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フィギュアで飯が食いたい  作者: 結城甘美
5/9

三者三様のチャンネル


     001


「チャンネル紹介をしよう」

 最愛の妹が作ってくれた夕食を五人で堪能した後、俺は唐突にそう切り出した。

「チャンネル紹介?」

 不思議そうな表情で、風鈴がそう問い返してくる。

「ほら、俺と雪音と十五夜はワンブラウナーだろ? それはさっきから言っているけれど、それぞれがどんな動画を配信しているのか、おそらく読者はそろそろ気になり始めていると思うんだ。というか十五夜が配信者だって話は今初めて出てきたしな」

「読者? 初めて? さっくん何言ってるの?」

「こっちの都合だ。気にするな」

 風鈴が抱く当然の疑問を、当然のようにスルーし、

「要は自分のチャンネルを自己紹介しようって意味だよ。自分はこういう動画を主に作って、チャンネルを運営してますって感じにな」

「えー、誰に誰に?」

「だから読者……じゃない、街角で突然聞かれた時の練習的な?」

 読者への説明というのは完全にこちらの都合なので、風鈴が状況を汲み取れないのも理解できる。

 コイツ馬鹿だしな。

「でも、ここにいる人達は互いにどんなチャンネルなのか把握しちゃってますよね。それで説明し直すって、なんか白々しくありませんか?」

「確かににゃー。ここで新キャラの一人でも出てくれればその人に紹介するっていう名目ができるわけだが、生憎ページの都合上新キャラを登場させている暇はないしにゃー」

 理解力の高い配信者の二人はこちらの意図を読み取ってくれたが、それでも不自然な点はどうしても気になるようで、今更感はやはり拭い切れない。

 要するに、この場に『俺達がどんな動画を配信しているか知らない人』が欲しいわけだ。

「チングラスヤリ夫の脳天かち割って、全てを忘れ去ってもらうというのはどうでしょう?」

「にゃははは、ゆきねんは冗談が下手だにゃー。そんなことしたらチャンネルどころかみんなのことを忘れちゃうじゃないか」

「確かにそうですね」

 言うて雪音は「使えない奴ですね……」とボソッと呟いた。

 ふむ。

「いや雪音。いいこと言ったな。それ採用だ」

「いやいやつるやん、本気かにゃ!? お前のことは友達だと思っていたのに、お前は状況説明のためなら友人の記憶すら奪い去ってしまうような極悪非道な奴だったのか!?」

「もちろんお前の記憶は奪ったりはしねえよ」

「? じゃあ採用って……」

 言って俺は、ただいま台所で食器を洗っている我が神聖にして最愛なるスイートマイエンジェルプリティシスター・神剣智依莉(みつるぎちえり)に、

「おーい智依莉、今来れるか―?」

 と声をかけた。

「ちょっと待って……今洗い終わったから」

 手拭きで濡れた手を拭った後、可愛らしいエプロンを付けたままとてとてとこちらにやって来て、胡坐をかいて座っている俺の中にすっぽりと納まった。セミショートの黒髪が可愛くて、そこからシャンプーの香りがほのかに感じられるのもまた可愛くて、ネコミミつきパーカーフードを被っているのも更に可愛くて、くりっとした目元も堪らなく可愛くて、もう細胞単位で可愛い自慢の妹である。

「あー! そこは私の特等席なんですけどー!」

 横に座っていた雪音が油断したとばかりに声を上げる。

「ダメ……ここは私の場所」

「ぐぎぎ、これが妹力というものですか。さすがの私も血の繋がりには勝てませんよ……!」

 虚を衝かれたと唸る雪音だが、しかし大人しく負けを認めるわけもなく、ならばと俺の背中にぴったりくっついてきた。

「ここ! ここがマダガスカル……じゃなくて私の場所です! 誰にも渡しません!」

「今ゴー☆ジャスになりかけなかった?」

 俺の背中はマダガスカルのように広いと言いたかったのだろうか。

 まあ世界的に見ても四〇番目くらいには国土面積も広いしな。

「兄ぃに、手……」

「おお、悪い」

 言われて俺は、フードを脱がし智依莉の頭をポンポンと撫でる。可愛い。

 それから智依莉は、チラッとこちら―――ではなく、俺の後方にいる雪音に振り返り、

「後ろだと……撫でてもらえないね」

「なっ……!?」

 それは気付かなかったと言わんばかりに衝撃を受ける雪音。これで勝敗は決まったかと思ったが、

「―――いいんです! 私が師匠を撫でるんですから!」

 言うが早いか、雪音は萌え袖気味の手でわしゃわしゃー! と俺の髪を撫でる撫でる撫で回す。

 元々十五夜と違いワックスなどは全く付けない俺の髪の毛だが、それでもグシャグシャになるまでに然程時間は要さなかった。

「…………!? 兄ぃにの頭を撫でるなんて……!!」

 それはそれで魅力的だと、智依莉は俺の頭を恍惚と眺めている。

 今日は引き分けだな。

「はいはいそこまで。雪音もあんまり頭グシャグシャにしないで」

「……ハッ! すいません、私ったら何を」

「いや意識はあったよね?」

 雪音をなだめて引き剥がした俺は近くにあった来客用のスリッパを手に取り、スパーン! と智依莉の頭を(、、、、、、)思いっきり殴った(、、、、、、、、)

