第1話 太陽の都
二話連続投稿。
これからの投稿ペースは遅くなる事もあると思いますが、見捨てないでもらえると嬉しいです。
太陽の都、シニオンソール。
太陽が隠れた事は一度も無く、また日照りが大地を乾かした事も無い。
優しい日差しに包まれた都、正に太陽に愛された都。
石畳の道も、石造りの建物も、夜風で冷えた石材達は陽光をいっぱいに吸い込み、その熱は冷えた空気を暖める。
その気候は天の恵みと言うに相応しく、畑は甘く美味しい作物を実らせ、一人として貧困に苦しむ者も無い。
この町に生まれた者は幸運で幸福で、正に理想の都だった。
そんな恵まれた町の一角、大通りから少し離れた閑静な土地にある一軒のカフェ。
白い壁に描かれた太陽のマーク、扉の位置を告げる山吹色のカンテラ、大きな窓から中を覗くとたくさんの椅子と机が今か今かと客を待っている。
カフェの名前はサンライト。
コーヒーや軽食、夜にはお酒も扱っている。
そして、何を隠そうこの私は、ここ、サンライトの店員である。
サンライトの看板娘キアラとは私の事なのです。
…私以外に女性の店員いませんけどね。
太陽が西の空に傾き空に赤みが差した頃、私は夜にお出しするお酒の準備に大忙し。
なんて、そんなに言うほど客は来ないので小忙しといったところですね。
しかしこの日は小忙しにすらならずに一日が終わりを告げようとしていました。
それを告げたのは短めに整った髭を撫でながらやって来たナイスミドルな店長です。
「キアラくん、今日はもう良いよ。店を閉めて家に帰りなさい」
「え?この店とうとう潰れるんですか!?」
「おいおい勘弁してくれよ、そこまで苦しくは無いさ」
「じゃあ何故?今からのお酒の売上が一番の稼ぎどころじゃないですかー」
私はエールの入った樽を指差して抗議する、売上が落ちれば私の給料にも響きかねない。
「いや…実はな、昨晩コボルトが出たらしい」
「コボルト?」
はて、何だったか、聞いた事はある気がするが私の脳にソレが映像化される事は無く、店長に「それなに?」と視線で問う。
「ふむ、そうだな。シニオンソールで魔物が出るなんて何年ぶりなのか分からない。キアラくんが知らないのも無理の無い話かもね」
「はぁ、…へ?え?魔物!?」
「犬の様な頭部を持ち毛皮におおわれた人型の魔物だよ。背丈は様々なんだが…今回のはかなり大物らしい。懇意にしていたパン屋が襲われてな。逃げるのに必死で良く見てはいなかったらしいが、その…何故かクッキーを奪われていたらしい」
「犬の魔物がクッキーて…ふふふ、なんか可愛いですね。甘い物好きなんですかね」
私の頭にはクッキーを食べながら尻尾を振るワンちゃんの姿しか出てこない。
「笑い事じゃないんだぞ?甘い物が好きならここにも来る可能性があるんだから」
「……言われてみれば…そうですね」
苦味のあるコーヒーには甘いお菓子がよく合うのです。
もちろんクッキーも置いてあるし、スコーンだって焼いています。
「だから女の子は明るいうちに早く帰りなさい」
「そういう事なら…おいとまいたしますかねぇ」
サンライトの店員は店長と私だけ、店長一人では店が回らない、今日は店仕舞いだ。
……… …… …
はてさて困ったどうしよう。早く帰ったは良いものの、いつもならまだ働いている時間帯。お店が開くのは昼から、となれば夕方から明日の昼まで空いてしまった。
休日はやることを決めてから休みに入るからまだ良い。
しかしとつぜんやってきた半休にどうしたものかと頭を捻る、寝る時間が増えたと考えるべきか、それとも…。
「キアラ、暇なら部屋の掃除でもしなさい、あなたの部屋酷いわよ?」
ダラダラしている私に向かって母親からの提案が飛んでくる。
しかし残念ながらそれだけは無い、掃除なんてつまらない。
どこに何があるかは把握しているのだから私の部屋はあれで完成形なのだ。
そんなつまらない事では無く、もっと面白い事に時間を使いたい。
