第32話 進撃のワイバーン
ワイバーンのブレスが迫る中、シャドウダイブによる行動不能状態が抜けてすぐ、腰に下げサブウェポンとして装備していた宵闇の短剣を手に取る。
ブレスが迫るタイミングに合わせて短剣を振り上げる。そして、振り上げた宵闇の短剣がブレスに当たってすぐ、ブレスによる衝撃を受けた。
「ふぐっ!」
眼前まで迫っていたワイバーンのブレスが当たったことによって体が吹き飛ばされる。
宵闇の短剣の能力である魔法を切る力を使ってブレスを防ごうとしたのだけど、残念ながら失敗してしまったらしい。
ん? いや、受けた衝撃がそこまで大きくないみたいだし、ダメージ自体もリスポーンした感じでもないし、視界が赤く染まっているわけでもないから、そこまでじゃないみたいだ。一応は成功したのかもしれない? 私はMNDが高めだから受けるダメージが少なくなっただけかもしれないけど。
宵闇の短剣によるブレスの切断が成功したかどうかはさておき、ブレスの衝撃によって吹き飛ばされてしまったので、このままでは地面に投げ出されてしまえば大きな隙を作ってしまうし、余計なダメージを受けてしまう。それだけは避けたい。
そうならないように空中で身体を捻り、すぐに行動できるよう前かがみになりつつも足から着地。そして、すぐにその場から移動する。
すると、移動してすぐに着地した場所にブレスが着弾した。すぐに移動できるように着地出来てよかったと思いながら、ワイバーンの様子を確認。
ワイバーンは上空でホバリング?しつつ私に狙いを付けたままだ。いつまで狙われ続けるのかはわからないけれど、当分はこの状態のままかもしれない。
上空からの攻撃を受けないように動きつつ、インベントリから人工血液の予備を取り出せる隙を伺う。
走りながらワイバーンから放たれているブレスを避け続ける。
最初に食らったブレスに比べれば一回りどころか二回りくらい小さくなったブレスな上、偏差射ちをしてこないので、走っているだけで簡単に回避することは出来る。しかし、ブレスの間隔が割と短いのでインベントリを開いている余裕があまりない。
それとワイバーンのブレスはゴフテスのブレス擬きとは違い、吸込み行動が殆どないようだ。そのため、吸込みと言うかチャージして狙いを定めて打ち出すという動作を、10秒ほどという短い間隔で繰り返している。
これが特殊行動による攻撃なのか通常の攻撃なのかはわからないけれど、こうも連続して攻撃されているとインベントリを開いて、予備の人工血液を取り出すことが出来ない。誰か他のプレイヤーが来てくれれば狙いが逸れてくれるかもしれないけれど、今のところ近付いて来ているプレイヤーの影は見当たらない。
ブラッドウェポンによる攻撃が出来ないので、【闇魔法】による攻撃を加えていく。
与えられるダメージはやはりブラッドウェポンに比べて少ない。その代わりMPの消費は少ないので多少余裕をもって攻撃出来ている。
暫く、ワイバーンのブレスを回避しながら【闇魔法】での攻撃を繰り替えしてダメージを稼ぎ続ける。
同じ行動を繰り返すのは、格好の的になってありがたいのだけど、今、ワイバーンと戦っているのは私だけだ。いくら良い的状態だったとしても、1人だけなら何の意味もない。
同じことを繰り返していたのは時間にしたら10分くらいの間だったけど、ワイバーンのHPは10000を少し割った程度までダメージを与えることが出来た。
ブラッドウェポンによる攻撃に比べれば3分の1程度しかダメージを与えられていないけれど、これでも1人で与えたダメージと考えれば大分多い方だと思う。
「よっしゃあ! まだ倒されていないな!」
「行くぞ!」
ここでようやく他のプレイヤーたちが駆けつけて来たようだ。これで、少しは余裕が出来ると良いのだけど。
ワイバーンと戦いに来たプレイヤーは20人くらい。ソロプレイヤーって感じの人はいなさそうだから人数的に4パーティーってところかな。
ただ、他のプレイヤーが来たからと言って、今まで稼いでしまったヘイトの関係でワイバーンの狙いは私のままだ。
