取り合い2
「で、幽霊とやらはどこだ?」
「今探してるんでしょう?」
まったく、と壱華は首を横に振った。
「当てもなく歩いてるのか?」
「まあ、一応今のところ高等部でしか出てないみたいだから高等部を歩くしか手はないかな」
もしかしたら中等部に行ってるかもしれないけど、と武尊が付け足す。
三人は高等部の廊下を歩いていた。まだちらほらと教室に残っているが、その生徒数は気のせいか少なく感じる。夕日に照らされた廊下を、三人でぶらぶらと歩く。
「あの幽霊が出てくるには少し早かったかしら」
壱華が不安そうにそう言った。その言葉に、うーんと武尊は首をひねる。
「壱華が遭遇したのは確かに今より遅い時間だったけど」
ちらりと武尊も廊下に光を差し込み続ける太陽を見た。
「でも、あいつは日に何度も人を襲ってる。何度も襲うにはそろそろ動き出してないとだめだと思うんだよね」
「でも、まばらだけどまだ人は多い方だぜ?」
啓太がきょろきょろとあたりを見渡す。
「職員室の階にでも行ってみる?あそこなら生徒が少ないし、先生たちは会議でもしてるんじゃないかな」
「それだったら出るかもな」
武尊の提案に啓太は頷いた。三人は階を下りることにする。ゆっくりと下りていくのは、まだ幽霊は出ないと本心では思っているからなのか、のんきな啓太が一緒だからなのか。
「でもさー」
のそのそと先頭を歩いていた啓太が思い出したように口を開く。
「何よ」
いつもよりよほどきつい口調に、武尊は興味深そうに壱華を見た。視線に気づかない壱華は、露骨にめんどくさそうな顔をしていた。
「職員室の階って、体育館あるじゃん?部活動生がいるから出ないんじゃね?」
まだ部活動の時間だが、悪霊化しているという話を聞き今日は早めに出てきたのだ。啓太に話すと部活動が終わった後で良いんじゃないかと言い出すだろうから、二人は黙っていた。
「・・・・・・職員室の階は高等部の一番下だから、そこから上がってけばいいんじゃない?」
「まあ、それもそうか」
一つずつ潰すしかないか、と啓太は壱華の言葉に呟いた。
―面白いな
幼馴染だけあって二人とも砕けている。自分に向けられる類のものとは違っていて、武尊は新鮮さを覚える。
―そう言えば、一対一の二人を見るのは初めてかもしれない
普段から壱華も啓太に突っ込んではいるが、その役目はほぼ樹が担っている。樹がいない分、壱華が啓太に説明したり彼の言葉を訂正しなければいけない。
―まあ、俺でもいいんだけど
でも、面白いから壱華に任せよう、と武尊は決める。
「その幽霊ってどんな格好してるんだ?」
「もうこれぞ幽霊って姿だから、見てすぐ分かるわよ」
「そうなのか?」
「ええ。白いワンピースに、長い黒髪に白い肌」
「・・・まさに幽霊だな」
想像でもしたのか、啓太は少し顔をしかめた。それを武尊は正直だよなーと思って見ている。だらだらといくつかある体育館の周りを歩いていく。しかし、幽霊には出合わない。
「なあ、部活の時間終わるまでどこかで暇潰ししないか?」
とうとう啓太が飽きてきたのかそんなことを言い出した。これでは早めに出てきた意味がない。
「ラウンジとかさ」
啓太は器用に後ろ向きで歩きながら二人に提案する。それに壱華と武尊は顔を見合わせた。
「・・・まあ、良いんじゃない?」
―今度は下りながら見ていくってことか
ラウンジは三学年の上にある。ちなみに全生徒用の学食も同じ階にある。もっと上に上がれば、寮生用の食堂もある。
ラウンジで暇を潰そうと啓太は言う。果たしてそんな暇があるのか、壱華にも武尊にも分からなかった。ただ、啓太のやる気も出ないし、なんだかそれにつられてかなかなか気が引き締まらない。小鬼たちは悪霊化しつつあるから早くどうにかしてくれと言う。悪霊になれば、人も妖も見境なく食い散らかすと言っていた。それはきっと避けなければいけない状況だ。ただ、頭で分かっていても気持ちが付いていかないのだ。
「もう少し暗くなったらすぐ再開するからね」
覚えておいて、と武尊は自分含めて釘を刺した。
「おー」
気のない返事が返ってくる。これはだめだと、やっと武尊は少し気が引き締まった気がした。ちらと壱華の顔を見れば、同じようなことを考えていそうだった。
「ラウンジ、自販機のジュースが変わったんだろ?俺まだチェックしてなかったんだよな」
信用ガタ落ちの台詞である。頼りになるのかならないのか分からないと武尊は思った。
