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フィギュアで飯が食いたい  作者: 結城甘美
8/9

フィギュアを買うならネットかアキバ



     001



 というわけで一同揃って秋葉原のようなところへやって来た。

「ようなところって、いやいや師匠、秋葉原ですよここ。秋葉原のようなところじゃなくて、秋葉原そのものですよ」

「余計なこと言わないでくれよ……作者は人生で一度しかアキバに行ったことがないから詳しい景観をかけないっていうのに」

「ついに作者って言ってしまいましたね」

「お前がさっき言ってた回想話ではそれなりに上手く誤魔化せてたけど、あれも正直言って怪しいところだらけなんだよ。そもそもアキバに百人単位の規模のオフ会を開催できるような場所があるかって話だし」

「一応『Rampart』っていう場所がありますけど。なんなら今から戻って書き直します?」

「いやいや、さすがにそれはラノベだからってやりたい放題が過ぎるだろ。そう、だから上手く誤魔化して終わるはずだったのに、まさか一冊の間で二回もアキバのシーンが出てくるとは思わなんだ」

「二人とも……メタなこと言いすぎ。そういうの嫌いな人もいるんだから……程々に」

「あ、悪い悪い」

 妹に窘められてしまった。

 とは言え、そう、ここは秋葉原のようなところなどではなく、辺りにメイド喫茶や電気街やヨドバシカメラが立ち並ぶ、正真正銘、秋葉原そのものだ。

 もう、まんま秋葉原。

 世界一秋葉原だ。

「師匠。ヨドバシは立ち並ぶほどありません。ヨドバシアキバは一店舗だけです」

「くそ、わずかな記憶と誇大な想像で書いてることがバレてしまう」

 というわけで、微に入り細を穿った説明はできないので、皆さんにはいつもの秋葉原を想像してほしい。大丈夫、ここは間違いなく秋葉原だ。

 そして俺達は今、とらのあなの前に来ていた。

「A店? B店? C店?」

「えっ?」

「えっ? じゃないですよ師匠。まさかアキバにとらのあなが一店舗しかないと思っていたんですか? ホントはもっとあるところを、三つまで絞ってあげたんですよ。さあ師匠、選んでください。ここはとらのあな何店ですか?」

「い、池袋店……」

「秋葉原だっつってんだろ。ぶっ殺すぞ」

「雪音さん怖いっすね!?」

 俺に対して暴言を吐くことは滅多にないので素直に驚いた。

「ほら選べ。AかBかCか。じゃないと師匠が刺傷を負うことになるぞ」

「死傷はしたくないな……じゃあA店で」

「はい、ではここはとらのあな秋葉原店Aです。まあAとBって隣り合ってるんですけどね」

「実質二択じゃねえか!」

 初めから選ぶ余地などなかったということか。

「まあ私もA店に用事があったのでいいんですけど」

 そんなことよりですね……と雪音はくるりと後ろを振り返る。

蜜刃(みつは)さんはまあいいとして……どうして粗チンカスと駄乳女までいるんですか?」

 雪音が訝しげに睨む視線の先には、昨日も見た顔が二人と、数日前に見た美少女が一人立っていた。

 薙乃風鈴に研黒十五夜―――そして、春夏秋冬蜜刃である。

「にゃっはっはー、つるやんに誘われたからに決まってるにゃー」

「おい粗チンカス。口の利き方に気をつけろ」

「あ、はい。申し訳ありませんでした。有難いことにそちらの神剣桜羅氏にお誘いを受けまして、不束者ではありますが同行させて頂くこととなりました」

 忠誠心が凄い上に呼び方が変わっている……。

 一体あの後何があったというのだ。

「私もさっくんからメッセきたから来たんだよ! ゆっきー会いたかったよおおぉぉ!」

 聞いてもいないのに風鈴が口を開き雪音に飛びつく。雪音は「やめろ、離せ!」とまるでしがみ付くゾンビを相手にするかの如く全力で拒むが、残念ながら彼女にはあの手のアクション映画の主人公が持ち合わせているような力はないので、すぐに風鈴にまとわり付かれた。

 本物のゾンビならとっくにジ・エンドだ。

「やっほー桜羅くん。三日ぶりくらいだっけ?」

「お、おう、蜜刃。それくらいだっけか」

 そして真打・メインヒロインこと春夏秋冬蜜刃のご登場。今度は回想ではなくちゃんと現世でのご登場だ。容姿や髪形も三年前とはほとんど変わっていない。変わったことと言えば、俺の彼女に対する呼び方ぐらいだろう。

「離せこの駄乳女め! じゃないと私の師匠が蜜刃さんに盗られちまうだろ!」

「さっくんなんていいじゃん! もしそうなったら私とベタベタしよ~!」

「何が悲しくてお前とイチャつかないといけないんだ! かざゆきのカップリングなんて誰も求めちゃいねえ!」

 風鈴×雪音でかざゆきか。

 ちょっと見てみたい気もする。

「ほらお前達、店の前で騒ぐなよ。迷惑になるぞ」

「そうだにゃー、通り過ぎ様に変な目で見られるぜー」

「おい口」

「はい。重ね重ねすいません」

 一晩でどう調教すればこんなにも従順になるのだろうか。

 人質でも取られているとしか思えない。

「じゃあ行こっか、桜羅くん、智依莉ちゃん」

「ああ、そうだな」

 レズってる馬鹿二人を放置して智依莉の手を握り、俺は蜜刃と十五夜と共に店内へと足を踏み入れるのだった。

 ……そう言えば、雪音は何の同人誌を買いに来たのだろう。



     002



 そんなわけでとらのあなに入店する一同。今回のお目当ては雪音の同人誌なので目的地は四階以降なのだが、折角なので一階から順に見て回っていた。現在は二階のライトノベルコーナーをうろついている。