私はワイバーンからの攻撃を回避しつつ攻撃回数を減らし、他のプレイヤーの攻撃を利用してワイバーンの狙いが他のプレイヤーに向くように調整していく。
「報酬の独占はさせねぇ!」
「このまま、1人に良い所を持って行かれるわけにはいかねぇんだよ!」
うーん、なんか一部のプレイヤーから報酬の独占とか聞こえて来たけど、私よりも先に戦っていたプレイヤーは居るし、独占は出来ない……ああ、でも、倒されると討伐報酬は無くなるのだっけ? そうなれば確かに独占の可能性もあったのか。まあ、あのまま1人で倒しきれるとは思えないけど。
タンクプレイヤーが挑発スキルを使用してワイバーンの攻撃を誘導する。何度も連続で攻撃を食らうのは難しいみたいだけど、他のプレイヤーと連携して1プレイヤーに攻撃が集まらないようにしているので、今のところ倒されそうなプレイヤーは居ないようだ。
ワイバーンからの攻撃が途切れて来たのでようやく余裕が出来た。一切攻撃が来ないという訳ではないけれど、インベントリを開いてアイテムを使うくらいの余裕はある。
さっそく人工血液の予備を、と思ったけどそれよりも先にポーションでHPを回復しておこう。【HP自動回復(微)】の効果で多少回復しているとはいえ、問題ないと言える範囲ではないので早めに回復させた方が良いだろう。
ポーションを取り出したところでワイバーンの攻撃が飛んできたので躱す。その後にポーションを使ってHPを回復させた。全快にはなっていないけれど、これで一撃で死ぬという事は無くなったと思う。
HPも回復させたのでインベントリから人工血液の予備を取り出し、メイン武器として装備している水筒の中に入れる。これでブラッドウェポンが使えるようになった。
さて、それじゃあさっそく攻撃に移ろう、としたところでいきなりワイバーンが迫ってきていることに気付いた。
「うぇ!?」
人工血液を水筒に移すにはウィンドウ上で操作する必要があるのだけど、その一瞬目を離した隙に何故ここまで、とか、先ほどまで他のプレイヤーの近くまで移動していたというのに何でこっちに来ているのか、という疑問を覚えたけれど、その答えが出るよりも早くワイバーンの頭が眼前まで迫り、私の体は宙に弾き飛ばされた。
「はぅっ!?」
視界を揺さぶる衝撃に若干気持ち悪くなりつつも、痛覚設定を0%にしている影響で痛みはない。
視界に映る地面までの距離からして結構な高さまで弾き飛ばされてしまったようだ。それに視界が久しぶりに赤く染まっている。これはHPが危険値以下まで減ってしまっていることを示すものだけど、先ほどHPを回復させていなかったら死んでしまっていたという事でもある。先にHPを回復させておいて正解だった。
それと、ギリギリ視界に入っているワイバーンが私に向かって追撃をして来る様子は見られない。一瞬、助かったと思ったけれど、このままだと地面に叩きつけられてそのダメージでどの道死にそう。
ポーションを使ってHPを回復させれば耐えきれる可能性も、と思ったのだけど、どうやら先ほどの攻撃によるノックバックを受けてしまっているらしく動くことが出来ない。
さらに体勢の関係で、このまま落ちると顔面から地面にダイブする形になりそう。犬に背後から攻撃された時と同じような状況だけど、あの時はダイブする前に死亡判定を受けたからそれは未然に防げた。でも、今回はそんなことはなさそう。
どうしよう。地面に落ちる前にはノックバックによる硬直は解けるだろうけど、それでは回復をする余裕はない。まあ、顔面が地面に衝突しないようにすることは出来そうだから、それくらいはしておこうかな。
うん? 地面に衝突するタイミングでシャドウダイブを使えれば、落下ダメージを回避できる……かも? いや、でも、タイミングがシビア過ぎるかな。少しでも遅れればダメージが入って死ぬだろうし、早すぎても発動に失敗しそうだ。
あ、でも、確かシャドウダイブの発動条件って、入り込む影にアバターもしくは装備しているアイテムが触れている事だったはず。ならコートの先や宵闇の短剣が地面に触れてさえいれば問題なく発動できるのではないだろうか。
