かなとも思ったけれど、境内から出られず携帯も使えなくなるような特殊空間を彼らが作ったとはとても思えなかった。


「きゅいきゅい」

「あっ!」


 さらにカゴの中にいたもふもふは、たたたっと彼女のそばに駆け寄った。一生懸命何かを訴えるような鳴き声が可愛らしい。


 はぐれていたペットがようやっと飼い主を見つけた、そんな微笑ましい光景……と思いかけて、首を捻る。いや、なんか違うな。しばらく考えてひらめいた。


 そうだ、あれだ! 喧嘩に負けたチンピラが、後から来た上のひとにいいつけている、あの感じだ。「あいつらが悪いんです。どうぞ成敗してやってくだせえ」みたいな。ちらちらこちらを見ながら鳴く姿は、言い訳をしているようにも見える。


 ということは、稲荷神社なのにあの狐は神さまじゃないってことになる。衣笠くんは私の疑問に気がついたらしい。


「一応教えておくが、稲荷神社の神さまは狐じゃないからな」

「へ?」

「あくまで狐は神さまの使いだぞ。その顔を見るに、お前、やっぱりわかってなかったな」


 ……つまり?

 狐をあやしている親友そっくりのこのひとは。


「神さま?」

「そう呼ばれることもあるかの」


 えー、とうとう都市伝説どころか、自称神さままで出てきちゃいましたけど。



 ***



「それで、神さま。これで試練は終了ということでいいですか?」


 よくわからないけれど、試練を出した張本人が出てきているんだから確認しておこう。この神社に閉じ込められてから、そう長い時間は経っていないと思うけれど、ちょっと心配だし。外に出たら捜索願が出された後だったとか、本当に洒落にならない。


「そのつもりだったのじゃがの」

「そのつもりだった?」


 あれ、この流れってちょっとマズくない?


「このまま終わってしまっては、妾がつまらぬのでな」

「いや、試練に面白さは必要ないっていうか。だいたいさっき、『ほんにそなたたちは、面白いのう』って言ってたじゃないですか」

「いささか手ぬるいものではあったが、試練はあれで終わりと言えば終わりじゃ。じゃから、これはおまけのようなものよ。()()()が勝てば、()()()()にとって良いようにとりはかってやろう」

「負けたら?」

「なあに。もうしばらく、妾の相手をしてもらうだけのこと」


 神さまのいう「もうしばらく」ってめちゃくちゃ信用できないっ。これはうっかり負けてしまうと、竜宮城で300年暮らした浦島太郎みたいなことになってしまうのでは?


 速攻で断ろうとしたけれど、神さまの中では最初から「おまけ」はやることで決まっていたらしい。パチンと指を鳴らされると同時に、境内の景色が変わった。


 ……あれ、ここって学校じゃない? しかも、いつも授業を受けている自分のクラスの自分の席だ。

 遠くから、神さまの声が聞こえる。


「こちらにふたりの(おのこ)がおるでの。好きな方を選んでおくれ」

「それだけ?」

「それだけじゃとも。どちらを選んでも、そなた好みのイケメンじゃて」


 はあああ、何でここに来て妖怪とか都市伝説関係なく、イケメンを選ぶ話になるんですかね? 大体、私には心に決めた橋口先生っていう大事なひとが……。


「中西、補習の課題は解き終わったのか」

「へ?」


 橋口先生がいた。しかもなぜか私の隣に座る形で。深く息を吸えば橋口先生の良い匂いを家に持ち帰れそうなレベルの近さだ。というか、マンツーマンの指導でも普通は隣じゃなくって正面からするだろ。


「また、ぼんやりしていただろう。補習は出れば終わりじゃないんだぞ。追試で合格点に達しないと」

「合格点……」


 呆れたといわんばかりの表情が、いつもよりうんと柔らかい。授業中に先生が私を見るときは、手を焼いている厄介な生徒だからだろう、たいてい苦み走った顔をしているのに。


「まったく、ご褒美で釣って勉強させるのは良くないんだがな」

「先生がご褒美なんて単語を言うと、なんかえっちですね」

「中西……」


 しまった。思わず本音が! はあとひとつため息を吐いた先生がふっと笑った。ふええええ、なんで笑った? しかもネクタイを緩め、私の肩に手を添え、そのまま近づ……えええええええええ、顔が近い近い近いいいいいい!


「誰だ、お前えええええええええ!」


 思わず突き飛ばした私は、正直悪くないと思う。何よ、その「ショック」みたいな顔は。ショックなのは、こっちの方だってばよ!