「いやー、相変わらずものすごい数の小説が置いてあるねー。なんか世界中の本が一気に集められてる感じがするよー」

 もちろんそんなわけはない。世の中には図書館というここの数百倍は本が置いてある施設があるのだが、風鈴は馬鹿なのできっと図書館に行ったことがないのだろう。

「ゆっきー! あっちの方も見てみようよ!」

「はあ? 私は師匠と生涯共に行動を……って、離せ! 聞け!」

 風鈴がガッシリと雪音をホールドし、蜜刃、智依莉と共に別のコーナーへと歩いていく。

「……ふう、ようやく自由な発言の権利を取り戻したにゃー」

 肩身の狭い思いをしていた十五夜がここでようやく大きな溜め息と引き換えに自由を得た。

「お疲れ。一体あの後何があったんだよ」

「大変な目に合ったにゃ。具体的には記せないけど、カービィのSDXで0%0%0%って表示された時くらいの絶望を味わったにゃ」

「具体的だな……」

 SDXに限らず、当時のゲーム達はどうしてあんなにデータが消えやすかったんだろうな。

「もう二度と、ゲームやゲーマーを舐めたような口は利かないようにするにゃ」

「まあ、少なくとも雪音の前ではやめた方がいいだろうな」

 ゲームを馬鹿にするような発言は俺でさえ怒られるからな、俺は適当に捕捉する。

「しかし、数年で色んなラノベが出たにゃー。俺なんか未だに高校時代にハマった作品で時間が止まってるから、最近の作品なんか全然わからんにゃー」

 店員のイチオシの棚に並べられた様々な表紙のラノベを見ながら、十五夜が感嘆の声を上げる。実はこんな見た目だが十五夜も高校生時代までは俺と遜色ないアニメ好きのオタクだったらしい。だがそれではいかんと大学デビューを決めて今のようなキャラ付けになったようなので、十五夜は最近流行り出したアニメやジャンルなどに疎い部分がある。半面、一昔前に流行った作品についてはかなり詳しいようで、俺と腰を据えて懐かしの作品を語り合うこともしばしばある程だ。

 懐かしの、とは言ってもお互いまだ二〇歳そこらなので、懐かしむほど時代に置いてかれてはいないのだが。

「つるやん、なんかオススメのラノベとかないか? できれば巻数そんなに多くない奴で」

「クロス・コネクト」

「お? 即答か。ガガガ文庫か?」

「いや、MF文庫だが」

「……ここはガガガ文庫の作品を上げて、少しでも媚びを売るとこじゃないのかにゃ?」

「媚びる必要なんかねえだろ。実力で勝負しろ実力で」

 良からぬ発言をした友人に対し俺は嘆息する。

「で、クロス・コネクト? どんな話なんだにゃ?」

「陰キャで人間嫌い、だがかつて開催された『伝説の裏ゲーム』を全世界で唯一クリアした少年・垂水夕凪(たるみゆうなぎ)。平凡な高校生になった彼だったが、あるきっかけから「100人の凄腕プレイヤーが『姫』を殺す」新たな裏ゲームに強制的に」

「いやいや、宣伝パネルそのまま読んでるだけじゃねえか。お前が読んだ感想を聞かせてほしいにゃー」

「あー……うん、いや、実は読んでないんだ。時間がなくて」

「は? じゃあなんでオススメなんだよ」

 訳が分からない、という顔をする十五夜に対し、俺は店頭に並べられているクロス・コネクトの表紙を指さした。

「これだ」

「?」

「イラストレーターがきのこのみ、しかもkonomi大先生の方なんだ」

「…………」

 すごく冷めた目を十五夜に向けられた。

「えーっと、つまりあれか? イラストに惹かれて買ったと?」

「惹かれたのではない。konomi大先生がイラストを描いているから買ったのだ」

「……んで、挿絵を見るだけで満足して、内容を読んでいない理由を時間がないせいにした、と?」

「……そんなことはない」

 そんなことはあった。

 というかまんまそんなことだった。

「……この萌え豚が」

「なんだよ! いいじゃねえかラノベを買う理由なんて人それぞれでもよ! 別に内容を蔑んでいるわけでも買った後に本を燃やしたり捨てたりしてるわけでもないんだし、絵師のイラストを楽しめるだけでも大満足なんだよ! そもそも俺、異世界転生物とかこてこてのファンタジーストーリーとか実はそんなに好きじゃないんだよ!」

「転生物や王道ファンタジーが好きじゃない!? 散々リゼロとかこのすばのフィギュア買いまくってるくせに好きじゃないっていうのかにゃ!?」

「あれはキャラが好きだから買ったんだ! それにアニメだってちゃんと見たし、別に原作を愛してなきゃフィギュアを買っちゃいけないなんて決まりはない!」

「そんなんでオタク名乗ってるのかにゃ!? なーにがオタク系ワンブラウナーのトップを目指すだよ、ジャンルが狭すぎるんじゃねえのかにゃ!?」

「俺は日常系アニメが大好きなんだよ! 女の子がキャッキャウフフして毎日キラキラきららファンタジアのように輝いて、そんな誰もが笑って誰もが望む最っ高に最っ高な幸福な結末(ハッピーエンド)が大好きなんだよ!」

「何しれっと上条さんの名言引用してんだにゃ! いくら台詞が格好良くてもこんな状況でそれを言えば全てが台無しだにゃー!」

 ギャアギャア店内で騒ぎ始めるオタク二人に、周囲から好奇と蔑視の視線が集まる。おどおどした女性店員が止めに入ろうかどうしようか悩んでいるのが見えたが、そんなことは気にしてられなかった。

 と。

「犬。ステイ」

「はい!」

 腕を組みながら十五夜の後ろから現れたのは飼い主―――ではなく、なんとか風鈴から逃れてきたらしい雪音だった。

 ドロンジョ様みたいな登場の仕方すんのな。

「何生意気に師匠に噛みついてんだよ」

「い、いや、これには色々と深いわけが」

「あ?」

「いえ、本当にいつも、雪音様と桜羅様には重ね重ねご迷惑をおかけしております」

 従い方が堂に入っている。

 こいつ、敬語とか喋れたんだな……実は俺よりもよっぽど社会的なのかもしれない。

「師匠も、あんまりお店で大声出しちゃだめですよ。めっ」

「可愛い」

 素直に可愛いと思ったのでそのまま口にする。

「当たり前です。師匠の妻たる者、常に可愛さを忘れてはなりません」

「俺の妻たる者は常に常識を身に付けてほしいんだけどな」

 いきなり『妻』とか言い出す少女が現れたせいで周囲からの視線が更に冷徹な物になる。しかも前述の通り雪音は実年齢こそ一八歳だが見た目だけなら中学生でもまかり通る外見をしているため、『女子中学生に嫁と言わせてる現実と妄想の区別がつかない末期患者』というレッテルが既に俺には貼りかけられていた。

