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最終話 月を喰らう


 ◆  ◆  ◆



 この日もやはり夜に行動した。

 怖がりな君に、僕の姿が少しでも薄れて見えるように。



 でも…この日は君の場所が分からなかった。

 どの巣からも同じような匂いがしていた。


 どこ?君はどこに居るのだろうか?

 あんなに長い間探し続けて、やっと見付けたのに、君はまた居なくなるの?


 悲しかった、切なかった、辛かった。

 君に会えたのも、やっぱり幻だったんじゃないかと思えてくる。


 君はどこに居るの?


 僕はここに居るよ。



「ァアアオオオオオオオオオン!」



 僕は…ここに居る。



 そうだ、昨日君と会った場所へ行ってみよう。

 プレゼントは受け取ってもらえただろうか?

 君は笑顔になってくれただろうか?



 おっと、流石に遠吠えは不味かっただろうか?人間が集まって来た。


「うわぁぁぁあ!?」


「お、おい!出たぞ!弓!弓だ弓!早く射てよ!」


 人間が何かやっているようだ。もしかして僕を狩ろうとしてる?

 だとしたら随分と舐められたものだ。昔僕に刃向かってきた奴らはそれの何倍も大きな弓を持っていたぞ。


 案の定そんな玩具では僕の体に刺さりはしない。

 他にも武器を持った奴らがたくさん居るが僕に近付いてさえこない。

 遠くからそんな玩具みたいな刃物投げ付けられたって傷一つつくものか。


「ガルルルルゥ!!」


「ひぃあぁ!」

「うわぁぁ!だめだぁ!」

「ばけものぉぉ!」


 少し威嚇しただけで逃げていく。やる気が無いなら始めから来なければ良いのに。

 ソールの町を血で汚すのも気が退けるし、何より人間にはクッキーを作ってもらわないといけないのだ。なるべく数を減らしたく無い。


 それでもしつこく追ってくる。一人くらい殺してみせたら諦めるかな?

 いやいや、やはりここはソールの顔を立てなきゃいけない。

 ソールがここで暮らしていきたいなら僕もここに受け入れてもらわなきゃ。


 相手が諦めるまで、僕に敵意が無い事が伝わるまで…。

 そう思って粘ってみたけど、人間は一向に諦める気配が無い。

 人間といえば知恵の獣のはずだったけど、脳が退化しちゃったのかな?



 少しうんざりしながら適度に人間の相手をしていた時、やっと君の匂いを見付けた。

 それは極めて僅かな匂い。クッキーの甘い匂いに混ざって君の匂いがした。


 その匂いの元は大きな建物の中に撒かれたたくさんのクッキーだった。

 この建物は何だろう。人間の巣にしては大きい。


 僕は君の匂いに誘われるままに建物に入って行く。

 すると、そのたくさんのクッキーの中に君の匂いがする物が一袋だけ置いてあった。


 ……間違いない、これは僕があげた物だ。

 君の匂いがするという事は一度は受け取ったはず、しばらく持っていたはず。


 それなのに…こんな所に無造作に。


 いらなかったの?甘いお菓子はもう好きじゃないの?


 でも…でも…捨てなくても…いいじゃないか。


 悲しかった、とても悲しかった。

 涙が…止まらなかった。





「あのクッキー…私の?」


 ソー…ル?ソールだ。ソールの声だ。

 建物の外にソールが居た。

 僕に会いに来てくれたの?

 あ、クッキー…ここに落としてしまったんだね?

 良かった、取りに来たんだ。


 僕はここに居るよ。君のクッキーもちゃんと持ってるよ。

 凄いでしょ?割らずに持てるようになったんだよ?



 …あ!ソールが痛がってる!?

 隣に居た男がソールを襲っている!

 助けなきゃ!人間は殺さないつもりだったけど、君を苛める奴だけは例外だよ!


 あんな奴、僕にかかれば爪を一振りするだけで殺せるから、ソールは安心して。

 ほら、これだけで………え?


 僕が振り降ろした爪は……え?…何で?


 僕はあの男を……あれ?今…僕が引っ掻いたのって……。



 ソールの……腕?


 あ、うああ!!ソールの腕が!あ、赤く!あ、ああ!

 違う!僕はこんな事!血、血が止まらないよソール!


 あ、ああ…。


「ハティ…君の名前…ようやく分かったよ」


 …ソール?


「ああ…やはり…良い毛並みだね…」


 ソールが、赤く染まり短くなった腕で僕に抱き付いてくる。


「私はあの後何回かの転生を繰り返して、この子の中に居る。今はキアラが気絶してしまったから、少しだけ私の意思が強くなったんだ」


 ソールが…僕を思い出してくれた、それはとても嬉しい事のはずなのに、今は心臓が千切れそうな程に悲しかった。

 ソールの血が、どんどん流れ落ちていく。


「今が夜でさえ無ければ…私の力で出血を止めるくらいは出来そうなんだけど…もう無理そうね。キアラには悪い事をしたわ」


 夜?夜だから?

 ああ、そうか、だから僕は月が憎かったんだ。

 今になってようやく分かったよ。月が憎かった理由。

 たぶん、そういう事なんだ。今こそ、月を喰らう時なんだ。



「ウゥゥウウアァオオオオオオオオオオンン!!!」



 僕の体は夜の闇を吸い込んだ様に黒い。


 吸え、もっと吸うんだ。夜の闇を吸い尽くせ。


 このまま夜に溶けて消えてしまっても良い。


 今だけは、全て吸い尽くせ。



「ウゥゥァァァァオオオオオオオオオオン!!!」



 もっとだ、もっと響け、見える範囲で構わない、夜の闇に僕の声を響かせろ。


 僕の所に集まれ。全てだ、僕が全ての闇を吸い尽くす。



 次第に空が晴れていく。


 僕の黒い体は更に黒色を増し、輝く空の下で、光に拒絶されたように黒く、黒く、黒く染まっていく。



「ハティ…そのままでは君が消えてしまうよ」


 それで良い。やっと見付けた君を守れるなら、それで良い。


「…良いの?」


 うん、良いんだ。ソールの血、止まったね。もう、安心だ。


 あぁ…気が抜けたら夜に闇が戻っていく…。


 もう、夜を自分の中に留める力は残ってないよ。


 夜を吸い込み過ぎて、僕も夜になってしまう。


 狼の姿はもう保てないけど、僕はずっとここに居るよ。


 僕は夜そのものだ。


 いつでも…会えるよ。


 いつでも…。



「ハティ…またね」



 ……… …… …


 …… …


 …



 ◆  ◆  ◆



「キアラ、その犬どこで拾って来たの!?」


「サンライトの前で座ってたんだよ。それに拾ってないよ、私腕無いもん、拾えないよー。勝手に付いて来たんだもん」


「もう…そんな屁理屈こねて」


「それにこの子すっごい頭良いんだよ?私の言う事ちゃんと聞くし、躾れば私の手の代わりに働いてくれるかも」


「うぅ…そう言われると捨ててきなさいって言い辛いじゃないのよー」


「やったぁ!飼って良いってさー、へへへー」


「名前は決めたの?」


「うん、ハティだよ!」



書きたかった場面って興が乗りますよね。

ついつい続けて書いてしまいました。

ここまで読んでくれて感謝感謝ですよー!

これにて閉幕でございます。

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