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 実害3

 顔を食べられたのは、高等部三年の磯崎茜いそざきあかねという少女だった。苦痛でしかないと分かりながらも、武尊と壱華は彼女に顔を取られた時のことを聞き出そうとした。


「後ろから抱き着いてきて、顔を頂戴って言われて、白い冷たい手で顔を掴まれたの。そしたら、裂けたみたいに大きく開いた口で噛みついてきて―」


ごくりと茜は意を決したようにつばを飲み込むと、顔を上げて髪をどけて見せた。二人は息を飲んだ。彼女の顔にも火傷と思われる跡があったからだ。


―あいつと同じ場所だ


武尊は幽霊の顔にあった火傷を思い出した。


「こんな顔になっちゃって」


茜は再び俯き両手で顔を押さえた。我慢できなくなり、涙を流す。その背を壱華が優しくさすった。


「幽霊は確かに、顔を頂戴って言ったんだよね?」

「ええ、そうよ」


肩を揺らしながら茜は答えた。


―だったらおかしい


武尊は考え込んだ。


―あいつはいつも顔をくれと言う


あげたものは無くなるものだ。だったら、顔を奪われたのなら顔が無くなるはずなのだ。しかし、彼女の顔は無くなるどころか火傷跡が加えられている。


―おかしい


武尊は思考する。顔が入れ替わったのならまだ話は分かる。けれど、幽霊の顔にはまだ傷があった。入れ替わってもいない。だったら―。


―顔は取られていないのかもしれない


そう考えて、武尊は問いかけた。


「触ってもいい?」

「っ!・・・・ええ、いいわよ」


茜は一瞬息を飲んだが、逡巡した後一つこくんと頷いた。許しを得て、武尊は茜の顔にそっと触れた。かさかさと、固い感触が伝わってきた。


「痛くはないの?」

「・・・痛くはないわ」

「そう」


そうなんだ、と武尊は体を茜から離すと考え込む。その沈黙に、茜は不安になって震える声で問いかける。


「治るわよね」

「それは」


壱華は言い淀む。それに対して武尊は至極当然だとでも言うような声で言った。


「治ると思う」

「どうして?」


自分で訊いておきながら、茜はその言葉を疑ってしまう。武尊は考える風に軽く手を口元に当てながら、茜も壱華も見ずに続ける。


「あの幽霊は顔をくれと言う。でもあんたの顔は奪われたわけじゃない。むしろ火傷の跡を追加された状況だ。足されたものが取れればあんたの顔は元に戻る」


と思う。と武尊は締めくくった。


「じゃあ早く!」

「まだ解決方法が分からないんだ」


うーんと武尊は唸った。そして口元に当てていた手をゆっくりとまた茜の顔に伸ばした。


「っ!」


その行為にびくりと茜は震えたが、武尊は気にせずまた火傷跡に触れた。そしてぽつりとつぶやく。


「これ、本当にあるのかな」

「何言って」

「だって、あいつはきれいな顔を欲しがっているだけで、きれいな顔を傷つけることを目的とはしていない。そしてあんたの顔をあいつは食った気になっているけど、顔の火傷跡は消えてはいなかった」


武尊は一度口を閉じると、信じられないことを口にした。


「本当は、この傷、ないんじゃないかな」

「何言ってるのよ!」


もう!と茜は武尊の体を押して手ごと距離を取った。


「武尊!」


言葉に気を付けてと、壱華は視線で告げる。武尊は何度か瞬きをした後、茜の顔を見た。茜は怒っていた。それにぽつりと謝罪をこぼす。


「ごめん」

「もういいわよ!」


―こんなに態度が大きいなんて聞いてない。


それが茜の本音だった。連絡を取ってきた本川あかりという少女は、力になれるかもしれないと言ってこの少年を紹介してきた。二つ年下の一年生だ。敬語もまともに使えない、そしてしまいにはこの傷が気のせいだと言ってきた。それに茜の堪忍袋の緒が切れた。


「もう、何なのよ」


ジワリと涙がにじんでくる。こんな人間に頼ろうとした自分が情けなくなってくる。


「もういいわよ。帰って」


ひくりひくりと肩が震え出す。やっぱり人に頼ろうとしたのが間違いだったのだ。これなら病院に行った方が速いと茜は思った。しかし、同時に絶望にも襲われる。病院に行くとしてなんと説明すればいいのか。そして本当に治るのか。そんなことを考えていると、また武尊から質問が飛んできた。


「写真ない?できるだけ最近の」


この期に及んでまだそんなことを言い出すかと茜は鬱陶しく思った。しかし、病院に行くことを想像してくじけていた心が、写真くらいなら見せていいかと武尊に光を見出す。


茜は、友達と撮ったプリクラの画像を携帯に映し出して見せた。武尊はそれを手に取るとじっと見つめる。画面には、白いきれいな肌をした茜が映っていた。画面とにらめっこする武尊をじっと見ていた茜は、その視線が自分の顔に向いて体をこわばらせる。そして、また前髪を掻き上げる。茜が逃げる前に、武尊は言った。


