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フィギュアで飯が食いたい  作者: 結城甘美
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【俺ガイル】フィギュアは全然残念じゃないぞ!/ねんどろいど 雪ノ下雪乃 

 

(オープニング六秒)

『オタこんちゃっす! どうも、ドラマツルギーです。えー早いもので四月になりましたね。私がこの東京に越してきたのがちょうど二年前の三月なので、もう二年経つんですね。いやー時が経つのは早いものです! フィギュアの予約開始から発売までの期間はすごく長く感じるんですがね。歳を取ると時間なんて一瞬で過ぎるんですよ。てなわけで今日は青春を思い出してこちら!『やはり俺の青春ラブコメは間違っている』より、性格が残念過ぎるヒロイン、『ねんどろいど 雪ノ下雪乃(ゆきのしたゆきの)』を開封していきたいと思います!』


(商品詳細)


『さて、箱から出していくわけですが……うぇいうぇいうぇいうぇい、出てきました出てきましたよー! はいっ、これが主な内容物ですかね。そんでこちらが説明書。いつも通り裏には英訳版が書かれていますね。いやー世界に向けた商品作りなんて、相変わらずメーカーさんはわかってるぅ! 神ですよこのメーカー! 就職させてくださいよ! まあ戯言はさておき、ブリスターを開けていきます……よっ……ヴッ、固ってぇ! 最近のブリスターマジで固すぎんだよどうなってんだメーカーおい!』

『はい、こちらがねんどろいど 雪ノ下雪乃でございます。箱から出してとりあえず直立ポーズにしてみましたが……こ・れ・は・いい! これは通常顔なんですが、このつんどっけんとした顔がいいですね。無感情な顔というか、でもちょっとだけ蔑まれているような気がして、M心を擽ってきますね……総武高校の制服もデフォルメながらにしっかり仕上がっていて、しかも夏服じゃなくて冬服ってのが小町的にポイント高いっすね! コトブキヤから出てるスケールフィギュアが夏服だったので、デフォルメとは言え冬服も立体で見られて最高ですね!』

『はい、二つ目の表情の微笑顔でございます。いいねこの、たまにしか見せないこの笑顔! 彼女の精一杯の笑顔の一瞬を切り取った素晴らしい表情チョイスですな。付属パーツの学習机と学習椅子もデフォルメらしからぬクオリティで、部室内でのワンシーンを思い起こせる素晴らしい商品設計ですね』

『三つ目の表情、訝し気顔でございます。いやーこれぞまさにゆきのんって感じがしますね! キッとこちらをはっきり睨んでいるこの表情、ある意味このねんどろいど一番の目玉でもありますよね。あと、オマケとしてこちら、パンダのパンさんも付いてきます。こちらはねんどろいどぷちサイズなので、ゆきのんの横に並べるとちょっと大きいかな……? まあデフォルメフィギュアだからね、しょうがないね』

『あとはこちらの読書パーツを使って、彼女が大好きな読書の時間をフィギュアでも再現することが可能となっています。このチョイスは神ですよマジで! いやーこれもうガハマちゃんと並べて飾りたいものです! 彼女の発売はまだ決まってませんが、おそらく発売するでしょう! しますよねグッスマさん? お願いしますから出してくれええ!?』


(場面転換アニメーション)


『つーことで、ねんどろいど 雪ノ下雪乃の開封レビューでございました! ファン待望のねんどろいどだけあって、満足度は非常に高いものに仕上がっていましたね。これはガハマちゃんやいろは、小町辺りなんかも立体化してほしいものです! ていうかガ○ガ作品自体ねんどろいどがあまり出てないので、個人的には他キャラも……具体的には那由多ちゃん辺りも出してくれると嬉しいよな! てなわけで、皆さんも是非買ってみてください! そんじゃまた、ばいなら!』

(エンディング二〇秒)



「いや~今日の動画も素晴らしい物でしたよ師匠! やはりレビューに『愛』が籠っていると言いますか、フィギュアとキャラの両方を愛していないとこのクオリティのレビューは出来ませんよ。冬服であることに突っ込むなんて、さすがとしか言いようがありませんね」

