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フィギュアで飯が食いたい  作者: 結城甘美
3/9

未だ尚、彼女は成長を止めない

「公開開始一時間で再生数四千回弱……まあ、ねんどろいど動画だしこんなもんか」

 時刻は午後七時。リビングでノートパソコンを前にして俺―――神剣桜羅(みつるぎさくら)は、自身が公開した動画の一時間経過後の再生回数を見て、そんなことを呟いた。

「素晴らしいですよ師匠! 一万人前後の時は一時間でいいとこ二~三百再生くらいだったのに、今じゃ平均して四千回安泰じゃないですか! これは師匠の時代が来ているかもしれませんよ!」

「ああ……ありがとう」

 そんな自分の膝の上に座る、黒髪セミロングで頭横部二箇所を縛った紅眼の美少女―――鵞切雪音(がせつゆきね)は、まるでそれが自分のことであるかのように嬉しそうにはしゃいでいた。

「……ちなみにお前の動画は?」

「ふにゅ? 私ですか?」

 不意を突かれたのか可愛い声を出した雪音は、四月頭で気温が大分上がっているにも関わらず首元に巻かれたスカーフを少々ずらしながら自分のスマホを慣れた手つきで操作しつつ、

「ええっと、師匠と同じく一八時に公開したのが……今は八万六千再生ぐらいですかね。昨日の動画は三本とも四〇万超え……あ、モンハンだけ六〇万超えてますね」

「Oh……」

 いつも通りの凄さに思わずネイティブな発音になってしまった。

 さすがは国内最大規模のゲーム実況チャンネル主。

 文字通り、桁が違う。

「まあ有名タイトルだと一日で六〇~七〇万再生は普通に超えてきますね。マリオとかゼル伝とかドラクエとかは、オマケパートも含めてそんな感じです。マイクラとかポケモンレート対戦とかPUBGみたいな継続的にできる奴も安定した再生数出してますし、新作ゲームも発売日はどっと伸びる感じですね……どうしました? 師匠」

「……いや、すげえなと思って」

 昔のような妬ましさや僻むような感情は、もうほとんどなく。

 純粋に、業界の端くれの一人として、同じ業界でトップに躍り出ている目の前の少女に、そんな感想を呟いていた。

「俺なんて、アニメ関係の動画は最近どうにか安定してきたとはいえ、新しいことをしてみた動画―――例えば食レポまがいなことや料理動画なんかは、再生数めっきりだもん。これじゃどっちが師匠かわかんねえな」

 配信界に於いて、後輩が先輩のチャンネル規模をあっさり抜き去るというのは当たり前によくある話である。というより実際、俺が二年かかって辿り着いた『チャンネル登録者数一万人突破』という一つの栄誉に、雪音は三か月(、、、)もかからずに達成した。

 二年の努力が、小半年で抜き去られる。

 よくあることだが―――それでも悔しい。

 だが、いくら悔しがっても、彼女には絶対に敵わない。

 触れられるのに―――届かぬ星だ。

「いつまでも先輩風吹かしてらんねおわぁ?」

 そんな風に若干悲観的になりながら話していたら、言い終わる前に雪音が(おもむろ)に俺の両腕を掴み、自分の胸を鷲掴みにさせた。白く透き通った指先をちょこんと出した萌え袖気味の手で俺の手首をがっしり掴み、自身の胸にそれを持ってきてむにむにと揉ませている。

 なんという痴女だろう。

 現在雪音は床に座る俺の膝の上に座っている状態なので、見ようによっては俺が雪音を自分の膝の上に座らせ、いざこれからエロいことでも始めようかまずは胸からという構図に見えなくもない。

 というよりそうとしか見えない。

「おっぱいアタック!」

「アタックの意味を辞書で調べてこい……」

 寧ろおっぱい受け身である。

 これがラノベならこのタイミングで妹が帰ってきたり女友達が入ってきたりするのだが、残念、これはラノベではないのだ。

 非常に残念なことにな。

「師匠、あなたが今揉んでいるこれは何ですか?」

「おっぱいだな」

「何カップですか?」

「Cカップだな」

「そういうことですよ」

「どういうことだってばよ」

 何を言っているんだこの娘は、ゲームのやりすぎで頭ん中ぶっ壊れたのかと思ったが、

「いいですか? たとえ私がどれだけ人気になろうと、どれだけ再生数が増えようと、どれだけ師匠との差が開いてしまっても、師匠は師匠なんです。私の師匠で、命の恩人で、唯一無二の生きる糧なんです。師匠しか生きる希望がないんです。意味がないんです。だから、どんなに私に先を越をされたとしても―――劣等感とか感じないでほしいんです。私が離れて行っちゃったとか、そういう風に思ってほしくないんです」

