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 実害4

「兄ちゃんさあ」


 お留守番組の樹は千穂とテレビゲームに勤しむ啓太に話しかけた。レーシングゲームで千穂に勝利を収めた啓太は、利き腕を突きあげながら振り向いた。


「なんだ?」

「壱華が武尊と二人きりで気にならないの?」

「は?」


何でだ?とその顔には書いてあった。樹はため息をついた。


「武尊、普通にかっこいいじゃん。二人でいたら、壱華、武尊のこと好きになっちゃうかもよ」


そう言えば、きょとんとした顔で啓太は爆弾を投げた。


「でも、武尊が好きなのは千穂だろ?」

「え?!」

「は!?」


千穂と樹は大声で困惑を表現した。


「なんで?武尊は別に私のこと好きじゃないよ?てか、壱華ちゃんの方がタイプって言ってたって大島が言ってた」

「は!?」


今度は啓太が大声を上げた。


「やばいじゃん!両想いコースじゃん!!」

「待て、それは待て!」


待て待てと啓太は腕を前に突き出して、空いている手で顔を押さえた。しばし黙った後、


「今は仕方ない。どう考えても、あのタッグが今の状況最強だろう」


うん、そうだ、これはいうなれば仕事だ、ただの仕事だ。と啓太はぶつぶつと繰り返し始めた。これはだめだと樹はあきらめた。


―ナンパされた時も面倒だったのだ。これ以上面倒にすることもあるまい。そう判断して言った。


「とにかく、二人とも無事に帰ってきたらいいね」

「ね!」


まさか、顔を食われた本人に会っているとは全く思っていない二人なのであった。



磯崎茜の部屋を出ると、武尊の霊力に当てられないようぱらぱらと距離をとって妖が姿を見せた。


「どうした」


何か言いたげな目に、武尊は問いかけた。


「あの幽霊、そろそろやばい」

「あと数日で本当に落ちちまう」

「落ちたらどうなるの?」

「人も俺たちもかまわず食べまくるぜ、あいつ」

「顔がとかじゃなくて」

「俺たち食われたくないよ」

「どうにかしてくれよ」


―これが約束の代償か

―武尊たちは情報を貰う、その代わりに強いものから守る。それが約束だ。


「分かった、どうにかする」

「頼んだぞ?」

「本当の本当にどうにかしてくれよ?」

「分かったよ」

「あいつがどこにいるか知らない?」


姿を消そうとする妖に、壱華が声をかける。妖たちは足を止めて何やらひそひそと話し合うと答えた。


「よく分からない。ただ、お前たちがいる場所と、その上とか下によくいる」

「やっぱり中等部か高等部あたりをふらついているのね」

「同年代から顔を奪おうとしているんだろうね」

「初等部は幼すぎるのね」


だから樹は噂されていないと言ったのだ。啓太はもとより興味がないので噂されていることにも気づかないだろう。


「今日は遅い。いったん戻ろう」


 そう言って戻った壱華と千穂の部屋では、どうしても啓太にゲームに勝てない千穂が半泣きでコントローラーをクッションに投げつけていた。その平和さに、二人はため息をついた。



 反対派の存在と幽霊の存在。千穂を狙う存在は一つではない。そして、幽霊は一層悪霊化しつつあるという。


「その情報信じていいの?」

「かなり切羽詰まってたから、本当だと思うよ」


樹の質問に武尊が答える。ふむ、と樹は考え込んだ。


「で、幽霊は確かに千穂を狙っているし、その幽霊は悪霊化しようとしている」


一度黙ってから樹は顔を上げた。


「俺か、兄ちゃんか、幽霊討伐部隊に入った方がいいかもね」

「じゃあ、啓太をもらおうかな」

「なんで啓太なの?」


千穂がクッションを抱きしめながら首を傾げる。


「樹の方がしっかりしてるし、啓太の方が足が速いから」

「あの幽霊、逃げ足速いのよね」


はあ、と壱華は頭痛でもするのか額を押さえた。


「じゃあ、俺は全速力で幽霊を追いかけて切ればいいんだな」

「まあ、それを期待している」


武尊は頷いた。


「この部屋って、壱華が結界を張ってるんだよね?」


武尊がそう問いかける。


「ええ」


壱華は首肯する。


「でも、カラスがどれくらい強いか分からない。ここが手薄になるのはあっちにとって好機かもしれない。樹は召喚できるならあの鳥と狼を呼んでおいた方がいいかも」

「分かった」


樹は神妙に頷いた。


「じゃあ、明日は頼んだよ」


武尊は樹の頭をポンポンと軽く叩いた。


「俺、そんなに子供じゃないよ」

「ごめんごめん」


手を払うか迷って、樹は心情を口で伝えることにした。武尊は苦笑いしながら手をひっこめた。


―まあ、悪い気はしないけど。


武尊だし。と思わないではない。


―難しいな。


やっぱりまだ自分は子供なのかもしれないと樹は思った。



―言霊だ


 壱華はそう思った。


武尊は思いこんだだけだと言った。思い込みがとれたから顔はきれいになったのだと言った。けれど、壱華は違うと思った。


「あんな傷が、たかが幽霊と人間の思い込みでできるはずがない」


ぎりと壱華は爪を噛む。しかしすぐに気づいて手を下げる。


―この癖、直さないと。


ため息をつきながらそんなことを思う。うつむいた顔のまま視線を上げる。机の上にある鏡に自分の顔が映っていた。長い髪が顔を覆っていて、まるであの幽霊のようだと思った。


鏡を掴んで引き寄せる。長い髪をどけると、鏡に傷一つない白い肌が映った。これに、あの火傷跡がついたとしたら―。ぞっとして鏡を押しやる。


「あの時、食べられなくてよかった」


ぽつりとこぼした。


「って、そうじゃなくて!」


あれは確かに霊障だった。それを武尊は自分の言霊で上書きしてしまった。


―きれいな肌だと言っていた。跡なんて無いって。


でも、確かに火傷跡はあって、武尊がそう言った時も火傷跡はあった。


―もし、あの傷が消えなかったらどうするつもりだったのかしら。


壱華は机に肘をついて考える。


「自棄で言ったわけじゃなさそうだったし」


つくづく考えが読めない人間だと壱華は思った。


「強いって、すごいのね」


言霊一つで霊障を解決してしまった。傷などないと言霊が乗せられた言葉は、きれいに彼女から傷を取り去った。


「頼りになると言ったらいいのか、恐ろしいと言ったらいいのか」


壱華ははあ、っと息を吐きだした。


「―もう寝よう」


考えるだけ無駄だ。きっとあれは言霊だと言っても武尊は分からないだろうし、この情報を今更共有する必要もないだろうし、さっさと寝ようと壱華は判断した。


 どさっとベッドに倒れこむ。頭の上にあるリモコンに手を伸ばして、壱華は自室の電気を消した。


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