 このままでは出禁になってしまう。

「ところでクロス・コネクト、是非読んでみてくださいよ師匠。イラストもさることながら、内容もとても面白いですよ。さすが新人賞を受賞しただけのことはあります」

「随分偉そうだな……え、何、お前も買ってんの?」

「はい。この前師匠の本棚に並んでいたのが気になって、ネットで注文しました」

「そうだったのか……どんな内容だったんだ?」

「それを言ってしまうと恐らく師匠はそれで満足して読まなくなるでしょうから、敢えて何も言わないことにします。ですが、別に仲間を集めて魔王を倒したりするストーリーではないので、普通に師匠でも世界観に慣れると思いますよ。あれです、ノゲノラに近い感じです」

「ざっくりしてるなあ……」

 とは言え、少し興味が湧いてきた。

 帰ったら読むことにしよう。

「イラストで買うのもいいですが、折角買ったんだから読んでみてくださいよ。買ったフィギュアを開けないで置いておくの、師匠も嫌でしょう?」

「あー、それすっごいいい例えだわ」

 確かに作家側からしてみれば、小説の内容ではなくイラストで買ったなどと言われた暁には、いくら売り上げに貢献しているとは言えいい気持ちにはならないだろう。

 失礼なことをしていたと今更ながらに気付く。

 猛省。

「まあ、確かにイラストも綺麗ですよね。私もkonomiさん大好きです。……そうだ、この小説もイラストはkonomiさんにお願いしましょう! そうすれば私もkonomiフェイスになれますし、可愛い顔になれば師匠に妻にしてもらえそうです」

「身も蓋もないことを言うね君は……一体いつから、こちらからイラストレーターを指名できるような立場になったんだよ」

「でも師匠、想像してみてくださいよ。Konomiタッチのイラストで描かれた、智依莉さんと裸ワイシャツの私が師匠に襲い掛かる挿絵を……興奮しません?」

「いや興奮はするけども!」

 てかそのシーン、イラストに書き起こすのかよ。 

 思い起こしたくもないのに。

「興奮と言えば、『甘え方は彼女なりに』、あれはほんっとにいいゲームだった。あおかなに匹敵するぐらいいいゲームだった」

「急にエロゲ―の話ですか。それは三階に行ってからでもいいのでは?」

「尺の都合で一階シーンもカットしたからな、三階シーンも多分カットする」

「尺の都合じゃなくて行ったことないから書けないだけでしょう」

「黙らっしゃい」

 虚を衝かれたので静かにさせる。いや衝かれたのは実なのだが。

「あおかなまたやりてーなー。エクストラ1を無限にやってたい」

「それあおかなが好きなんじゃなくて単純に真白ちゃんが好きなだけなのでは?」

「そんなことはない。確かに真白は愛しているが、俺は莉佳だって大好きなんだ。総選挙での順位が著しく低くてこっちが悲しくなったけどな」

「私、あの娘を初めて見た時に、CVは絶対に豊崎愛生だと思ってました」

「個人名を出すな」

 俺もずっと思ってたけどさ。

「そう言えば師匠、確か真白ちゃんはゲーマーでしたよね? ……あらビックリ、私もゲーマーじゃないですか! つまり師匠は真白ちゃんを愛している=私を愛しているということなのでは?」

「いやお前うどん屋じゃないじゃん」

「ぐっ! 確かに……」

「うどんのダシの違いも分かんねえような女を嫁にするのはちょっとなー」

「りょ、料理も勉強しますからあ! だから嫁に貰ってくださいお願いしますう!」

 店内でとんでもない懇願をしながら雪音がしがみ付いてきたせいでいよいよ同フロアの客全員に睨まれ始めたので、俺はそそくさと二階を後にするのだった。



     003



 A店五階、同人誌コーナー。

 このフロアには主にアニメ・コミック・ラノベに関する同人誌が置いてあり、同人誌ハンターである俺や十五夜がこの店で一番よく訪れる階層だ。

「おっふ」

 俺は商品棚に表紙が見える形で陳列されたkonomi大先生の同人誌を一冊、片手に取り吐血した。

 吐血しかけたのではない。

 吐血しました。

「尊い……尊すぎる……仰げば尊死」

「気持ちはわかるが店内で吐血はどうなんだにゃ……」

 ちなみに雪音は目当ての同人誌を探しに単独行動、風鈴は一八歳未満の智依莉と共に一般コーナーでぶらぶら、俺と十五夜と蜜刃は三人でぐるっと一八禁コーナーを回っていた。

「あ、待って。無理。まぢ無理なんだけど」

「推しカプを見た腐女子みたいな反応になってるにゃ」

 あまりにも素敵すぎるイラストを見ると、もうなんだかふわふわした気持ちになって、それなのに胸が苦しくなって、そのイラストをどうしてしまおうかと悩みしかし自分には見つめることができなくて、結局「はぁ~~~~っ……」と深い溜め息をつくことしかできなくなる。

 わかる方はいるだろうか?

「だって考えてみろよ。雪音や風鈴達がこんな大先生に描いてもらえるんだぜ? 俺、智依莉とか辺りに本気で手を出してしまうかもしれない」

「何勝手にイラストレーターを決定事項にしてるんだにゃ。あと妹に手を出したら俺は友としてお前を警察に突き出す」

 呆れたという眼差しを俺に向けてくる十五夜。

 何故、呆れられなければならないのだろうか。

 不明だ。

「ちなみに聞いてやるけど、konomi先生以外に挿絵をお願いしたい絵師は?」

「あゆま紗由大先生とAYU大先生と矢吹神」

「一人だけ神がいる」

「でも俺、矢吹神にはやっぱお願いしたくないかも。そんなことをしている暇があったらToLOVEるに新作を早く描いて欲しい」

「期待してんのか急かしてんのかどっちなんだにゃ」

「新シリーズのToLOVEるOrange、まだかなー」

「どう聞いても美柑ちゃんが主役じゃねえか」

「何言ってるんだお前は。無印もダークネスも主役は美柑だったろうが」

「お前ホントに全巻読んだかにゃ!?」

 当然読んでいる。読んだ上で意見具申申し上げているのだ。

「桜羅くん、研黒くん。どれを買うか決まったの?」

 またぞろ店内で言い争うことになりそうになったところで、それを抑制するかの如く蜜刃が問いかけてきた。

「ん? ああ、一応見繕っているところだ」

 見ると蜜刃は、自身の性器を両手で開きながら『いいよ……キて☆』とでも言ってそうな表情をしている金髪の女の子がでかでかと描かれた同人誌を、他数冊と共に右手に抱えていた。