「なっ……!?」

「つ、つるやん!?」

「さっくん!? ちーちゃんになんてことするの!」

 この場にいた誰もが信じられないといった表情でこちらを見ているが、しかし当の俺達兄妹は特にその反応を気にも留めなかった。

「ちーちゃん大丈夫!? 具合悪くなったりしてない!?」

「……気持ち良かった」

「は?」

 さすさすと叩かれた箇所を俺に撫でられている智依莉は、風鈴の問いかけにそんな調子で返答する。

 今度こそ信じられんと言った表情で、風鈴は俺の方を見据えてきた。

「……どういうこと?」

「智依莉はとても優秀だからな。俺に殴られることで、都合のいいことだけを記憶から消し去ることができるんだよ」

「「「……は?」」」

 三人が、揃って怪訝そうな顔をする。

「いやいや、どう考えても暴力をふるって適当な理由をでっちあげたようにしか聞こえないにゃー」

「だよねだよね。警察に連絡しなきゃ。ええっと、188……」

「いや駄乳さん、消費者ホットラインに何か用ですか?」

 あれ、警察って何番だっけ、と風鈴。

 どこまでこいつは馬鹿なのだろう。

「そう焦るなよ。まあ見てろって……智依莉、お前の兄の名前は?」

「兄ぃに」

「お前の好きなものは?」

「兄ぃに」

「好きな食べ物は?」

「兄ぃに」

「好きな人は?」

「兄ぃに」

「得意な教科は?」

「兄ぃに」

「好きな芸能人は?」

「兄ぃに」

「好きな東京の路線は?」

「日比谷線」

「好きな歌手は?」

「兄ぃに」

「好きな動画配信者は?」

「兄ぃに」

 一通り聞き終えて、

「よし、正常運転だな」

「いやお前、名前を答えてもらってないぞ。それでいいのか?」

 なんか言っている十五夜を片手で粛清し、

「では智依莉―――お前の兄は、どんな動画を配信している?」

 もはや馬鹿にしているとさえいえるその問いに対して、智依莉は少し悩んだ素振りを見せたが、程なくして、

「……兄ぃにごめんなさい。覚えてないです(、、、、、、、)

 ポツリと、そう答えた。

「覚えてないか?」

「うん……兄ぃにが配信者ってところまではわかるけど、どんな動画を出してるかは忘れちゃった……」

「そうかそうか、いいんだぞ智依莉。全てお兄ちゃんが悪いんだからな。お詫びに何でも欲しいものを買ってやろう」

「ほんと……!? じゃあ、兄ぃにのパンツが欲しい……!」

「はっはっはっ。お安い御用だ。二枚でも三枚でもくれてやる!」

「わ、私も欲しいんですけど! 脱ぎたて! 三枚セットで!」

「えー、やだよ。気持ち悪いし」

「八百万円で!」

「よし乗った!」

 ガシッと契約の握手を交わす俺と雪音。

「だ、ダメだよゆっきー! そんな汚いものにはは、八百万円だなんて!?」

「やかましい! 素人に師匠の下着の価値が分かってたまるか! 八百万円なんて無償とほぼ同じだぞ!」

 クワァッ! と容赦なく牙を剥く雪音に、風鈴は「う、ううぅ……」と黙り込むことしかできなかった。

「はいはい。見てて楽しいけど、俺が混ざる余地がないから痴話喧嘩はそれぐらいにしてくれないかにゃー」

 パンパンと手を叩き、静かになるように促す十五夜。それから智依莉の方に向き直って、

「えっと、ちえりん。つるやん……お兄ちゃんの動画内容を覚えてないってことは、俺とゆきねんがどんな動画を作ってるかも、忘れちゃった感じかにゃ?」

「……うん。ごめんなさい」

「いや、いいんだよ。そこのお兄ちゃんが悪いんだしな。今度何でも好きなものを買ってもらうと良いにゃ」

 但しパンツ以外でにゃー、と十五夜は付け加える。

「おいつるやん。今回は仕方ないとはいえ、あんまり妹の頭を見境なく叩くのは褒められた行為じゃないにゃー?」

「わかっている……というか当たり前だ。俺だってできれば痛いことはしたくない。一生一緒にイチャイチャしていたい」

「お前の願望なんて聞いてねえにゃ」

 友の辛辣な言葉を受けつつ、俺は智依莉に話しかける。

「それじゃ智依莉。今から俺達三人がどんな動画を主に配信しているかをまるで読者に伝達するかの如く説明するから、少しだけ聞いててくれ」

「うん。わかった」

 身も蓋もない発言に、それでも智依莉は真剣に返事をしてくれる。

 可愛い。

 あんまりにも可愛くて思わずキスしそうになる身体をとどめ、俺は語りだす。

 オタク特有の、自分語りの始まりだ。


     002


 ドラマツルギー。

 それが、俺のOneBrowserのアカウント名でもあり、同時にチャンネル名でもあった。

 ドラマツルギーと言うのは本来、シンボリック相互作用論から生じた、日常生活においての社会的相互作用を取り扱う微視的社会学の説明の中で、普段一般的に使用される社会学的観察法のことである―――辞書的な意味では、ドラマの制作手法のことでもあり、起承転結のメリハリの付け方から細かな人物設定に至るまでの方策を刺す。難しい説明になってしまったが、シェークスピアの『お気に召すまま』の一幕を例に挙げれば分かりやすいのかもしれない。


『全世界は劇場だ。すべての男女は演技者である。人々は出番と退場のときをもっている。一人の人間は、一生のうちに多くの役割を演じる。』


 このような感じが、まあ『ドラマツルギー』なのだが……すまない、実はこの説明は少し前にwikiで調べたものであり、俺は最近に至るまで自分のハンドルネームの意味を知らなかった。それなら何故、そんな意味もよく分かっていない単語をネット上でのハンドルネームとして使っていたのかというと、至極単純、単純明快、格好良いからである。

 なんせ思いついたのが中学二年生の時だったしね。

 まあ『みつるぎ』と『どらまつるぎー』がかかっている点も一応理由になるのだが、そんなことよりもとりあえず格好良いからという理由で、俺のハンドルネームは一貫してドラマツルギーである。OneBrowserだけではなく、ツイッターもフェイスブックもピクシブもラインもゲームキャラやアカウントの名前も、大抵はドラマツルギーで統一している。

 他に名前として使用している人がほとんどいないというのも理由の一つだ。

 また、ドラマツルギーという単語自体珍しいと言えば珍しいのだが、もう一つ、珍しい点がある。それは、『名詞をそのままチャンネル名にしている』ということだ。多くのワンブラウナーは、特に登録者数が上位の方々はわかりやすくするために『〇〇チャンネル』や『〇〇TV』という名前か若しくは団体名(グループ名)にしていることが多く、自分の名前やニックネーム、キャラクター名をチャンネル名として設定しているチャンネルは(上位陣にも存在することにはするが)中堅辺りに多く存在する。また前者は老若男女を対象とした万人受けするような動画を主体としているのに対し、後者は何か一つのジャンルに特化した動画を多く作って公開している、といった印象が多い(当然例外もある)。