ぶらぶらと階段を上がっていく。そう言えば、ここが調理室のある階だと武尊が思い出したとき、甲高い悲鳴が響き渡った。
「出たのか?」
その声に二人は答えない。視線を交わしていたからだ。
「見てみるしかないか!」
反応がないことを気にせず、啓太はそう判断を下した。え?と二人が前にあるはずの啓太の背を探した時には、彼はすでに走り始めていた。
「早い!」
もっと意思疎通をはかろうとして!と思ったが、そんなこと叫べば呼吸が乱れることは必至なので武尊は無言で走り出した。男二人の足に、当然壱華が追い付けるはずもなく。
「もう!待ってよ!」
「ごめん!」
なぜか気がはやる。武尊は少々荒っぽく壱華の手首を掴むと、また駆け出した。壱華はこけそうになりながらどうにか付いてくる。
「啓太!」
調理室のある方へ角を曲がると、走る啓太の姿が目に入った。廊下に、女子生徒が座り込んでいる。武尊は壱華の手を放すと、女子生徒を壱華に任せた。
「頼んだ」
「分かった」
「啓太、待ってって!」
ちくしょうと内心悪態をつきながら武尊は全速力で走った。角から誰か出てきたら100%ぶつかるなと思いながらコーナーの最短距離を取る。角を曲がると啓太の姿を見失う。しかし、見失うには早すぎた。それが意味することは一つ。
「階が変わった!」
下か上に逃げられたということだ。スタートダッシュと壱華に合わせた遅れがなかなか取り戻せない。それだけ啓太の足が速いということか。
「下に逃げた!」
そろそろ階段にさしかかるころ、下から叫ぶような啓太の声が聞こえた。
「分かった!」
武尊は全力で床を蹴ると、踊り場まで飛び降りた。勢いが足りないため、踊り場から廊下までは素直に階段を下りた。最後の数段はさすがに飛び降りたが。
武尊は周囲を見渡す。ちらりと角を曲がる制服のシャツが見えた。それを認めて、武尊は啓太とは逆回りで走り始めた。啓太を追いかけるより挟み撃ちにした方が速く合流できるし、確実に捉えられると判断したからだ。
「間に合えっ!」
また階段を選ばれたりしたら面倒だ。幽霊が階段に差し掛かる前に合流したい。誰も角から出てこないことを祈りながら全力で走る。角を曲がりながら、武尊はふと気が付く。
―人の気配がない
さっきのさっきまで人がまだいるなと思いながら歩いた場所だ。なのに、自分に対する視線も感じないし、人にも出会わない。
―結界?
そう思っていると、前から幽霊の姿が現れ、間髪入れずに啓太が出てきた。もう両手には小太刀が握られていた。
―気の早い
そんな感想を持ちながら武尊も剣を出す。この剣は大きさの割に軽いと、片手で振り上げながら思う。啓太の小太刀と、武尊の黄金の剣が前後から幽霊を狙う。が
「っ!」
「なっ!」
二人の獲物は虚空を切る。
「やられた」
あのカラス!と武尊は内心思うが、啓太は当然付いて来られていない。しかし、それをすぐ説明するには息が切れていた。二人とも肩で息をしながら切れ切れに話す。
「な、んで消えた?」
「カラスしか、いないでしょ」
「教頭のか?」
「あの人しか、カラスなんて飼ってないでしょ」
「それもそうか?」
ぜーはーぜーはーとなかなか息は整わない。
「で、何がやられたって?」
「たぶん、閉じ込められた」
「はあ?!」
啓太は息を切らしたままに体を起こすと周囲を見渡した。そして気づく
「マジだ。人がいない」
こんなに騒いだというのに誰も集まってこないし、見渡しても自分たち以外誰もいない。
「いつから?」
「調理室の階に、上がった時からじゃないかな」
少し、息が整ってきたと武尊も体を起こした。
あの時、悲鳴が上がった。その時、集まった人間は自分たちしかいなかった。たぶん、その時には結界の中に隔離されていたのだろうと武尊は考えた。
「初歩的なミスだな」
「そうなの?」
啓太は頷いた。
「ああ、先生にばれたらめっちゃ怒られる」
「・・・・教頭伝手で伝わらないかな」
「ああ~ありそう」
やだな~と啓太は頭を抱えた。その横で、武尊は周囲を見渡す。うっすらとあのカラスの力の匂いがした。しかし、うっすらだったから気づくのが遅れた。
「まあ、いい。壱華のところに戻ろう」
「そうだな」
啓太はどこか元気がなかったが、大人しく付いてきた。近場にある階段を上り、壱華のいた場所を目指す。
「ちょっと待て」
啓太は武尊のシャツの袖を掴んだ。
「何?」
武尊は疲れた顔で振り返った。
「じゃあ、あの狙われた女子生徒は誰だ?」
「!」
二人は数舜顔を見合わせると、すぐに全力で駆けだした。




