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(3)完璧イケメンくんも、意外と悩みがあるらしい。

「あ、あれは、まさか……」

「口裂け女! ひいいいい、怖いいいい」


 私が叫べば、口裂け女(仮)はどことなく嬉しそうに目を細めた。マスクつけてるから、表情はほとんどわからないはずなのに、あるはずのない尻尾が揺れている気がする。なんて感情表現が豊かなんだ! まさかの犬系女子!


「ようやっとその反応か」

衣笠(きぬがさ)くん、なんで平気なの?」

「口裂け女云々の前にそもそもこの場所が……」

「だって、口裂け女だよ。いきなり出会い頭に『わたし、キレイ?』とか聞いてくるんだよ。地雷女に決まってるじゃん」

「は」


 意味がわからない様子でぽかんと口を開けている衣笠くん。あれ、おかしいな。衣笠くんとなら、この怖さは共有できると思ったのに。


「衣笠くんはさ、親戚のお姉さんに『わたし、何歳に見える?』って聞かれてさ、ウザいって思ったことない? 若く見積もり過ぎても嘘くさいし、うっかり本当の年齢をこえちゃってもマズいし、ああいうのってどう答えても地獄じゃん」

「……ああ」

「それを、出会い頭の都市伝説だか妖怪だかにやられるんだよ。怖いよ。最悪だよ」

「確かに」

「しかも、ご丁寧にマスクを外して『これでも?』って念押ししてくるとか、絶対に面倒くさいタイプ。結局なんて答えても怒ってくるのは間違いない」


 衣笠くんはかわいそうなものを見る目で、私を見つめてくる。


「……お前、親戚のおばさんの対応を失敗したことがあるんだな」

「大きいお姉さんよ。『おばさん』なんて、この世に存在しないの」


 ちっくしょー。さすが女の子に付きまとわれているだけあって、女性の扱いには慣れてるってか。くーっ、じゃあもう口裂け女の相手も衣笠くんがやってよー。


「……そういう意味で、怖いのか。さすが、トイレのドアを叩き続けて、教頭先生に叱られただけのことはある」

「それ以外にどこに怖がる要素が……?」

「いや、名前からして口が裂けてるんだぞ。怖いだろう」

「出血多量にもならず、感染症も起こさずにうろうろできているとかさすがって感じもする。私なんか睡眠不足で口角炎になっただけでも、泣きそうなくらい辛いのに」


 途中でズッコケていた口裂け女が、なんとか元気を取り戻したのか、嬉しそうな顔でマスクを外してきた。


「うわ……」

「さっきみたいにきゃーきゃー言わないんだな」

「怖いっていうか、めっちゃ痛そうで見てらんない。なんだろう、皮膚科とか眼科の待合室で、エグい症例のポスターを延々見せられている感じ。っていうか口裂け女って、口が裂けているところを見せてどうしたいの? 精神攻撃かな。もしかして、SAN値を削ってるの?」

「……お前が何を言っているのか、俺にもそろそろわからなくなってきた」

「あの口裂け女も、どうしていいかわかんなそうだね」


 これから何をするべきわからず、とはいえこちらに興味津々の口裂け女は、憧れの人間に初めて出会った心優しい怪物に見えないこともない。え、ここ、そういうハートウォーミングな絵本っぽい世界観だったっけ?


「もしかしたら、俺たちに共通する『恐怖』の概念がないと、具体的な行動に移れないんじゃないのか」

「言語化してくれる衣笠くん、素敵!」

「おだてなくていいから、さっさとあいつをどうにかしてくれ」

「ええええ、私任せ?」

「そもそもお前への試練なんだろ」

「そういやそうか。じゃあ口裂け女の裂けた口を閉じれば、試練は終了ってことでいいのかなあ」


 でも何で閉じてあげたらいいのやら。ここにはお医者さんなんていなし……。求む、天才外科医。


「それなら、『縫う』か」

「どうやって?」

「ソーインングセットくらい持ち歩いてるだろ」

「今時、そんな女子とかいないと思うけど……」

「お前の女子力の低さにドン引きしていいか。俺が持っているからまあいい」


 むしろ、なぜ君が持っているのかね、衣笠くん。イケメン御用達のアイテムとでも言うのかね。


「公共交通機関を使っていると、ボタンに髪が絡まったとか、声をかけられることがしょっちゅうあるからな。面倒くさいから、ボタンごと相手に渡している」

「普通はしょっちゅうないよ、そんなこと」

「……そうか」


 イケメン御用達のアイテムでしたよ。

 まじで衣笠くんって、私と同じ世界に生きているひとなのかな。顔面偏差値の違いで、ここまで世界線って変わってくるの?


「それで、まさか衣笠くんが口裂け女の口を縫うつもり?」

「ああ、そのつもりだが。そもそも本当ならお前が縫うべきなんだろうが、ソーイングセットも持っていないお前に、縫製技術があるようにも思えない」


 ピンポンピンポン、衣笠くん、大正解!

