一応世界観としてはGoogleも普通に存在しています
001
OneBrowser。
十年ほど前に、日本で大手のテクノロジー企業・OneNet株式会社がサービスを開始した国内最大規模の動画共有サービスである。動画の視聴は基本無料で、会員登録などをせずともサイトに上げられている動画はほぼすべて見ることができる。上げられている動画も実に多種多様であり、料理動画、商品紹介動画、ゲーム実況、歌や楽器を演奏する動画、実験など個人が上げているようなものから、大手企業による告知、CM、アーティストによる新曲MV、テレビで放映された番組の再編集版など、ありとあらゆるジャンルの動画を見ることが可能である。例外として過度にグロテスクなものやスプラッターなもの、後は地球上全ての雄が求めるアダルトビデオのような、視聴に年齢制限がかかるような動画はサイト側に見つかり次第即刻削除されるためほとんど見ることができない。また、視聴した動画にコメントを残したり評価を付けたり、更には『チャンネル登録』をすることによってそのチャンネル主が上げた動画をいつでもチェックできるようにする(わかりやすく言うとお気に入り登録のようなものである)機能もあるのだが、これらを利用するにはOneNet会員にに登録する必要がある。と言っても、このOneNet株式会社という企業はそもそも『OneNet』という検索エンジンを提供する企業であり、他にもEメールサービス、オンライン・オフィス・スイート、ソーシャル・ネットワーキング・サービス、デスクトップ製品のウェブブラウザ、写真管理・編集ソフトウェア、インスタントメッセンジャーと言ったアプリケーションも手掛けている。これらのアプリは働くサラリーマンに限らず学生などもお世話になる機会が多く、それらを利用するため無意識のうちに会員登録をしていることがほとんどなのだ。
加えてこのOneBrowserという動画サイトは、誰でも視聴ができるのと同じように、誰でも気軽に動画を投稿することができるのである。なので、自分が得意とするものや珍しい発見など、『多くの人に見てほしい!』と思った物を動画として残せれば、それをアップすることで日本中の人々に見てもらうことが可能になるわけである。
そして数年前、OneNet側が新たにパートナーシステムを取り入れ、その自分が上げた動画に広告を付けることができるようになり、それにより投稿主は動画の再生回数に応じた報酬、つまりはお金を得られるようになった。元々は特に閲覧数の多い投稿ユーザーにOneNet側から「パートナー」|(正式にはOneBrowserパートナープログラム)となるように勧誘したことが始まりとされるが、その後パートナープログラムが一般ユーザーにも開放され、より多くのユーザーが広告収入を得られるようになり、ついにはその広告収入で生計をなり建てる強者まで現れ―――それから近年、定義としては曖昧な部分はあるが『OneBrowserの動画再生によって得られる広告収入を主な収入源として生活する』人物や集団をまとめて、OneBrowner、またはOneBrowserクリエイターと呼ぶようになったのである。
このOneBrowner―――読みずらいので、これからはカタカナ表記にしよう―――というのは所謂造語であり、また完全なる職業として世間から認知されていると言えるかと言えばそんなこともないようで、『なんか動画を上げてお金をもらっている人達』という安易な印象がどうしても拭い切れないという現実は業界全体の悩みの種でもある。また、人気のあるワンブラウナーは何をしても再生数が勝手に増える=適当な動画でもお金を稼げてしまうという実態もあり、『楽して稼げる職業』『動画を作るだけで億万長者になれる』、もっと酷いと『ニートと引き籠りの集まり』『社会不適合者集団』などと言った良くない印象を一部から受けているのも事実であり、また収益が再生数に左右されることや広告の単価そのものの変動による影響で収入が不安定になりがちでもあり、総合的に見ても『恵まれた業界』とは言い難いのだ。