「はいはい、いつも丁寧なご感想どうもな」

 ここは都内某マンションの一室。

 俺の部屋のベッドの上でうつ伏せのままスマホで動画を見ていた少女―――鵞切雪音(がせつゆきね)は、俺が午後六時に公開した動画に対してそんなコメントを漏らしていた。

「あとは私の処女膜に突っ込んでくれればいいだけなんですけどね。世界中に己を晒け出す勇気があって、どうして私を襲う勇気がないんでしょうかね」

「その比較はおかしくねえか? お前の頭くらいおかしくねえか? どう考えても必要な勇気の度合いが違うだろう」

「いやいや、私は同じくらいだと思いますけどねえ」

 ヘラヘラとした口調で、雪音は答える。

「全世界に顔を公開するって、一般人からしてみれば相当勇気のいる行動ですよ。まして師匠はイケメン俳優に生まれたわけでもないのに、批判されるとか考えなかったんですか?」

「そりゃ、考えたことがないわけじゃないけどよ」

 サラッと『お前はイケメンではない』と言われている事実をスルーしつつも、雪音の適切とも言える指摘に対して、冷静に俺は答える。

「やっぱり顔を出すことによって変わるものってあると思うんだよ。例えばただの雑談動画でも、一点を映して画面に変化のない雑談よりは、少しでもチャンネル主の『俺』という人物が映って、なんか身振り手振りしながら喋ってる雑談の方が、動画としての意味はあるだろ?」

 画面に変化がないなら、そんなもの音声配信だけでいいわけじゃないか。

 そんなことを俺は答える。

「あとはブランドのイメージ付けというか、ほら、よくスーパーの野菜コーナーなんかで、『私たちが育てました』って言葉とともに、農家の切り抜き写真なんかが添えられてたりするだろ?」

「ああ、あの遺影みたいなやつ」

「今世紀ぶっちぎりで失礼なことを言うな」

「いえーい」

 すべった雪音を無視しつつ、

「もちろん、俺は人生で一度だって自分のことをイケメンだと思ったことはないし、かと言って最初は『ブサイク』だの『まさにオタク顔』とかって誹謗中傷は心にグサッと刺さったもんだけどよ。ある程度慣れてしまえば、チャンネルのイメージを付加させられるというか、『この人がこのチャンネル主なんだ』って思ってもらえれば、不思議とレビューの説得力も沸くってもんだろ? そういう意味では、オタク顔なんてのも武器になるわけだ」

「もちろん師匠の言ってることはわかりますけど」

 そう意味じゃなくて、と雪音は続けた。

「顔出しすることによって、顔を公開することによって与えられる被害って、別に誹謗中傷だけじゃないじゃないですか。例えば住所を特定されるとか、もっとたちが悪くなればストーカー被害にあうとか、可能性はゼロではないですよね? そういう点は考えなかったんですか?」

「あー……いや」

 考えたことがないわけではない。当然そういった被害や事件は何度も前例を聞いてきたし、自分も全くの無関係ということにはならないのだ。

 だが、

「ほら、俺って北海道出身じゃん? 北海道って、札幌以外はどこも変わらないような田舎ばっかりなんだよ。だから、『まさかこの周辺に俺の動画を見てるやつはいないだろう』って考えが先に来てしまってだな……」

「なるほど、そういうことですか」

 はーっと雪音は軽く溜め息をついてから、

「ま、勃ちが悪いのは師匠のおちんちんだけにしてほしいんですけど」

「俺のおちんちんの勃ちが悪いのはお前相手だからだよ」

 冗談ですよ、と雪音は続ける。

「顔出し配信者として活動している以上、少なくともそういう被害にあう可能性は考慮するべきです。師匠、もう東京に来て二年ですよね? 街中で声をかけられたこととかないんですか?」

「……いや、ある」

 北海道にいるときはほとんど、というか全くもってあり得なかったが、東京に来てからは(引っ越し前より認知度が上がっているとは言え)ゲームセンターやアニメイトで『ど、ドラマツルギーさんですよね?』と声をかけられたことが何度かあった。

