1.収束と始まり1
衝撃とは突然やってくるものである。突然やってくるから衝撃とも言う。つまり、何が起きたかというと、それだけの衝撃が一つの教室に走ったということである。
ここは相川学園。学費、寮費共にとてつもなくかかるお金持ち専用の学園である。大都会東京のいずこかに建つ高層ビルを校舎とする贅沢なのか手狭なのか分からない学園だ。この学園のとある教室に今朝方衝撃が走った。
ずるずると小柄な少女を引きずって、長い黒髪を揺らし少女が教室に入ってくる。名を飯島壱華といい、この学園屈指の美少女としてその名を馳せている。まっすぐな黒髪に奥ゆかしい笑顔。少年たちは話しかけたくてもなかなか話しかけることが出来ない。そんな彼女が不機嫌であることを隠さずに同室の少女を引きずって現れたのでさえ、真新しくて少年たちは目が離せずにいた。
飯島壱華に引きずられているのは高野原千穂。このクラスの少女で、とにかく小さくて庇護欲をそそる。が、彼女は男性と話すのがそう得意ではないらしく、話しかけるとびくびくされてしまうがゆえに、やはり少年たちは話しかけられずにいた。飯島壱華は、ずんずんと高野原千穂を彼女の席にへと引っ張っていく。
「嫌だ~眠いよ~」
「いい加減観念なさい!!」
駄々をこねる高野原に飯島が怒鳴った。そうか、彼女の怒鳴り声はこんな声なのかと少年たちは聞き惚れる。ほわほわと夢うつつで飯島を見ていると、彼女は高野原の隣の席の少年に視線を向けた。彼はこの騒ぎにもかかわらずずっと突っ伏している。
彼の名は二階堂武尊。先日このクラスに編入してきた金髪の少年だ。不良かと思いきや成績優秀で、先生にため口をきいたかと思えばノートには几帳面な字で予習がしっかりされていたりするよく分からない少年だ。に、飯島は言い放った。
「武尊!悪いけど、千穂のこと頼んだわ!!」
これが第一の衝撃。飯島が二階堂を下の名前で呼び捨てにしたことで、クラス中に動揺が走る。もしや付き合っているのかと少年たちは心臓をどぎまぎさせる。
「何、朝からうるさい」
二階堂はぶつくさ言いながら身を起こした。そして、不機嫌に歪められている飯島の顔を見て、にやりと笑った。
「壱華、かぶってる猫が剥げてるよ」
「良いわよ、もう」
別に、猫かぶってたわけじゃないし。まあ、結果かぶってたのかもしれないけど。と飯島は少し恥ずかしそうに視線を落とした。
ここで第二の衝撃。やっぱり付き合ってるのか!!と心を痛めはじめたところに第三の衝撃。
「武尊!壱華ちゃんひどいんだよ!私、今日頭痛いって言ってるのに無理やり連れてきたんだよ!!」
待て待て!なぜ高野原まで二階堂を下の名前で呼ぶ!!!とにかく小さく可愛らしい少女は、小動物顔負けのまん丸の目を潤ませながら二階堂に助けを求める。それがどれだけうらやましいことなのかも知らずに、二階堂は彼女の言葉を切って捨てた。
「どうせ、予習が間に合ってないだけでしょ」
「武尊のいじわるー!!!!」
「千穂、うるさい」
ここにきて第四の衝撃。高野原のことまで下の名前で呼ぶか!と少年たちの心の中は嵐の真っただ中だ。きれいだな、可愛いなと思いながら近寄れずにいた少女と、ついこの間編入してきた少年はこんなにも距離を縮めている。教室中の少年たちが心の中で号泣していると、くすくすと笑いながら、本川あかりがクラス中の人間の疑問を代表して質問してくれた。
「いつのまに三人はそこまで仲良くなったの?」
先週はずっとお休みだったけど、そこで何かあったのかしら。と本川は三人のもとへ歩を進める。
「仲良くないよ!ただのいじわるだよ!!」
いじわるいじわると高野原は地団駄を踏んでいる。それに二階堂はうるさそうに耳を抑えた。
「うるさいって。―予習追いついてないんでしょ。見せるからとにかく黙って」
「本当!!」