 家庭科の時間にフェルトでマスコット人形を作った時には、私だけ「ブードゥー人形」って言われてたよ。あんなに頑張ったのに、呪いの人形扱いとかひどくない?


「一応聞くけど、医師免許は?」

「あるわけないだろ。でも代々医者の家庭だから、教材の映像とか散々見せられてきてるし、ぬいぐるみ相手に練習とか用具の使い方の指導も受けてきているから、まあなんとかなると思う」

「……英才教育」

「羨ましいか?」

「全然」


 アニメの代わりに豚の解剖動画とか、クリスマスチキンを食べている時に脚の作りの解説とか、マジで勘弁してほしい。


「まあ、それは置いといて」

「そうだな。とりあえず口裂け女をとっ捕まえて、口の両端を縫ってみるか。俺がやって脱出できなかったら、お前が縫い直せよ」

「……麻酔なしで縫合手術とか、拷問なんじゃ……」

「相手は都市伝説的な存在なんだから、まあ大丈夫だろ」

「そういうもんかなあ……。あ、口裂け女が逃げた!」


 おとなしく私たちの話を聞いているように見えたのは、ただ単に私たちの計画にドン引きしていただけだったのかもしれない。彼女の逃げ足の速さに、そういえば口裂け女はめちゃくちゃ足が速いという特徴があったことをおぼろげながら思い出したけれど、その時にはすでに口裂け女の姿はどこにも見当たらなかった。



 ***



「いなくなっちゃったね」

「今回の反応も、口裂け女的に予想外だったのかもしれないな」

「この場に心霊系ユーチューバーとかいたら、話がさくさく進んだのかも?」

「死亡フラグを立てるのはやめろ」

「とはいえ、どういう反応をするのが正しいのかわからないからなあ」


 正直、携帯もネットに繋がらないし、調べようがないのでお手上げだったりする。


「まあまあ、ここは糖分を摂取して……あ!」

「なんだ」

「口裂け女ってべっこう飴が好きだった気がする!」

「お前、自分が飴を食べているから適当な思いつきで言ってないか」

「言ってないって」


 私が持っていた飴は、紅茶味とべっこう飴の2種類が入っているのだ。……べっこう飴味って何味よ?


「なんで口裂け女はべっこう飴が好きなんだ?」

「さあ? 確証ないから、使えない?」

「そんなことはない。とりあえずここから出るためには口裂け女とまた会わないといけないんだろう。そうじゃないと、あいつが俺たちの前に出てきたんだ理由がわからなくなる。頑張って捕まえてみるか」


 そういうわけで私たちが作ったのは、口裂け女を捕まえるための罠だ。材料は、べっこう飴、棒切れ、そこら辺で拾ってきた大きめのカゴ。これ、あれだよね、日本昔ばなしでよく雀とかを捕まえる時に使う罠だよね。


「古典的な罠過ぎる」

「他に材料もないし、捕まったらラッキーだろ」


 こんなバレバレの罠なんて、今時雀だってひっかからないと思う。でも衣笠くんがそういうなら、そんなもんかも?


「じゃあ、口裂け女が捕まるまで時間もあるし、ちょっとおしゃべりでもして時間を潰そうか」

「あれで捕まるって納得できるお前ってすごいな」


 言外に馬鹿って匂わしてくるのやめてくれる? ムカつくから、今まで聞かないでおいてあげた質問をぶつけてやる。


「なんで、ここにお参りに来たの?」


 その瞬間、とても嫌そうな顔をした。そうそう、衣笠くんのその顔が見たかったんだよね。たぶんアニメの悪役とかって、こういう気持ちなんだろうな。無性に高笑いがしたくなってくる。


「さっきさ、俺の家って代々医者の家系って話しただろ」

「うん」

「だから、親も当然俺が医学部に進学することを当然だと思っててさ」

「ほう」

「俺の興味があることを話しても全然聞いてくれなくて、正直しんどい。父さんたちは、俺のことをなんにもわかってくれないんだ。周りに相談しても、気分転換にデートでもとか言って付きまとわれてさ」


 憂いを帯びた瞳。こんな雰囲気で愚痴をこぼされたら、女の子は「私が守ってあげなきゃ」とか「支えてあげなきゃ」とか張り切っちゃうんだろうなあ。ま、私はそんなことないけどね。だから、ずばっと言っちゃうぜ。


「うん、そうだね。でもさ、それって衣笠くんも同じじゃない?」

「は?」

「だってさ、衣笠くんもさっき私に、『教師に恋をするなんて、馬鹿だ』って話してたじゃん」

「お前のそれと、俺の悩みを一緒にするなよ」

「変わらないよ。自分の価値観で、相手の気持ちを考えずにばっさり否定しているところなんて、そっくりだよ。女の子がうざいとか言うけどさ、愚痴を聞いてもらったりもしてるんでしょ。自分だけが迷惑しているみたいに言うのっておかしくない?」


