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第6話 魔物討伐


「あなた、気を付けてね」


 母さんは包丁をくくり付けただけの頼りない槍を父さんに渡し、泣きそうな顔で父さんの顔を見上げていた。


 上等な武器なんて警邏けいらの人が犯罪の抑止力として所持している分しかない。一般家庭に戦う為の装備など無く、戦闘経験のある人も居ない。

 弓も狩人が扱うのみだが、ここは作物が良く育つため食料には困らず、また害獣もあまり出ないため狩人自体あまり居ない。

 戦力が全く足りていない状態で父さんを送り出すのは本当に心配で仕方がなかった。


「ははは、何て顔してんだよ。大丈夫さ、おまえはキアラを守っててくれ。相手は狼の魔物らしいからお香でも焚いて匂いを誤魔化すんだぞ、他の家もそうするらしい」



 匂い…か、そう言えばあの魔物は甘いお菓子が好きだったな。

 お店に置いてあったクッキー、何となく私が持ったままになってるけど、持ってたらまずいよね。…あ、そうだ、良い事を思い付いたかもしれない。


「ねぇ、父さん。あの狼クッキーが好きみたいなんだけど、これ囮に使えないかな?」


 私はそう言うと父さんにクッキーの入った袋を手渡した。

 誰のか分からないクッキーだけど、緊急事態なんだし許されるよね。


「そうか…なるほど、分かった、それならパン屋にも声をかけてみよう。たくさんあった方が良いだろう」


「父さん、死なないでね」


「ははは、孫の顔を見るまでは死んでたまるか」


「そっか、まぁ…まだ相手すら居ないんだから、まだまだ長生きしてよ?」


「ああ、まかせとけ」



 ……… …… …



 太陽が地平線に落ちていき、空が赤く染まる。

 もうじき夜が来る。私に出来る事は家の中で母さんの言い付けを守る事だけ。

 もう勝手な事をして怖い想いをするのも、母さんを困らせるのも懲り懲りだ。


 私はただ、ただただ魔物が討伐される事を祈るしか出来なかった。



 …… …



 外は暗くなり、私の家の中はお香の匂いでいっぱいになっていく。きっと今頃はどこの家でもお香を焚いている事だろう。


 そんな時、不吉は突如として現れた。




「ァアアオオオオオオオオオン!」




 その遠吠えは私の恐怖心に深く突き刺さる。

 怖い、絶対にあいつだ。あの時の恐怖を思い出し足が震えてしまう。

 私の頭を撫でてくれた母さんの手も震えていた。


「お香、お香焚いておけば大丈夫よ、ね、大丈夫」


「父さんは…大丈夫かな…」


「………大丈夫…よ」



 しかし次の瞬間、母さんは激しく動揺し、お香を床に落として泣き出してしまう。

 それもそうだろう、私だって泣きたい。


 ……外から、あれだけたくさんの悲鳴が聞こえてきたら…父さんが無事だなんて思えない。


 父さんだけじゃない、店長だって戦いに参加しているはずだ。

 だが果たして本当に戦いになっているのか?外からは悲鳴しか聞こえてこない。



 それでも…私には何も出来ない。



 …… …



 一時間は経過しただろうか、外が静かになった、終わったのか?


「終わったかもしれない!父さん探してくる!」


「キ……キアラ!あなたはまた勝手な事を!」


「静かだもん!もう倒したんだよ!」


 ごめんね母さん、やっぱり私は言うこと聞かない子みたいだ。




 外に飛び出した私はがむしゃらに走っていた。父さん、父さんはどこだろう。

 地面に転がった刃物はどれも刃こぼれしており使い物にならない状態になっている。きっとあの魔物には刺さらなかったんだ。包丁なんて持ってても意味が無い。

 父さんは…父さんは無事なのか?もう父さんを探すので必死だった。


「キアラくん!?」


 突然声をかけられて足を止める、ああ、聞き慣れた声だ。


「店長ぉぉ…、店長生きてたんですねぇ…良かったぁ」


「ああ、実は誰も死んでないんだよ」


「え?」


 そういえば、冷静に考えたら武器の残骸はあれど死体は一人分たりとも見ていない。


「あの魔物ならキアラくんのお父さんが仕掛けたトラップにかかって礼拝堂に閉じ込められているよ。一番頑丈な建物が礼拝堂だったからね」


 太陽の神様にしてこの町の象徴、太陽の女神ソール様の礼拝堂。避難所にもなっているから確かに造りは頑丈なはずだ。


「それで……父さんは?」


「礼拝堂に居るはずだが、キアラくんはもう帰りなさい」


「礼拝堂ですね?店長は相変わらずお人好しですね」


「え?ちょっと!キアラくん!」


 礼拝堂へと走りだした私を店長が追いかけてくる。

 でもね、店長もう疲れてるでしょ?私には追い付かないよ。




 そして、礼拝堂で見た光景はとても、とてもとても不思議なものだった。

 礼拝堂の分厚い窓から中を覗き見ると、あの真っ黒い狼がクッキーの山の前で膝ま付き、大粒の涙を流している。

 今度は見間違いなんかじゃない、確かに泣いていた。


 狼の魔物は目の前にたくさんのクッキーがあるにも関わらず、たった一袋のクッキーだけを手のひらに乗せて泣いていた。


「あのクッキー…私の?」


「キアラ?どうしてキアラがここに居るんだ!?母さんはどうした!?」


「父さん!良かった、父さんも無事なんだね!」


「キアラ!早く帰りなさい!まだ魔物は生きてるんだぞ!」


「ちょっ…父さん痛いよ」


 私の肩を掴んだ父さんの手に力が入る。

 ちょっと痛いけど、心配してくれてるんだな、そう思うと悪い気はしない。

 まぁ、後でお説教は確定だろう。でも私だって父さんが心配だったんだ、許して欲しい。



 きっと今の私は気が緩んでいたんだ。


 そして、父さんも私に気をとられていたんだ。



 だから、気付かなかった。近くまで来ていた、真っ黒い狼に。


 礼拝堂の窓ガラスが砕け散り、キラキラと降り注ぐ。


 私は咄嗟に父さんを突き飛ばしていた。


 だって、魔物の爪が、父さんに振り降ろされるのが見えたから。


 魔物の爪が私の腕に食い込み、まるで紙みたいに裂かれる。


 私の腕が、地面に落ちた。両腕とも、地面に転がっていた。


 あまり痛いとは思わなかったし、全ての動きがスローモーションに見えた。



次で最終話となります。

締めはハティ視点になります、あとほんの少し、あともうちょっとだけお付き合いください。

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