佐川急便って結構朝早くに配達来るよね
001
「おはようございます師匠♪ お目覚めに一発、スッキリしときます?」
筋金入りのゲーマーによる長い長い説諭に巻き込まれたくないがために妹とさっさと床に就いた翌朝、何やら下腹部に違和感が生じたおかげで俺は目が覚めた。
見ると、そこには俺のズボンを半分ほどずり下ろし、股間部分を弄っている頭のおかしい変態……ではなくて、鵞切雪音がいた。
「何してんだよおまえは!?」
羞恥のあまり雪音の顔面を思いっきり蹴り飛ばす。
「ぐばぁっ!」
俺のおはようダイナマイトキックを食らった雪音は素っ頓狂な悲鳴とともにベッドから転がり落ちた。
「痛ったた……もう師匠ってば、女の子の扱いが雑ですよ?」
「お前は俺の扱いが雑だよ! 何ナチュラルにズボン脱がしてんだ!」
見ると雪音は、髪を下ろした状態で全裸にワイシャツ一枚だけを羽織っていると言う中々際どい格好をしていた。どう見てもそのワイシャツは俺が押し入れにしまってあったはずのものなのだが、面倒臭いのでそこは突っ込まないことにする。
「いやほらね? アニメだとこのシーンは恐らく二話辺りじゃないですか? そうなると、そろそろサービスシーンの一つや二つ欲してくる頃合いだと思うんですよ。となると、やっぱお約束シーンで攻めるのが最善策かなーと」
「無駄な気遣いをしなくていいんだよ、お前は。そもそもアニメ化なんてしない」
「アニメに限った話じゃないですよ。ここら辺に私の半裸姿の挿絵が入ることによって、たまたま書店でこの本を手にとった客がそのページを見つけ、『おぅっふっふふっ、なんやこの娘超可愛ええやん買ったろ』ってな感じに」
「そんな簡単に事が運ぶなら、世界中のラノベの挿絵は今頃女性の裸だらけになっちまうよ」
肌色割合が随分と多い世界になってしまう。
「だって考えて見てくださいよ。今までに挿絵にして映えそうなシーンがありましたか?」
「映えそうとか言わないでくれるかな……いやいや、あっただろ。お前が十五夜に説教垂れるシーンとか、扉絵に使えば面白い感じにならないか?」
「いえ師匠。残念ながら扉絵はもう、私が師匠に抱きついてそれを師匠も快く受け入れてくれる、と言う超ラブラブなデザインになることが決定しています」
「決定しちゃってるのか!? そんなシーン本編では絶対ないのに!?」
「ないなら再現するまでです! ほらほら師匠、一途な愛を受け止めてくださーい!」
「しなくていいから! イラストレーターの仕事増やさなくていいから!」
とか言いつつ、扉絵の裏側は俺が雪音を蹴り飛ばしているシーンにしてもらおうとこっそり目論む。
「あれ、そう言えば十五夜はどこに行ったんだ?」
見た感じ、この部屋には俺と智依莉と半裸痴女の三人しかいない。
「帰りましたよ。土に」
「勢い余って殺しちゃったのか!?」
「葬儀ももう終わってます。さあ師匠、扉絵の再現を!」
「扉絵の推し方やべえな! 明らかに葬式なんてどうでもいいって口ぶりだぞ!」
「いいじゃないですかあんな人どうだって。でしたらせめてもの弔いということで、扉絵の裏側は葬式のシーンにでもしますか?」
「一巻から重々しいな! しかも読者からしてみれば、感情移入もできずに死んで行ったキャラなんて割とどうでもいいというのに!」
「表紙は遺影にしましょう」
「フィギュア要素が一ミリもねえ?」
これではタイトルが死にワードになってしまう。今も十分なっている気がするが。
「冗談はともかく、帰ったって何時に帰ったんだ? ていうかお前はあれをいつまで続けてたんだよ」
「師匠の股間弄りなら師匠が起きるまでですけど」
「どれの話ししてんだよ!? 十五夜への説教タイムのことを聞いたんだ!」
「なんだ、あれとはそっちのことでしたか」
いや、普通わかるよね?