 そして俺のチャンネル―――『ドラマツルギー』は、冒頭の動画を視聴してもらえれば分かる通り、フィギュアを主体とした『マルチオタクチャンネル』である。主な動画内容はフィギュアの開封レビューであり、次いでアニメグッズや食玩の開封レビュー、フィギュアの予約開始情報まとめ、時折ガジェットレビューやゲーム実況なんかも上げている、完全なるオタクチャンネルだ。初めて動画を投稿したのは五年前の五月末で、また当時は俺も高校一年生であり当初はお遊び感覚で週に二~三本、しかも特に動画を編集したりはせず所謂『撮って出し』状態で投稿するぐらいだったのだが、登録者が増えて固定視聴者が付くにつれて『フィギュアという素晴らしい芸術を人々に広めたい、もっと多くの人々にフィギュアを買ってほしい』というフィギュアメーカーにでも就職しろと言われてしまうような熱い思いが生まれ、高一の冬に親からお下がり―――としては贅沢すぎる中々のハイスペックなパソコンをもらったことで次第に動画の編集もするようになり、二年後には登録者一万人突破、同年の夏にはMBNマルチブラウザーネットワークと呼ばれる、ワンブラウナーをマネジメントするクリエイターネットワーク企業(簡単に言うとワンブラウナーの事務所のようなもの)にお誘いを受け、翌年四月には事務所への加入と高校卒業をきっかけに東京へ引っ越し、そして現在、俺のチャンネルは登録者七万人弱を抱える中堅チャンネルとして、アニメオタク界やフィギュアマニア界ではそれなりに知名度のある存在になっているのである。

 学生時代では特に目立つこともなく『大人しいオタク』という印象のまま生活した神剣桜羅という男が、将来では学年どころか歴代卒業生でも一番の有名人になっているなど、神以外の誰が想像できただろうか。

 人生とは、どう転ぶか本当にわからないものである。

「……つまり兄ぃにのチャンネルは、世界中のありとあらゆる人種から支持を受けている、業界の神と形容しても可笑しくないような素晴らしいチャンネルってこと?」

「さすがだぞ智依莉。お兄ちゃんの説明を完璧に理解できるだなんて」

 一通り説明を終えた後、内容を完全に理解しきった天才妹の智依莉を俺は褒めちぎった。

「えへへっ、なでなで嬉しい……」

 クシャクシャと俺に撫でられることで、気持ち良さそうに喉を鳴らす智依莉。

 可愛い。

 俺の妹がこんなにかわいい。

「いやいや! 今の説明に神要素とかなかったじゃん!? あるとしてもさっくんの苗字くらいでしょ!」

 と、ここで漸く風鈴が納得がいかないという表情で突っ込みを入れる。

「あ? なんだお前は、俺の妹に文句があるというのか?」

「ちーちゃんじゃなくてアンタにあるの! 確かに動画は面白いかもしれないけど、興味ない人からしてみればとことん興味ない動画ばっかりじゃん!」

 このギャル、動画配信なんかしたことない癖に妙に鋭いとこ指摘してくるな。

 脱がそうかな。

「確かにそうかもしれないが、ジャンルとしては統一されている。興味がない奴は見なければいいだけの話だろう」

「それはそうかもしれないけど……」

「というかまさにその通りなんだよ……興味ない奴は見に来なければいいんだ。たまたま開いてしまったというのなら大人しくブラウザバックすればいいんだ。それなのにわざわざ『オタクきもい』とか『自己満オナニーチャンネル』とか『こんなゴミ集めて何になるの?』とかゴミクズみたいなコメント残しやがって! お前らにオタクの何がわかるっていうんだ!」

「ご、ごめんってばぁ!」

 声を荒げる俺を見かねたのか、風鈴がいそいそと謝ってきてしまった。別に今の気持ちは風鈴に向けたつもりはなかったのだが、なんとなく申し訳なくなる。

「……いや、別にお前が悪いわけじゃないんだ。たまたま最近そういうコメントを目にしてしまって、ちょっと引き摺ってただけなんだ」

 配信者にとって悪口や批判やアンチコメントというのは、下手をすれば毎日見る羽目になるほど日常茶飯事である。動画を公開した後に「どれどれ……」なんて軽い気持ちでページを開こうものならそこには有象無象の数多のコメントが様々に記載されており、少なからず批判だったり蔑むようなシニカルなコメントも存在してしまう。もちろん叱咤激励のような見ていてやる気や勇気をもらえるコメントも数多くある、というより基本的にはこういったプラス思考のコメントが多いのだが、人間の脳は良いことよりも悪いことの方が記憶に残りやすい作りになっている故もあり、どうしても『批判や避難、悪口が目立つ』と思い込んでしまいやすい。特にアンチというのは自分がどんなことをしようが事細かに粗探しをして批判してくるので、ほとんど対処のしようがない。万が一視聴者の反感を買うような発言をしてしまえば最後、無慈悲な悪口雑言や冷嘲熱罵の声を容赦なく浴びせられることとなり、精神面がやられ最悪そのまま失踪してしまうケースも無きにしも非ずなのだ。なので配信する側は基本は炎上だけは絶対避けるようにプライオリティを置いて動画を作らなければならないし、俺だって不用意な発言はしないよう、カメラを回し始めた時はなるべく言葉を選んで撮影している。

 している、のだが……。

「とりあえず何かにつけて批判したがる奴って、ネット上にはごまんといるからにゃー。そんな奴気にしていちいち気にしてたらキリがないぜ、つるやん」

 十五夜の言う通り、他人の身勝手な愚言などほとんど無視して自分の思うようにやっていければ一番いいのだが、元々ネガティブ思考に陥りやすい俺としては、どうしたって気にしてしまう。寧ろこんな弱い性格とメンタルで、よくもまあ五年も生き残れたものである。

「わかってるさ。だから最近はあんまりコメントは見ないようにしている。でもやっぱり、応援コメントや好意的な意見は貰えると嬉しいし、無視するのもあれだからちょっと返信したくなっちまうだろ?」

「あー、それはわかるにゃー」

「その度にそういった類の批判コメントは見てきているが……やっぱり慣れないよな」

「俺はだいぶ慣れちまったにゃー。ま、そもそも俺の場合キャラ作って撮影してるから、そんな作り物の自分に何言われようと気にならないしにゃ。ただファンから自分がどんな風に言われてるのか気になっちゃうから、なんだかんだコメント欄は見ちまうんだにゃー」

 まあ刺さる物は刺さるんだけどな、と十五夜は付け加えた。

 配信者も楽ではない。

 どんなことよりも、心のケアは最重要事項だ。

「雪音はどうなんだ? 批判コメントとかどうしてるんだ?」

「私ですか? コメント欄は見ませんね。投稿したての頃は見ていましたが、『声が萌え狙いでキッモ』というコメントを見つけて以来、あそこは現実で惨めな思いをしているクズ共が日頃の鬱積を晴らすためのゴミの掃溜めだと思っています」