「……それ、買うのか?」

「え? あ、うん。フィギュアの構図に使えそうな体位がいくつか載ってたから」

「そ、そうか……」

 別に初めてのことではないのだが、何度見ても美少女がエロ同人誌を堂々と買っている様は衝撃的というか、未だに慣れるものではない。まあ私欲のためではなく造形のための参考資料として買うのだから、俺達みたいな(よこしま)極まりない邪悪な連中よりかは遥かに真っ当なのだが、一体どんな気持ちでそういうシーンを見ているのだろうか。

 聞いてみようかな。

「セックスしてるシーンって、どういう気持ちで見てるんだ?」

 自分でも驚くくらい直球(ストレート)な質問だった。

 直球(ストレート)でぶん殴られても文句は言えまい。

「せ……せっく……? もう、なんでそんなこと聞くのさ!」

「そうだぞつるやん。今のはいくら何でもデリカシーがないぜ。みっちんじゃなかったらセクハラで訴えられてたかもしれないにゃ」

「なんだ十五夜、お前は蜜刃がエロ同人誌をどんな表情で読んでいるか気にならないのか?」

「いや気になるとかならないとかじゃなくて、たとえ気になってもそういうのは女の子に聞くべきことじゃないって言ってるんだにゃ。なあみっちん?」

「そ、そうだね。まあ別に話せなくもないけど……うん、桜羅くんには内緒」

「えー、なんでだよ」

「なんでもだよ」

 なんでもらしい。

 流石にそれ以上問い詰めるとそれは変態の所業なので憚られた。

 俺は変態だが紳士なので、女の子が嫌がるようなことはしないのである!

「変態と紳士は等式として成立しないんじゃないんですかねー」

「だから地の文を読むなって……あれ?」

 振り返れば、どうやら今のツッコミは雪音の物だったらしい―――だが、心なしか表情は少し落ち込み気味のようだった。

「雪音? なんで元気ないんだ??」

「あーいえ、探してた同人誌が一冊もなくてですね。数は少ないだろうなあと思ってはいたんですが、まさか誰一人として書いていないとは……」

「ほう」

 雪音の気持ちは痛いほど分かるものだった。メジャーなキャラや人気どころの同人誌は一定の需要があるので絶対数が多くなるが、反面サブヒロインや公式が全然推さないキャラや一部の界隈で持ち上げられているキャラなどは、同人作家の好みによっては全くもって本にならない場合の方が多い。特に登場キャラの多いアイマスやFate、艦これ系統がそれにあたる。現にこの売り場の艦これコーナーも人気どころの鹿島や鈴谷、加賀なんかが過半数を占めており、那智や阿武隈達の本はほとんど見かけられない。そのため、そういったいわゆるマイナーなキャラのイラストも内容も自分好みな同人誌というのは大変貴重な物なのだ(別に那智と阿武隈はマイナーではない気もするが。阿武隈強いし)。

「残念だったな。まあ需要が出てきて目を向けられるようになるまで待つしかないさ」

「そうですね……そろそろ出てると思ったのですが、調べておけばよかったです」

「ちなみになんの同人誌なんだ?」

「私と師匠の同人誌」

「出てるわけねえだろ!」

 今日一番のツッコミを叩きこんだ。

「いやですね、恐らく出ていないだろうなあとは思ったのですが、しかし万が一ということもあるじゃないですか? 推しキャラの同人誌なんて忘れられたころに掘り出し物が出てくることの方が多いわけですし」

「だからってアニメ化もしてない作品の同人誌が出てるわけないだろ! まだ一巻だぞ!?」

「だとしても、こんなにイチャイチャベタベタしてきたわけですし、そろそろ出てもいいと思うんですよ。私としては、師匠がいつまでたっても私に身体を委ねてくれない以上、もう誰かが描いた作り話で自分を慰めるしかないわけじゃないですか。私と師匠が熱く暑く厚く絡み合って溶け合って蕩け合う、情熱的且つ潜熱的なエロ同人誌を欲しているわけですよ」

「同人誌を読む理由が本能のまま過ぎるだろ……端からそんな淫猥思考で読む気満々でいるんじゃねえよ」

「マンマン……やだエロい」

 会話したくなくなってくる。

 マジで何なんだこの無尽蔵性欲モンスターは。

「しかし、一冊もないとなると折角来た意味がありませんね。文字通りの無駄足です」

「え、ちょっと待て。本誌を面白くするための冗談とかじゃなくて、マジでどう考えても存在し得ないはずの、したらしたで忌まわしき存在になるであろう本を、本だけに本気で探しに来たっていうのか?」

「ええ。本だけに本気で探しに来ました。」

「意味ありげに同人誌を探しているだなんて唐突に言うから、何か重要な本を探しているんじゃないかと思ってわざわざ少ないページ数調整してこのシーンを無理やりねじ込んだのに?」

「ええ。ブックだけにぶっくぃらぼうで探しに来ました」

「いやぶっきら棒ではなかった」

 ちょっと無理があるだろ。その言い回しは。

「仕方ないんでレビューページにでも書いておきます。『同人誌あく』って」

「お前が一番悪だよ」

 ひどーい、とむくれる雪音をジト目で睨みつつ、俺は深く溜め息をついた。

「こんなことなら家に籠ってればよかった……智依莉とイチャついてた方がマシだった」

「いいじゃねえかつるやん、こんなに愛してくれる人がいてよ。羨ましい限りだぜ」

 ボソッと、雪音には聞こえない声で十五夜が呟いた。

「こんな変態でもか?」

「こんな変態でもだにゃ。そして安心しろ、お前も負けじと変態だにゃ。世の中には愛されたくても誰からも愛されない悲しき運命のもとに生まれた人間だっていっぱいいるんだから、もうちょっとゆきねんに優しくしてやったらどうだにゃ?」

