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3.散々1

「なあなあ、俺見たぜ」


 てくてくと移動教室中に歩いているとそう小鬼が歩み寄ってきた。壱華はちらりと足元を見た。そして人が少ない場所を探す。使われていない空き部屋を見つけた。そこに入って入り口を結界で閉ざす。これで誰もこの部屋には入ろうなどと思わないだろう。


「見たって、何を見たのよ」


壱華はスカートの裾に気を付けながらしゃがみこんだ。目線が合わないからだ。


「昨日、幽霊を手引きしたやつ」

「幽霊を手引き?」


壱華は一度きょとんと首をかしげるが、すぐにハッとひらめいたようだった。


「あの幽霊、一人で動いてるんじゃないの?!」

「そうそう、カラスが味方してる」

「カラス・・・・」


壱華が考え込んでいると小鬼がぬっと顔を覗き込んできた。


「カラスのせいであのおっかない兄ちゃんの攻撃も当たらなかったんだぜ」


―おっかない兄ちゃんって武尊のことよね。


苦笑しながら壱華は答えた。


「そうだったの。・・・・そのカラスについて何か知ってる?」

「悪いけど、あんまり言えないんだ。あいつもおっかない奴だから」


どこで聞き耳立ててるか分かりゃしない。と小鬼は頭を振った。


「そう。―でも、これでどうして急に消えたのか、武尊の攻撃が当たらなかったのか分かったわ。ありがとう」


そう笑顔で言えば、照れくさそうに小鬼は頭をかいた。


「ま、守ってもらうって条件だしな。少しくらい協力するよ」


えへへと笑った。


「じゃあ、結界解いてくれよ。話は終わったからさ」

「そうね。私も急がなきゃ」


教室に遅れてしまう。一人と一匹はそうして空き部屋から出た。小鬼はぴょんぴょんとどこかに消えて行ってしまった。それを見送って、壱華はパタパタと駆け出した。


「カラスね―」


そうつぶやかずにはいられずに。



 それは午後の体育の時間でのことだった。この時期は、水泳かバスケか授業で実施するスポーツを自分で選択することができた。千穂も壱華も武尊もバスケを選んだ。千穂が選んだから、というより、水着に着替えるのが面倒くさいという理由が大きかった。


 自身のチームの試合のない空き時間は自然とおしゃべりの時間となる。ゲームをしている生徒の邪魔にならないよう隅に寄りながら思い思いにぐだぐだと話す。


「あ~また取り落とした」


そう言ったのは大島だ。座っていた武尊は自然とその言葉に顔を上げた。それに気づいて大島が顎でしゃくって女子の方を示した。


「高野原、ゴール下で待つ係なんだけどボールが取れないんだよ」

「千穂らしい」


大島の説明に、運動神経なさそうだよなと思いながら視線を女子の方へ向けた。そこは優実の独壇場になっていた。一人で突っ走ってゴールを決める。バスケ部の女子も何人か敵のチームにいるようだが、止められていない。


「あいつ、なんで部活やらないんだろう?」

「あのスピード、うちにだってほしいぜ」


バスケ部の大島がそうぼやいた。


 チーム決めはくじ引きだったのか、千穂と優実は敵同士のようだ。千穂はゴール下でパスが来るのを待っている。しかしパスが来ても取れないし、悲しいことに取れてもゴールに入らない。