「……そうか」

 言いすぎな気もするが、実際最近のコメント欄は『動画の感想を記入する場所』から『共通の趣味の人がいるコミュニティ』という場所になりつつある。なので近頃は動画に全く関係ない日常コメントが増えてきており、『日頃の愚痴を言い合う場所』という表現もあながち間違いではないのだ。

「でもでも、誰でも自分の好きなものを否定されたら、普通は落ち込むよね」

 俺達とは違いこの業界で活動していない風鈴が、だからこそ言えるであろう当たり前のことを口にした。

「その通りだぜかざりん。いくら配信者といえど結局は人間なんだ。何を言っても許される、サンドバッグじゃないんだよ。かざりんも、激情に任せた罵詈雑言をコメントしちゃ駄目だぞ?」

「あ、アタシはそんなことしないって! 寧ろさっくんの動画のお陰でアニメとかそういうのに興味持てたし……ゲームとかのことも、ちょっとはわかるようになったし……」

 風鈴がもじもじとしながら素直な感想を言うので、不意を突かれた俺まで赤くなる。

「お、おう……」

 批判は辛い。

 だが応援コメントは―――それ以上に嬉しい。

 だから頑張れるのだ。

 もちろん、何を言われようとも貰える物(即ちお金)は貰えるので、というかこれで生活している以上簡単にやめるわけにはいかないのだが。

「ちょっと師匠。何顔赤くしてるんですか。駄乳も何しれっと人の男誘惑してんすか」

「べべ、別に誘惑なんかしてないって! するわけないじゃんいやだなーもー!」

 わちゃわちゃと手を振り否定する風鈴。

 そこまで否定されるとさすがに悲しく―――あれ、ならない?

 風鈴がバカだからかな。

「ほら師匠ぉ~、次は私のチャンネル紹介ですよぅ? ……私のこと、包み隠さずお話ししてア・ゲ・ま・す・ね?」

「お、おう……俺じゃなくて智依莉にな?」

「……チッ」

 今日何度目かわからない舌打ちをしながら、雪音は仕方ないと智依莉の方を向く。

「えー、はい。智依莉さん。私がどんな動画を作ってるか、覚えていますか?」

「……覚えてないです」

「私が智依莉さんのお兄さんと婚約を交わしたあの日のことは覚えていますか?」

「絶対にそんな日がなかったことだけは覚えてる」

 むすー、と雪音は少し膨れた後に、

「……私は、『αgaΔmeΩ(オールゲーム)』というゲーム実況チャンネルを作ってゲームをやってます。チャンネル登録者数は……えっと、今で一五〇万四四八九人です。基本的にゲームの動画しか出しません。……はい、これでいいですか?」

「お、おう……」

 要点はまとまっているが、とてもあっさりした自己紹介であった。

「一五〇万……兄ぃにの二〇倍以上」

「まあ数だけで言うならそんな感じですかね。あくまで数だけですよ? 動画の面白さは師匠の方が圧倒的です」

 智依莉に指摘されるも、ふんっと謙遜する雪音。その謙遜は俺を庇うものではなく心の底から行われていることを、俺は知っている。

 そう。

 彼女が運営するチャンネルはゲーム実況をメインとした文字通りのゲーム実況チャンネルである。チャンネル設立は三年前の一月で、それから一月(ひとつき)もせずに登録者は三千人を突破し、二ヶ月弱で一万人を達成、その後も女性が配信主のチャンネルとしては異例のスピードで人気を集め、現在では登録者数一五〇万超えの、個人で活動するゲーム実況専門チャンネルとしては国内でも五本の指に入る程の大規模なチャンネルとして業界にその名を轟かせている。

 ここまで人気が出た理由は単に『プレイヤーが女性だから』というだけではない。確かに男性の視聴者層が多いゲーム実況動画で更に配信者側も男性の方が多いとなると、もはや性別すら他チャンネルとの差別化を図れる要素となる。ゲーム実況動画はプレイするゲームが同じ場合、トークだったりギャグを挟んだり知識を披露したりと視聴者に飽きられない工夫をしてとにかく『オリジナリティ』を出さなければ自分の動画だけを見てもらうというのが難しく、みんながみんな同じような内容の動画を上げた場合、『どうせ同じ動画なら女の子の声の方が耳が幸せ』という思考回路に働いてしまう(個人差あり)。従って、必然的に雪音が女性であることはチャンネルの大きなアドバンテージにはなっているだろう―――だが違う。

 彼女が人気の理由はとても簡単―――上手いからである。

 ゲームが上手い。

 それは或る意味ではゲーム実況には欠かせないスキルであり、考えようによっては実況者に最も求められるスキルであっても可笑しくないと思うのだが、そう言われてみると人気の高い実況者の中には、ゲームの上手さが特出した実況主というのは案外少ない。その理由は恐らく、彼らが撮影しているのはあくまで実況動画であり、プレイ動画ではないからだろう。実況動画という都合上、どうしても何かしら喋りながらプレイしなくてはならず、また話す内容もいかに面白くするか、いかにウケを狙っていくかなど編集面のことも含めて色々考えなくてはならないため、どうしたって気が散ってしまう。じゃあ喋らなければいいのでは、という話にはならない。喋らないのならわざわざマイクなど使わず、プレイ画面だけをキャプチャすればいいのだ。しかしただのプレイ動画となると普通のプレイ如きでは再生数は伸びず、所謂『奇跡プレイ』『神プレイ』、音ゲーならば全良動画のような、見る価値のある―――見所のある動画でなければ埋葬されがちだ。だが実際にプレイ画面だけを録画した神プレイ動画などは幾つも存在する。では何故実況者達がそれをやらないか―――恐らく、できないからだ(、、、、、、、)

 やらないのではなく、できない。

 実況者は、ゲームが下手なのだ。

 もちろん全員が、それも何もかもが下手というわけではない。最低限のことは出来なければ見ている側がイライラしてしまうはずだし、喋りながらプレイしている分普通にプレイしている人よりかは上手い人が多いはずである―――だがしかし、神プレイをして見せるような人達は、そもそもプレイ時間や素質が違う。当然初めから上手い人もいるだろうが、実況者が動画を編集したりカンペを考えたりしているその時間すらも、神プレイヤーと呼ばれる方々はコントローラ片手に無心でプレイし、練習しているのだろう。そうして得たスキルの賜物が、俗にいう『神プレイ』なのだ。逆に言えば、神プレイヤーの中に実況者と呼ばれる人種はほとんどいない。というよりそもそも、実況動画の大義名分など実況していることそのものにあるのだから、別に取り立てて技術は必要ない。寧ろ、『最初は下手だけどなんか面白い人が最終的にはクリアして見せる』というのが、実況動画の一番見所なのではないだろうか。

