6.取り合い1
武尊と壱華の討伐隊に啓太を入れて、樹を千穂の近辺警護と分担しなおした次の日。今日も今日とて武尊と壱華は幽霊の捜索に出る予定だが、まずは千穂を部屋まで送り届けるのが二人の仕事である。エレベータから降りると、二人の部屋の前ではすでに兄弟が待っていた。
「よっす」
啓太が片腕を上げてくる。
「お疲れ様」
「お疲れなのはそっちだろう?俺は千穂と遊んでただけだ」
今日からは違うけどな、と笑う。
「もっと危機感持って」
樹が啓太のすねを蹴った。突然の攻撃に啓太は対応できず涙目になる。
「くそ~弟だと思って優しくしてりゃつけあがりやがって」
「俺は、兄ちゃんにもっとしっかりしてほしいの!」
「はいはい、鍵開けるからどいて」
鞄からカードキーを取り出した壱華が扉に近づく。
「今日は負けないつもりだったのに!」
と、千穂も自覚の足りない不満を啓太に浴びせる。
「はっ、逆走が特技なうちは俺に勝てるわけないだろう」
「うるさいなー!」
「ほら、千穂。騒いでないで入って」
「はーい」
リビングに上がるなり、樹は赤い鳩ぐらいの大きさの鳥と、大型犬くらいの大きさになっている狼を召喚した。
「みんながいなくなる前に出してたほうがいいかと思って」
「そうだね」
二人になったところを狙われるかもしれない。人がそろっている間に召喚したほうがいいだろうと武尊は頷いた。
「普段は小さいんだね」
「うん。これくらいがちょうどいいかと思って」
普段は。戦闘の時は大きくなるけど。と樹は笑った。
「この子はね、クルルっていうの」
鳥が止まっている右肩を少し持ち上げて樹は紹介した。
「この子は牙っていうの」
本来の大きさよりは一回り小さくなった狼の頭を樹は撫でる。
「名前もあるんだね」
「うん。本当は別に名前があるのかもしれないけど、俺が付けちゃった」
「いいんじゃない?」
そういうの、と武尊は頷いた。そう言われて、樹はえへへと笑った。
「これで準備はいいかな。みんなはもう行く?」
「準備できたわ」
リビングに壱華が顔を出した。自室に鞄を置いてきたらしい。
「そう、啓太は?」
武尊が壱華に向けていた顔を後ろに向けると、そこでは啓太がゲーム機の電源を入れたところだった。武尊に呼ばれて、啓太は体はテレビに向けたまま首だけめぐらせた。
「あ、もう行く?」
このゲーム、まだ隠しキャラが出せてないんだよな、と呟きながら啓太は渋々といった体でゲーム機の電源を落とした。
「あ!つけたままでよかったのに!」
千穂も自室から顔を出して、声を上げた。
「ちょっと遅かったな」
なぜか啓太は胸を張ってそう答えた。
「・・・・俺、ゲームはしないよ?」
「え!やろうよ!」
樹のあきれた呟きに、千穂は性懲りもなく樹をゲームに誘う。
「遊んでやれよ」
ぽんと啓太が樹の頭に手を置いた。
「でも、俺、あのゲーム苦手」
「大丈夫。お前逆走しないだろう」
「まあ、逆走は大丈夫だと思うけど」
「じゃあ、問題ない」
千穂はすぐ逆走するから。と啓太は笑った。そんな啓太の背を、千穂はぽかぽかと叩いた。
「うるさいなー!」
騒がしくなってきたと、武尊は手をパンパンと鳴らして注意を引く。
「とにかく、俺たちは幽霊探しに行こう」
速く行かないと、また被害者出ちゃうでしょう?と啓太を見上げる。それに啓太は頷いた。
「じゃあ、ちょっくら行ってくるから。二人ともいい子にしてるんだぞ?」
「それ、そのまま啓太に返すよ」
千穂はそう言って、テレビに歩み寄る。
「樹、遊んで待ってよ?」
「・・・仕方ないな」
じゃあ、気を付けてね、と樹は三人に手を振ると千穂の隣に座り込む。
「行ってくるわね」
「行ってきます」
「じゃあな!」
各々挨拶を残して部屋を去っていく。それを見送った後、千穂は樹に言った。
「なんか、啓太がいないと部屋が広く見えるね」
「・・・・そうかもね」
本当に二人きりなのだと、樹は自覚し緊張が体に走った。そんな樹の緊張を解こうとでもするようにクルルが顔にすり寄り、牙が手に頭を押し付けてきた。
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
「ほら、早くやろう!」
「―仕方ないなぁ」
そう困ったように笑った顔は、苦笑した時の啓太のそれとよく似ていた。




