2. 接触1
朝、教室に向かって壱華と歩いていると、小鬼がとことこと隣を歩き始めた。
「なあなあ、お前らだろう?俺らを守る代わりに情報提供しろって言ってるやつ」
壱華は素早く視線を走らせ周囲の様子をうかがうと頷いた。
「そうよ」
そして問う。
「何か教えてくれるの?」
「いや、お前たちも大変だなぁって思って」
「そんなこと言いに来たんだったらさっさと消えて。怪しまれるでしょう」
「つれないなぁ」
「ごめんね。でも、みんなには本当に見えてないし、私たち変な人に見えちゃうから」
また今度、怪しまれないところでお話ししよう?と千穂が提案すると、小鬼は満足したのか離れていった。
「碧はうまくやったみたいね」
「そうだね。すごいね」
「幽霊の事、聞き出せばよかったわ」
しまったと壱華は唇をかむ。
「仕方ないよ、この環境じゃ話せないもん」
朝の登校時間の廊下。人が少ないわけがない。
「何が仕方ないって?」
その言葉とともに二人の間から顔をにょきっと出したのは優実だ。
「昨日の幽霊の怖い話。あんまり大きな声でできないよねって」
「ああ、あれね」
千穂の言葉に優実は顔をしかめる。何か複雑な心境でもあるのだろうか。
「私さ、見えないじゃん?だから、沙也加の言うこと100%信じてあげられないんだよね」
あんなに怖がってるんだから、きっとほんとのことなのに。
「信じようとしてくれるだけでもありがたいんじゃないかしら」
答えたのはあかりだった。少し息を切らしているから走ったのかもしれない。
「それで、彼を連れて行った成果は?」
「何かはいるっぽいけど、それが沙也加の言うお化けなのかは分からないってさ」
「そうなの。というか、やっぱりこの学校何かいるのね」
「新しいのにねー」
学校ってやっぱりそういう場所になりやすいのかなーと優実はのんきだ。
「探せば七不思議もあったりして」
からからと優実は笑った。少し無理をしているようにも見えたけれど、そこには触れないでおいた。
「下手に触れて火傷しないでよね」
そう話に入り込んできたのは武尊だ。大きなあくびをしている。
「寝てないの?」
「ちょっと、調べ物をね」
本当は夜中に学校を歩き回ったのだ。昼に出会わないなら夜ならどうだろう。しかし、結果は空振りだった。
―やっぱり自分には妖は近づけないらしい。
それを実感する。そしてそれを少々不便だとも感じた。二人が小鬼と接触しているところを遠目に見ていたのだ。それが、自分にはできない。まあ、それで千穂の盾になっているならそれでいい。そう思いながら、武尊はもう一度大きなあくびをした。
※
「被害者が一人増えたらしいわ」
昼休み、あかりがそう切り出した。
「私たちの一つ上の学年の女子生徒らしいわ」
―高等部二年の女子。
千穂は情報を脳内で繰り返す。
「じゃあ、やっぱりいるんだ」
優実がポッキーを片手に顔を曇らせる。
「学校側はどう動くつもりかしら」
―教頭はどう動くつもりかしら。
あかりがそう問うてくる。
「あの男は動かないと思うぜ」
ぴょんと小鬼が机の上に乗ってきた。そして広げられているお菓子を食べ始める。
「え?」
優実が疑念の声を上げる。それは当然のことだった。優実には小鬼が見えていないため、ポッキーが浮いているように見えるのだ。ついでに消えていく。
「あ、やべ」
小鬼はそう言うとぱたぱたと教室から出て行った。何がやばいのかと思ったが、武尊たちが学食から戻ってきたところだった。
ちなみにあかりには小鬼は見えていないが、そういうものがポッキーを食べているのだろうと知識から判断できた。
「今の何だったんだろう」
「今のって?」
「ポッキーが浮いて消えてったやつ」
「そんなのあったかしら」
あかりは白を切り通すつもりらしい。あかりにそんなことを言われた優実は千穂に尋ねてくる。
「ポッキー浮いたよね」
「私は見てなかったなー」
あはははと笑うと、優実はあれーおかしいな、と言いながらこの件には目をつむることにしたらしい。
もしかしたら少し騒ぎになるかもしれない。あの小鬼はポッキーを片手に走り去っていったから。
―浮くポッキーか。七不思議に入るかな。
と千穂はのんきなことを考える。
「どうしたんだよ、間抜けな顔して」
そう優実に声をかけてきたのは大島だ。優実は困ったような顔をして大島を見上げた。それに大島は首をかしげる。
「今、ポッキーが浮いて勝手に消えてったように見えたんだけど、私にしか見えてなかったらしくて」
「最近多いよな、その手の話」
―そう言えば、噂話はこいつも好きだったな。
と武尊は身構える。まあ、予習を人質にとれば操るのは簡単なのだが。
「俺んところじゃ、片づけたはずのボールが勝手に出てきたって騒ぎがあったぜ。俺は見てないけどな」