 実況者は神プレイができず、神プレイヤーは実況ができない。

 天は人に二物を与えず―――しかし雪音は違う。

 彼女は二物を与えられている。

 鵞切雪音はゲームが上手い―――その上手さは単に『他の人よりは上手だね』で済まされるレベルではない。RPGだろうが横スクロールだろうがアクションだろうがシューティングだろうがレースゲームだろうが対戦ゲームだろうがパズルゲームだろうがホラーゲームだろうがスポーツゲームだろうが音ゲーだろうがギャルゲーだろうがエロゲ―だろうが、ゲームと名が付けばとにかく何でもこなす。卒なくこなすのではなく、完璧にこなして見せる。この上手さは言葉や文字ではどうしても伝えきれない部分がある。しかし、ならば百聞は一見に如かずと実際に彼女の動画を見せてみたところで、普通の人やゲームに疎い人には「クリアするのが早い」「死ぬ回数が少ない」「とりあえず強い」というような漠然としたイメージでしか伝わらない。だが、ある程度様々なゲームをプレイしているような、例えば俺みたいな奴なんかには、彼女の動画を見た瞬間に本能的に思うはずである―――上手い、と。

 上手すぎる。

 間違ってTAS動画でも見ているんじゃないかと思うぐらいに、彼女のプレイは見惚れるほどの―――見蕩れるほどの物を持ち合わせている。ちなみにTAS動画というのはゲームのエミュレータに搭載されている機能を使い作り出された、実機では理屈上再現可能だが常人のプレイではとても再現できないようなスーパープレイ動画やタイムアタック動画の総称なのだが、要するに雪音のプレイは機械にプレイさせてるんじゃないかと見間違うほどに上手いのだ。

 漠然と上手い上手いというと『では実際はどれくらい上手いのか』と疑問を持つ方々も多いと思う。なので、少しだけ、彼女のゲームの上手さをここに記載させてほしい。とは言え字数の関係上それぞれの作品を知っている体で書かせていただくので、よくわからない人はゲームに詳しい方にこの業績を見せてみてほしい。多分吹き出すと思う。

・かの有名な『スーパーマリオブラザーズ』のタイムアタックで自己ベスト四分五九秒。

・プレイ動画が非常に潤滑な『バイオハザード4』では最高難易度のプロフェッショナルを一時間三八分でクリアし、またそれとは別ではあるが驚異の七縛りプレイクリア(武器拾い禁止・命中率百パーセント・アタッシュケース開くの禁止・武器商人禁止・ウェイト禁止・ノーダメ・ノーコン)を達成。しかもこれをPS2・3・4、Wii版、GC版全てで達成。

・『マリオカート』シリーズではWii以降、全ての作品で世界ランキングTOP10入り。

・『ドラゴンクエストⅡ』において、シリーズ最難関ともいえるダンジョン『ロンダルキアへの洞窟』を初見クリア。

・『ポケットモンスター』各作品のレート対戦で各シーズン終了時に毎回レート二千以上。シーズン終了時の最高レート&ランクは二二八九で第三位。

・ゲームセンターで家族連れに大人気の『太鼓の達人』に搭載されている段位道場で、毎バージョンにて段位『達人』に合格。

・最近だとニンテンドースイッチで発売した『モンスターハンターXX』にて、全超特殊許可モンスターを火事場&猫なしソロでクリア。聞いたときに鳥肌が立った。

・超有名なPCゲーム『青鬼』を八分弱でクリア。更に目隠しプレイ(文字通り目を隠してプレイすること)でのクリアにも成功している(動画だけでなく、実際に俺の前でやってくれた。顎が外れかけた)。

 ……等々、上げ続ければ枚挙に暇がないのでこのくらいにしておこう。もちろん、どれもこれも世界最速であったり歴代最高だったりではないので、この文章を読んでいる人の中には彼女の記録を上回っている強者もいるかもしれない。ただ注釈しておくと、今の功績は全て同一人物が(、、、、、、、)たたき出した記録(、、、、、、、、)である。ゲーマーと呼ばれる方々なら、これが如何に脅威的な、驚異的な、狂異的な芸当かご理解いただけたと思う。動きに無駄がない操作力、初見殺しを悉く回避する判断力や危機回避能力、弱点や攻略法をすぐさま見抜く洞察力、どれをとっても彼女はスキルの高い、完成されたゲームプレイヤー、いわばゲームの申し子なのだ。

 もちろん、実況の方も喋りが面白く笑いどころも多くて完璧―――とはさすがにいかず、『ここはこうしてこうすれば突破できるんですよー』『こいつはここが弱点なんでそれさえ覚えておけばカモですねー』『ここに来るまでに八〇〇コインあればこのアイテム、足りなければこちらの道具で代用すればいいと思います』と言った風な実に端的な実況であり、たまにニヤッとしてしまうようなシーンがある他に、取り立てて大爆笑が起きるようなシーンはほとんどない。しかしそれが逆に、『淡々と説明してくれるおかげで動画を見ることに集中出来る』『適度な実況に耳を傾けつつ神プレイが見れる』『攻略が早くて助かる』といった具合で好評を得ており、ついには『音声付き攻略本』とまで揶揄されるようになってしまった。というよりそもそも、当たり前のようにスーパープレイを見せられる時点で視聴者的には既に大爆笑が起こりかねないのだが。

 ちなみにだが、一応彼女の動画―――というか彼女自身にも欠点はある。それは今までの状況を見てもらえればわかる通り、彼女は非常に毒舌ということだ。本来実況者に限らず配信者というのは、視聴者が不快にならないよう言葉遣いにはなるたけ注意をしながら動画作りをしなければならないのだが、彼女はそんなことは御構い無しにと自身の感情をそのままさらけ出し、しかも大抵カットされずそのまま完成された動画として上げられる。基本的にはその天才的なプレイングスタイルのおかげで他の人と比べてもほとんど苦労なく攻略することのできる彼女だが、そんな彼女でもさすがにゲーム内の乱数、つまり『運』要素には度々振り回されることもある。最近の動画で記憶に新しいシーンと言えば、