「私の先生はね、そんなエロいことで生徒を釣るような、薄い本に出てくるイケメンみたいなことしないんだからね! 確かにちょっとそういうことは興味あるかなとか、先生にご褒美もらいながら勉強したらめっちゃ成績伸びそうだなとか思うけど、私の先生は彼女をめっちゃ大切に想っているひとで、適当に女子高生をつまみ食いするようなチャラ男じゃないんだからあああああ!」


 涙目で絶叫していると、教室の後ろのドアが開いた。


「やっと見つけた、おい、帰るぞ。……って、お前何を叫んでんだよ」

「衣笠くん、超ボロボロじゃん」

「なんか、ストーカーっぽい女の子集団に囲まれてさ、必死で逃げ出してきた。で、それがお前の好きなひと?」

「好きなひとの偽物」

「……酷い顔だな。泣くほど嫌なことされたのか?」

「違うよ。夢みたいに優しくて、それが逆にすごく悲しかった」

「夢なんだから、堪能すりゃよかったじゃん」

「衣笠くんさあ、本当に好きなひとができてもそう思えるか、よく考えた方がいいよ。じゃないと女嫌いをこじらせて一周回ってチャラ男になったあげく、メンヘラに刺されて死ぬよ」


 目の前の先生がこちらに向かって微笑み、両腕を広げた。


「中西、おいで」


 くっそ、くっそ、なんだこれ。言われたい台詞ナンバーワンをチョイスする先生とか。ああ、もう、本当にこんちくしょう。この際偽物でもいいかなとか思いたくなるくらいには、好きなんだよね、バカか私は。


「生徒を泣かせてんじゃねえよ!」


 ばちこんと、衣笠くんの右手ストレートが橋口先生にクリーンヒットした。そのままばたりと先生が床に伸びる。ぎゃー、橋口先生が!


「先生、先生、しっかりして!」

「偽物に気を使うなよ」

「ごめん、偽物っていっても私の妄想の産物だと思うから。先生のなんかエロい行動は欲求不満な私のせいだと思うし、いくら偽物でも好きなひとと同じ顔が痛い目に遭うのは辛いっていうか」

「面倒なやつ。で、どうするの? お前はここに残るの?」


 私のことを優しく呼んで大切なひとみたいに接してくれる橋口先生と、こんなときまでお前呼ばわりの衣笠くん。どちらを選ぶかなんて、考えるまでもない。


 私は寝っ転がったままの先生のスーツのポケットに飴を詰め込み、衣笠くんの手をとった。


「先生のバーカ。彼女一筋の先生を私は好きになったんだから。拗らせ乙女、なめないでよね」



 ***



 ぱちんと瞬きをすれば、そこは先ほどと同じ境内の中だった。さっきのは夢かなと思ったけれど、持っていたキャンディの量はごっそり減っている。夢の中の先生もどきに渡してきたのは確からしい。


「ほほほ、()()()()()()()()()()()()()()

「いやいや、選んだっていうか、そもそも先生は偽物でしたよね? 私が好きなのは橋口先生(本物)だよ! わかってる?」

()()()の願い、聞きいれよう。()()()()のことをこれからも見守らせてもらうぞ。これはそなたらへの餞別じゃ」

「こっちの話、聞いてないし!」


 左手の薬指が一瞬あたたかくなった気がした。え、神さま、私と誰の縁を結んだ? そもそも私、縁結びのお参りはしてなくない? けれど、何度確かめてみても薬指には何もない。なんだったんだ?


「ああそれから、そいつの後始末もしておこうかね」

「後始末? あ!」


 しまっておいたはずの録音機が、神さまの元に吸い寄せられていった。


「神さま、壊しちゃダメです! それ、私のものじゃないんで!」

「心配せずとも、壊さぬよ」

「本当ですね! 絶対ですよ!」


 神さまがどこから小狐を取り出した。小狐が録音機に近づくと、きらきらと綺麗な光の粒子になって吸い込まれていく。羽虫といい、小狐といい、どうしてみんな録音機に吸い込まれていっちゃうの?


「何をしたんですか?」

「先ほどの小狐に、しばらく修行をさせようと思ってな。ちょうどよい()()も手に入ったからのう。浄化の練習をしながら、自身の格も上げてくるであろうよ」

「この録音機の中で?」

「まさか。とうに時を繋げて、あちら側に送っておる」

「あちら側?」


 時を繋げるって、どこに繋がるんだろう。


「もしかしたらだけど。過去に送ったのかもな」

「過去?」

「今の時代よりも、もっと昔の方が信心深いひとが多いから、修行はしやすいかもしれない」

「でも録音機に入ったんだよ。音声データで、どこまで遡れるの?」


 数十年遡ったくらいで、神さまへの接し方って変わってくるのかなあ。


「その昔、ラジオ放送が始まったばかりの日本では、『マイクに息を吐くと、寿命が吸い取られて早死にする』と言われていたらしいよ」

「それって、いつの時代?」

「ラジオ放送が始まったのが1925年つまり大正14年」

「昭和より前からラジオってあったんだね!」

「お前みたいに、花子さんや口裂け女を追い詰めるような人間はいないだろうからな。力も蓄えられるんじゃないのか」

「最終的に私のせいなの?」


 いつの間にか神社の向こう側は普通の住宅街に戻っていた。神さまもすでに消えている。空は茜色から藍色に変わりかけてはいるけれど、そう長い時間は経っていないらしい。先ほどの場所とこの現実世界では、少し時の流れ方が違うのかもしれない。


