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(1)私の好きなひとには、大切な女性がいるらしい。

※この作品は「夏のホラー2022」参加作品です。怖さ控えめのホラーラブコメディですが、苦手な方はご注意ください。逆にホラー耐性があるかたには物足りないかもしれません。どうぞお許しください。

「今日の授業はここまで。少し時間が余ったが、何か聞きたいことがあるひとはいるか?」


 大好きな橋口先生の言葉に、私は勢いよく挙手した。ため息をついた先生がなかなか指名してくれないので、手をぶんぶん振り回したり上下に動いてみたりしながら、必死でアピールしてみる。先生、私はここです、ここにいますよおおお。


「誰か、質問があるひとは?」

「ナチュラルに無視しないでくださいっ」

「はあ。中西、今は数学の時間だからな」

「めちゃくちゃ大事な、今後の進路にもかかわる質問です!」

「……じゃあ、中西」


 はふん、頭が痛いと言わんばかりに、額に手をあてる仕草がエロいですね! ああ、そこのくいっと眼鏡をあげる動作も高得点です! っと、それは置いといてっと。


「はーい! 橋口先生と彼女さんの馴れ初めが聞きたいです!」

「……はあ」

「いいじゃないですか、こう、甘くってきゅんきゅんする話はいくら聞いてもいいもんですよ」

「他のひとの迷惑も考えるように」

「え、たぶん誰も気にしていませんよ?」


 ぐるりと教室内を見回して、私は正直に告げてみた。


 だって事実その通りなのだ。数学が得意なひと――私の親友とか――たちはとっくに理解していて、今は塾の教材を解いたりしている。数学が苦手なクラスメイトは、もうすっかり上の空で数学以外の話題ならなんだって歓迎してくれる。ちなみに、このクラスの中で一番数学が苦手なのは私なのだけれど。


「ああ、残念だなあ。橋口先生の素敵なアオハルについて話を聞けたら、なんかすごーく数学を頑張れそうな気がするのになあ」

「なるほど。つまり夏休み中の数学の補習は不要になると」

「え?」


 ちょっと待ってください。それとこれとは話が違いますよ。だいたい、補習がなくなったらタダでさえ少ない先生との時間がゼロになっちゃうじゃないですか!


 世の中には補習がないことを喜ぶ学生がほとんどかもしれませんけどね、私は先生に会える喜びを噛み締めているんですよ!


「先生が彼女に出会ったのは、学校近くのとある寂れた神社だった。真っ赤な夕焼けが」

「いきなり始まったし!」

「なんだ聞きたくないのか? お参りに来ていた彼女は」

「うううううう、聞きたいですうううううう」


 だって、好きなひとの恋バナだよ。私が体験できるはずのない、過去の先生のことがわかる貴重な時間だよ。それはもう補習を代償にしても、絶対に話を聞いちゃうよね!



 ***



「わーん、今日も先生と彼女のらぶらぶな話を聞いてしまった。辛いいいい」


 昼休み。私はお昼ごはんを食べながら、親友の前で弱音を吐いていた。ちなみにキリッと美人系の彼女にも彼氏はいないが、それは彼女が3次元の男を相手にしていないだけだったりする。つまり、OKさえ出せばよりどりみどりの美人さんなのだ。ちくしょう!


「じゃあ、聞かなきゃいいでしょう。そもそも話を振ったのはあんたでしょうに」

「でも先生の『彼女さん、大好き』って顔を見ているのが幸せ過ぎるんだもん」

「そりゃあ結婚を約束している相手なら、顔も緩むってもんよ。むしろ付き合い長そうなのに、いまだに結婚してないというのが不思議なくらいだし」

「ひーん」


 正論すぎる言葉に、もうノックアウト寸前です。すみません、許してください。今日のお弁当は購買で買ったクリームパンのはずなのに、なんだか涙のせいで口の中がしょっぱいぜ……。


「あの左手の指輪を見てみなさいよ。相当長いこと嵌めてないと、あんな風にならないわよ。ずっと付き合ってきた彼女と、ぽっと出の教え子。比べるのが間違い。しかもうっかり何かの間違いで手を出したら犯罪なんだから。あんたは好きなひとが逮捕されてもいいわけ?」

「それは嫌だけど! でも理性で諦められたら苦労しないよおおおお」

「その年齢で略奪愛を希望するとか、発想が終わってるわね」

「ぐええええええ」


 やめて、私のライフはもうゼロよ。

 先生を略奪したいわけじゃない。先生の彼女を傷つけたいわけでもない。でも、好きなひとに少しでも関わりたいと思ってしまうのは仕方がないことなんだってば。


「だって、このぴちぴちの体からほとばしるリビドーがね!」

「じゃあそんな『バカわいい』ひまりに教えてあげようかな」

「へ?」

「学校裏の寂れた稲荷神社、あそこって昔から()()()()噂があるの知ってる?」

「っていうか、学校の裏に稲荷神社なんてあったっけ?」

「あんた、そういうのに一切興味がないもんね」

「いやいや、方向音痴だから覚えていないだけで、都市伝説とかは好きだよ。楽しくて」

「なら、ちょうどいいわね」


 にっこり笑顔の親友は、私に両手を差し出したままで固まった。なんだこれ。


「この手はなに?」

「まさかタダで聞こうってつもりじゃないでしょうね?」

「お金取るの?」

「うふふふ、お金じゃなくって体で払ってもらおうかしら」

「な、なんて、えっちだ!」

「誰があんたとえっちなことするって言ったの。しっかり肉体労働してきてちょうだい」


 てのひらの上に乗っていたのは、なんとも無骨な機械たち。一体いつの間に、どこからだしてきたんだろう。


「なに、これ……?」

「情報を教える代わりに、実際に体験してきてほしいの。この機械で録音してきてね」

「え、行くか行かないか考えさせてくれないの?」

「あんた、考える余地があるの? 行けば、先生との仲が多少発展する可能性だってあるけれど、今のままじゃ一生相手にしてもらえずにフェードアウトよ」

「つらっ」


 実際に親友の言う通りってところが辛い。私がこの学校を卒業しちゃったら、先生は私のことを忘れてしまうんだろうなあ。


「背に腹は変えられない。聞くわ!」

「そうこなくっちゃ」


 なんか完全に嵌められたような気もする!



