呪われし吸血鬼と清らかなるシスターのふしだらな日々
あの方は、ある日突然に私の目の前に姿を現しました。
夜の礼拝堂でお祈りをしていると、まるで煙のように。気味の悪い笑みを浮かべ私を見下ろして居たのです。
「今時珍しい者が居ると思ったら……」
「ど、何方ですか!?」
「なあに、ちょっとした吸血鬼さ」
「きゅ、吸血鬼!?」
私は思わず腰を抜かしてしまいました。
翼を大きく広げ、その特徴的な牙を見せつける様は、まさしく吸血鬼だったのです──!
「ああ……神よ!」
「ハッハッハッ! 神など居るわけないではないか!」
目の前の悪しき存在が、私に嘘言を吹き込もうとしましたが、私は首に下げていた十字架を握りしめ、神の名を叫びます。
「十字架など恐るるに足りん!」
「あっ!」
十字架を払い、私の首を掴む悪しき吸血鬼。
「単刀直入に申し上げると、貴殿のような熱心な修道女の血が吾輩の好みでな。少しばかり頂きたく思う」
「神、よ……」
「神など居らん」
「……本当に?」
「……ああ」
私は絶望しました。今まで心血を注ぎ信仰してきた神が偽りの存在であったことに……。
肉も魚も口にせず、酒など以ての外。質素倹約の慎ましい暮らしの中にある希望。それが神であったというのに……!!
私の中で何かが弾ける音がしました。
「…………」
「諦めたか?」
「……はい」
「すまぬが『召し上がれ』と言っては貰えぬだろうか? 百年ほど前に聖職者もどきにやられてね、自分からは血を吸えなくなってしまったのだよ……」
悪しき吸血鬼が手を離しました。
私は歩き出しました。
「そうか、礼拝堂では流石に気が引けるというやつか。よかろう」
吸血鬼が後ろをゆっくりとついてきます。
私は教会にある電話を取りました。
「……ん?」
「もしもし、お寿司を……ショウチクバイ? 良く分からないので全部下さい」
「待たれよ待たれよ!!」
慌てて吸血鬼が止めに入ります。しかし私は次のお店に電話をかけました。
「あ、もしもし。お肉の塊を5つくらい。焼き加減? よく分からないのでお任せします」
「待て待て待て待て!!」
吸血鬼が受話器を奪い取りました。
「折角の清らかな体に、肉だの魚だの入れたら血が不味くなるでしょーが!!」
「もう神なんか居ないので、やりたいことやろうと思います」
「自暴自棄になるでない! 目を覚ませ! 神は居る! 居るぞ!!」
「ウソだー。居ないよー」
「吾輩が居るのだから神だって居てもおかしくはないだろう!?」
「あ」
息を切らした悪しき吸血鬼が、私の肩に手を置いて熱心に神への気持ちを取り戻そうとしているが、確かに言われてみればそんな気がしてならない様にも思えました。
「神に会ったことは?」
「違うタイプの神なら」
「えっ! どんな!?」
「……び、貧乏神」
「あ、もしもしお酒を──」
「止めたまえ!!」
悪しき吸血鬼に止められ、私は飲食を諦めました。
神が居るのか分からず仕舞いですが、きっと信仰を続けていれば、いつか分かるはずです。
「さあ、もう良いだろう? 血を少しだけでいい。百年飲んでないから、正直死にかけてるんだ」
「……一つ条件があります」
私は悪しき吸血鬼に、教会での暮らしを命じました。人手が足りないのもありましたが、なにより呪われたまま暮らすというのはとても辛いのでは無いかと思ったからです。
吸血鬼はよく働きました。
畑仕事や雨漏りの修繕なんかはお手の物です。
「えー、これだけ?」
「つべこべ言うでない! ジャガイモだって貴重な食料であるぞ!」
「お寿司食べてみたいなー」
「いけません!!」
「ぶー」
それから、吸血鬼とお祈りも始めました。
「何故吾輩まで……」
「神に許して頂けたなら、きっとその呪いも解ける筈です」
「そんなアホな」
「つべこべ言わず祈るのです」
そして月に一度、ほんとに、ほんとに僅かな時間です。
「召し上がれ」
「いただきます」
悪しき吸血鬼を救うため、です。