「ほら、きれいな肌だ」

「え?何言って」

「この写真と同じ、あんたの肌には火傷なんてない」

「嘘よ!あなたも見てるでしょう!?」

「俺のこと信じて。俺は、嘘はつかないよ」


まっすぐな瞳に、茜は息を飲む。そして俯いた。そんな目で言われたら、信じてみようかと思ってしまう。どうせ、何もしなければ顔はこのままなのだから。


「自分で触ってみなよ」


そう促され、茜は自分の手を顔に伸ばした。そろそろと触れていく。指は震えていた。


「あっ!」


壱華が驚きの声をあげる。茜が触れた所から肌がきれいになっていったのだ。


「嘘・・・・」


茜もその感触に驚いていた。


「あの幽霊は顔を奪えない。だから、あんたの顔も奪われてなんかない。火傷は幽霊と同じものだった。あいつが「頂戴」という言葉を使ったせいで、二人して顔を食った食われたと勘違いしてたんだ」

「じゃあ、あの幽霊は・・・・」

「自分でも気づいてないだろうね。食べたと本人も思ってる」


武尊は部屋を見渡して手鏡を見つけるとそれを茜に渡した。


「言ったでしょう?あんたの顔はきれいだって」


鏡に映ったのは見慣れた自分の顔だった。茜は嬉しさにまた涙を流した。


「本川、あかりって子が・・・・あなたたちならどうにかできるかもしれないって、言ってたから、藁を掴む思いで会ってみたけど、会って良かった」

「こっちも助かったよあいつのことが少し分かった」

「私たちに会うの嫌だったでしょう?でも会ってくれた。ありがとう」


壱華が震える背を撫でる。ふるふると茜は首を横に振った。


「後はあいつをどう捕まえるかだ」

武尊の瞳は燃え上がるように厳しかった。



「どうしてあの子娘一人連れてこれない!」


びくりと小鬼たちは肩を震わせる。


「だって、金色の使い手が側を離れないんだ。接触するのも無理だよ」

「金色の使い手がいないときはおっかない黒髪の女が一緒だし」

「俺達にはいたずらで精いっぱいだよ!」

「黙れ!ここで食われたいのか!!」


ひっと小鬼たちは身を寄せ合った。


 場所は体育館。武尊が言うところの反対派と、雑魚が一堂に会していた。反対派のボス―クマのような姿をした妖が吠えた。


「何が何でも連れて来い!俺が出向くなどあってはならない」


双子が消えてからこの熊はこの調子だ。自分をトップだと思い、他の妖を顎で使う。他にもちらほらと強いものも紛れているが、やはりこの熊が一番強い。


「そいつらには無理だ」


声が、降ってきた。ばさりと羽の音がする。上を向けば少女が一人浮いていた。


「お前は」


ぐるるると熊は唸った。初対面ではないらしい。


「私が連れてきてやろうか」


わざとらしく髪を払う。


「何怒ってるの?金色の使い手がいるんじゃそんな雑魚どもでも、あんたでも無理」

「愚弄するのか」

「本当のことだろう」


少女はにいっと笑った。


「別に、連れてきてやるから眷属になれなんて言わない。お前たちを眷属にするのはあきらめた。あのくだらない男にくれてやる」

「俺はあの男に下る気などないぞ」

「好きにすればいい。とりあえず、そうだな、明日の晩ここに連れてこよう」

「本当か」

「本当だよ」


少女は妖しく笑うとばさりと黒い翼を鳴らして消えた。



 体は焼け焦げてしまった。白い肌は黒くなり、長い自慢の黒髪はちりぢりになった。そんな息をしない自分の体を母親は泣いて抱きしめていた。


『どうして。こんな』


家族の中で自分だけが助からなかった火事だった。どこで火事にあったのかも覚えていない。ただ火事にあったことしか覚えていない。


 最期に家族が悲しんでくれるのは少し嬉しかった。愛されていると感じられたから。そして自分も同じくらい愛していたから。でも、一つだけ、胸に刺さって取れない棘がある。


『あんなにきれいな顔だったのに』

「きれいな、顔」


そっと触れてみる。そこには醜い火傷の跡があった。


「きれいにならないと」

「きれいになって、逝かないと」


そう、そうしないと、お母さんが泣くから。だから


「探さないと」

『何回やっても無駄だ』


―そんなはずない。あの女の顔じゃダメだっただけだ。別の女だったらきっときれいになる。


 感じている波動がある。他とは違うと明らかに主張してくる何かがある。それは、小さな少女だった。常に誰かと共にあり、手を出せない守られた少女。


「次は、あの子がいい」


そうつぶやきながら、名も忘れた幽霊はふらふらと廊下を歩いた。足元がずんと、黒くなった。


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