「でしょう? その人たちがたまたまいい人であったわけで、中には声とかかけずに家まで付いてきて、住所や部屋番号を特定されることもあるんですよ?」

「むう、確かに」

 それは気持ち悪いな、と俺は付け加える。

「それで突然押しかけてくるだけならならいざ知らず、自宅前でずっと張って写真を撮り続けたり、行動を逐一メモに取ったり、ネコの死体を送り付けられたりということだってあるんですよ」

「ね、ネコの死体をか!?」

 にわかには信じがたかったが、どうやらそう言った被害は実際に起こったことがあるらしい。

 ストーカー魂恐るべしだ。

「……あれ、ストーカー? じゃあ俺が引っ越してきてから向こう二年、ほぼ毎日足蹴もなくうちに通い続けている目の前にいる女の子も、警察に被害届出したらストーカー扱いされんじゃねえのかな」

「え、そんな奴がいるんですか? そんな人さまの事情も考慮せず毎日家に押しかける迷惑な奴が師匠を付けまわってるんですか? どいつですかそれは、殺さなきゃ」

「あ、うん、そうだね……」

 お前なんだけどな。

「万が一、私の愛する師匠がそんな被害にあったら……考えただけで股間がジンジンしちゃいます」

「反応する場所おかしくない?」

「濡れちゃうかもしれません」

「頭おかしくない?」

 まあ確かに、雪音にそう言った心配を与えるだけならまだしも、妹や最悪地元の家族までもが巻き込まれたらと思うとヒヤヒヤするかもな。

「でもそれを言ったら、雪音。お前こそ本人特定とかされかねないんじゃないのか? なんてったってお前は、チャンネル登録者一五〇万人を抱える超大物実況者じゃねえか」

「む、嫌みですか。その言い方あんまり好きじゃないかもです」

「悪かったよ」

「でも師匠ならなんでも大好きです」

「へいへい」

 平然と気持ちをぶつけてくる雪音を、顔が赤くなっているのをばれないように適当にあしらう。

「私の場合、一切顔出しとかしてませんから。私が視聴者に()せているのはゲーム画面と声だけですし、流石に声だけで特定はされませんよ。もちろん可能性はゼロではありませんけどね」

「なるほどな」

 確かに声だけの配信ならば、顔出しに比べ本人特定されたり町で声をかけられることはほとんどなくなるだろう。

「ていうかゲーム実況者で顔出ししてる人、最近多いじゃないですか。わざわざゲーム画面とは別に自分の顔をビデオカメラで撮って、ワイプで切り抜いて画面に表示させてる人。あれっ

てクソ意味わかんないんですよね。元々顔を出して商品紹介なんかをやってきた人がゲーム実況を始めた、っていうんなら百歩譲ってまだわかりますよ。先ほど先輩が言っていた『チャンネルのブランド』ってやつですよね。でもそうじゃない、ゲーム実況しかしてないくせに顔を出してる奴、マジで意味わかりませんよ。編集も面倒くさくなるでしょうし、何より邪魔なんですよその顔。こちとらお前の顔見に来てんじゃなくてゲーム実況見に来てんだよさっさとその汚え顔引っ込めろボケェって常々思ってます」

「そ、そうか……」

 淡々と文句を垂れる雪音の迫力に押し負けたのか、俺はそんな返答しかできなかった。

 こいつ、相変わらず口悪いんだな……。

「というわけで、師匠もこれから外を出歩くときは、なるべく気を付けてくださいね。なんならサングラスとか帽子とかワックス付けて出かける癖、つけた方がいいかもですよ?」

「いや、ワックスだけじゃ変装にならんだろ」

「セックス? 何を言い出すんですか師匠ってばもう! シたい時はいつでも気軽にご相談くださいって言ってるじゃないですかあ!」

「なんでお前の貞操はそんな法律相談所ばりに軽いんだよ!?」

「ちょっと脱衣所借りますね。挿れやすくしてきますんで」

「せめてトイレでしてくれえええええええ!!」


 これは、動画配信者の俺と、その周囲の奴らがバカ騒ぎするだけの、そんなお話である。

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