まあ、ここまで考えたけれど、本当に発動できるかどうかはわからない。でも、やらないよりはマシだろう。
そう判断して、硬直が解けてから宵闇の短剣を手に取る。少しでもタイミングを外せば失敗してしまうので、頭の中で短剣を地面に突き刺すタイミングを想定する。
うーん、これだとシャドウダイブの詠唱は少し早めのタイミングで始めないと駄目そう。となると突き出す少し前から詠唱する感じか。
脳内でシミュレートした後、地面が迫る中、宵闇の短剣を構える。
そして、地面が目前に迫ったところで宵闇の短剣を突き出し、それが地面に刺さるタイミングに合わせてスキルを発動させる。
「っ、シャドウダイブ!」
そうして私は地面に衝突すると同時に、トプンッ、という水の中に落ちたような感覚で地面の中に落ちた。
視界が暗いけれど衝撃は受けていない。死亡判定も受けていないのでシャドウダイブによる落下ダメージの回避には成功したようだ。
でも、何だろう。いつもシャドウダイブを使用した時とは違う感じ。何と言うか、いつもより少し深い所にいる感じかな。それにシャドウダイブ内から見える範囲が結構狭い。というか、視界を広げようと意識してもあまり広がっていかない。
うーん、これだと周囲の状況がわからないから、下手に影の外に出られない。
なんでこんな風になっているのだろうか。落下ダメージを回避した影響? あ、もしかしたら水の中に落ちるイメージで影の中に潜ったからかも。そうだとすれば、上に浮かび上がるような感じで……あ、ちょっと視界が広がってきた。
ふむ、イメージしだいでシャドウダイブの効果が変わるみたいだ。使いどころがいまいち思いつかないけれど、他のスキルでも使えるかもしれないから覚えておこう。
いつもの視界に戻ったので、影の中から周囲を確認する。
ワイバーンは近くには居ない……ね。ちょっと離れた位置に居る。他のプレイヤーはまだ戦っている感じだ。ただ、ワイバーンは先ほど私にしていたブレス攻撃は殆どしていない。代わりに上空からの強襲攻撃を主に行っているみたいだ。その所為で戦っているプレイヤーは回避することに意識を向けているらしく、攻撃している様子はあまり見られない。
このままだとあまりダメージを稼げないよね。私もすぐに参戦……は無理か。まだ視界は赤いままだし、少し離れて回復しないとだめだ。
シャドウエスケープを使ってワイバーンから距離を取り、十分に距離が取れたところで影の中から出る。
さっきみたいに気付いたら近くに、という事が無いようにワイバーンの位置を気にしながらインベントリからポーションを取り出し、HPを回復させる。
視界が赤くなるほどに減ったHPを完全に回復させるには500くらい回復させなければならない。
今持っているポーションで一番回復する物でも下級ポーションの80。それに下級ポーションには再使用時間が設定されていて、次に使うまで10秒間は使えない。初心者ポーションなら再使用時間の設定はないから連続で使えるのだけど、私が持っている初心者ポーションで一番回復するのはQuがAのHPが45回復する物。
これを11個連続で使えば殆ど回復するのだけど、初心者ポーションとは言えQuがAの物はそこまで数がないからそんなことは出来ない。
まあ、下級ポーションを2つか3つ使って、残りは初心者ポーションで回復する感じにすればいいよね。ポーションも1本ずつ飲まないといけないから地味に時間が掛かるし、最初に下級ポーションを飲んでもう1度使えるまで初級ポーションを飲む感じにすればいい感じに行けるはず。
30秒ほど掛けてHPを9割以上まで回復させた。これで攻撃に移れる。
さて、残っているプレイヤーは……10人かな。視界の端に表示されている戦闘中のプレイヤーの数ならもう少し多いけど、今戦っているのはそれだけだ。
あのプレイヤーたちが来た時に比べて半分の人数になってしまっているけど、最初に戦っていたプレイヤーに比べればかなり奮闘している方……だよね。
って、あれ? あの人たちってNAMEの色、オレンジだったっけ? それとも、もう全滅していて他のプレイヤーがいつの間にか来ていた?