「むう」

 まあ言わんとしていることはとてもわかる。俺だって自分に向けられた好意を頑なに拒むほど無味乾燥な心を持った機械人間ではないし、雪音の気持ちはもちろん嬉しい。まあ性欲の面はちょっと手に負えなさそうなのが玉に瑕なのだが。

「てか、そろそろ付き合ってやったらどうなんだにゃ? お似合いじゃないか」

「い、いきなり何を言い出すんだよ」

「いきなりも何も、なんだかんだ数年経つんだろ? もういい加減頃合いを見た方がいいと思うにゃー」

 人の恋愛事情にサラッと口を出す十五夜に俺はドキッとした―――そう。

 もしかしたら読者の中には薄々感づいていた方もいたかもしれないし、若しくは特に意識などせずに読み進めていた人もいるかもしれないのだが、神剣桜羅と鵞切雪音は別に男女交際を行っているわけではないのだ。

 言ってしまえば、雪音側からの一方的な猛アタック。

 傍から見ればこの関係なんて言うのはなんとも女たらしというか、都合よく可愛い女子を言いくるめて体よくキープしているように見えるかもしれないが、生まれてこの方異性とお付き合いをしたことのない非モテ童貞根暗オタクがそんなことを絶対にするはずがないということはどうかご理解いただきたい。

 寧ろ。

 今まで異性と恋愛関係にもつれ込んだことがない、どころか女子からの告白なんかされたことがない、というかそもそもが女子とまともに接したことすらない俺の学生生活がここでは逆に災いとなっているのかもしれない。例えオタクであったとしても俺が真人間ならば、真っ当な人生を送ってきた日本男児ならば、自分に好意を寄せる少女の気持ちを易々と無下にはしないだろう。

 雪音の気持ちは嫌ではない―――いや、もう格好付けるのはよそう。雪音の気持ちは普通に嬉しい。素直に嬉しい。付き合ってみたいという気持ちは当然あるし、なんならその先の、具体的に言うことでもないかもしれないが彼女と性行為に及んでみたいという思いもある。ぶっちゃけ好きだ。好きか嫌いかの二択で好きなのではなく、はっきりと、異性として、俺は雪音のことが好きだ。いつからか俺はとっくに自分の中に芽生えた気持ちに気付いていた。勘のいい雪音はもしかしたら、俺よりも先にこの気持ちが俺の中で発芽したことに気付いていたのかもしれない。このまま行けば絶対俺と結ばれるということをわかっていて、わかった上でああも猛烈なアピールを今日に至るまで続けてきたのかもしれない。

 お前らもう付き合っちまえよ状態である。

 お互いが両想いなことに、お互いがとっくに気付いているのだ。

 だけど。

 だけれど。

 だけれども。

 そんなお熱い仲であったとしても、俺は彼女との男女仲に踏み出せずにいる。彼女からの求婚発言に内心ドキドキしながらも、毎度毎度それなりに喜びながらも、しかしそれでも俺は彼女の気持ちに応えない。例え雪音に俺側の好意がバレていたとしても、『俺は別にお前のことなんて何とも思ってませんよ』なんて面倒くさいツンデレよろしく、白々しくクールに適当な返事をしてきた。

 怖いのだ。

 付き合うことにより、今までの仲が変わってしまうことが、お互いのパーソナルスペースに介入しすぎることによって地層にズレが生じることが、俺達を気遣うあまり、意識するあまり、十五夜や風鈴や蜜刃、そして智依莉までもが次第に離れていくことが―――違う、そんな恋愛ラブコメによくある悩みなどない。恐らく俺達の仲が変わることはないし、周囲が散り散りバラバラになることもない。あいつらはそんなに器用な人間ではないのだ。

 怖いのは―――幻滅されること。

 雪音の中で俺という存在は―――神剣桜羅という類人猿の存在は、恐らく神に近い存在感を放っている。苗字に神と入っているからではなく、俺が生まれつきの神の申し子だからというわけでもなく、ただ単純に一人の少女を救ったという事実が、死の淵に面した鵞切雪音という少女に生きる希望を与えたという事案が、彼女の中で俺を神として奉り上げているのだ。

 神に感謝する。

 神に崇拝する。

 結果―――神に恋をする。

 しかし―――その気持ちというのは、果たして純然たる恋心なのだろうか? 憧れの先輩に抱く好意と、ピンチに陥った自分を救った救世主に対する好意と、地獄の日々を送った自分に生きる希望の光を与えた神に対する好意は、果たして同じ物として捉えていいのだろうか? 全て同じく等しい恋心として、同じ土俵で比べ合わせていい物なのだろうか?

 神に対する好意は、神に対する好意ではなく、神の行為に対する好意なのではないだろうか。

 雪音は俺が好きなのではなく、俺が彼女を救ったという事実が好きなのではないだろうか。

 そして残念なことに、俺は神ではない。たとえ彼女を偶発的に救ったところで、その行いは彼女本人からしか感謝されておらず、とくに国民栄誉所などが与えられて奉られたりなどはされていない。どころか俺は自分のことを神だと思ったことすらない。逆にゴミだと思ってるくらいだ。

 ゴミ。

 ゴミは、踏みつけて踏みにじる物。

 そして雪音がそこに気付いた時、俺が神などではなく彼女となんら変わりのないただの人間であると気付いた時、彼女の俺に対する崇拝心がゴミのように踏みにじられた時、果たして彼女は正気を保てるだろうか。自分を救ってくれた人間が実はどうってことのない、至って普通な、いやそれどころか劣っているところばかりの量産型の改悪品だと、塵芥な人間だと知った時―――俺は彼女に、幻滅されてしまうのではないだろうか。

