序章
☆☆☆
神剣桜羅はオタクだ。
なんて導入文から始まるライトノベルなんて世の中腐るほどあるだろうが、しかし残念ながら『神剣桜羅とはどういう人間なのか?』と聞かれれば、『彼はオタクだ』としか言いようがない。小学生でも英訳できてしまうような返答が、彼にはお似合いなのである。
He is YabaOtaku。
学生時代だって当然ながら目立つようなことなどなく、同じようなオタク連中を集めて、そのグループの中ではまあそれなりに威張ったりもして、周囲に気配りなんかもしながら、アニメやゲームの話で休み時間は盛り上がったりしていた。
二次元は素晴らしい。
正に日本文化の集大成ともいえる。一口に二次元と括ったが、アニメ、ゲーム、漫画、ライトノベル、同人誌、ボーカロイド……上げていけばきりがないが、どのジャンルも独自の面白さ・世界観を放っており、俺は分け隔てなく手を出して楽しんでいる。
もちろんアニメキャラは大好物だ。現実では絶対にありえないような美貌を放ったキャラを俺は今まで何人も見てきた―――小柄で金髪な宇宙一の殺し屋、銀髪碧眼の修道女、性格以外はパーフェクトな肉……ああ回りくどい。結城美柑、七海千秋、有坂真白、鈴谷に如月、城ケ崎莉嘉、最近では可児那由多なんて美少女も見た―――これらのキャラクターはどの娘達もとにかく可愛く、見るもの全ての心を奪ってきたといってもいい。所謂『萌え豚』と呼ばれる種族の俺は、この美少女達に出会ったことが人生の転機だったとも言えよう。それに加え、そんな美少女に囲まれる主人公の周りや、誰もが目を引く美少女が幾人も蔓延る学校、果てはその周囲の地域やもういっそ都道府県単位で繰り広げられる『非日常』も、作品を楽しむ重要な要素と言える。ここで言う『非日常』とは別に『風呂に入ってたら目の前に美少女の宇宙人が現れた』『突然ゲームの主人公として異世界に送り込まれた』『死んだと思ったらスライムになっていた』『クラス内で殺しあうゲームに参加させられた』などと言ったファンタジーストーリーに限った話ではない。『いきなり参加させられた奉仕部に学校一の美少女がいた』『突如妹に人生相談を持ち掛けられた』『下宿先のラビットハウスでこころがぴょんぴょんするんじゃ〜』と言った,異能も魔法もない、まるでこの世界のどこかで実際に起きているかのようなストーリーも含まれる。
自分の周りにホイホイと美少女が、それも数名現れて、しかも大抵の場合その内数人が自分に恋をしている。
そんな日常あってたまるか。
いや、この世界はとてつもなく広い。もしかしたらこの世界のどこかでそういった事象は起きているのかもしれないが(ないだろうが)、少なくとも俺の周りでそんなことは起きなかった。
だから、羨ましかった。
そんな美少女達と、当たり前に手を取り、会話をし、時にはエロいこともし、剰え誰かに好かれ、恋なんかしちゃったりなんかして―――話してるだけで、切なくなってくる。
なんでこちらの世界は、こんなにもつまらないのだろう。
あちらの世界は、俺みたいなキモオタでさえ誰かと恋仲に発展できるのに。
俺も―――主人公になりたかった。
オタクなら、誰しもこう考えたことがあるのではないだろうか。例えばラノベを読んでいていい感じのシーンがあった時、ふと本を閉じ、その情景を思い起こし、主人公を勝手に自分に置き換えてみたり……主人公がやらかしたシーンなんかでは、またまた自分に置き換え、『自分ならもっと上手く、例えばこうする』と想像してみたり。
あるよね。
ありますよね。
俺だけじゃないですよね?
まあ、兎に角そんな感じの、もう取り返しのつかない重度のキモオタ、それが神剣桜羅と言う少年なのである。俺という、人物像なのである。
そして、そんな俺が数あるオタクジャンルの中で特に好きなものと言えば―――そう、フィギュアなのである。
フィギュアは素晴らしい。
はっきり言って神だ。
二次元にしか生きられないキャラクターを、二次元に幽閉された彼ら彼女らを、美男子美少女は愚か、人間や生物、果ては生き物かどうかさえ問うことなく、立体化しこちら側の世界(三次元)に呼び起させる―――もはや錬金術めいたその技法により生まれた崇高なる産物は、俺を魅了してならない。
時にあなたは、フィギュアについてどれくらい認知しているだろうか? ……『アニメキャラを立体化した物』。恐らく大半の人間が、こんな感じのふわふわした解答を示すだろう。
別にそれでいい。
いや、フィギュア愛好家としては、フィギュアをおかずに一日三食食べられるフィギュア愛好家としては、ここで暑苦しく『それは大きな間違いだ。一口に言ってもフィギュアとは多種多様な種類があり、例えば美少女フィギュアの中でもスケールフィギュア、ねんどろいど、食玩、figma、キューポッシュと細かなジャンル分けがなされており、またメーカーごとに見ても云云かんぬん……』とオタク特有の早口で語ることはできるわけだが、いきなりそんな専門知識を自慢げにぺらぺらと捲し立てるほど俺も落ちぶれてはいない。
オタクとはいえど良識はあるつもりだ。
そんな知識などいいから、とりあえず現物を見てほしい。
一万円から二万円くらいするフィギュアを、別に最初は買わなくてもいいから実物を目にしてほしい。写真ではなく実態を、虚像ではなく実像を見てほしい。
見て、見蕩れて。
感動して、感嘆して。
簡単に―――感嘆してほしい。
それでもし、フィギュアについて興味が湧けば、ぜひとも俺の元まで来てほしい。その暁には、俺の持てる限りの知識で素晴らしいフィギュアトークを披露して見せよう―――何、もう見てきた? ははは、行動が早いな。ありがとう。
しかし、ここでフィギュアトークをすることはできない。
理由は簡単―――これはライトノベル大賞、つまり新人賞だからである。
ページ数に限りがある。
一五〇ページ以内に収めなければならないのだ。。
閑話休題。
そんなキモオタの俺が、クラスでも目立つことなく高校を卒業した俺が、妹とフィギュアぐらいしか生き甲斐のない俺が、劣等感を常に抱き、罪悪感に常に苛まれ、愚かで劣悪で醜態の集大成たる俺が―――まさか、自分の書いたサインを赤の他人に喜ばれるような日が来るなんて。
思うわけがなかった。