 私はいつでも、師匠のすぐ傍にいます。

 芯の通った声で、雪音ははっきりそう言った。

「……そっか」

 全く、やはりこいつには一生敵わないな。

 配信云々の話もそうだが―――人間としても、彼女は尊大な存在だ。

 俺みたいな人間に、劣等感を抱くなという方が無理難題である。

 でも、まあ。

 彼女がそれを嫌がるなら、俺もなるべく悲観的になるのは避けようと思った。

 なるべくなら、雪音の嫌がることはしたくないのだ。

「お前は本当に俺のことが好きなんだな」

「当たり前ですよ♪ 師匠を好きになるために生まれてきたんですから」

 こんな風にストレートな思いをぶつけられる姿勢も、人間として見習わなくてはならないのかもしれないな。

「……で、今のお前の少し胸にジンとくる台詞と、先ほどから続く『胸を揉む』という行為に、どういう関係性があるんだ?」

「ふぇっ?」

「『ふぇっ?』じゃねえよ。お前が『そういうことです』っつったんだろ」

「ああ、いや。そういうことじゃないですか」

「?」

 頭の中に疑問符しか出てこない俺に対し、雪音の言葉は続く。

「おっぱいを揉む。つまり、あなたから離れない」

「花言葉みたいに言われても綺麗さを微塵も感じないんだが?」

 その自信満々の『つまり』はどこから出てきたんだよ。

 しかも揉ませてるのはお前だ。

「つーまーり! 私はいつでも心と身体の準備はオッケーってことなんですよ! いつ脱がされてもいいようにお肌の手入れと脱毛には人一倍気を使っているんです! それなのに師匠ときたらいつまでもグダグダグダグダ足踏みしてへっぴり腰になって……こっちの気持ちも理解しろヘタレ!!」

「ヘタレってお前……」

 感情的になるとすぐ口が悪くなるコイツの癖は、たとえ相手が俺でも例外ではない。

 三年前の七月に、俺は彼女に告白された。

 初めてあなたの動画を見た時から好きでした。

 私と、同じお墓に入ることを前提に結婚してください。

 ……今思い返せば、段階が色々と抜けてしまっている気がする。

 同じお墓て。

 初対面の相手によくその台詞が出てきたものだ。

 まあその告白に対し一年近く返事をしなかった俺も相当のクズなので、強く責めることはできないのだが。

「ヘタレじゃないですか! どうしてもヘタレじゃないっていうなら、今ここで証明して見せてくださいよ! 師匠がヘタレじゃないってとこを」

「むう、いいだろう」

 そこまで言うのなら、と俺は引き続き雪音の胸を揉み始めた。

 もみもみもみもみもみもみもみもみ。

 Cカップとは言えそれなりの大きさがあり、布一枚越しに可愛らしい触感を―――。

「―――お前、またブラ付けてないのか」

「あ? ええ、邪魔ですから」

「邪魔ってお前……垂れるぞ?」

「私の胸の将来性を心配してくれるだなんて……やっぱり師匠は初めから私との結婚を視野に!?」

「ち、違う! 下心ではなく、純粋に心配して言っただけだ!」

「なあんだ……チッ」

「ちぇっじゃなくて?」

 年下の女の子に舌打ちされちまったよ。まあ別にいいんだけど。

「ほらほら、休んでないでもっといやらしい感じに揉んでください。例えば外側から円を描くようにそっと撫でまわして、最後に突起をそっとはじくような感じで……」

「お、おう!」

 何を以てして『おう!』なのかはわからないが、とりあえず言う通りにする俺。

「アァン、そう……そんな感じで、もう二周くらいしたら、今度は乳首を重点的に……」

「こ、こうか?」

 ンふっ、いいですよぉ……と雪音が甘美な声を漏らしたところで、ああ、そう言えばもうすぐ夕飯の食材を買いに行った妹が帰ってくるからこの辺にしておかなきゃなと思い、

「雪音、そろそろ……」

「もう、せっかちですね……わかりました」

 言うが早いかは、雪音は自分の胸から俺の手をどかし、トレーナーを(、、、、、、)脱ぎ始めた(、、、、、)

「っておいい? なんで服脱いじゃってんの!?」

「え? だってそろそろって……」

「エロ同人誌の読みすぎだ! 今のは『そろそろ挿れたい』って意味じゃねえよ!?」

「もう、わかってますよぉ……」

「え?」

 じゃあなんで服を脱いだのだと思ったが、

「『そろそろ俺のも頼む』って意味でしょう?」

「脳細胞が桃色すぎるから! とにかく早く服を着―――」

言いながら雪音の服に手を伸ばした、まさにちょうどその時。


「さっくんやっほー! そこでたまたまちーちゃんと会って―――」


 ガチャッ! と勢いよくリビングの扉が開き、ピンク色の髪を二つおさげに縛ったギャル風少女・薙乃風鈴(なぎのかざり)が、買い物袋を提げて入ってきたのだ。

「…………!」

「…………?」

 目をぱちくりさせる風鈴と数秒ほど見つめ合った後に、

「~~~!!!!??? 私のゆっきーに何してんのよバカアアァァァ!!!」

「落ち着け風鈴! 今回は俺は何も悪く……」

 言いかけて、いや、どう考えてもあそこで揉む必要はなかったな、じゃあやっぱり世間一般から見たら俺が悪いことになるのかな、女尊男非恐いな早く世界人類皆平等にならないかななどと考え終わる前に、風鈴が買い物袋から適当に掴み取ったジャガイモ|(五個入り)を俺目掛けてブンッ! と投げつける。

「げふぅ?」

 RPG序盤の雑魚キャラみたいな声を上げながら、俺はその場に倒れ伏す。

「……チッ。邪魔しやがって駄乳ヤリマンが」

 脳裏がチカチカする最中(さなか)、憎たらしそうに吐き捨てた雪音の小言に、思わずゾクッとなる俺だった。


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