二階堂の申し出に、高野原は目をキラキラと輝かせた。
「ここで嘘ついてどうするの」
予習のことで嘘ついたら、千穂はもっとうるさくなるじゃん。と言いながら、二階堂は自分の黒鞄をあさる。
「それで、数学なの?英語なの?それとも国語?」
「―全部!!」
「・・・・・・やっぱり見せるのやめようかな」
「それはだめー!!」
高野原は二階堂の予習ノートを手に入れようと机にとびかかるが、二階堂はひょいと鞄を上に持ち上げて避けてしまう。ずるりと高野原は机の上を滑っただけだった。
「千穂、今のはダサいよ」
ケタケタと笑って教室に入ってきたのは山田優実だ。高野原と本川の三人組でよく行動している。
「おはよう、優実」
「おはよう、あかり」
二人はぱちんとハイタッチしてあいさつを交わした。
「それで、この騒ぎはなに?」
山田は自分の席に鞄を置きながら本川に尋ねた。本川が頬に手を当てながら説明する。
「それがね、千穂と壱華が二階堂君のこと武尊って呼び捨てにしてるの。でね、二階堂君も千穂と壱華って呼び捨てにしてるの」
「えー!なにそれ、超面白い!!!」
山田も先ほどの高野原に負けないくらいの強さで瞳を輝かせた。
「ていうかさ、じゃあ、私も武尊って呼んでいい??」
当然のように、山田は二階堂に向き直った。
「私のこと優実って呼んでいいからさ」
「じゃあ、私も武尊って呼ぶわ。あかりって呼んでね?武尊」
ふふふと本川は楽しそうに笑った。山田も本川も少々癖があるが十分に美少女だ。次から次に少年たちのあこがれる少女たちと二階堂は距離を詰めていた。
「本当、たくさんの男たちが泣いてるのが目に浮かぶわ~」
自分も泣かせているとは知らずに本川は笑う。―いや、彼女の場合分かってやっている可能性も十二分にあり得る。そこが良いと言う男子もいる。
「たくさんの男が一斉に泣くの?それおもしろすぎ」
何も面白くない!何人かは耐え切れずに机に突っ伏した。それをちらと横目で見ながらあかりが笑った。
「―まあ、何があったかはお昼休みの楽しみにしてるわ」
そう言ったのと、担任の斉藤がいつも通り手をぱんぱんと鳴らしながら入ってきたのは同時だった。
「ほら席に着けー。・・・どうした?なんか辛気臭いぞ?」
「じゃ、千穂のこと頼んだわよ」
飯島は3人にそう言伝して足早に教室から出て行ってしまった。
※
千穂はゆらゆらと揺れていた。教科は英語。無事に本物の本間が授業をしている。
―でも、どっちの本間でも眠い
千穂はカクンカクンと本格的に揺れ始めた。当然、隣の武尊は寝ている。それがうらやましくてならない。
さっきのさっきまで、二人は授業中なのに携帯でやり取りをしていた。千穂が本物の本間に驚いていたからだった。
『あの二人は自分たちの力に自信があった。認識を曲げる力で本間として侵入して、最後には高野原千穂はいなかったことにして元の本間に戻すって魂胆だったんだろうね』
『私、いなかったことにされるところだったの?』
『そうだよ。たぶんね』
『なんでそんなことするの?』
『自分たちがすごいって見せつけるためだよ』
『そんなことのために?』
本物の本間は殺されているんじゃないかと千穂は内心心配していたのだ。それがどうやら自分たちの力を見せつけるために生かしておいたという。
『それがあの二人には、特に弟のほうには大事だったんだよ』
『変なの』
『そんな感覚分からなくていいよ』
武尊はそんな言葉で締めくくった。
―そうなんだ。
そう考えていたら、結局授業の流れを見失い今の状況に至る。
―そういえば、人が死んだという話も聞かないな。
―教頭先生がどうにかするって言ってたっけ。どう片付けたんだろう。
考えれば考えるほど眠くなってくる。
―大人が考えていることは分からない。
そう思ったのと意識が途切れたのは同時だった。