オマケに作家や俳優などとは違い、自身の作った動画、つまり『自分の作品』に対して視聴者がコメントとして『直接』評価を付けられるので、情け容赦のない批判や罵詈雑言を自分の目でリアルに目にしてしまいやすい。ツイッターにもクソリプがよく飛んで来たり、最悪犯罪予告までもが付くことも間々あり、メンタル面が弱い人が生き抜くことは極めて難しい世界でもある。俺も何度鬱になりかけたか、正直数えたくもない。
だがあくまで俺の感性だが、動画を作ることが苦でなければ他のクリエイター職業と比較してみてもそこまで悪業でもなく、何より『好きなことをしてお金までもらえる』というシステムは画期的且つ躍進的でもあり、総じて『なんだかんだ楽しい職業』だと俺は思っている。
と言うよりは、会社で誰かの下について頭を下げ続けたりおべっか使ったり、逆に工場で黙々と単純作業を数時間を続けるということが苦痛でしょうがない俺からしてみれば、家にいたまま仕事(動画制作)ができ、たまの事務所との打ち合わせ以外で出社する必要もなく、作業中(編集中)に突然ゲームや読書を始められ、何より大好きなフィギュアを開けてレビューするだけでお金がもらえるなんて、まさに俺みたいな社会不適合者のためにあるような素晴らしい職業とも言えよう。
社会不適合者の集まり、か。
……もちろん、全員が社会不適合者だとは口が裂けても言えないが。
もともと俺がクリエイター気質なのもあるのかもしれない。昔から絵を描いたり粘土をいじったりオリジナルストーリーを考えてみたりするのが好きだった俺は、その性質を生かし何かを生み出す職業に就きたいと考えていた。しかし蓋を開けてみれば俺の才能はどれもこれも『中途半端』でしかなかった。絵は描けるがあくまでそれなりにしか描けず、イラストレーターのような美麗な絵や漫画家みたいな様々な構図の絵は描くことができない。そのためいくらオリジナルストーリーを考えたところで、それを形とすることができない。ではライトノベルにしてみるのはどうだろうと思い書いてみれば、どこかで読んだことのあるような文の使い回しや表現、文法となってしまう。
全てが中途半端。全てが二番煎じ。全てが―――器用貧乏。
世の中には『器用富豪』なる、なんでもそつなくこなす人種もいるらしいので、実は俺もその類なのではないかと幻想を抱いていたこともあったが、ところがどっこい、現実はそんな甘いものではなく、寧ろ辛酸だらけの厳しい局面であった。
当然ながら運動も全くできず、かと言って勉学面も平々凡々、リズム感はあっても楽器が弾けるわけでもなく、習い事をやってきたわけでもなく、家系も血統書などは付いておらず、剰え大好きなゲーム類も、どれもこれも『人よりできる』程度でしかなかった。そのせいで俺は―――まあ今では多少改善はしたが―――すぐに人を羨み、恨み、妬むような、ネガティブ思考マックスの超陰険人間となってしまったわけである。
天は人に二物を与えず、なんて言葉があるが。
俺には一物すらなかった。
何一つ―――俺には、与えられなかった。
ただ、そんな俺でも輝ける場所―――というと誇大表現過ぎるが、そんな俺であっても他人から受け入れてもらえて、自分の好きなものを共有できて、自分の好きなことができる。
俺にとってワンブラウナーというのは、職業というより居場所に近いものがあるかもしれない。
自分を曝け出せる場所。
或る意味で、俺が唯一生きていられる世界。
まさか興味本位で動画を投稿してみたあの日から、今では登録者七万人弱を抱えるそれなりの規模のチャンネルになるなんて……人生なんて言うのは、本当に何があるかわからないものだな。
おっと、話が逸れてしまった。