『はあ!? なんでそこでじゃれ外してんだよこの腐れドブネズミポケモンがよ!?』

『そうそこでカットイン……が発動しない! 何やってんだこのクソレズ艦娘がボケェ!』

『ぎゃあああああここでトゲゾーこうら!? 何してんだこの陰キャ野郎てめえゲームしかやることねえのか!?』

……他にもあった気がするのだが、彼女の尊厳を守るためにこのくらいにしておこう。まあこれでも昔に比べれば大分毒が抜けてきた方である。デビューしたての頃はマジで放送していいのかこのシーンというような部分が割とあったので、彼女自身も一応は気をつけつつ最近では撮影しているらしい。もし昔の彼女の言葉遣いがどれほどヤバイ物か気になる人がいるのならば、是非共自身の目で動画を見てもらいたい。可愛らしい声から放たれる暴言の数々に、恐らく戦慄すら覚えるだろう。

「謙遜しなくていいんだぞ雪音。動画の面白さだってお前の方が上なんだから」

「また師匠はそうやって私を持ち上げる! 私が今こうして配信業を続けられるのは全て師匠に出会えたからなんです。登録者が一五〇万いるのも、それも全部師匠のおかげなんです」

「……そうか」

真剣な眼差しでそう語る雪音に対し、さすがにこれ以上自分を落とす発言はできなかった。事実、俺は彼女の動画作りに対して本当に何もしていないのだが、それでも彼女がそれをモチベーションとしているのなら、一ファンとしては暖かく見守るべきなのだろう。

一ファンとして、一同業者として―――一ライバルとして。

「おいおい、俺の紹介がまだなのにしんみりした空気にしないでくれるかにゃー?」

と、横からヘラヘラした口調で十五夜が割り込んできた。

「お前、まだ帰ってなかったのか」

「ちょっとつるやん、それはあんまりじゃないかにゃ!?」

「あん? ……おっと、すまない」

どうやら無意識の内に雪音の影響を受けてしまっていたらしい。

「それにこの真打・研黒十五夜様の素ん晴らしいチャンネルを紹介せずに帰るなど言語道断! ちえりんよ、耳の穴をかっぽじってよく聞くがいいにゃ!」

「……えっと、どちら様ですか?」

「あれえ!? そこから忘れちゃってんの!?」

思いの外ショックを受けている十五夜に対し、「冗談……」とフォローする智依莉可愛い。

「な、なんだよ……流石に心が折れかけたにゃ」

ホッと安堵の息を一つついた後、十五夜は語り出した。

「俺様の運営する『せいくんTV』は、老若男女様々な視聴者―――そして、特に若い女性達に大人気の、アルティメットマルチチャンネルなんだにゃー! 現在チャンネル登録者数二〇万人強! 俺こそが今最も勢いのある新鋭ワンブラウナーなんだにゃー!」

がっはっはっ、と自信たっぷりに自身のチャンネルを紹介する十五夜に見かねたのか、

「はい、これがチングラスヤリ夫の動画です」

と雪音がスマホで十五夜の動画を開き智依莉に見せてくる。

「…………」

数十秒程動画を見ていた智依莉だが、半分も見終わらないうちに、

「……つまんない」

「にゃぬっ!?」

ポツリと呟く智依莉と、驚きを隠せない十五夜。

「これでわかったでしょチングラスヤリ夫。あなたの動画はつまらないんですよ。例えばここのギャグとかここのリアクションとか、正直見てる方が寒気がしてくるんですけど」

「ば、馬鹿な! だってコメントには『クソワロタwww』とか『面白かったです!』とかいっぱい書いてあるにゃ!?」

「そんなの一部の信者のコメントでしょうが。信者っていうのは、何をやっても喜ぶし持ち上げるんですよ。あなただって重々承知のはずでしょ?」

「ぐ! そ、それは……」

的確とも言える雪音の指摘に、ぐっと押し黙る十五夜。

そう。

彼の動画は―――研黒十五夜の動画は、一言で言ってしまうと『普通』なのだ。

動画内容は彼の言う通り真の意味でのマルチチャンネルであり、コンビニやスーパーで発売された新作のカップ麺・お菓子のレビュー、ヴィレッジヴァンガードなどで見つけた面白グッズの紹介、One BrowserやTwitterで流行ったネタやトレンドを取り入れた動画など、上位陣が既にやっていることの所謂二番煎じであり、オリジナリティに欠けている部分は正直ある。もちろんレビュー内容まで丸かぶりしていたりはしないので全く同じということはないのだが、何というか、『そのネタ何処かで見た』感が否めないのだ。

それでも彼が、登録者数二〇万人と少なくとも俺より指示を受けている理由としては『動画内容が万人ウケする内容だから』もあるだろうが、恐らくそれよりも『イケメンだから』というのがあるだろう。なんせ彼は、男の俺から見てもはっきりとわかるほどのイケメンであり、ワンブラウナーの中でも屈指の容姿の良さを持つ。本来ワンブラウナーとはTVをメインにお茶の間で活躍を果たす俳優と違い必ずしもイケメンである必要性はないので、総じてイケメンと呼ばれるような顔は滅多に見受けられない。しかし彼は、そんなイケメン俳優に勝るとも劣らない、いやぶっちゃけそのレベルに匹敵するんじゃないかと思わせるほどの、ワンブラウナーでは希少種とも言えるべき存在なのである。そのお陰で彼の視聴者には女性、特にティーンズと呼ばれるような中高生を筆頭とした若い女子達が多く、結果として『イケメンなので何をやってもウケる』という状態が出来上がっているのだ。

なんと女たらし、否、憎たらしいことか。

まあ俺はオタクジャンル専門として活動しているので万人ウケを狙ったチャンネルより登録者が少ないのは必然に近いのだが、それでも同じ男として、顔の違いでついている差も少なからずあるのだと思うと、羨ましいとは思わなくもない。

別に俺も自分がブサイクとは思わないんだけどな。いやイケメンには程遠いけれど。

「顔だけで視聴者引き集めて気に入った女の子パクッと食べて、イケメンは不潔ですねー」

「視聴者とそんなことするわけねえだろ! 顔も知らないあったばかりの女と遊ぶほど遊び慣れてねえにゃ!」

「大体なんですか、その『にゃー』って語尾は。前川みくですかあなたは。そんなんだからチングラスヤリ夫なんて呼ばれるんですよ」

「ゆきねんが勝手に呼んでるだけだろ! あとみくにゃんにチンコ要素もサングラス要素もねえ!」

 夜だというのも御構い無しにギャアギャア叫ぶ十五夜と捲し立てる雪音。

 お隣さんから文句を言われるの俺なんだけど。

 埋めようかな。

「でも顔が集客効果の七割を占めているのは事実でしょうが。それに万人受けする動画は視聴者を選びませんけどね、それは同じように、こちらも視聴者を選べないという意味なんですよ。じゃあ聞きますけど、流行りのお菓子のレビューとか面白グッズ紹介とかっていうのは、本当にあなた自身がやりたくてやっていることなんですか?」