「別に説教なんてしていませんけど、そうですね、四時くらいにはなってたと思います」
「よ、四時!?」
俺が寝る前に最後に時計を見たときは二三時過ぎくらいだった筈だ。ということは、五時間近く十五夜は拘束されていたのか。
お気の毒である。
「え、四時に終わって、そこから十五夜は自分の家に?」
「はい。『もう遅いから泊まってくにゃー』とか意味わかんないこと言っていたんで縛りあげてその辺に放り出しておきました」
「そして自分はしれっと泊まってんの!? お前が一番意味わかんねえよ!」
夜遅く(というかほぼ朝)まで拘束された挙句、そこから自分の家に帰らされたのか。
人が人に対する扱いではない気がする。
「ほらほら、チングラスヤリ夫のことは永久に忘れて私とイチャイチャしましょ♪ もうこのまま三巻の半ばくらいまでずーっとハムハムちゅるちゅるしていましょ☆♪」
「ズボンに手をかけるな! 女の子になっちゃうだろ!」
執拗に下半身を狙ってくるハイエナを追い払っていたが、どうやら騒ぎ声が気になったようで横で寝ていた智依莉が起きてしまった。
「…………ムクッ」
「あ、勃った?」
「活字だからって好き勝手言うな! 今のは智依莉が起き上がった音だろうが!」
本当である。
「……ふにゃあ」
現在の時刻は朝の八時半。通常なら智依莉は大遅刻どころでは済まないのだが、現在は春休み中ということもあり結構遅くまで寝ていることが多い。一方年中春休みと揶揄される配信者の俺は、大体七時から八時前後にいつも起床している。動画配信者全員が不規則な生活を送っているとは思わないで欲しいものである。
「智依莉さん、おはようございます。よく眠れましたか?」
「…………」
智依莉は結構朝に弱い一面があるので、雪音の挨拶にもいまいちピンと来ていない。目元をとろんとさせたまま、ボーッとベッドの上で固まっていた。
ちなみになのだが、雪音が智依莉に対する態度が十五夜や風鈴への物とまるで別物なのは本人曰く『年下だから』らしい。どうして自分より年齢が低い人間には牙を剥かないのかはよくわからないのが、まあ兄としては妹に敵対心が向けられないというのは大変光栄なことなのでこの際どうでもいい。
まあ、例え相手が雪音であろうと智依莉に牙を剥くような輩は俺がまず容赦しないのだが。
「……兄ぃに」
「ん? どうした?」
「……抱っこ」
のそのそを這いながら俺のもとに来る智依莉。そのまますっぽりと俺の中へ納まる。
可愛いなっ!
「なっ!? 私のことは蹴ったくせに、妹さんのことは甘んじて受け入れるんですか!」
「当たり前だ。お前と智依莉とではキャリアが違うのだよキャリアが」
「クッ……これが『穴があったら入りたい』という奴ですか……!」
「使いどころが違うし、それはお前の願望だろ……」
彼女は高校に行っていないので仕方ないことではあるのだが、よく状況とは全く意味合いの違うことわざや四字熟語、故事成語などを使う節がある。しかも質の悪いことに高校ですら習わないような聞きなれない言葉もちょいちょい使ってくることがあり、そういう時は高校をしっかり卒業した俺や十五夜は愚か、現役大学生の風鈴ですら頭上にクエスチョンマークを浮かべることもあるのだ。この前も『燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや』とかいきなり言い出すので、その場にいた全員がしばしば悶々としていた。意味としては『小人物に大人物の大きな理想や決心は理解できないだろう』ということなのだが、雪音はこの言葉をあろうことか燕太郎がテレビに出た時にいきなり言い出したのだ。寧ろ唐突にそんな言葉が出てくる雪音のボキャブラリーの広さの方が驚きである(最も、意味は全く知らなかったようなのでその語彙の豊富も意味がないのだが)。
「……兄ぃに」
「ん? どうした?」
抱かれたまま智依莉が俺に呼び掛けてくる。どうやらまだ意識はぼんやりとしているらしい。そのまま途切れ途切れの跡切れの口調で続けた。