オタク特有の自分語りである。
閑話休題。
つまりOneBrowserとは動画共有サイトであり、ワンブラウナーというのはそんな動画サイトの広告収入により生計を立てる職業であり、そして俺は―――ワンブラウナーである。
神剣桜羅は、動画配信者である。
002
どうにか風鈴の誤解を解いた(本当に解けたかどうかはこの際知らん)俺は、現在リビングにある大き目の四角いテーブルの前に座ってねんどろいどを弄っていた。
「うーん、やっぱりこのデフォルメ具合が一番だな。二・五頭身ってのは最高の黄金比だぜまったく……」
ちなみにねんどろいどを弄って遊んだり眺めたり写真を撮ったりすることを、通の間では『ブンドド』と呼ぶ。由来は確か、ガンダムや戦車なんかのプラモデルで「ブーン! ドドド!!」と子供たちが遊んでいるかららしい。残念ながら俺は小さいころから『フィギュアやプラモデルは飾って眺めて楽しむ物』と認識していたため、実体験などはないのだが。
「そういえば『にいてんご』も文字通り二・五頭身ですよね。やっぱり一番可愛く見える頭身なのでしょうかね?」
「かもしれないな。この手のデフォルメフィギュアは買って満足するスケールフィギュアよりも『集めて満足する』という蒐集欲が湧いてくる。それもこの頭身具合、即ちデフォルメ具合が消費者にぶっ刺さりなのが原因かもしれんな」
「じゃあ私もそれぐらいの頭身になれば師匠に愛してもらえますかね」
「ショーケースに飾ってやるわ」
右隣に座る雪音とともに、そんな会話を繰り広げていく。
「まあ、その蒐集欲を刺激されるせいで今となっては三百体近くにまで増えているのが怖くて仕方ないのだが……」
「あーわかります。私もそろそろ置き場所がなくなって、リビングにまで進出してきてますもん。棚増やさないと」
「……お前の場合、わざわざ俺が買ったフィギュアと同じ物を全部買うからだろう」
この女、俺のことがあまりにも好きすぎるあまり、『俺の買ったフィギュアは知らないキャラであっても買う』というマニアも真っ青の所業を行っているのである。
「いやーん☆ だって師匠と所有物を共有したいんですもーん」
「愛っていうか呪いみたいな思いだな」
率直な感情を述べる。
「ていうかお前、ゲームソフトの数だって物凄いだろうに、どこに飾ってるんだ?」
今までの話を聞く限り、雪音は数多のゲームをプレイしており、しかも一度プレイしたソフトはクソゲーであっても愛着が湧くため売ることなく保管してあるのだという。
ちなみに俺は雪音の部屋に入ったことは一度もない。雪音は俺と同じマンションに住んでいるので|(俺が六階の六〇六号室で、雪音は四階の四〇三号室らしい)、別に行ったところで間取りも一緒だし目新しいこともないだろう……という名目にしているが、当然真の理由は『逆レイプされそうだから』である。
「結構隙間を使って飾ってる感じですよ。ゲームソフト並べてる棚の隙間とかにです。それに師匠が棚全てをフィギュアに割いてるように私がゲームソフトを並べてるわけじゃないですし、フィギュア用の棚も買ってますよ。じゃないとスケールフィギュアが飾れないじゃないですか」
ゲームソフトは大して場所を取りませんしね、と付け加える雪音。
「是非、二巻で遊びに来てくださいね」
「やめろ。出るかどうかも分からない続刊に複線をばら撒くんじゃない」
「というよりそもそも、師匠とほぼ同じ感じなんですけど」
「ほぼ同じ?」
確かに俺もゲーマーでありそれなりにゲームは買っているが、それでも流石に棚一つで十分事足りている。つまり、雪音とは所持している量が比較にならないのだ。
「部屋の作り方ですよ」