「じゃあ、またね!」

「おい、連絡先くらい教えろ。何かあったら困るだろ」

「何かって何?」

「だから左手の……なんでもない」

「ごめーん、今電源切れちゃってるからさ、良かったら携帯の電話番号でLIME登録してくれない?」

「わかった」

「じゃあ、申請よろしくね!」


 境内から一歩足を踏み出し、振り返るともうそこに彼の姿は見当たらなかった。



 ***



 今日もやっぱり蒸し暑い。みんみんうるさい蝉の声をBGMにしながら、お昼のお供のカフェオレをすする。


 稲荷神社で録音したはずの中身は、結局何も残っていなかった。羽虫や小狐と一緒に大正時代に行ってしまったのかもしれない。


 今はそのお詫びも兼ねて、当日のことを詳しく親友に話している最中なのだ。


「それで、例の衣笠くんからの連絡は?」

「それがさあ、結局LIMEの友達申請なかったんだよねえ」

「だから、毎回ちゃんと充電はしっかりしなさいって言っているでしょうが」

「すみません」

「電源がすぐに落ちるならモバイルバッテリーを持ち歩きなさい。それが無理なら、今すぐ買い換えなさい!」

「いや、そこまでしなくても……」

「大体、相手から連絡が来ないなら直接会いに行けばいいじゃない」

「うーん、そうなんだけどさあ」

「他の女子高の生徒もよくやってるよ。あの男子高前の出待ち」

「嫌だよ。アイドルの出待ちみたい。きゃーきゃー言ってるだけならともかく、バッチバチに牽制し合っている女子とかめっちゃいるじゃん。怖すぎる」


 無理ですアピールをする私を、冷たい視線で見据える親友。つ、辛いです。


「じゃあ、録音内容がないことはどうしてくれるのかしら」

「それは、みんな大正時代に行っちゃったんだよ」

「なんなの、その下手くそな言い訳は」

「ひいいいい。本当のことなのに!」

「よしこうなったら、夏休みは別の噂を調査に行くわ。協力してもらうから、そのつもりで」

「ええええええ」


 親友に首をがくがく揺らされ、悲鳴をあげる。


「お前たち、なにを騒いでいるんだ」

「あ、橋口先生。今日もとってもイケメンですね。出来の悪い生徒を見つめるその塩対応な眼差しが安心感ありまくりです」

「なにを突然拝んでいるんだ。即身仏じゃないんだぞ」

「ああ、ありがたやありがたや」


 妄想の中の先生は確かに美味しかったけれど、やっぱり本物の先生が一番だよ。ただ、なぜか唇の横がちょっと切れて腫れてるのが気になります。わざわざ言うことでもないし指摘しないけど。彼女さんと喧嘩でもしたのかな。


「それは、町内の地図か?」

「そうなんです。ひまりが、放送部のラジオドキュメントの取材に協力してくれなくて困ってるんですよ」

「だって、わざわざ怖いところを回る必要性ないじゃん」


 ふむと考え込んだ先生が、いいことを思い付いたと言わんばかりの笑顔を見せた。


「夏休み中はおそらく、国語か日本史の課題としてレポートが課されるはずだ。だから、国語なら短歌や俳句と絡めて、日本史なら郷土史に絡めて調査してみればいい」

「確かにどの心霊スポットも、市や県の文化財として登録されているわね」

「それに、この辺り一帯は例の男子高の活動範囲とかぶるからな。LIMEIDを交換し損ねた王子さまにも再会できるんじゃないのか」

「へ?」

「まったく、お前たちはアオハル真っ盛りで羨ましいよ。先生の青春は一体どこへ行ってしまったのやら」

「いや、違いますから。先生、誤解なんです!」

「わかった、わかった。誰にも言わないから、()()()()()()()()()()()

「誤解なんですううううう」

「待ちくたびれて、拗らせていても知らんからな。童貞は拗らせると面倒臭いぞ」


 え、今先生の口からとんでもない発言が聞こえたような気がしたんだけれど、どういう意味なの?


 むしろ先生が拗らせていた過去とかあるんですかね? それはやっぱり彼女さん相手ってことですよね? 教えてくださいいいいいい。


 先生の指輪がきらりと光る。同時に私の薬指もじんわりと熱を帯びた。末期症状だな、こりゃ。


 そういうわけで、お稲荷さんにお参りした願いごとの結果はよくわからないまま。暑い夏はさらに暑さを増していく。

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