「これは見事な」


ぴょんと飛んでボールを投げるが、入るビジョンが全く浮かばない軌道をボールは描く。それに大島は逆に感心してしまう。


「ああいうところも可愛いよな」

「自分より弱そうで?」

「なんでお前はそう冷たいことばっかり言うんだよ」


大島がぐりぐりとこぶしを頭にあててくる。それを払って、武尊は尋ねた。


「それより、優実やあかりはどうなんだよ」


好みじゃないの?と問いかける。


「山田は元気が良すぎるし、本川は頭が良すぎる」

「やっぱり自分がぎょせそうな弱いのがいいんじゃないか」

「俺をくずみたいに言うな」

「別にくずとか言ってない」

「おい、佐々木!何か言ってやれよ!」


ずっと黙っていた佐々木は面倒そうに大島を見た後、武尊に視線をやる。


「二階堂は、山田と本川だったらどっち?」

「優実」

「意外に即答だね」

「あかりは絶対合わない」

「そうなの?」

「そうなの」

「えー本川いい女じゃん」


頭が良すぎて気が引けると言っていた大島も意外だと声を上げた。


「いい女だろうとは思うけど、なんていうんだろう、同族嫌悪的なところあるから。お互い。優実のほうがさっぱりしてて楽」

「まあな、俺たちの誰が可愛いかって話についてこれそうだもんな」


女なのに。と大島が笑う。


「同性なのをいいことによく抱き着いてるしね」


佐々木も頷きながらそう言った。しかし、その声は武尊には聞こえていなかった。


シャン


剣が何かを告げようとしていた。反射的に視線を千穂にやる。


ぎーとゴールが傾いた。それに舌打ち一つして武尊は駆けだした。


「千穂!上!」


そう叫べば、千穂は驚いて武尊を見た後に上を仰いだ。ゴールが傾き、落ちてこようとしているところだった。千穂は恐怖に体がすくむ。ぎゅっと千穂は目を閉じてしまった。するとふわりという感触が自分を包む。しかし、次の瞬間どんと衝撃が走った。


ガシャーン


大きな音に千穂は目を開ける。いつかの再現のように、武尊が千穂の上に四つん這いになっていた。武尊は気にせず上半身を起こして、立ち上がった。ゴールのあった場所をにらみつける。千穂も視線を上に上げる。ふわりと、そこから何かが逃げて行った気がした。白い、ワンピースのようにそれは見えた。


―あれが、優実ちゃんの言っていた幽霊かな


それをぼうっと見ていたら、自分が寝ころんだままだったことに気付き体を起こす。武尊が一点を睨んでいることに気付いた壱華が二人に駆け寄った。


「追って!千穂は私が保健室連れてく!」

「頼んだ」


小さくそうやりとりをすると、武尊は体育館を飛び出していった。


「怪我は?」


壱華が顔を覗き込んでくる。


「平気、どこも痛くないよ。武尊は大丈夫かな」

「あれだけ走れれば平気でしょう」

「千穂、大丈夫だった?」


わらわらと優実とあかり以外にも人が集まってくる。それから逃げるために壱華が言った。


「一応、保健室に行ってくるわ」


そう言えば、輪が崩れ道を開いていくれる。先生の指示もあり、千穂は壱華と一緒に保健室に向かった。



 武尊は走った。かすかな気を逃すまいと追う。しかし、追えば追うほどに気配は薄れて行ってしまう。それに焦りを覚えたころ

「こら二階堂!何してるんだ!」


階段の踊り場から声がかかる。声だけでそれが誰かを認識して、武尊は霊を追うのをあきらめた。


「体育の時間なんだろう?どうしてこんなところにいるんだ」

「自分のチームの試合が来るまでにウォーミングアップで走っとこうかと思って」


なぜこう藤谷という教師はタイミングがいつも悪いのだろう。


―偽本間にも利用されてたしな


「廊下を走るな馬鹿者。すぐに戻れ」

「はーい」

「伸ばすな」

「はい」


返事をし直して、武尊は表向き体育館の方向へと足を進めた。しかし、体育館には戻らず、保健室に向かった。とりあえず、千穂の様子を確認することにしたからだった。



「それで、どうだった?あの幽霊だった?」

「あの幽霊ではあったよ。でも途中で藤谷に会って足止め食らったからあきらめた」

「藤谷~」


場所は食堂。他にもサボりの生徒がちらほらといる。無事千穂に怪我はなく、戻るのも面倒だと着替えて食堂に来た。


 壱華だけでも足りたのだが、付いてきた優実は武尊の報告にテーブルの上に伸びた。


「せっかくの機会だと思ったのに」

「俺も思ってたよ」

「タイミングの悪い男だな~」

「俺も思ってる」


―また変な術にかかってなかったら良いけど


武尊は少々そこが気になった。が、そこを判別する力は自分にはない。と、そこで授業終了のチャイムが鳴った。


「教室戻ろう」


武尊はそう言って、空になったココアの缶をゴミ箱に放る。それは何度見ても見事に放物線を描きゴミ箱に吸い込まれていく。千穂はそれを飽きることなく見るたびすごいと思う。


「千穂、何ぼうっとしてるの?」


ほら、行くわよ。と壱華の声がかかる。それにゴミ箱を見ていた千穂ははっと現実に戻ってくる。


「うん!」


千穂は慌てて立つとぱたぱたと三人に駆け寄った。


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