うーん、まあいいか。むしろフレンドリーファイアを気にしなくていいから、かえって楽かもしれない。
なるべくワイバーンの視界に入らないように慎重に近付いていく。気付かれてはいるだろうけど、視界に入るよりは攻撃されにくいはず。
ある程度近付いたところで攻撃を始める。
ブラッドウェポンで攻撃すればダメージは稼げるけれど、その分ヘイトを稼いでしまうため、それを避けるために【闇魔法】によるスキル攻撃を主に使っていく。
暫く、攻撃されそうになればシャドウダイブによる回避を行い、ちまちまと攻撃を続ける。同じように戦っていたプレイヤーが徐々に減っていってしまっているので、こちらへの攻撃の頻度が上がって来た。
残っているのは私を含めて6人。また1対1の状況になるのは嫌だけど、このままだとそうなりそう。
もう少しワイバーンの攻撃が分散するように攻撃の頻度を減らしていく。すると同じように他のプレイヤーも攻撃の数を減らした。
なんか、あのプレイヤーたち、私の方に攻撃が来るようにしている? あっちの方がプレイヤーの数が多いのだから、もう少し攻撃して欲しいのだけど。あぁ、また1人死んだ。
私1人に攻撃が集中するくらいなら、いっそのこと1人で戦っていた方が良いのだけどな。他にプレイヤーが居るとワイバーンの行動が予測できなくなるのだよね。
どうしようって、あ。追加で他のプレイヤーが来たみたい……と言うか、あれ、兄だな。うん。という事は他のメンバーも居るね。他にも30人くらい居るから何とかなりそう。
兄を含め、今ここに到着したプレイヤーたちがワイバーンへ攻撃を開始した。
これでヘイトはさらに分散するし、もうちょっと攻撃しても問題ないよね。あ、でもその前に、さっきポーションを取り出した時に見つけた物を使ってみよう。
インベントリを開いて爆弾石を3つ取り出す。
正直、このアイテムの使い道を何1つ思いつかなかったから、適当に使っても気にならないアイテムなんだよね。生産系スキルで使えればそっちで使いたかったのだけど、WIKIを調べた限りレシピらしきものはなかったし、錬金板でも反応はなかったから本当に投げつける以外の使い道が思いつかない。
【投擲】スキルを意識して爆弾石をワイバーン目掛けて投げつける。狙いはワイバーンの頭部。出来れば目とかに当たってくれたらいいけど、さすがにそれは無理かな。
爆弾石は狙い通りの線を描き、ワイバーンの頭部の側面ぶつかった。そして、小さな爆発が連鎖するように3回連続で起きた。
「ギョガアアァァア!?」
ああ、やっぱり目は無理だったか。まあ、頭部に当たりはしたからいいか……え?
何故かワイバーンが下へ落ちていく。
藻掻いているようにも見えるけれど、何がどうしたのか。とりあえず、タイミング的に他の攻撃が無かったから爆弾石によるものだとは思うけど、何か条件でも満たした? ダメージ関係……かな。
まあ、理由はわからないけど、地面に落ちて他のプレイヤーが群がって攻撃しているから、もうそろそろワイバーンのHPは0になりそうだ。残りのHPは1割切っているみたいだし。ああ、でも後1回くらいは私も攻撃しよう。
最後に一発とブラッドウェポンでワイバーンの首を攻撃した数秒後、ワイバーンは1度だけ短く鳴くと力なく地面に横たわった。そして徐々にポリゴンになっていき、10秒も経たない内に完全に姿を消した。
なんか、途中が結構苦戦したのに最後があっさり終わり過ぎて拍子抜け、と言うか何と言うか、ねぇ。
≪ワールドアナウンス
第2エリア東に出現していたフィールドBOSS ワイバーンが初討伐されました。
最後まで戦闘に参加していたプレイヤーに報酬が発生しました。
ヘルプ内、フィールドBOSSについて、の記述が追加されました≫
『アナウンス!
フィールドBOSSであるワイバーンの初討伐に成功しました!
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(フィールドBOSS)ワイバーン討伐 RESULT
総参加プレイヤー数:209
最終戦闘参加プレイヤー数:37
最終戦闘参加パーティー数:8
討伐時間:01:57:43
総合MVP:秘匿
累計ダメージMVP:秘匿
戦闘貢献MVP:秘匿
ファーストアタック:なぷ
ラストアタック:ファルキン
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おめでとうございます!
討伐に成功したため報酬が発生します。
総合MVP・累計ダメージMVP・戦闘貢献MVPに選ばれました。これにより追加の報酬が発生します。
特定条件を満たしたことにより、称号:ワイバーン殺し を獲得しました。
条件を満たしたため、特殊アイテムを獲得しました。
発生した報酬がインベントリ、またギルド倉庫へ送られました』
おおう。ちょっと待って、RESULTおかしい。いや、確かに半分くらいは私がダメージを与えたけど、まさかこうなるとは、って地味に兄がラストアタックを取っているのだけど。
それと報酬がギルド倉庫に送られたということはインベントリが完全に埋まったってことだよね。
一回ギルドに戻ってインベントリ整理するついでに報酬とかの確認をしよう。ここに居ても絡まれそうだし。
そう判断して私はすぐにこの場から離れ、セントリウスの街へ移動を始めた。
ワイバーンが落下した理由は弱点の1つである鼓膜付近で爆音を鳴らしたため、特殊ダウン状態になったからです。(音〇弾……)
ついでにブレスを放っている時でも効果はあります。必ずしも飛んでいないといけない訳ではないです。
UWWOのワイバーンの耳の構造はトカゲと同じ。