「兄ぃに……雪ちゃんと……えっちしてた……」
「「!?!?」」
とんでもない単語が妹の口から飛び出てきたせいで虚を突かれた。雪音もどうやら同じく驚いているらしい―――何故か嬉しそうなのが気になるが。
「ち、智依莉氏? 一体何を仰られているのかさっぱりわからないのですが……」
「……夢で」
「へっ?」
「夢の中で……してた……」
「…………」
なんだ夢オチか……。
それを聞いて俺は大きな溜め息をついた。「っしゃあああぁぁ! 夢の中とは言え既成事実作ってやりましたよおぉぉ!」とか何とか聞こえてくるが恐らくこれも夢だろう。
と、一安心していたのだが、残念ながら騒動はこんな物では終わらなかった。
「…………」
「……智依莉? どうしたんだよ」
向かい合わせのまま俺に抱かれていた智依莉が、じーっと真っ直ぐな視線で俺を見つめている。見るとその表情は、どこか少し怒っているような、拗ねているような感じだった。
「……私もする」
「…………?」
刷る? いや、恐らく本書籍の重版はあり得ないと思うのだが―――
「私も、兄ぃにとえっち……する」
「くぁwせdrftgyふじこlp!!??!??!!!??!?!?」
心臓がぶっ潰れる勢いで驚いた。お陰で声にならない叫びをあげてしまったのだが、声優さんどうかよろしくお願いします。
「えっちー……する……」
「あ、こら! ダメでしょ! そんな簡単にズボンを下ろそうとするんじゃありません!」
抱き着いた姿勢のままズボンを脱がそうとする手を、俺は必死に振り払う。挙動を見るからに、どうやら智依莉はまだ寝ぼけているらしい。だが逆にそのせいで強く叱ることができないのがもどかしい。オマケにこの妹、華奢な見た目に反して実はうちの親族内で最強と言えるほどの怪力の持ち主でもあり、日陰で生きてきたもやしっ子オタクの俺は腕力では彼女に敵わないのである。
まるでアニメキャラクターみたいなやつだな、俺の妹って。
とにかく一人では振り払えない。二人がかりでないと駄目だ。
「雪音! 悪いがちょっと手伝ってくれ!」
「…………」
近くにいる雪音に救助を要請する。しかし雪音には俺の声が届いていないのか、何やらぶつぶつと呪文のように呟いていた。
「師匠と智依莉さんがセックスをすれば常識的に考えて子供が生まれるので結婚せざるをえないしかし不幸にもこの国では近親相姦に対する偏見により兄妹間での結婚ができないしかし子供を下ろすわけにもいかないならば建前として正式な師匠の嫁がいれば法の抜け道を潜り抜けることができる智依莉さんとの間にできた子供もその嫁との子供として通せば上手く誤魔化せるということは嫁が必要でありその嫁に現状世界で一番相応しいのは誰がどう見ても私で師匠のちんちんトースト目玉焼き野菜ジュースモグモグぶつぶつぶつぶつ……」
「ゆ、雪音さん! ほらほら、あなたの大好きな桜羅くんが実妹に襲われてますよ! これじゃあなたが手にするはずの私の処女が奪われてしまいますよ! いいんですかあなたの愛はそんなものだったんですかってか良いから早く助けてくれ!!」
俺は生粋の男なので初めから処女ではないのだがそれはさておき、必死に雪音に助けを懇願する。だがその後も雪音は独り言をつぶやき続け、やがてこちらに顔を上げ、
「智依莉さん、私も加勢します!」
「何故そちらの側に!?」
「師匠とどうしても結婚できないのなら、せめて一番信頼できる智依莉さんと結婚していただいて私が愛人という立場に潜り込むまでです! ならば早いうちに既成事実を作っておかなければなりません!」
「しまった! ここには馬鹿と敵しかいなかった!」
「暴れないでください! パンツが脱がせにくいでしょうが!」
「やめて! そんなに乱暴されたら妊娠しちゃうから!」
「大丈夫です、痛みもすぐに快感に変わっていきます……先っちょだけ、先っちょだけでいいから挿れさせて下さい!」
「お前の先っちょどこだよ!?」