ここでサラッと俺の部屋について簡単にまとめさせてもらおう。俺の住むマンションは全部屋2LDKで、入り口から玄関、リビングへと続き、奥に進むと左手にキッチン、右手に洗面所と風呂場、その奥に八畳の部屋が二つあるという設計になっている。左側の部屋は完全にフィギュア部屋となっており、スケールフィギュア、ねんどろいど、figmaなどの稼働フィギュア、その他フィギュアとジャンル分けしつつもセンス良く飾られている。部屋中に棚が並べられており通路も棚と棚の隙間しかなく日焼け対策のためにカーテンもほぼ閉め切っているため、フィギュアや人形が嫌いな人、特に幼少期に日本人形で怖い思いをしたことがある人からしてみれば、きっと地獄以外の何物でもない絵面となるだろう。知ったこっちゃあないけど。
右側の部屋は仕事部屋となっており、大きめの机にモニター、マイク、ヘッドフォン、オーディオインターフェイス、その他仕事とはあまり関係ないがゲーム機なんかが置かれ、その下にはそこそこのスペックを持つデスクトップパソコンが置かれている。机の後ろには床に座るタイプの撮影用のミニテーブルがあり、後は本棚に漫画、小説、CD、DVD&Blu-ray、ゲームソフトがそれなりに奇麗に並べられている。あとは部屋全体を通して空いたスペースにお気に入りのフィギュアが何体か飾られているのがアピールポイントだ|(何の)。
ちなみにリビングが結構広めに作られており、俺と妹が二人で抱き合って寝るベッドと妹の学習机はどちらもリビングにある。洗濯物も基本部屋干しなのでリビングだ。更には今しがた俺が座っているテーブルもリビングにあるわけだが、これだけ置いてもまだ寝っ転がるスペースが余裕であるこの部屋の秘める潜在能力はかなりの物と言えよう。ちなみにラノベ内ではもはや定番ともいえるベランダはない。
余談だが、妹は自分の部屋はないことに対して不満は少しもないらしい。元々一人暮らしのつもりだったので構想に入れてなかったのも原因なのだが、それならいっそ3LDKの部屋に引っ越すかと提案した際に、『兄ぃにと同じ空間がいいからこのままでいい……』と返されたことがある。
なんと健気な妹であろうか。
控えめに言って結婚したい。
閑話休題。
「作り方が同じってどういうことだ?」
「いやほら、師匠が買うフィギュアを全部買ってたら、当然師匠のフィギュア量=私のフィギュア量になるわけじゃないですか。そしたら気付かぬ内に物凄い量になってまして、それならいっそと師匠の部屋と全く同じ感じにしてみたんですよ。フィギュアは全部フィギュア部屋に飾って、ゲーム部屋にソフトを全部詰め込んで、ついでにベッドもリビングに出してみました」
「……つまり、俺の部屋をコピーしたのか?」
「まあそんな感じです♪ 配置も全く一緒にして、ベッドも師匠の物と全く同じ藻を買ってみました」
ムフフ、と意味もなくドヤ顔で語る雪音。
「……何故そのようなことを?」
「まあ、もちろんその方が使い勝手がいいのもありましたが……」
雪音は少しだけ頬を赤らめた感じで、
「部屋を同じ状態にすることによって、いつでも師匠の部屋にいられるように感じられる……から?」
「愛が重いわ!!」
怖ええよ!
正直ちょっと引いたよ!
好きな相手と間取りを同じにするなんて、いくらなんでもやりすぎである。
「ていうかお前、ほぼほぼうちに来てるじゃねえかよ……」
「それはもちろんですよ! やっぱり実態あってこその師匠ですからね!」
それなら間取りを同じにする意味がほとんどないんじゃないか……と言おうとしたが、
「でもすっごいんですよぉ……間取りを同じにすることによって、自室でオナニーシている筈なのに先輩の部屋でシちゃってる気分になるんですよ……『ああ、こんなところ師匠に見られたらどうしよう……師匠が偶然帰ってきたらどうしよう……私、人の部屋でオナニーしちゃってりゅ……』ってなって、それはもうあり得ない快感を得られるわけです」
「怖い怖い怖い怖い怖すぎるわああぁぁぁ!!」
お前もうそれストーカーだよ!?
まさか冒頭のストーカー云々はこのためのフラグだったのか……!?
