EP2 消えゆく俺の命 *
誰も何も話さなくなった病室で、飛鳥が堪えていた一言を口にする。
「兄貴!なんで私がCAになるのを見てくれなかったの? 兄貴に自慢してやろうと今までがんばってきたんだよ! バカ!」
溢れる涙を 止めることができない妹を、傍らに立っていた芽衣さんがやさしく抱きしめた。涙でぐしゃぐしゃになってひどい顔をしているんだろうけど、飛鳥は言わずにはいられなかった。
「私を一人にしないでよぉぉ! バカ兄貴! 」
『今日はバカの大特売朝市か? 一人じゃないだろ? まだ両親は健在だぞ飛鳥』
俺が飛鳥の言ったバカの意味を知るのは、後々の話になる。
そこにいる誰もが、何も言葉にできない沈黙が続いた。
その沈黙を破って、場違いなガマガエルのような「グェーグェー」という人間離れした音? が聞こえてきた。
保毛山課長、あんたの嗚咽だったのか・・・・・・その音であんたの存在が確実になったよ。妖怪だからな、気配を消していたんだろ?。
課長が俺のために泣いて? いたんだよな?。見かけは悪いがあんたはいい上司だったよ。お世話になりました。ほんとに。
ブルーサファイアのような透き通った瞳に見つめられている。改めて美人だなぁと気づかされる。毎日顔を合わせていた筈なのにな。
俺が抜けたら仕事、大変だろうな。
ソフィアに負担が増える事になるけど、がんばってくれ。すまない。俺の後任はもう決まっているといいが。
保毛山課長のおかげで、病室の空気が変わったのか、突然、
「兄貴が最後に増やした趣味はライトノベルだったな」・・・・・・と蓮がポツリと口にした。
「兄貴、ラノベにまで手を・・・・・・どうせ異世界に転移して、ハーレムでうはうは小説なんだろうけど。自分をモデルにした願望なんだろうね。 飛鳥がいつも傍に居てあげたら、そんなエロい小説なんて・・・・・・バカ」
『そう言えば深夜まで、キーボード叩く音がしてた。そんな時間があったなら、もっともっと甘えさせて欲しかった・・・・・・』
もう時間がないのだろう。薄れていく視界と意識の中、飛鳥の悲壮なバカつぶやきが聞こえたような気がした。
『飛鳥、俺が何に手出そうが何も問題ないだろうに。たかが趣味だろ?・・・・・・』そんな反論も口にすることはできない。
結婚願望が著しく貧弱な俺に、飛鳥の想いを知る事はない。
ろうそくの最後の炎が揺らめいて消えた。フッ
ピーーーー 途端に切れ間のない無情な電子音が鳴り響いた。心拍計がデータを受信しなくなったのだ。
病室に静寂という名の悲しみが小雪のようにしんしんと舞い落ちる。
青ざめる両親の目が見開れ、唇が小刻みに震えている。
飛鳥が俺の手を握りしめながら、呼吸を荒くし、弟 蓮は芽衣さんと手を繋ぎ、唇を噛み締めている。
『ん? 俺今、心臓止まったよね、死んでるんだよね? どうなっているの? さっきまでと違って目もバッチリ見えてるし、音も聞こえてるんだけど?』
自分の置かれた状況に混乱していると、瞳孔確認していた医師から家族に最後の言葉がかけられる。
「ご臨終です」
『?? んなアホな、ちょっとせんせ、俺生きてますよ~、ねぇせんせ~』
プレバトの某司会者のようになって、必死にしゃべっているのに、声が届いていない。医師と看護師が家族に深々と頭を下げ、病室を後にする。
俺のベッドを囲んでいた両親、弟夫婦、妹飛鳥がわんわん泣いている。部屋の隅にいた課長は・・・・・・あれ? いない? どこ行った妖怪。
ん? ソフィアは ?
俺が覚えていたのはここまでだった。
息を引き取ってからすぐなのか、どれだけ時間が経過してからなのか分からない。
俺は漆黒のトンネルのような空間を吸い上げられるように上昇していた。何も見えない、聞こえない空間をぐんぐん加速している感覚だ。
UFOを研究していた時、UFOに吸い上げられる牛だとか人間だとかの事件を読んだ事があったが、UFOにアブダクションされたら、きっとこんな感じなんだろうか?
うん? この感覚はいつか感じたことのあるような浮遊感、これは? 思い出せない。
妙なデジャブを感じたのは一瞬、同時に俺の意識は奈落の底へと落ちていった。
俺の命の灯は今消えた。だけど魂は確実にどこかに向かっている。それがどこなのか、今死んだばかりの俺に分かる筈もない。