少女二人による性的な襲撃は、その後宅配のお兄さんが呼び鈴を鳴らすまで数時間ほど続いたのだった。
性懲りもない。性だけに。
002
『W痴女襲来! お兄ちゃん/師匠の童貞イタダいちゃいます☆』
的なタイトルでもつきそうなアダルトビデオよろしくな状況から俺を救ってくれたのは、我が家のチャイムを鳴らした宅配のお兄さんだった。それでも救助が来たのは襲われ始めてから一時間半ほど経ってからであり、その頃には俺も既に抵抗をやめて成すがままされるがままの状態だったため、手遅れ感は拭えなかったのだが。
「チッ、いいところだっていうのに……」
配達員の対応に応じたのは意外にも雪音だった。『ピンポーン』とよくあるチャイムが部屋鳴りに響いた後、軽く舌打ちを打ってからはだけたワイシャツを着直し、さっさと応対を済ませる。玄関から『うおっ?』という配達員の兄ちゃんの声が聞こえたが、出て行ってしまったものはもう止められない。近所で『裸ワイシャツの女を飼いならす鬼畜ニート』の通り名が付かないことだけを切に願おう。
「ほーい師匠。師匠の名前で受け取っておきましたよー。色違いのラティアスです」
「いやふしぎなおくりものじゃないから……ていうかお前、よくその格好で人前に出られたな? せめてパンツくらいは履いて欲しいものなのだが……」
「あ、大丈夫です。アニメではパンツが加筆されるので」
「断固として服を着ようとはしないんだな……」
そこそこ大きめの段ボールを両手に抱え、器用に足でリビングの戸を閉めた雪音がこちらへ向かってくる。
「またフィギュアですか? このサイズならスケールフィギュアくらいでしょうか……」
「いや、三月購入分は全部届いたはずだから、多分違うと思う」
言って俺は荷物を受け取り、伝票に書かれた宛先人に目をやる。
「あ、お袋だ」
「え、玉袋?」
「黙るか死ぬか選べ」
そこにはやや達筆気味の筆跡で、俺の母親の名前が書かれていた。住所も実家の物になっている。
「ほほう、仕送りという奴ですか」
「多分そうだな」
俺は親不孝な息子なので給料を毎月実家に入れたりはしていないのだが、どうやら智依莉のこともあり寧ろ向こうから仕送りとして食糧や雑貨などが定期的に送られてくることがある。どうやら今回もその類のようだ。
「実をいうと、すごい助かるんだよ。ただ単に食糧を供給してもらうってだけじゃなくて、『地元の恋しいものを送ってもらう』という側面の方が強い」
「ということは、北海道限定のお菓子やらご当地名産品があるわけですね。とても気になります」
雪音は俺がここに引っ越してきて以来ほぼ毎日うちに来るのだが、今日のように泊まっていくのは週に二~三回程度である(それでも十分多いが)。なので、雪音がいる時に仕送りが届いたというのは何気に今回が初ケースだった。
「開けてみてください師匠! 私の情報では、北海道には大変おいしいものがその辺に無数に転がっていると聞きました!」
「その言い方だと街中残飯だらけに聞こえるんだが……」
急かされたのでとりあえず段ボールを開ける。ビリビリとキ貼りされたガムテープを少々雑に剥がし開封していくと、一番上にはカップ麺が積まれていた。
「あ! これが噂の『赤いきつね』ですね! テレビで見たことあります! ……というか、東京でも普通に買えますよね? どうしてこれが北海道限定なんですか?」
「ダシだよ」雪音の疑問に、俺はかつてネットで読んだ記事を思い出しながら答える。「赤いきつねには四つの味があって、カツオと醤油でしっかりした味付けの東日本味、カツオ・昆布・煮干しで上品に仕上げた薄口の西日本味、ウルメ鰯を使った関西味、そして利尻昆布を使った我らが北海道味に分けられるんだよ」
「ほえー……でもダシってそんなに変わります? 私料理とかそこまでしないんでよく違いが分かんないんですけど」
「違う……全然違う」この問いには、我が家の料理上手・智依莉が回答した。「一見同じように見えるパッケージだけど……味は全く別物。まずダシに使ってる具材が違うから、普通はわかるはずなんだけど……」