「ちょっとさっくんうるさい! 集中できないってば!」
ぎゃあぎゃあ俺と雪音が騒いでいることに遂に嫌気がさしたのか、テーブルを挟んで俺と対面に座っていた、薄いピンク色の奇麗な紙を二つおさげに縛った見た目が完全にギャルにしか見えない女子大学生―――薙乃風鈴が、片耳からイヤホンを外しながら俺達に注意を促した。
「折角もう少しでフルコンできそうだったのに……ぐすん」
「ああ、悪い。すまん……」
どうやら彼女はスマホで音ゲーをやっていたようで、後一歩でフルコンボできそうだというのに俺達が騒ぐせいで集中力が削がれてしまったらしい。
なんということだ。
同じ音ゲーマーとして、とても申し訳ないことをしてしまった。
「本当にすまなかった」
「……いいよ別に。アタシに音ゲーの才能がないかもしれないし」
「そ、そんなことは……」
風鈴は元々ゲームなどはあまりプレイしてこなかったらしく、今やっている音ゲーも俺達の影響で始めてみたものらしい。折角興味が湧いてきた物に対して、俺達のせいで後ろ向きになられては申し訳ない……と思い、なんとか慰めて元気になってもらおうと思ったのだが、
「その通りですよ。あなたには音ゲーの才能ないと思いますよ」
「…………!」
横に座る雪音が、つらっとした口調で辛辣な発言をし出したのである。
風鈴もまさかそんなことを言われるとは思っていなかったようで、悲しむより先に驚いた表情をしていた。
「おい雪音、なんでそんなこと言うんだよ」
「だってそうじゃないですか。確かに私達が騒いだせいで集中力が削がれたとして、なんでそれがフルコンできないことに繋がるんですか。自分に実力がないのを他人のせいにしてるからですよ。なんどやってもフルコンができないのを『自分に実力がない』せいにしたくないから、自分はできないんじゃなくて邪魔されてできなかっただけだという言い訳をでっちあげて、私たちのせいにする。そんな奴が音ゲーに向いてるわけないでしょ。才能というよりセンスがないです。音ゲーはRPGなどと言ったキャラクターが成長するゲームじゃなくて、格闘ゲームやモンハンのように自分自身が成長するゲームなんです。自身の成長が実感できなくなれば、そこがゴール地点であり終着地点なんです。立ち止まりたくないなら上手くなるしかないんです。練習するしかないんです。何度も何度でも、できるようになるまでプレイして、攻略して、壁を乗り越えていくんです。それができないのならさっさとやめるか、永遠にエンジョイ勢として楽しむことだけを優先してればいいと思いますよ」
雪音の言うことにも、まあ一理ある。俺の考えだが音ゲーに飽きる時というのは大抵、どうしてもフルコンできない曲が現れた時や自分の力量では対応しきれないインフレ時代に突入した時など、自分の成長が追い付かなくなる時なのだろう。やってもやってもできるビジョンが見えなくて、その内音ゲーをプレイしていること自体に意味を見出せなくなり、結果として引退という形をとったプレイヤーを幾度となく見てきた。折角興味を持った風鈴にも、このまま『できないからやめます』などと言ってほしくはない。
しかし、雪音の台詞には明らかに悪意しか感じられなかった。その証拠に、
「ていうかよく勘違いしている人がいますけど、デレステは音ゲーじゃなくてキャラゲーですからね? その違いも理解せずに音ゲー音ゲー騒いでたんですか。ていうかそんなでっかい無駄乳つけてるから音ゲーに集中できないんじゃないんですか? 音ゲーにそんな巨乳は必要ありませんよ。さっきから見てましたけどプレイ中にプルプル揺れて鬱陶しいんですよ。見せつけてるつもりですか? 上手くなりたいんだったら削ぎ落としちまえそんなもん」
「個人的私念が強すぎる!」
さっきの発言も『あえて厳しく言うことで風鈴のやる気を奮い立たせる』と言った意図があるわけではなく、ただただ自分が思ったことをつらつらと述べていただけらしい。
雪音は風鈴のことが嫌いだ。