「最近多いんだ」
優実は考え込むようにする。
「大島は顔をくれって言ってくる幽霊の話は知ってる?」
「知ってる知ってる。マネージャーが会ったって。うちのマネージャー可愛いからねたんでるやつのいたずらじゃないかって話になったけどな」
―どういう結論だ
千穂、武尊、あかりは内心突っ込みを入れた。それで流されたマネージャーもかわいそうだ。
「ねえ、大島、それいつ?」
「あ?マネージャーの奴か?日曜日だったかな」
―優実の友達と同じ日だ。
一日一人、というわけではなく際限なく探し回っているということか。
「時間は夕方だった?」
「そうだな、練習終わった後だったから。ちょっと備品の整理をしたいって言ってたから、みんな先に帰ったんだ」
「そうなんだ」
時刻は夕刻、狙うのは一人でいる女子生徒。
―こんなところか、と武尊はあたりをつける。
壱華には一人で歩いてもらおうと武尊は思った。
―まあ、もとよりあっちもそのつもりだろうけど。
囮になると言っていたからな。
―肝の据わった女だ。
そういう女は嫌いじゃない。
「なに笑ってんだよ」
「いや、なんでも」
武尊は笑いながら首をかしげて見せた。露わになる首筋が色っぽい。それに何となくみんな黙ってしまう。
「ねえねえ武尊」
千穂がそんな中武尊の袖を引っ張った。
「なに?」
「昨日も幽霊出たんだって。高等部の二年生の女の子が会ったんだって」
「そうなの?」
「ええ」
あかりが頷いた。
「私はそう聞いたわ」
「なんなんだよ、幽霊幽霊って。何かあったのか?」
「部屋が同じ子が会ったって言うから、本当なのか調べてるの」
優実が珍しく語気を荒げる。
「なるほどね」
大島は優実の機嫌にかまわず分かったと頷いた。
「ちなみに、その子可愛いのか?」
「もう大島とは話さない」
優実は完全にシャッターを下ろしてしまった。
※
「啓ちゃん、知らなかったの?」
おっくれってるーと大滝は口笛を吹いた。クルクルの前髪の下にある目が、面白そうに光っていた。
「黙ってれば女子がその手の話をしてるの聞こえてくるぞ」
清水は少々あきれたという顔をしている。
「やぁちゃんは地獄耳だからだよ」
「俺のどこが地獄耳なんだよ」
「情報源が人の会話じゃん」
「・・・・そこは否定しないけど」
「心もとないソースだよね」
「うるさい」
大滝と清水はそんな会話を繰り広げる。長くなりそうだったから、啓太は机の上に頬を付ける。
―このまま寝ちゃおうかな。昼めし食って眠いし。
と考えていると、大滝の視線が啓太に帰ってきた。
「顔をくれって言う幽霊はここ最近有名だよ?」
ね、と大滝は清水に同意を求めた。
「ああ。よく聞く。昨日は一年の女子が被害にあったとかあってないとか」
「それも聞こえてきたの?」
「・・・・ああ」
やぁちゃん地獄耳~と大滝はまたからかった。清水は大滝の頭をガッと掴むとぎりぎりと手に力を込めた
「痛い!痛い痛い!ごめん!やぁちゃんごめん!」
「・・・分かればいいんだよ」
清水はそう言うと大滝の頭から手を放した。二人のやり取りに、啓太はため息をついた。
ちょっと気になって幽霊について友人に聞いてみればこの騒ぎである。
「それで、噂話なんて興味ない啓ちゃんがどうして聞いてきたの?」
「千穂の友達の友達が幽霊に会ったって言うからさ」
「千穂って、幼馴染の小さくてかわいい方?」
「・・・まあ、そう」
今の聞いたら千穂は怒るだろうなと啓太は思いながら首肯した。
「でも、友達の友達って遠くない?」
「俺らからすればな。でも、千穂はそれで怖がっちゃって」
「怖がりそうだもんね、あの子」
銀の器であることを考えると、怖がりであることは良いことだと啓太は思う。怖がって危ないことには首を突っ込まないでほしい。外から強引に巻き込まれるのだから、せめて自分から飛び込んでいかないでほしい。
「先が思いやられる」
初戦があんな双子だったのだ。これから敵もどんどん強くなるだろう。それを考えただけで気が重くなる。
「いいじゃん、怖がりって可愛いと思うよ」
ね、と大滝は清水に同意を求めた。
「大滝がそう思うならそれでいいんじゃないか?」
「何?美人の方が好み?」
「そういうんじゃない」
またお前は、と清水はまた大滝の頭に手のひらを乗せた。大滝は慌ててその手を払う。
「好み聞いただけじゃん!」
危ない危ないと自分で狙われた頭を撫でる。
「―まあ、幽霊はここ最近出回ってるらしいってことが分かったからいいか」
本当みたいだ。と啓太は机に頭を乗せたまま目を閉じた。
―あとは壱華と武尊に任せよう。
あと数分で授業が始まるはずの啓太は、このタイミングで眠りについた。