 彼女を絶望させてしまい。

 そしてもう一度、同じ道を歩ませてしまうのではないだろうか。

 彼女にとって唯一の味方とも言える俺が敵に回った時、生きることに価値を見出せなくなってしまった彼女は、同じ過ちを繰り返してしまうのではないだろうか。

 それが怖い。 

 俺のせいで彼女がいなくなることが怖い。

 恋人どころか友達ですらいられなくなることが。師匠と慕う彼女が消えてなくなることが。

 怖くて―――恐い。

 そんな思いをするくらいなら、男女交際なんてしない方がいい。

 関係性の発展など望まない。 

 一生今のままでいい。

 それはそれで、彼女の思いに応えられない自分に憤懣が募るわけだが。

「……いいんだよ。今のままで」

「は? なんでだよ」

「なんでもだ」

 容喙する十五夜に適当に答える―――少なくとも今は。

 雪音が、神ではなく俺を好きになってくれるまでは、今のままでいいと、俺は思う。



     004



 とらのあなには本だけではなく実はフィギュアも売っているという事実を皆さんはご存じだろうか? 知らなかった方はぜひ足を運んでいただきたい。もちろん買うつもりで。

「はえー、最近のフィギュアはやっぱすっごいにゃー」

 棚に陳列された様々なフィギュアを眺めながら、十五夜が感想を述べる。

「最近のフィギュアって、最近のフィギュアは大体師匠が動画でレビューしてくださっているじゃないですか。まさかあなた、師匠の動画見てないんですか?」

「んにゃー、俺あんまり他の人の動画とか」

「口」

「僭越ながら私、他の方の動画はあまり拝見しておりません。申し訳ありません」

「師匠の動画を見ないなんて、どこに生きる価値を見出しているんですかあなたは」

 ハッ、と嘲るような視線を十五夜に送り付ける雪音。

 こいつもコイツで俺への忠誠心半端じゃないな。

 さっき『雪音の中での俺は神として』とか言っちゃったけど、これもしかしたら神どころのレベルじゃないのかもしれない。

 余計付き合えなくなっちまってるよ。

 どうすんだよ。

「ていうかOneBrowserに師匠の動画以外で見る価値のある動画とかありますかね? ねえ智依莉さん」

「ないね……兄ぃにの動画以外興味も価値もないね」

「君達怖すぎるんだよ。あとここには俺と以外の同業者が三人いることを忘れるな」

 指摘を受け、十五夜と蜜刃が苦笑する。ちなみにもう一人の同業者である雪音は特に気にはしていないらしい。

「まあ、私の動画って万人受けする内容じゃないからね。桜羅くんの動画の方が確かに面白いかも」

「いやいや、俺だって万人受けするチャンネルじゃねえよ。それに蜜刃のチャンネル登録者の方が俺より全然多いじゃないか」

 蜜刃のチャンネル『みっちゃんねる』は、現在登録者十万人少々であり、俺の登録者よりも多い。なので蜜刃のそれは謙遜だと思ったのだが、

「配信者は登録者がすべてじゃないよ。登録者が多いけどアンチとか信者ばっかりになるよりは、登録者が少なくてもファンが多い状態の方が活動しやすいじゃない?」

「それはそうかもしれないが」

 ちなみに信者というのはアンチと同じくらい配信者からは嫌われている。理由は単純明快で、何をやってもアンチが批判をするように、信者はこちらが何をやっても喜ぶからだ。何かを開封しても何か失敗しても何かをやらかしても、まるで同じ動きしかできない旧型ロボットのように肯定的な意見を送り続ける。しかしそんな甘い声だけでは配信者が成長できるわけもない。なので配信者が一番大事にしているのは、いいところも悪いところもしっかり見極めて指摘・意見してくれる、ファンという存在なのだ。

 信者とファンは全くの別物である。

 信者は、神を信仰する者は、盲目的になりやすい。

 或いは雪音も、そうなのかもしれない。

「それにそういうのは関係なく、桜羅くんの動画は面白いよ。レビューも上手だし、開けてる時の喜びがわかるし、何よりフィギュア愛が伝わってくるよね」

「そう! そうなんですよ! 師匠の動画には愛があるんですよ! さすが蜜刃さん、よくわかっていらっしゃいますね!」

「うん。ずっと昔から見てるからね」

 さりげなく『私はあなたよりもずっと前から桜羅くんの動画を見てますよ』的な古参アピールをしていることに、雪音も俺も気付いてはいない。

「わ、私だってさっくんの動画のお陰で、アニメのキャラクターとかゲームとかちょっとわかるようになったし! せいくんの動画はあんまり面白くないからすぐに飽きちゃうけど、さっくんの動画は最後まで見てるから!」

 さりげなく十五夜のクリエイター魂をズタズタに引き裂いていることに、風鈴以外の全員が気付いている。 

「おいお前達。見てくれているのは嬉しいのだが、配信者本人の前で感想を言うのはやめてくれ。恥ずかしくなる」

「ええ~? 師匠、もしかして照れてるんですかあ~? かっわいい~♪」

 うっぜえー。

 だからやめろっつってんだよ。

「あー! 俺の大好きな『風林火山』師だーっ!」

 俺は照れ隠し(全くもって隠せていないのだが)の代わりとして、適当なフィギュアを一つ指差し、わざとらしく声を上げる。少し声が大きかったのかそれともいきなり叫んだためか、風鈴が少しビクつくのが面白かった。

「風林火山? なんだそりゃ、この娘の名前かにゃー?」

 俺が指さしたフィギュアは、少し前から流行っているソシャゲ『因果応報のメソッド』というファンタジー作品に登場するキャラクターの一人で、美しいロングヘアの金髪でかなり際どい衣服を着た貧乳の美少女だった。

「いや、この娘は龍ヶ(りゅうがみね)アイスちゃんだよ。アイちゃんっていうんだ。崇めよ」

「いや知りもしないキャラを崇めはしないけど……じゃあ風林火山ってなんのことだにゃ?」

「原型師さ」

「?」

 疑問符を浮かべる十五夜に、俺は懇切丁寧に説明する。

「このフィギュアを作った原型師のことだよ。最近業界でもよく名前を見るようになった、実力派の原型師の一人さ。非常に高い造形力はさることながら、この方が凄いのはポージングが(、、、、、、)全部オリジナル(、、、、、、、)という点なんだ。世に出回る多くのスケールフィギュアの多くは、既に存在する何らかのイラストが元になったフィギュアが多数を占めてて、そこに若干のアレンジを加えている場合が多い。まあイラストには二次元特有の嘘が混ざっているから、完全にそのまま立体化するのは無理だからな。そう、だからポージングから完全にオリジナルのフィギュアっていうのは数が少ないんだけど、この方が作るフィギュアはどれもこれも参考にしたイラストがない、すべて完全オリジナルポージングなんだよ。それでも毎回素晴らしいクオリティを誇っていて、かなり安定した造形力を持っている原型師なんだよ」