というより寧ろ俺に懐いているのが異常なだけであって、こいつは元から人間の形をしていれば誰であろうと警戒から入り、相手が有害だとみなせば容赦なく敵対心を向ける極度の人間嫌いなのだが―――とりわけ薙乃風鈴という少女に対する牙の剥き方だけは、一線を画すものがあった。
細かい理由はよくわからないのだが、、ザックリいうと『巨乳でギャルの癖にいい子ちゃんぶってて実際いい子で純粋でキラキラしてて私に接近してくるから』らしい。いやお前それは嫌いな相手に持つ感想ではないだろうと何度も突っ込んでいるのだが、雪音はそもそもそういう人種が嫌いだそうなので、俺にできることと言えば『冷たくしすぎるなよ』と適当に注意するくらいのことである。
仲違いをされても面倒くさいしな。
だが、一方が一方的に負の感情を抱く、或いは両方から互いに相手を悪く思い合っているのなら、実際面倒くさい関係にはなりにくい。
本当に面倒くさいのは、一方は正一直線の感情を抱いていることなのだ。
「……そうだよね」
ポツリ、と俯き加減の風鈴がそう呟いた。
「か、風鈴さん……?」
「ゆっきーの言う通りだよ……私が間違ってた」
その台詞を聞き、『まずい、このままでは彼女は音ゲーどころかゲーム自体から興味を失ってしまう』と思い、急いで雪音に一言謝らせようとした、その時。
「さっくん。ゆっきー。さっきはごめん!」
「…………?」
何故か、彼女の方から謝罪された。
「実はゆっきーの言う通り、昨日の夜から何回やってもできない曲があって、もうやめちゃおうかなって考えたりもして、さっきもミスしたのをさっくん達のせいにしようとしてた……でもゆっきーに怒られて目が覚めたよ! 出来ないのを人のせいにしちゃいけないよね! できないからやめるんじゃなくて、できないからできるようにならなきゃいけないよね! ありがとうゆっきー! ゆっきーの応援のおかげで、私まだまだ頑張れそうだよ!!」
言うが早いか、フンスと鼻息を一つついた風鈴はイヤホンを耳にはめ直し、先ほどとは打って変わってやる気に満ち溢れた表情でスマホ画面に向き合い、シャカシャカと親指を動かし始めた。
そう。
雪音は風鈴が心底嫌いだが―――対して風鈴は、雪音のことを心底好いているのである。
「……チッ、逆効果だったか」
葉巻を加えた渋いおじさん辺りが呟けば格好良さそうに聞こえる台詞だが、彼女のそれは明らかに悪態をつくといった感じの、吐き捨てるような台詞だった。
風鈴が雪音を好いている理由には諸説あり、『雪音を妹のように思い可愛がっている説』『雪音に嫌われているのを承知の上で、それでも距離を近付けようと積極的に接している説』『ただ単純に年下の女の子が好きなだけ説』『馬鹿だから嫌われていると気付いていない説』『何も考えていない説』など様々な憶測が現在あちこちの学会で飛び交っている。ちなみに当の本人に聞いてみると、『なんかギャアギャアうるさくてしつこくて雰囲気も暗くて私より胸が小さくて口が悪くて子供みたいだから』らしい。いやお前それは好きな相手に対する感想ではないだろうと何度も突っ込んでいるのだが、風鈴自身も『よくわかんないけどとりあえず好きなものは好き』ぐらいに思っているらしい。
面倒くさい女子二人の、面倒くさい関係性。
とは言え流石の雪音もそんな風鈴を完全に無視したりするような領域までには達していないので、男目線で見てもこの二人はなんだかんだで微妙な距離感を保ちつつある。
磁石のSN関係のように、互いが真逆すぎる故にどこかで惹かれ合っているのかもしれない。
まあ雪音の方は惹かれているというよりは引いている感じなのだが。
「……お前は本当に風鈴のことが好きなんだな」
ちょっとからかうように言ってみたが、
「は? どこをどう見ればそう見えるんですか。さすがの師匠でもその発言は殺しますよ」
マジで切れられてしまった。
容赦のない子供である。
ちなみに雪音は今年の一月に誕生日を迎え現在一八歳、俺と風鈴は同年代で現在二〇歳、俺は今月末で二一才になる。おめでとう俺。
そしてこの場にはもう一人、俺から見たテーブルの左側に同年代の人間が存在する。
「にゃっはっはー! Tulipフルコンだぜー!」
