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 接触2

「じゃあ、今のところ被害者は高等部の女子生徒ってことね」

「たぶんね。帰ったら樹に確認取ってみよう。仮説があってるなら初等部では噂になっていないか被害者は出ていない」

「そうね」


壱華と武尊は放課後情報交換をしていた。囮になって歩き回る前の準備だ。


「高等部の階を歩き回ってみましょうか」

「それでいいと思う」


時刻は夕刻。部活も終わった時間帯。一度千穂を家に送り届け、啓太と樹に預けてから二人は出直してきた。だから二人とも手ぶらだ。壱華はポケットにお札を入れてはいたけれど。


「さて、そろそろ行きましょうか」


まずはこの一年の階から。と歩き始める。武尊はてきとうな教室に入って様子見だ。一緒にいては出てこないだろう。


―俺、居て出てくるのかな。


霊力が強いと言われる。遠くからでも分かると言う。自分はそんなもの放出している気はないがそうらしい。この霊力が、幽霊が現れるのを妨げはしないかと武尊は少々心配していた。


 そんなこと知りもせず壱華は鼻歌交じりで廊下をゆっくりと歩く。


「やっぱり、この時間帯の学校って気味悪いわね」


窓から夕闇に沈んでいく街を眺める。たくさんのビルや車は、故郷にはないものだった。ついそれをじっと見つめてしまう。


「じゃあ、なんでいるの?」


するりと滑らかな感触が首元を滑った。やわらかく、しかし冷たいその感触に体が強張る。その反応が告げている。これが幽霊だと。


―速い。


歩き出してすぐのことに、焦りが生まれる。心の準備が整っていない。いくら力があるとはいえ、妖とは違うその独特の冷たい空気は慣れたくはない代物だった。すうっと息を吸い込んで、強張った声帯を無視して声を発する。


「この時間帯に幽霊が出るって聞いたものだから。あなた、何か知ってる?」

「幽霊って?」

「何でも火事で亡くなってしまったんですって。それで傷ついた肌を修復するために顔をくれと言ってくるんですって」


くすりと、背で笑った気がした。ぞくりと、悟られたくはない悪寒が走る。


「知ってるわ。―それ、私だもの」


壱華はばっと腕を払って後ろを振り向いた。そこにいるのは乱れた黒い長い髪に白い肌をした女だった。腕と足はきれいにしている。しかし、長い髪に隠された顔にだけ火傷の傷がわずかに見えた。


―顔にだけ傷があるの?


他はきれいなのに?いぶかしげな表情を壱華は浮かべた。しかし、ここで顔をくれてやるわけにはいかないし、一見しただけでこいつは消去すべきだと本能が警鐘を鳴らす。ポケットに手を入れ、札に触れ詠唱に入る。


「ふふふ、何のおまじない?」


幽霊は壱華を面白そうに見ていた。ぐっと息が詰まるが、それに負けじと詠唱を続ける。


「破!」


そう札を投げつける。ばちばちと霊気と霊力がぶつかりあう。


「きゃあああああああああああああああ!」


幽霊は悲鳴を上げた。これで武尊も出てくるはずだと壱華は算段をつける。


「悪いけど成仏してもらうわ!」


再び詠唱に入る。幽霊は恨めし気に壱華を爛々と輝く瞳でにらみつけた。ぴりと空気が変わる。何をする気かと体に緊張が走る。すると、パキパキと何かにひびが入る音がしたかと思った次の瞬間―


―パリンパリンパリンバリンバリン


ガラスが次々に割れ、その破片が壱華に向けられた。


「ちょっ!」


―それは卑怯よ!


詠唱が間に合わない。


「きれいな顔だからもったいないけど、あなた気に食わないから、死んで?」


冷たい声にダメだと目を閉じた瞬間、一陣の風が駆けた。廊下を支配する気が変わる。


「武尊・・・」


助かったと壱華はへなへなと座り込んだ。


「なに!?」


すべて破片を吹き飛ばされたことに怒りを覚えている幽霊の目の前に、突然その少年は現れた。


「悪いけど、消えて―」


武尊は躊躇うことなく幽霊を切りつけた。


「きゃあああああああああああ!」


二度目の悲鳴が上がる。しかし、武尊の攻撃を受けてなお、幽霊は消えなかった。


「くっ」


よろよろとよろけながら逃げていく。


「逃がさないよ」


武尊が追いかけるが、角を曲がったところで幽霊は忽然とその姿と気配を消してしまった。


「なんだ?」


この違和感はなんだ?