 私の言い方にかちんときたらしい。口をむすっと曲げた衣笠くんを見て、私は小さく悲鳴をあげた。


「衣笠くん、大変! 頭の後ろに大量の羽虫の群れが!」

「うげっ」


 慌てて衣笠くんが頭の周りで両手をバタバタと動かしているけれど、全然離れてくれない。あるよね、こういうことって。私も時々自転車でこの虫の群れの中に突っ込んじゃうし。しかも運が悪いと口や目の中に虫が入っちゃうんだよね。思い出したら、うがいしたくなってきた。もじょもじょする。ぺっぺっ。


「なんでこんなところに蚊柱が。くそ、俺より高いものとかそこらへんにいっぱいあるだろうが!」

「蚊柱って言うんだ。なんか強そうだね」

「高みの見物しやがって」

「だって、私今、罠にくくりつけた紐を持ってるし。むしろそれを見ても動かずにいられたことを褒めてほしい」


 そのあと、あちこち走り回って虫の大群を別のところに置いてこれた衣笠くんは、げっそりしつつも、さっきよりもマシな顔になっていた。


「お前の先生への気持ちを否定して悪かった。いきなり全否定されたら、誰だって腹が立つよな」

「そうだね」

「でも、普通に考えたら」

「だから、衣笠くんのお父さんも、衣笠くんに医者を勧めるんでしょ。世間一般的に見て、幸せになれる職業だから」

「……そうだよな。ごめん……」

「いいよ、別に。でもまあ、もうちょっとお父さんとか周囲の女の子とかといろんなことを話してみてほしいな。迷惑がったり、いきなり喧嘩したりせずにね」

「……努力してみる」


 なんとなくいい感じにまとまったところで、「カサカサ」と音がする。四つん這いになった口裂け女がカゴの中に頭を突っ込んでいるのが見えた。


「キモい」


 口裂け女、普通に怖いじゃん! 最初から四つん這いで現れたら、めっちゃ悲鳴をあげた気がする。デカいGが現れた感覚で。


「衣笠くん!」

「くっそ、俺が体を張るのかよ!」


 思いっきり棒にくくりつけた紐を引っ張った私の合図で、カゴの上に衣笠くんが飛びのる。……これで口裂け女の首の骨が折れたら、傷害罪って適用されちゃうのかな。



 ***



「罠にかかった! でも首から下が消えたよ!」

「マジかよ、カゴの下には何かいるぞ。外に出ようとばったんばったん体当たりしてきてる」


 生首? 口裂け女の生首ですか?

 我々は今まさに新しい都市伝説が生まれる現場に居合わせているのでは? すごいけど、嬉しくない。でもせっかくなら携帯で動画を撮っていたら万バズ……。


「あー!」


 その瞬間私は大切なことを思い出し、悲鳴をあげた。ヤバい、ヤバい、ヤバいいいいいい!


「どうしよう、忘れてた!」

「何を?」

「ここに来たら、実際に何が起きたかを記録するために録音するって親友と約束してたの」


 慌てて鞄をひっくり返し、機材の電源を入れる。


「お前、こんな時に何をやってるんだよ」

「いや、むしろこんな時だからこそ録音しなきゃでしょ」

「B級映画で最初に犠牲になる、民話とか伝説を調べにきた学生みたいな動きをするな!」

「そう思うなら、いちいち突っ込まないでよ。私はちゃんと帰るつもりだし、帰るつもりだからこそ録音しておかなきゃいけないんだから」


 録音する部分ってどこなの? このまま持っていれば、ちゃんと音声入るんだよね? 使い方、レクチャーしてもらうのも忘れてたよ。


「ちなみに、録音してどうする気なんだ」

「なんかね、私の親友が放送部でさ、編集して来年のMHKのコンテストに出すって言ってたよ」

「……MHKってオカルトのコンテストでもやってるのか」

「なんか、ラジオドキュメントに出すんだって」

「絶対主催者側が求めているのって、こういう実況系動画みたいな内容じゃないと思う」


 とりあえずビビりながらカゴに機械を向ける。最悪、ノイズでも録音できていたら、言い訳が立つと思っていたんだけど。


「ぎゃー! 虫、虫! 衣笠くん、なんで袖口に羽虫の大群を仕込んでるのさ!」

「知らねえよ。さっき、ちゃんとそこらへんにまいてきた!」

「うわーん、しかも羽虫がめっちゃレコーダーに吸い込まれていくんだけど、そういうことってある?」

「あるかどうか知らんが、実際に起きているんだからしかたない」

「ねえ、レコーダーって空っぽの箱じゃないのに、なんで羽虫が吸い込まれるの。やだ、壊れちゃうよおおおお」


 弁償はいやだー!


 ようやく羽虫の大群が見えなくなったが、その頃にはすっかり気力はなくなっていた。ありえない空間に吸い込まれていくとか、虫、怖い……。やっぱり昆虫は地球外生命体なんだ。


「衣笠くん、カゴ、開けて」

「平将門みたいに飛びかかってきたらどうするんだ!」

「いきのいい生首だねってことで」

「どうなっても知らんからな!」


 もぞもぞ動くカゴをゆっくり開けてみると、そこにはもふもふころっころの小狐が1匹うずくまっていた。

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