「…………」

「再生数を稼ぐために誰にでも見てもらえるような動画を作るのも確かに戦略的だし、この業界で生き残るためには確実な手段だと思いますよ。でもそれって楽しいですか? あなたが所属する事務所の謳い文句は『好きなことして、生きていく』ではありませんでしたっけ? あなたの好きなことは、そのルックスを活かして若い女性にちやほやされることなんですか? よく分かんないチャラそうな見た目で飾って、嘘の自分を視聴者に披露することなんですか? それって息苦しくないですか? 配信者なんて何をやっても後ろ指さされるんですよ。例えあなたのような万人受けする動画でさえ、アンチにとっては批判材料の一つに過ぎないんです。どうせ何をやっても批判されるのなら、そんな誰かに媚を売るようなスタイルじゃなくて、自分の好きなことでチヤホヤされたくないんですか?」

私はあなたみたいな、周囲に合わせて自分を殺す人間が大嫌いなんですよ。

雪音は、誰が聞いても辛辣だと思う言葉を、容赦無く十五夜に浴びせた。

彼女の指摘は、まあ、ごもっともである。どんなに自分を偽って大衆がこぞって興味を示しそうな動画を作ったところで、何かにつけて文句を言いたがるやつは必ず現れる。それで辛い思いをするくらいなら、せめて自分の好きなことをして非難される方がマシだと、雪音は言いたいのだろう。だが実際にワンブラウナー全員が自分の好きなことで生きているのかと問われるとそうは言えない。やはりなんだかんだ言っても大衆ウケする動画は再生数を稼ぎやすく、それによりさらに多くの人の目に自分の動画が止まり、相乗効果として登録者が増える。また再生数が増えれば総じて収入も増える。事実登録者が桁違いで多いトップクラのワンブラウナー達は、十五夜と同じく新商品のレビューをしたり面白グッズを見つけてきたり、また派手にお金をかけて何かを大量に買って見たり実験をしてみたりと、誰が見てもとりあえず面白いと思うような動画を多く挙げており、自分の趣味を百パーセント全開で出したような動画は数が少ない(もちろん好きでやっている人もいるのだろうが)。明確に自分のやりたいことや特技のみで完全に確立されたチャンネルというのは、実はそう存在しないのである。

俺や雪音はほとんど好きなこと一辺倒で統一したチャンネルを作っているので、そう言われると俺は幸せ者なのかもしれない。まあおかげさまで共通した趣味思考を持つ方々以外には見てすらもらえないのだが。

と、

「にゃー。そういう考え方もあると思うけど、そんなに悪いことかにゃー?」

少しだけシリアスになっていた空気を切り裂くかのように、ヘラヘラとした口調で十五夜が口を開く。雪音の言葉など、まるで意に介さないとばかりに。

「確かにコンビニの新作スイーツとか調べるの疲れるし、健康のことを考えればお菓子とかカップ麺は控えた方がいいかもしれないし、ヴィレヴァンだって本当はそこまで好きじゃないけど、全部好きなことではないけれど、別に嫌々やってるわけでもないんだにゃ。テンションの高いキャラを演じるのも確かに疲れるけど、別にそこまで苦ではないにゃ。というよりそんな簡単なことで金が稼げるんだとしたら、寧ろそっちの方が楽なんじゃないかにゃ? 大体『好きなことして、生きていく』なんて、たまたま好きなことで成功したやつがなんとなく思いついた戯言でしかないだろ。それをさも格言のように『ワンブラウナーの生き方』みたいに掲示するのはお門違いだにゃ。そんなの、ゆきねんみたいな選ばれた人間にしかできるわけないだろ。だった多少我慢してでも、周りの評判を得られる動きを示すしかないんだにゃ」

ヘラヘラとした口調で―――口調には全く似合わない台詞を、十五夜は吐く。

そのサングラスの奥に映る瞳がどうんな目をしているのか、こちらからは窺えない。

「あー、別にだからと言って二人を否定する気は無いぜ? オタク専門チャンネルって数自体は少ないし、需要は必ずある。ゆきねんの動画だって、ゆきねんにしかできない技術やプレイがあるわけだし、オリジナリティは十分あると思うんだにゃ」

でもよ、と十五夜は続ける。

「誰もがみんな、自分みたいに上手く行っているとは―――思わないでほしいにゃあ」

上手くいく。

クリエイター界で『上手くいっている』とおおよそ呼べる人材はほんの一握りだ。それはワンブラウナーに限った話では無い。漫画家だろうと小説家だろうとイラストレーターだろうと造形師だろうと、それ一本で飯を食べていけるようになるには、それ相応の技術にスキル、そして何より運が必要になってくるだろう。

そう考えると、俺は上手くいっている人間なのかもしれない。大好きなフィギュアを買い、それを開け、レビューすることで収入を得て、そしてまたフィギュアを買い―――。

フィギュアで飯が食いたい。

昔から思っていたことだが、こんな形で夢が実現するとは五年前では予想だにしなかった。

勝ち組―――なのだろうか、俺は。

それともただ単純に、何も持ち合わせていない俺を神が救ってくれただけなのだろうか。

それこそ、神のみぞ知るお話である。

「……あれ? やだなーみんなして暗い顔しないでほしいにゃー! 別に深い意味を込めていったつもりなんてこれっぽっちもないんだにゃー!」

自分で作った静寂に絶えられなくなったのか、十五夜が一層剽軽な声で喋りだす。

「顔が暗いにゃーゆきねん! どうしたんだよ、いつもなら『チングラスヤリ夫のくせに偉そうなこと言いやがってしばき倒すぞハゲ』ぐらい言ってくるところじゃないかにゃー! 」

「……いや、チングラスヤリ夫でもたまには正論が言えるんだなーと思いまして」

あんまり褒め言葉には聞こえないが、雪音が十五夜に関心を向けるとは珍しい。そう感じたのはどうやら俺だけではないようで、「えっ? いやぁそれほどでも……あるかにゃ? あるのかにゃ? あるんだにゃ!? これが!」といつになくテンションが上がっている。

「……というより、私がいつでもそんな毒舌を吐くんだと思われている方が心外なんですけど。私、そんなにひどい言葉遣いしてます?」

「…………」

「…………」

俺と風鈴が、互いに顔を見合わせる。

どうやら同じことを考えていたようで、二人揃って苦笑する。

「あー師匠! なんで駄乳女なんかとアイコンタクト交わしてるんですか? ねえねえ師匠、チングラスヤリ夫ってば、まだ私の言葉遣いが悪いって言うんですよ?。そんなことありませんよね? 私、完全に言葉遣い治ってますよね?」

甘えた声で擦り寄ってくる雪音に、「お、おう……」と目を合わせずに俺は返す。

 自覚してない……だと!?