「ほほう。それはすごいにゃー」

「あと、個人的な感想だが俺が立体化してほしいと思ったキャラばかり作ってくれる。もしかしたらこの方は俺の動画を見て下さっているのかもしれない」

「だといいがにゃー」

 俺の熱い力説も虚しく、十五夜にはいまいち情熱が伝わらなかったらしい。

 人が親切に説明してやったというのになんだコイツは。

 死ねばいいのに。

「あー、風林火山師がもし俺の動画を見てくれているのなら、いんメソの真ヒロインであるところの柊骸(ひいらぎむくろ)ちゃんもフィギュア化してくんねえかなー」

「いやいや師匠。あの娘はどう考えてもモブキャラですから。ロリキャラを全員真ヒロイン扱いしないでくださいよ。その論理で言ったらロウきゅーぶとかりゅうおうのおしごと! とか登場キャラ全員真ヒロインじゃないですか」

「んー、でもりゅうおうのおしごとで一番好きなの銀子ちゃんだしなー」

「にわかロリコンだ……」

 ジト目で雪音に睨まれる。ちなみに非常に残念ながら俺はロリコンでもシスコンでもないので悪しからず。

「柊骸ちゃんってどんな娘なの?」

「よくぞ聞いてくれた」

 興味を示してくれた風鈴に、俺はスマホでいんメソを開きキャラ画像を見せつけた。

「うわっ、エローイ」

「そう、この幼さにしてこのエロさ、まさにヒロインの風格に相応しいんだよ。性能もそれなりに強いし、天井課金するために十万突っ込んだ価値があるってもんだぜ」

「じゅ、十万!? 十万って十万円!? そんな大金をゲームに!?」

「そういわれると身も蓋もないが、しかしソシャゲってそういうもんだからな……」

 まあ冷静に考えれば一つのゲームに十万単位で課金するなど中々狂った考えだとも思うが、それでも天井というシステムで確実に引けることを考えれば安いと思えてしまう。まんまと運営の罠にはまっている哀れな図であろう。

「ま、確かにソシャゲってゲームって感じがしませんよね。あれです、音ゲーとか格闘ゲーとか自分が成長するのがゲームで、RPGとかは作業、ソシャゲは買い物って感じで私は捉えてますよ」

「ソシャゲは買い物……奥が深いな」

「師匠に同感していただけるなんて……しかも奥が深いなんて、こんなところで大胆です」

「お前の頭ん中が浅はかだってのはわかったわ」

 言葉で罵りながら、雪音にデコピンを食らわした。

「えーっと、じゃあさっくんはこのキャラのフィギュアが欲しいんだね」

「え? ああ、まあそうだな。たださっき雪音が言った通り世間的にはモブキャラ扱いされているみたいだから、立体化は正直絶望的なんだよなー」

「ふーん……骸ちゃんね」

 ふんふんと鼻息を上げながらじーっとスマホに映る骸ちゃんを眺める風鈴の姿に、俺は少々嬉しくなる。

「そんなに気に入ったなら画像送ろうか?」

「へっ、いやいいよ! 自分で探すから!」

「……? そ、そうか」

 わざわざ自分で探すほどに気に入ってくれたのか。

 他人に共感されて嬉しくなるオタクである。

 と、ふと横を見ると十五夜が若干退屈そうにスマホを弄っていた。

「なんだ十五夜。もしかして、お前フィギュアに興味ないのか?」

「にゃー、バレたか?」

「なんとまあ!」

 仰天する。

 俺は表情筋を巧みに使い、出来る限りの驚愕の表情を浮かべた。

「オタクの癖にフィギュアに興味なしって……どういう神経してんだよ」

「んー、なんて言うか、フィギュアが嫌いってわけじゃないんだけど、さして興味も沸かないって言うか、わざわざあんな高いもの買うくらいなら他の物を買った方が幸せにならないかにゃ? つーかぶっちゃけフィギュアの魅力ってよくわかんないにゃー。だって立体なんだぜ? 二次元を立体化するって、なんかそれはもう二次元という概念そのものにケンカを売っている気がするにゃー……あ」

 最後までひとしきり言い終わったところで、「しまった」という表情を浮かべる十五夜。恐らく昨夜同じように他人の好きな物を軽く馬鹿にしたせいでとんでもない目に合ったので、その記憶がフラッシュバックしたのだろう。

「いや、別に否定する気はねえんだぜ? 誰が何に情熱を注ごうと個人の勝手で―――」

「……おい駄犬。お前まさか師匠に喧嘩打ってんのか。あ?」

「滅相もございません雪音様! どうにも私は言葉選びが下手なようでしてしかし彼を罵倒するような真似をするつもりは……!」

「いや、いいんだ雪音」

 またぞろ大騒ぎになりかけた空気を、俺はぴたりと落ち着かせる。

「しかし師匠、こいつ、フィギュアを馬鹿にしたんですよ! 悔しくないんですか?」

「別に俺が作ったわけじゃないんだから悔しくなったりはしないよ。まあ好きな物を馬鹿にされたら悲しくはなるけれど、でもそれ以上どうこうしようって気はない」

 て言うか寧ろ、と俺は続ける。

「そういう奴に興味を持ってもらうのが、俺の仕事だ」

 言って俺は、十五夜の方を見る。

「十五夜。お前、こういう娘好きだよな?」

 俺はアイちゃんの横にある、同じく『因果応報のメソッド』に登場する女の子のキャラクター・霧ヶ谷夢乃(きりがやゆめの)ちゃんのスケールフィギュアを指さして問うた。黒髪ストレート・ツリ目・巨乳・相反するかのような機械色の強い武器と、十五夜の好みがギュギュッと詰まったキャラクターの一人だ。

