第3話 神代の獣
今回は短めです。
……… …… …
「それは…コボルトじゃないぞ」
「え?」
母さんに平謝りした後、私はこの町の緊急会議に出席する事となった。町長、パン屋の女主人、我がサンライトの店長、そして私。あと何人かの学者っぽい人達。
私はそこで魔物の特徴等を説明していた。
第一発見者であるパン屋の女主人は魔物の後ろ姿を見ただけで逃げ出してしまい、ほとんど情報は持っていなかったので私がずっと喋るはめになってしまった。
そして一通り、あ、もちろん気絶した後の事は私と店長だけの秘密ですが、そこまでの経緯を一通り話した後、学者っぽい人に怪訝な顔をされ、今に至ります。
「コボルトにしては大き過ぎる。コボルトの大きさは人間と大差無いはずだ、人間の子供から大人くらいの間でしか成長しないんだ」
「そうなんですか?私が見たのは前傾姿勢だったから全長で言えば人間の倍くらいでしたけど、高さは人間より一回り大きい程度でしたよ?」
「それもおかしいんだ。コボルトの骨格は人間とあまり変わらない。犬の様な頭部と毛皮、あと踵が少し高いくらいで普通に真っ直ぐ立てるんだ」
「うーん…皆さん犬って言いますけど、私が見たのはどう見ても狼でしたよ?爪も牙も大きくて恐ろしかったです」
「コボルトの手は人間と同じ様に道具を掴む事が出来る。器用な手をしているからそこまで大きな爪なんて無いはずだ」
「ドアノブ開けるのに苦労してたみたいなんで、あいつは器用では無いですね」
「コボルトなら簡単に開けるだろうな。いや…それ以前に魔物が丁寧にドアから入るとは思えない。そのサイズの魔物なら窓ガラスくらい簡単に破壊出来るだろうしな」
「じゃああの魔物はいったい何だったんですか?」
「ウェアウルフの方が近いかもしれないが、ウェアウルフは月の眷属だ、太陽の祝福を受けたこのシニオンソールに出現するとは考え辛いな。何より人間の女を放置するとは思えない」
「…え?」
「あ、気分を害したなら申し訳無い。ウェアウルフは人間の女を弄ぶ事が多いんだ」
「そう…ですか」
「でもまぁ…君の話を聞く限りウェアウルフでも無い。それよりも更に狼に近しい様だ」
「そうですね、二足歩行も可能な狼っていうのがパッと見た感じの印象でした」
「完全な狼なら色々居るんだがなぁ」
「ではけっきょく…」
「ああ…分からない」
皆が頭を抱え悩む中、ずっとソワソワしていた感じの女性がおずおずと手を上げる。
気弱そうな印象の女性、この人も学者の様だ。
「あの……神話の中になら…似た様な狼が居ます」
神話…とな、これはまた荒唐無稽な話になってきた。
それでも他の学者達も煮詰まっていた所だったので黙って聞いている。
「神を食い殺した巨大な狼…フェンリルと、鉄の森に住まうという女の巨人の間に生まれた二匹の狼、白銀の毛並みを持つスコルと、漆黒の毛並みを持つハティ、この二匹は狼の姿で描かれてはいますが、巨人の血も持つため獣人の様な姿で描かれる事もあります。キアラさんが言った様に二足歩行も可能な狼で有ればその2つが両立するんじゃないかと…思いまして」
女性は気弱そうに見えたが、神話を語る時の目は輝いて見えた。
神話の中の生物が実際に居たという仮説は確かに胸が踊るものかもしれない。でも、出来れば私に実害の無い場所で起こって欲しかった。
ん?…そう言えば実害は無いな。あいつは何がしたかったんだろう。
「その二匹って、神話の中では何をしてたんですか?」
「スコルは太陽を追いかけ、ハティは月を追いかけていたそうです」
「何のために?」
「食べてこの世から消そうとしてたらしいですよ」
「…流石に無理が有りますよ、あいつそこまで大きく無いですもん。そんなに大きな狼だったらこの町踏み潰されてしまいますよ?」
ああ、しまった。神話にマジな回答してしまった。流れ的につい…。
女性の学者さんも黙ってしまいました。少し胸が痛みます。
その後皆が発する言葉を失い再び無言の時が流れる。
その沈黙を破ったのは町長であった。町長とは言うものの割りと普通のおじいちゃんだ。シニオンソールには貴族や王族は居ない。
私達にとっては貴族や王族というのも物語の中の物でしか無いのだ。
「とりあえず今やるべき事は1つじゃな。被害が出る前に狼の魔物を討伐せよ」
それを聞いて店長が立ち上がる。その顔はやや険しく見えた。
「ま、そうなりますかね。問題なのは戦闘経験のある人間が居ない事と、武器等の備えが満足に無い事、あとは基本的に皆平和ボケしてる事くらいなもんです」
なんだそれは、詰んでるじゃないか。そりゃ店長の顔も険しくなるというものだ。
そういう私も昨日まで平和ボケし過ぎてて痛い目に合ったばかりですけどね!
「だがそれ以外に無いじゃろう。包丁でも鉈でも何でも良い、棒の先端に縛り付けて武器とするのじゃ。後は出来る限り弓を集めよ」
「分かりました。はぁ…何であんな大型の魔物が来てしまったんだ」
いやはや本当に、私が証言するまで比較的穏やかだったのはコボルトくらいなら簡単に対処出来ると思っていたからだったようだ。
始めからパン屋さんが正確な情報持っていれば私があんな醜態晒す事も無かったのに。
なんて、悪いのは私だって事くらいちゃんと理解しておりますとも。
まぁ、今回は大人しく男達に任せよう、私の出る幕は無い。
フェンリル、スコル、ハティは北欧神話の獣ですが、だいぶオリジナル要素入れていく事をご容赦ください。