突然叫び始めた、赤髪を丁寧にワックスで立ち上げサングラスを着用しているこちらのやかましい少年は、名前を研黒十五夜と呼ぶ。まだ四月頭だというのに薄手のポロシャツ一枚を羽織ってわざと胸筋が見える位置までボタンを外し、またそこから見える厳つい銀のネックレスも相まって、見た目は完全にチャラいヤリ手のナンパ師そのものである。オマケに男の俺から見ても中々のルックスをお持ちのようで、逆に見た目に全く気を使わない俺としては、少し見習わないといけない部分もあるのかもしれない。
「他人宅でサクッと☆26をフルコンしちゃうこの腕前! にゃはにゃはにゃは、お見事としか言えないにゃーこれはもうつるやんやゆきねんに追いついちゃったんじゃないかにゃ?」
うん、やっぱ見習うのはやめておこう。
「おう、おめでとう。良かったな」
「もぉっと褒めてくれてもいいんじゃないかにゃー? これは偉大なる大・進・歩! その内マスプラさえも余裕でフルコンできる領域まで到達できちゃうんじゃないかにゃー!」
「うっせーぞチングラスヤリ夫! たかだかTulipフルコンしたぐらいで必要以上に大騒ぎしてんじゃねえ! 自慢したいならせめてマスプラぐらい余裕にフルコンしろ!」
「はい! すいませんしたぁ!」
とんでもない呼び名でピシャリと彼を黙らせたのは、もちろん雪音である。
こいつ、十五夜に対して……というより男に対しては拍車をかけて容赦ないな。
「雪音。流石に口が悪すぎるんじゃないか? 無理に仲良くしろとは言わないが、二人とも一応俺の友達なんだから、もう少し優しく接してやってくれ」
「むぅ……師匠のお願いなら仕方ありませんね」
少しばつが悪そうにした雪音は少々悩む素振りを見せた後、、「少し言いすぎました、チングラスヤリ夫さん」と|(本っ当に嫌そうに)謝罪した。
呼び方を変えるつもりはないんだな……。
「いやいや、いいんだよゆきねん。俺も嬉しくってついつい喜びすぎちまったみたいだしにゃー」
「そうですね。Tulip如きではしゃぎすぎです。あんなの誰でもできます」
「ヴッ」
どうやら今の一言でとどめを刺されたようで、バタンッ! とテーブルに突っ伏した。
死んだんじゃあるまいな……?。
「ケッ」
俺の言ったことは、果たしてこの娘には伝わったのだろうか。
先行きが不安しかない。
ちなみに風鈴と十五夜が今プレイしていたゲームは『アイドルマスターシンデレラガールズ スターライトステージ』というソーシャルゲームの一つで、作品内に出てくる楽曲でリズムゲームを楽しみつつアイドルを育成していくというゲームである。今十五夜がフルコンしたと騒いでいた『Tulip』というのもその楽曲のうちの一つで、難易度は☆26。マスター|(エキストラ要素の強いマスタープラスを除けば最高難易度群)の中では中堅と言った難易度だが独特のノーツ運びで意外と癖があり、フルコンボしようとなると中々技術が問われる譜面となっている。なのでフルコンできた十五夜は確かにすごいし喜びも分かる。というより雪音の判定が厳しすぎるだけなので、もしこの本を読んでいる方々の中にTulipをフルコンして喜んでいる方がいたら、どうか彼女には目を瞑ってあげてほしい。
決して悪気があるわけではないのだ。……多分。
ちなみに先ほど雪音がちらっと言っていたが、この手の『女の子キャラをガシャで集め、手に入れたキャラで編成を組んでプレイする』タイプのリズムゲームを『音ゲー』と呼ぶか『キャラゲー』と呼ぶかで各地でしばし論争が起きているらしい。傍から見ればどっちも音ゲーじゃね? と思われがちだが、自分の腕前だけでスコアが決まる音ゲーに対し、キャラゲーは腕前に加えて自身の編成、つまり『どれだけ強いキャラを引いたか=いくら課金したか』によってスコアが左右されるので、腕前がそんなになくても大金を突っ込んでいればハイスコアが出てしまう、という現象が起きたりもする。そのため『あんなのもは音ゲーではない!』とするのがキャラゲー=音ゲー否定派の意見である。
どっちでもよくね?