「逃げられた?」

「―うん。ごめん」


壱華がふらふらと歩きながら近づいてきて、止まっている武尊に尋ねる。


「ううん、ありがとう。助かったわ。それで、今の霊の気配、調理室に残ってたのと同じものだった?」

「同じだった」

「そう。・・・あれは危険だわ。放っておけない」

「そう」


見立てがあっており武尊は少し安堵する。小さく息を吐きだし、武尊は言った。


「さっさと帰ろう。ガラスを割った犯人にされちゃう」

「そうね」


そう言って、二人は一つ下の階からエレベータに乗って千穂たちのいる部屋に避難した。



「二人とも無事でよかったよ」

「無事なように組んだメンツだろう?」


樹の言葉に啓太が何を言っているんだと突っ込む。


「それでも心配じゃない!!」

「樹は優しいわね」


どこかの誰かさんと違って。と壱華は啓太を意地悪な笑顔で見つめた。


「俺だって、優しいときは優しいだろう」

「ごめんなさい。心当たりが浮かばないわ」

「お前もなかなか冷たいな」

「優しい人には優しいわよ」

「それで、優実ちゃんの友達が会った幽霊の気配だったの?」


啓太と壱華の言い合いが始まったが、千穂は二人の調査結果を求めた。


「同じだった。そして結構強い」

「強いの?」

「切ったのに切り切れなかった」


逃がしちゃった。と武尊は苦々しげな顔をする。


「それ、おかしいよ」


突如碧が話に入ってきた。


「何が」


武尊が問いかける。


「その剣に切れないものはないよ」

「一撃でやれるはずだったってこと?」

「うん」


碧はぬいぐるみの腕を器用に組んだ。


「まだ使い慣れてないのかな」


武尊はうーんと天井を見上げて考える。


「あるいは武尊が切れるかどうか疑ったとか」

「疑ったつもりはないけど」

「でも分からないよね。武尊は強いけど、知識面ではまだまだ初心者だし」


樹が碧の線を肯定する。


「それで、悪そうだった?」

「千穂が一番分かってるんじゃない?」


武尊の言葉に千穂は詰まる。みんなの視線が集まってくる。千穂は口をパクパクさせた後小さな声で言った。


「最近の学校、ちょっと嫌な感じする」

「たぶんそれが幽霊だね」


うんと武尊は頷いた。


「千穂にというより、一般人にも害になりそうだから排除したほうがいいね」


武尊はちらりと壱華を見た。


「ええ、残しておくのは危険だわ。まだ実際に顔を食べられるなり取られるなりした人は出ていないようだから、出る前に対処したほうがいいわ」

「そんなにか」

「千穂も一人にならないほうがいいね」


啓太と樹もめいめいに反応する。


「そうそう聞きたかったんだけど」


壱華が樹のほうへ視線をやる。


「なに?」


樹はなんだと聞き返す。


「樹の周りで顔をくれって言う幽霊が出るって話出てる?」


そう問われて、樹は考え込む。


「・・・・俺の周りでは顔を食べる幽霊の話は出てないよ」

「他は出てるのか?」


しばらくの無言に啓太が問いかける。


「鏡の自分が笑ったのと同じようなのはちらほらね。でも幽霊は出てない。いや、出てないというより高等部にお化けが出てるって話してる子はいたかな」


お姉ちゃんがいるみたいだったね。と樹は締めくくった。


「やっぱり高等部でしか起こってないのかな」


武尊が腕を組んで考える風にする。


「そうなの?」


千穂はクッションを抱きしめながら武尊の顔を覗き込む。


「高等部の女子ばかり狙われてる」

「なんで?」

「たぶん、自分と同じ年齢、年代を狙ってるんじゃないかな」

「じゃあ、幽霊は私たちと同じくらいの年齢で死んじゃったってこと?」

「そうじゃないかな」

「はー」


そこまで予測しますか、と千穂は感嘆する。


「何?」


千穂の反応に武尊が質問を投げてくる。千穂はふるふると首を横に振った。


「何もないよ」

「そう?」


本当?とその声は問うていたが、武尊はそれ以上追及はしなかった。それに千穂は小さく息を吐いた。


―鋭いなー


自分が鈍いという自覚はない。ただただ、武尊はすごいなと思うばかりである。


「あと一つに気になるのは、気配ごと突然消えたことだね」

「そうね、後を追えなくなっちゃったものね」

「そんなことってありえるの?」

「基本ないと思うけどね。ワープでもしない限り」


あるいは結界張られたとか?


樹が武尊の質問にそう答えた。


「結界・・・」


もう一度だけ剣を振ってみればよかったかな。と武尊は呟いた。


「まあ、今日は仕方なかったわよ。でも、これで私が囮の作戦はもう使えなくなっちゃったかしら」

「最悪、あかりに頼もう」


必要だったらね。


「・・・・・そうね、そうなりそうね」


壱華も頷いた。頷いたあとに、大きくため息をついた。それを千穂は不安げに見つめた。


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