ならば面白い事とは何だろう。…やはり何度考えても行き着く答えは一つだった。
「母さん、ちょっと出かけてくるねー」
「え!?ちょっと!どこへ?」
「お店に忘れものー」
「待ちなさいキアラ!」
もちろん待つ訳が無いし、忘れ物なんて有りはしない。
と言うよりも、サンライトは私の第二の城であり、私物も置きっぱなし、例え忘れ物があったとしても何一つ困らないのだ。
昔、コーヒーが染み込んで汚れてしまった下着を脱いで置きっぱなしにした時は流石に店長に怒られてしまったが…まぁ、基本的には怒られない。
私が付け上がるのはあの優しいナイスミドルにも責任があると思う。
……… …… …
私はいつもの出勤の通路を身を隠しながら慎重に進む。
太陽はもう沈んでおり、地平の彼方がうっすらと明るい程度だった。
街灯はあるものの、やはり薄暗い夜道はドキドキしてしまう。
いや、このドキドキは夜道に対しての物では無いだろう。シニオンソールは平和だ、女の子が夜道を歩いていても襲われたなんていう事件は聞いた事が無い。
というのも、ここシニオンソールでは平和を乱す行為は重罪で、強姦なんてしようものなら問答無用で重い制裁の後追放が確定される。
だから私が夜中に出歩こうが今まで軽いナンパ程度の悶着しか発生しなかった。しつこいナンパも犯罪だからナンパも実に紳士的だ。
男達は相手に不快感を与えないナンパ術を磨くのに必死なんだとか。
では何故こんなにもドキドキするのだろう。
その答えは最初から分かっていた。そう、この町ではご法度な危険を伴うイベントが発生しているからに他ならない。
安全なこの町においてはそれは一種の娯楽にも思えた。
魔物が現れた、ならば一目だけでも見てみたい。
しかも相手は犬の様な魔物だと言うじゃないか、きっと可愛らしい見た目に違いない。
そして私と同じ考えの若者もやはり何人か居るようで、隠れながら夜道を歩く不審者がそこかしこに居た。目が合うと苦笑いを返されたり、サムズアップで返されたり。
ああ、みんな同じなんだな…って言うか暇なんだな…なんて言ってしまったら「お前に言われたくねぇよ」と、返される事だろう。
そして自分の勤めるカフェ、サンライトまであと少しという所まで何も起きずに辿り着く。あと一つ、あと一つ曲がり角を越えればサンライトだ。
私の心臓は早打ちし、呼吸も荒くなる。
居るのか?魔物は居るのか?この曲がり角を越えれば店が見える!
うるさく鳴る心臓の音を押さえ付けながらソーッと曲がり角の先を覗き込んだ。
………居ない。
いつものサンライトだ。今日は店を閉めたから暗いけど、違いなんてそれだけだった。
安心したような、がっかりしたような。まぁ、スリルだけは楽しめたし、良しとしよう。
どうせだから明日の仕込みでもしちゃおうか、今日は何もせずに帰ってしまったから、このままでは明日の仕事が大変だ。
お店の鍵なら持っている。店長の信頼の証なのだ。
颯爽と鍵を開け、店内に入ると灯りを点ける。
机を綺麗に拭いて、汚れたテーブルクロスは洗濯籠へ。誰も居ない私だけの城と化したサンライトでクルクルと踊りながら鼻歌も披露してみたり。
誰も居ないとなると謎のテンションが沸々と沸き上がってきてしまうものです。そう、これは致し方ないというものでしょう。
ね?お客さんもそう思うでしょ?
「え?お客さん?」
窓の外に人影が見えて私の心臓は跳ね上がり、再び鼓動が早くなる。
違う、お客さんじゃない。あんなに大きな人間は居ない。
二足歩行だが極端な前傾姿勢、尻尾も生えており、全長は人間の倍はある。
その体は夜の闇を吸い込んだ様な漆黒の毛皮におおわれ、屈強な手足にはナイフのような鍵爪。そして頭部は…犬なんかじゃなく、目付きの鋭い狼だった。
シニオンソール、日本よりも平和です。
そこまで長くはしない予定です。ちゃんと完走しますので何とぞブクマのお恵みをー(笑)