「ん? ……おお、こいつは可愛い……こんな娘がいるのか」

「だろ? お前なら多分一目で惚れると思っていたが……十五夜。もし良ければ、こいつを買ってみてほしい」

「え? いやつるやん、いくら可愛いと言っても、流石にフィギュアを買うほどではないにゃー。しかも俺、このキャラもゲームも全く知らないし」

「俺の三倍は登録者がいるんだ、金はあるだろ? いや、どうしても嫌なら俺からのプレゼントということで俺が出す。だからこのフィギュアをお前に買ってほしい」

「待て待て待て、なんでそこまでして俺にフィギュアを買わそうとするにゃー!」

 困惑する十五夜に、俺は努めて冷静に語る。

「十五夜。確かにお前の言う通り、フィギュアは二次元の存在意義に反しているかもしれない。俺の存在ぐらい、世の(ことわり)に反しているかもしれない」

「いやそこまで言ってないにゃ」

「でもな、俺はそういう人達にこそ、フィギュアを買ってほしいんだ。買って、見て、触って、眺めてほしいんだ。もちろんフィギュアの素晴らしさを俺が語ることもできる。なんなら洗脳のごとく相手に反論の余地を許さない勢いで捲し立てることで、半ば強制的にフィギュアの虜にすることだってできる」

「洗脳するのかよ」

「でもな、いくら拙い言葉を並べたところで、結局フィギュアの魅力を完全に伝えることは不可能なんだ。どうしても無理がある。無駄がある。だから買ってほしいんだ。実際に見てもらえれば、それだけでもう説得力としては充分な戦闘力を発揮する。百聞は一見に如かずなんて、誰が言ったか知らないけどよく言ったものだよ。だから俺は、少しでもフィギュアを買いたいという気持ちになってもらって、実際に買った時の『フィギュアの本当の素晴らしさ』を味わってもらうために、わざわざ動画で開封レビューなんてやってるんだ」

 まあ好きでやってるのももちろんあるけどな、と補足する。

「にゃあ、そこまで言われると、なんか試されてる気がするにゃ……」

「俺はフィギュアは二次元を三次元化する最高の媒体だと思っている。深くは語らないが―――お前にも、この言葉の意味を理解してほしい」

 フィギュアに限らず、例えば本だったりアニメだったりゲームだったりというのは、口ではいくらでも褒めちぎることはできるが、結局『目で見て』もらわなければその素晴らしさは半分も伝えられないと思う。だが、その『目で見て』もらうまでが中々大変なのだ。当然相手だって、よく分かりも知りもしない物にお金を落としたくはないだろう。しかし一度その魅力に相手を引き込めれば、正直後はこっちの物だ。その状況までどう持っていくかは人それぞれであろうが、俺の場合は『動画を通じて魅力を伝える』という手段なのだ。

 手段でもあり、方法でもある。

 フィギュアの魅力を、世の人々に伝える方法。

 そんな俺の秘めたる情熱が伝播できたのなら、配信者冥利に尽きるというものだ。

「うーん、まあ確かに買いもしないで否定するのは好きじゃないけどにゃー。一万二千円……んにゃー」

 フィギュアを両手で抱えしばし苦悶していた十五夜だったが、やがて、

「……はあ。わかったわかった、俺の負けだにゃ。いいぜつるやん。買ってみるにゃ。買ったうえで、今度改めてフィギュアと言うものの存在を否定して見せるにゃ」

「おう。いつでもかかって来いよ」

 その後、それぞれ各々が欲しい同人誌を、十五夜はそれに加えて夢乃のフィギュアを抱えて、レジを済ませるのだった。

「これ、結構重いにゃー。それに箱もでっかいし、どうせ買うならネットで買うのが楽だにゃー」

「確かにな。でも、抱えて家に帰るっていう行為が既にワクワクしたりもするんだぜ?」

「そんなもんかにゃー?」

「そんなもんだよ」

 それから店を出て、この後はどうするか、昼飯でもどこかで食べようかなどと、軽く話し合う。アキバならメイド喫茶か、いや女の子もいるんだし普通の飲食店にするか、など様々な意見が飛び交ったが、結果的に勧誘の女の子が可愛かったという十五夜の独りよがりな理由で近場のメイド喫茶で昼食をとることになった。

「十五夜、もしあのフィギュアが気に入ったら、是非ゲームもプレイしてみてくれよ。多分ハマると思うから」

「気に入ったら、の話だにゃ」

「ああ」

 注文したオムライスに萌え萌えケチャップサービスをしようとする、あまり可愛くない店員に「あ、今日はそういうんじゃないんでいいです」と言って体よく断りながら、俺達はラインチタイムを楽しむのだった。



     005



 帰宅後、夜。

 俺は自室で数日分の動画の公開設定を見直し、同室で雪音と智依莉が読書に勤しんでいるタイミングで、十五夜から電話がかかってきた。

『いやーつるやん。開けたぜ開けたぜ、開けちまったぜー。んで、さっそく議論しようと思うんだが―――俺の負けだにゃ! いやーすっごいなあれ、めちゃめちゃ可愛いのな! もうなんつーか、すごいとか可愛いとかそんな感想しか出てこないのが悔しいくらいに興奮しちまったにゃー! こんな時のために語彙力は付けとくもんだぜ、ったくよお! で、あんまりにも可愛いもんだからいんメソ(因果応報のメソッドの俗称)もインストールしてみたんだけどよ……あれもハマっちまったにゃー! ゆめのん以外にも可愛い娘いっぱいいるし、リセマラでアイちゃん出てきたし、もっと早くやっておけばよかったにゃー!』

 まんまとこちらの思惑にハマっていた。

 世界中の人間がコイツくらい単純ならいいのに、と俺は少し皮肉めいたことを思う。

「そうか、それは良かった」

『すまなかったぜつるやん、買いもしないで否定しちまってよ! あ、開封動画も撮ったから、さっそく明日公開するにゃー。よかったら見てくれよなー。じゃあ、俺はゆめのんのSSRを引くためにチュンカ十万円分買ってくるから、また今度にゃー!』

 言いたいことだけ言ったら満足したのか、十五夜の方からブツッと電話を切られる。

「……まあ、良かったのか」

 一応フィギュアの良さは伝わったみたいだし、ついでにいんメソにもハマってくれたみたいだし、今日のところは作戦成功と言ったところだろうか。

庭訓三月四書大学(ていきんさんがつししょだいがく)に……ならないと、いいね」

「だな」

 智依莉の言う通りである。あとはすぐに飽きられないかどうかが重要だろう。

「ところで師匠。別にあいつに気を遣うわけじゃないんですが……言わなくてよかったんですか?」

「ん? 何をだ?」


「霧ヶ谷夢乃のSSRは先月の限定ガシャで登場したから今は引けないってこと」


「…………」

 事実を知った十五夜から嘆きの電話が来たのは、そこから一時間程経ってからだった。



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