「う……すいません。料理とか本当に滅多にしないんで……」
そこで恥ずかしさを紛らわすためなのかカップ麺をいくつか手に取った雪音が、「ん?」と怪訝そうな顔をした。
「師匠。この『どん兵衛』にも、北海道限定版があるのですか?」
雪音が手にしたのは、深緑色を基調としたパッケージの『どん兵衛きつねうどん』だった。上面下部には大きく『北海道限定』と記載されてある。
「ああ、そうだよ。それも北海道版のは利尻昆布が使われているんだけれど、俺も智依莉も赤いきつねよりはどん兵衛の方が好きだな。正に『ツユが決め手』って感じがする」
「師匠が美味しいというなら、是非頂いてみたいものですね……」
「口に合うかは分かんないよ……関東人は濃い味が好き、関西人は薄味が好きなんてよく言うし……もちろん人によるんだけど」
「私の味覚なんて師匠に合わせていくらでも変えられるから大丈夫です!」
「お前には『お袋の味』とかないのか……」
「むぅ、それくらいは流石にありますよ」
唇を尖らして見せる雪音。
「ということは、お二人は東京の赤いきつねやどん兵衛は嫌いなんですか?」
「嫌いってわけじゃないけど……味が濃すぎる、かな。道民的にはやっぱり、慣れ親しんだ味の方が美味しく感じる……利尻昆布のダシ、美味しいよ」
「ほほう、利尻昆布……興味のあるキーワードですね」
それに尻だなんてイヤらしそうです、と雪音は付け加えた。
お前は思春期の中学生か。
「おや? 飲み物も入ってますね。牛乳? わざわざ北海道の牛乳まで送ってもらうんですか?」
「それは牛乳じゃなくてカツゲンだよ」
「星野源?」
「個人名を出すな」
アミューズと大人計画に怒られたらどうすんだ。
「これは牛乳じゃないんですね……じゃあ、飲むヨーグルト的な?」
「いや、どちらかというとヤクルトみたいな感じだな。乳酸菌飲料」
「ヤクルトとは何が違うんです?」
「味が全然違うかな……同じっていう人もいるみたいだけど、味の柔らかさが違う。カツゲンの方がサッパリしてて、フルーティー……」
「なるほど、ビックルに近い感じですか」
「あー、ヤクルトよりは似てるかもな」
色が似ているからと言って同じようなものだとは限らないのである。
「それからこっちは……『ガラナ』ですか? 北海道限定のコーラみたいな?」
「それこそ全くの別物だな。色こそ一緒だが、ガラナにコーラの面影など一ミリもない」
「ほへー、どんな味なんですか?」
「ガラナ味」
「……はい?」
「ガラナ味。それ以上でもそれ以外でもない。お前だって『コーラってどんな味?』と聞かれれば『コーラ味』としか答えようがないだろ? そういうことなんだよ」
「は、はあ……」
「それでも噛み砕いて何かに例えるんだとするなら、『薬臭い炭酸』とでも言うべきか」
「薬……ですか? う~ん、ますます想像がつかなくなってきましたよー……」
「想像も何も……飲んでみたらいいんじゃないの?」
「え?」
確かに今の雪音は、ガラナを持ちながらガラナの味を想像して悶々と悩んでいるという、傍から見ても烏滸の沙汰と呼ぶべき状態であった。
「で、では師匠、一口頂いてもいいでしょうか……?」
「ああ、別にいいぞ」
「では遠慮なく」
許可が取れたことを確認し、雪音はガラナが入ったペットボトルを開封する。シュワッ! と心地よい音が響き渡り、雪音は匂いを少々確認した後、ゴクゴクと黒い液体を口に運んだ。
「んふぅ……あーなるほど、薬臭いという意味が分かりました」
「だろ?」
「でも嫌いじゃないです。というか寧ろ美味しいですね。徹ゲーのお供にピッタリな気がします!」
「お、口に合ったか。なんなら残りの奴も全部持ってくか?」
「え、いいんですか?」
「別に頼めばいくらでも送ってもらえるし、俺達はもう飽きるほど飲んでるからな」
「で、では遠慮なくいただきます! お礼に私の処女開通などいかがでしょうか?」