と俺は心底思うのだが、真横にいるこのガチゲーマーはキャラゲー=音ゲー否定派の人間なので、絶対に口が裂けても言えない。
とは言え、そんな否定派の人間も否定する割にはプレイしている人達が多いので、キャラゲーの存在自体を全否定しているわけではないらしい。ならばもっと穏便にならないものだろうか、と俺は常々思うのだが、中々そうはいかないのが世の条理らしい。
「やったー! やっとフルコンできたー!!」
と、ボーっとそんなことを考えていたが、風鈴の嬉しそうな大声で我に返る。
「うるさいですね……何事ですか」
冷たそうにあしらう雪音に対し、
「フルコンできた! できたよー! 二人のおかげで、アタシまたプロに近付いちゃったかも!」
と大はしゃぎする風鈴。
さすがの雪音も、十五夜にとったような態度は今回はとらず、
「はいはい、おめでとうございます」
と端的に感想を漏らした。
「ゆっきーに褒めてもらっちゃったあ! これは全マスターフルコンの日もそう遠くはないと確信したよ!! ゆっきー大好き!」
磨り膝の要領でササササッ! と寄ってきた風鈴が、ガバッ! と雪音に抱き着いた。
「ちょ……なんですか!? 気持ち悪いですよ離れてください!」
「えっへへ~☆ ゆっきー大好き!!」
雪音は乱雑に風鈴を引き剥がそうとする―――しかし雪音はか細い見た目通りかなり非力なので、全力で愛情表現をする風鈴を遠ざけられず、
「師匠! この駄乳女なんとかしてください!」
ついに俺に助け舟を求めてきた。
「折角嬉しいことがあったんだからご褒美ぐらい上げたらどうだ?」
「それがなんでこの行動になるんですか! 抱き着くなら私じゃなくて師匠に―――ああ! それは絶対にダメです! 師匠に他の女が抱き着くなんて考えただけで吐く!」
「吐くな吐くな」
言って俺はひょいと、向かいに置いてある風鈴のスマホを「どれ」と持ち上げた。それだけ喜ぶということは、よほど難しい曲をフルコンできたのだろう。となると十五夜と同じように☆26辺りか、はたまたそれ以上の難易度か―――。
「大体、何をフルコンすればそんなに喜べるんですか」
どうやら雪音も興味があるらしく、俺の持つ風鈴のスマホを一緒に覗き込む。
そこにあったのは『お願い!シンデレラ』という楽曲の、見事フルコンボを達成したリザルト画面だった。
レギュラーの。
「…………」
「…………」
俺と雪音は、互いに顔を見合わせた。
レギュラーというのはマスターの下の下の難易度で、三番目に難しい―――つまり、二番目に簡単な難易度である。レギュラーという表現で分かりにくいかもしれないが、他の音ゲーで言うところの『ふつう』レベルなのだ。
「…………」
「…………」
互いに顔を見合わせていた俺達は、その下でにゃはにゃは喜んでいるギャルに視線を移したのちに苦笑し、
「…………音ゲーマーの悪い癖」
どちらからともなく、そう切り出した。
音ゲーマーの悪い癖。
難易度の話をするときは大抵、誰が相手でも最高難易度が前提であること。