 ***



「学校裏の稲荷神社の噂って、結局どういうのなの?」

「簡単な話よ。稲荷神社で願掛けを行うと、その願いが叶うらしいの」

「本当に?」

「ちょっと調べてみたんだけどね。願いが叶ったってひとの話は聞くことができたわ。でも()()は聞けなくてね」

「全然信用できない!」


 私はクリームパンをもしゃもしゃ食べながら、親友の話にケチをつける。


「なんでよ」

「じゃあ、恋人がいるひとと両思いになることを願ったら、相手はどうなるの? あるいは、何人かが同時に願掛けしたら? 現代日本で、ハーレムはちょっと受け入れがたいっていうか……。だいたい、いつどこでどんな風にとか手順が指定されていないと、『願掛け』の範囲がわからないじゃん。初詣なんてみんなざっくり全部願掛けだよ。丑の刻参りみたいにとは言わないけれど、手順特化、範囲は恨み限定とかの方がわかりやすい気がするんだよね」

「あんた、こういうことはよく気がつくのね。論理的思考ができるなら、どうして数学が毎回赤点になるのかしら?」

「関数も数列も場合分けを要求してくるほうが悪い」

「やれやれ」


 ぐぎぎぎ。確かに橋口先生にも、「頑張っていることはよくわかるんだが。そもそも中西には数学的センスがない」って言われたけれど! なんか先生以外に言われると妙にしゃくにさわる~。


「作法が気になるなら、スーパーかどっかで『いなり寿司』とか『油揚げ』を買って行ったら?」

「稲荷神社だからって、安直じゃない?」

「嫌なら聞かないで」

「きゃー、ごめんって。しっかり買って持っていきます。成功確率を上げる要素があるのなら、少しでもどうにかしておきたいし」


 うっかり買い忘れたりしないように、手の甲に油性マジックででかでかと「いなり寿司」「油揚げ」と買いておいた。学校が終わるまでの間にいろんなひとに指摘されるかもしれないけれど、リマインドになってちょうどいいはず。


「で、結局行くの、行かないの?」

「学校が終わったら、そのまま行ってくるよ。ちゃんと辿り着けるのか、まずそこが心配だけど」

「あれだけ渋っていたわりに、ちゃんと行くのね」

「いや、行かないとめっちゃ圧力かけてくるじゃん!」

「当然でしょ。一度した約束はちゃんと守らないと。ひまりはもともと、お尻に火がつかないと動けないタイプでしょう。夏休みの宿題とか、『やらなきゃ、やらなきゃ』って言いながら、最終日を迎えるタイプじゃない。でも今日行くというひまりの心意気に免じて、私が神社までは案内してあげる」


 親友の評価が辛辣すぎる。私たちってさ、親友だよね?き、聞けない。怖くて聞けない。せっかく案内してくれるって言ってくれてるし、機嫌は損ねないでおこう。


「それにしても今日の放課後ねえ……。ああさっき橋口先生、例の彼女に出会ったのは夕方の神社って言ってたものね。その記憶力、もう少し数学に活かせたらよかったでしょうに」

「放っておいてくれる?」


 残念、握りつぶすべきクリームパンはすべて私のお腹の中だ。仕方がないので飲み終わったカフェオレの紙パックをぎゅうぎゅうにつぶしてやった。



 ***



「ちなみに、録音したものって何に使うつもりなの?」

「来年のMHK杯全国高校放送コンテストに出品しようと思って」

「はあ、何それ?」

「放送部のインターハイみたいなやつ。ラジオドキュメント部門があるから、ちょうどいいと思うのよね」

「MHKだよね? お堅いところに、そんな都市伝説なんてぶっこんでいいの?」


 万が一都市伝説の内容が録音できたとして、完全に昼下がりのワイドショー並みに下卑たものになるんじゃないの?


「使うときには多少アレンジするし、あまりにも突拍子のない内容だったら、ラジオドラマ部門に応募するから大丈夫!」

「適当過ぎる! っていうか、やだ、自分の声が全国に流れるの? 無理、恥ずか死ぬ」

「全国に流すつもりだなんて気が早いわね。まずは県大会で上位入賞しないと、全国大会になんて出れないわよ」

「むしろ、県内の知り合いに聞かれる可能性があるなんてイヤ過ぎる!」

「あ、その機材って結構な金額になるから、落としたりしないでね」

「え、いくらくらいするの?」

「えへへへ、内緒。あ、むしろ壊したあとに最新型に弁償してくれてもいいわよ?」

「ねえ、その両思いになれる噂って本物なんだよね? 私を嵌めたりしないよね? 私たち、友達だよね?」


 思わず確認する私の横で、親友がにんまりと笑った。こういうときのこの子の表情、美人だからこそ怖いんだよ。なんかさ、神がかってるんだもん。


 まあそういうわけで、私は放課後に噂のお稲荷さんに行くことに決めた。

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