「それは遠慮してくれ」
毎度のことながらぐいぐい来るなあ。
帰ってくれないかな。
「あ、これは伝説の『ジンギスカン』ですね! 道民のソウルフードなんですよね!」
続いて彼女が手にしたのは、北海道のスーパーでよく見かける冷凍タイプのジンギスカンだった。
「まあ、ソウルフードなんて大それたものじゃないけどな。食べたことないのか?」
「はい、ゲームでしか聞いたことありませんね。確かMSX2でプレイしたのですが」
「お前まさか、『蒼き狼と白き牝鹿・ジンギスカン』をプレイしたのか!? MSX2で!?」
彼女は本当に一八歳なのだろうか。実に怪しいところである。
「冷凍タイプだとご家庭でも簡単に楽しめる、ってとこでしょうか?」
「ああ、まさにその通りだ。そのタイプはわざわざジンギスカン鍋を用意しなくてもフライパンで調理できるから手軽に食べられる」
「でもでも、やっぱりお店で食べる奴には敵わないんでしょう?」
「そりゃそうだな。そもそも肉の鮮度とか使ってる部位が違うから比較にならないけど。大黒屋って店があってさ、そこのジンギスカンがマジで美味くて、地元民ですら感動を覚えるレベルなんだ」
「そんなに美味しいんですか……うむむ。師匠、今度私を北海道旅行に連れてってください。美味しい物がいっぱい食べたいです」
「旅行? ああ、いいぞ。夏に帰る予定があるから、その時一緒に来るか?」
「はい、是非! ついでにご両親にも入籍のご挨拶をさせて下さい」
「やはりそっちが本心か。飛行機から突き落としてやる」
更に雪音は段ボールの中を漁り続ける。
「『夕張メロンピュアゼリー』や『わかさいも』に『よいとまけ』、『函館トラピストクッキー』と『白い恋人』、『三方六』に『き花』、『札幌農学校』、『蔵生』……『白いブラックサンダー』なんてのもあるんですね」
「人の荷物をグイグイ漁るね君は……しかし、ガラナやどん兵衛はわかるんだが、なんで道産子の息子に名物のお土産的なお菓子を送ってくるんだうちの母親は。この『マロンコロン』なんて、道民の俺ですら初めて見たぞ」
他にも『ミルピス』や『イカようかん』など、北海道で生まれ育った人間ですら見たことがないような、というか明らかに北海道に旅行に来た客がターゲットであろうご当地お菓子が詰められる限り詰められていた。
「……ねえ、師匠」
「あ? どうした怪人裸ワイシャツ」
「その呼び方については然るべきタイミングで抗議するとして……いや、あの、漁ってる途中で薄々気付いてしまったんですけど」
「人の荷物を勝手に漁るという己の愚行にか?」
「……善処します」
そうではなくてですね、と雪音は気まずそうに続ける。
「これって……動画用の荷物なんじゃないですかね?」
「あん?」
指摘されて、俺は改めて送られてきた荷物たちに目をやった―――成る程、言われてみればこの『北海道のお土産』達は、確かに動画で紹介すれば映えそうである。北海道限定品とは言え有楽町や池袋店にあるどさんこプラザ等で購入できてしまうこのご時世、もしかしたら目新しさは減ってしまっているかもしれないが、それでも動画で紹介することで今の雪音みたいに食いついてくれる視聴者は少なからずいるだろう。
「それに師匠、実際今までに何回かやってるじゃないですか、実家から荷物が送られてきたシリーズ」
「確かに」
確かだった。既に何回かやったことのある企画ではあった。
「いや、でも今回は特に『動画のネタを送っといた』的なことはメールに書いてなかった……どころか、荷物を送ったって連絡すら来てなかったからな」
「寧ろお母さん的には、そこから既に動画のネタを提供したつもりだったんじゃないですか? いきなり何も買ってないのに荷物が来て、恐る恐る開けてみたら実家からの荷物でしたー! みたいな」
「ふむ……」
だが言われてみると、今回入っていたお土産達は今まで動画で紹介したことがない物ばかりだった。サプライズ要素があったのか単に連絡し忘れたのかは神と母のみぞ知るが、どのみち動画にすればそれなりに盛り上がった物になっていただろう。