 冷静に考えてみれば、動画での暴言は昔に比べて減ったとは言ったもののそれは耳にする機会が減っただけのことであり、よく動画を見てみると明らかな不自然なカットが何か所か見受けられる。また自主規制による検閲(ピー音)も増加している。恐らくは編集中に『さすがに言い過ぎた』と自分で思った部分を無理やり消すか隠しているかしているだけで、つまり暴言が減ったのではなく隠蔽が上手くなっただけなのではないだろうか。

 というかリアルに会った時の風鈴や十五夜に対する態度は、思い返せば何一つ改善していない気もする。

「いやいやいや、冗談はよしてくれよゆきねんってば! あれで言葉の毒が抜けましたなんて笑い話にもならねえにゃー。動画じゃ確かに減ったかもしんないけど、横でゲームやってる時とか昔の実況そのまんまだにゃー。」

「そ、そんなことありません! ちょっと熱くなる時があるだけです!」

「あれはちょっとってレベルじゃないだろ! 『催眠術当てるとかふざっけんじゃねえチートでも使ってんじゃねえのか?』とか『なんっで罠仕掛けた直後にエリチェンしやがんだゴミトカゲ鳥モンスターがよぉ!』とかいっつも叫んでるにゃー。大体たかがゲーム(、、、、、、)如きでいっつも熱くなりすぎじゃないかにゃー?」

「お、おい十五夜! それは言っては―――」

 刹那。

 ブチブチブチィ! と、横に座る雪音から絶対に人体に影響を及ぼしかねないであろうすっごい音が聞こえてきた。

 音の出所に目をやる。

 そこには、額から顳顬(こめかみ)にかけて太い青筋を浮かべ、紅い瞳にうっすらと稲妻を浮かべた悪鬼羅刹……ではなく、鵞切雪音がいた。

「……たかがゲーム、だと?」

 あ、これ、長い奴だ。

「か、風鈴! 今日はもう遅いし、帰った方がいいんじゃないのか? 大学生はまだ春休みだからまた明日でも明後日でも遊べるだろ!」

「うん、そ、そうだね! 電車もなくなっちゃいそうだし、今日は帰ろっかな!」

 風鈴は普段はまるでバカなくせにこういうところは妙に察しがいい。全てを言わずとも俺の言葉の意味を理解していそいそと帰り支度を始める。

「お、もうこんな時間かにゃー。そんじゃつるやん、俺も帰るわ」

 一方、普段は中々切れ者の癖に空気だけはいつまでたっても読めないこれまたバカな十五夜は、よいしょとテーブルから立ち上がる。

「んじゃ、まったにゃー」

 大きく一つ背伸びをし、ブラ~っと立ち去ろうとする十五夜。しかし黒い殺気を放つ化け物が、それを許すはずもなかった。

 ガシッ、と。

 雪音が十五夜のズボンの裾を掴む。

「……帰るな。座れ」

「ゆ、ゆきねん?」

 予想外の反応に驚いた十五夜だったが、

「……もしかして帰ってほしくなかったのかにゃ? にゃっはっはー、ゆきねんはやっぱりツンデレさんの照れ屋さんだったのかにゃー」

 と勘違いをしながらも元の場所に座り直す。

「せ、十五夜……帰らないのか?」

「珍しくゆきねんに引き留められたんだから、そりゃ帰れないにゃー。もしかしたらつるやんのゆきねん、貰っちゃうかもしれないにゃー?」

 軽口を叩いている十五夜だったが、次の瞬間。

「おわっ!」

 ガバァッ! と、雪音が思い切り十五夜を押し倒した。

 油断した十五夜は完全にマウントを取られ、完全に雪音の下敷きになっている。

「……ゆ、ゆきねん? 流石に気が早すぎるんじゃないかにゃー! ほら、つるやんもちえ りんも見てるし、せめて俺ん家とかで……」

 赤面しながら慌てふためく十五夜だが、もちろん雪音が押し倒した理由は全く別物だ。

「……たかがゲーム、と言ったな?」

 ポツリ、と。

 小さくも、覇気と怒気と殺気を十分に含んだ声で、雪音は呟く。

「へっ? いや、言ったかもしれないけど」

「たかがゲームで熱くなって何が悪い? ゲームがそんなにくだらないことか? 私からしてみればゲームに熱中するのもスポーツに熱中するのも勉強に熱中するのも全部同じなのに、なぜゲームだけ低いレベルで見られなきゃいけねえんだ? そもそもたかがゲームでって、じゃあお前はその『たかがゲーム』如きで熱くなれないで、一体何なら本気で取り組めるんだよ。人生今まで本気で何かに打ち込んだことあんのか? どうせないんだろ。そんな適当に今まで生きてきた情熱の欠片もない奴に、こちとら命を懸けて命を削って命を注いでやってるゲームになんで文句言われなくちゃいけねえんだよ……」

「え、いや、別にあれはただのノリというか何というか……」

「教えてやる。お前には、ゲーマーの本気の魂と根性と熱意がどれほどの物なのか、数々のゲーマーと言われてきた奴らが背負ってきた過去と思いがどれだけ深く重いのか―――教えてやる。せいぜい少ない脳みそフル回転させて、耳ん中ブチ抜いてよく聞いとけよ」

「ひ、ひいいいいいいぃぃぃ!!」

 もはや何かに取り憑かれたような雪音に何も抵抗できず、「た、助けれくれつるやん! 親友がピンチだ!」と援護を求める十五夜だったが、俺は聞こえなかったふりをして風鈴を見送り、その後智依莉と風呂に入り寝支度を整え、雪音達と同じリビングにあるベッドで智依莉と共に眠りについた。意識が完全に眠りきるまで聞こえてきた雪音の説教のようなものが、一体何時まで続いたのか。

 まあ明日、雪音からでも聞くとしよう。 



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