「マジか……俺、お袋の気遣いを無駄にしちゃったのか」
「両親の良心を踏み躙っちゃいましたね」
「ドヤ顔を決めるな」
とは言え、折角の好意を潰してしまったのは事実である。
後で謝罪のメールか電話を入れておこう。
「封をし直して、あたかも初見のフリをして撮り直せばいいのでは?」
「んー、いや、別に動画のストックがないわけではないしな……そこまで必死になる程の事じゃねえよ」
俺は常に三本~五本、多い時では七本ほどの動画をストックとして用意しており、それを一日一本公開している。なので基本的には『今日公開する動画のネタがない』という状況には陥らない。ワンブラウナーの中には毎日動画を撮ってその動画を編集し、それをそのまま当日に公開する、というスタイルで活動をする方々もいるらしいが、俺の場合は思い立った日やフィギュアが幾つか溜まった日にまとめて撮影し、ついでに編集もしてしまうスタイルなのだ。つまり撮影や編集のない日は打ち合わせなどがない場合、自動的に休みみたいなものになる。
『配信者はニートの集まり』と揶揄される意味がなんとなく分かる気がする。
「私も師匠と同じ感じですね。私の場合、マイクラとかポケモン対戦みたいな永続的に出来るゲーム以外のストーリー性があるゲームは、発売日にクリアするまでまとめて撮影して編集して、それを何日かに分けて投稿してるので、師匠と同じくストックに困ることはありません。万が一動画がなくなったら、適当なゲームで適当にすごいプレイしとけば絵になりますし」
「適当にすごいプレイができるのか……」
天才はこれだから困る。
「時に師匠。私、今日は行きたい場所があるのですが」
「え、何? 地獄とか?」
「幼気な少女の死を望まないで下さい。地獄には行きたくありません。師匠となら話は別ですが」
「ナチュラルに道連れするのやめてもらえる? ゲンガーかお前は」
「くろいまなざし……いえ、あついまなざしを師匠に送り続けます!」
「地獄に送り付けるぞ」
あと俺はゴーストタイプなのでくろいまなざしは効かない。第六世代の話だが。
「地獄ではなくて、その……とらのあなに行きたいのです」
「とらのあな?」
「はい……ちょっと、欲しい同人誌がありまして」
「ほほう」
わざわざ解説するまでもないが、とらのあなとはコミックとらのあなのことである。ちなみに田舎生まれのオタクによく勘違いされやすいのだが、別にとらのあなには同人誌しか売っていないわけではなく、漫画やDVD、CD、それにフィギュア等も普通に取り扱っている。
「別に俺に許可を取らなくても、勝手に行けばいいじゃないか。いってらっしゃい。留守番は任せろ」
「いえ、ですから師匠と一緒に行きたいんですよ」
「んん? 同人ショップに一緒に行きたい? 何言ってるんだこの女は。死なないかな」
「隙あらば私の死を望まないでください。私はどこへ行くにしても常に師匠と一緒がいいんです」
「可愛いこと言うじゃねえか」
「イクときは師匠と一緒がいいです」
「言うと思ったよ」
「逝くときも師匠と遺書がいいです」
「言うとは思わなかったよ」
悪いが心中は御免だ。
「いや、ですからとらのあなに行きたいんですよ。とらのあなでイきたいんですよ。一人で行くのもあれなので、師匠に同行願いたいわけです」
「店内で絶頂する女の横を歩けってか? 羞恥プレイもいいとこだぞ」
「読者には周知の事実かもしれませんよ」
「そうかもな」
お前の変態性がだけど。
「師匠だって中々変態じゃないですか。ナチュラルに私のおっぱい揉んだりするし、今だって智依莉さんのおっぱい揉んでますし」
「小説だから描写さえすればバレないと思ったのに、なんで言っちゃうんだ」
実は雪音が荷物を漁っている中盤くらいから、俺は前に座る智依莉の胸をむにむにと揉み続けていたのだ。
これぞ叙述トリックである!
「そんなの叙述でも何でもありません。アニメ化すれば一発でバレますよ」
「地の文を読むなよ。あと何度も言うがアニメ化はしない」
「叙述と言えば、このシーンに至るまで智依莉さんの年齢が公開されていないことに読者は気付いているんでしょうかね。そして気付いている方は、何歳ぐらいだと思っているんでしょうかね。今までの言動や行動、『才能は持ってして生まれるもの』で描写された三年前の智依莉さんを照らし合わせると、まるでかなり年齢が低いように読み取ることもできますよね」
「地の文どころか自の文まで読んでんじゃねえよ。何さりげなく人の回想話読んでるんだよ。ぶっ殺すぞ」
「私に対して短気すぎやしませんかね。いや、やはり私と出会う前の師匠の話気になるじゃないですか。普通好きな人のことは何でも気になるじゃないですか」
「まあ正確には出会った直後の話なんだけどな」
「私に対して劣等感を抱いていたなんて師匠も可愛いとこありますね。しかも妹に慰めてもらっただなんて」
「恥ずかしいからやめろっつってるんだよ!」
雪音との出会いを語る上でどうしても削れないシーンだったので止むなく記載したが、まさかそれを雪音に読まれるとは……。
「私は嬉しいですよ。ページ数がオーバーするからって駄乳女との出会いのシーンを削ってまで私との運命的な出会いにページ数を割いてくれたこと」
「やめろ、そこには触れるな。せっかく色々考えたのを削る羽目になってちょっと落ち込んでるんだから」
「まああんな女との出会いなんて、次巻にでも適当に載せたらいいですよ。表紙の裏とかに」
「そんなきららの漫画みたいなことできるかよ」
次巻が出るかもわかんねえんだぞ。
これが世に出回っているかどうかも怪しいというのに。
「とりあえず続編はなろうで公開しておきましょう」
「なろうとか言うなや」
各所への喧嘩の売り方がヤクザみてえだな、こいつ。
「ほら師匠、さっさと着替えてください。出かけますよ」
「えー、もうちょっと雑談パート続けたいんだけど」
「私だって可能であれば師匠とインフィニティ雑談してたいですよ。でもページ数にも都合があるんでしょう? この辺で区切りを打たないと、またぞろタイミングを見失いますよ?」
「まあ、確かにそうなんだけどさ」
それに読者だって雑談がいつまでもだらだらと続くのにいい加減嫌気がさしているかもしれない。それはわかっているのだが、雑談というのは中々辞め時が分からないのである。
話してて楽しいな。
まあでも、折角雪音の方から区切りを呈してきたのだ。ならばこちらも重い腰を上げて展開を変えなければ失礼というものだろう。
もしかしたら、その雪音が探している同人誌とやらが今後の展開に大きくかかわってくるかもしれないしな。
フラグは回収せねばなるまい。
「しょうがない。そしたらちょっと出かけるか」
「出かけましょう出かけましょう。雑談は続刊が決まったら、一冊の半分くらい使って今度たっぷりとしましょう」
「その巻だけ売り上げ下がりそうだな……」
メタなことを言う雪音に返事をし、ようやく目が冴えてきたらしい智依莉にも着替えるよう促す。
「智依莉さん、服借りますね」
「うん……いいよ」
一八歳の少女が、妹から服を借りる。雪音は胸こそCカップとそこそこなのだが身長などは結構小さめであり、同年代でも平均的な身長の智依莉とさほど変わらない。よって俺の妹の衣服でも難なく着れてしまうのだ。
「あ、師匠。上の服だけは師匠のを貸してください。包まれていたいので」
「君は少し下心隠すことを覚えた方がいいよ」
「いえ、下心ではなくこれを隠したいので」
「…………ああ」
察する。
「ところで、智依莉さんの年齢は明かさなくていいんですか? 別に隠しておく必要ありませんよね」
「別に隠したつもりはないんだけどな。叙述トリックというものに挑戦してみたかっただけで」
「その方がよっぽどメタ発言ですよ」
そうかもしんないな、と俺は適当に返す―――それでは答え合わせ。
神剣智依莉。今年から中学三年生。現在一四歳。セミショートの黒髪。蒼と金のオッドアイ。平均的な身長と控えめな胸。料理が得意。家事が得意。スポーツが得意。意外と力が強い。成績優秀。学年主席。
世界で一番可愛い、俺の愛すべき妹だ。