実害2
「とうとう被害者は出たと」
放課後の、部活動の時間も終わった廊下を歩きながら壱華は不機嫌そうに腕を組んだ。
―土日は優実に時間を拘束されていて動けなかったが、二人はあの幽霊を探し出して成仏させることをあきらめてはいなかった。壱華が襲われる可能性はさすがにほぼ皆無だろうが、別の誰かが襲われるかもしれない。そこを一気に叩くという乱暴な計画を立てた。
「噂だとね」
壱華の横を歩く武尊が頷く。
「噂が本当かあかりが調べてくれてる」
「本当に、情報収集がうまいのね」
「そっちは任せて俺たちは幽霊を探そう」
「ねえ武尊」
壱華は歩を止めて少し上にある武尊の顔を見上げる。
「もし、本当に顔を奪ったのだとしたら、その幽霊の目的は果たされたってことになるわよね」
「もう出てこないかもしれないって?」
「ええ」
武尊は壱華の隣に移動すると窓に背を預けた。
「でも、あいつの気配は確かに感じる」
「そうなの?」
壱華が当たりの気配を探り出す。それを見て取って武尊は言った。
「近場にはいないから分からないかも」
確かに壱華にはあの気配を感じ取ることはできなかった。
「気配を感じるっていうか、感じてはいるんだけど、一番はやっぱり剣がまだだって言ってくる。まだ千穂は安全じゃないって」
「そうなの」
大した剣だわ。と壱華はふうとため息をついた。そして視線を窓の外にやる。それはあの幽霊と遭遇した時と同じように、わずかに淵に橙が残っている少し気持ちの悪い空だった。
「きゃあああああああああああああああ!」
突如悲鳴が響き渡る。二人は顔を見合わせると声のした方へ走り出した。上の階。調理室があり、啓太たちの学年のいる階だ。ふたりとも階段を一段二段飛ばしで駆け上っていく。上がり切ると左右を見渡す。目標はすぐに見つかった。階段を上り切って左手に一人の女子生徒が座り込んでいて、それを抱えるように幽霊が腕を回していた。
「壱華!」
「了解!」
壱華が札を手に詠唱を始める。武尊はそれを認めてまた走り出した。幽霊が武尊の接近に気が付く。すると、するりと幽霊は女子生徒から離れた。
「逃がすか!」
そう吐き出した武尊の横を札が駆け抜けて行った。
「ぎゃああああああああああああ」
青い光が幽霊を縛る。その悲鳴に、女子生徒は一層縮こまった。
武尊は手を伸ばした。幽霊の胸ぐらを掴もうとしたが、幽霊も意地なのかぎらりと一にらみすると壱華の呪縛をふっとばして姿を消してしまった。
「くそっ!」
呪縛を壊した反動で強風が吹き荒れる。武尊は腕で顔をかばいながら幽霊が消えたその先を睨みつけていた。
「壱華!追うからその子を頼む」
「分かった!」
走り出した武尊の背から、大丈夫?と壱華の声が聞こえた。これであの女子生徒は大丈夫だろう。壱華の声に交じってばたばたと足音が聞こえた。女子生徒の悲鳴に人が集まってきたのかもしれない。しかし、今それは武尊にとって重要ではない。
―どこだ?どこに逃げた?
瞬間移動でもしたのだろうか、気配が追えない。
―あのカラス、もう動けるのか?
ところどころから視線を感じる。廊下をほぼ全力で走ったのだ。何事かと教室や廊下から視線が集まる。それにも合わせて苛立った時、
リン
それは、聞いたことのない剣の音だった。
「こっち、なのか?」
剣は上の階に行けと階段の前で武尊に命じた。武尊は言われた通り階段をまた駆け上がる。すると、ふらふらと点滅を繰り返しながら浮いている幽霊を見つけた。
「いた!」
武尊は走ってその細腕を掴んだ。ぐっと引っ張ると幽霊の体は武尊の方へと向いた。大きく揺れた髪の間から見えた顔には、酷い火傷があった。
「顔、奪ったんじゃなかったの?」
幽霊は恥ずかしいのか俯いて長い髪で顔を隠す。
「顔は取ったわよ。でも、治らなかった」
「じゃあ、なんでまた人を襲ってたの」
「きっと相性が悪かったのよ!今度こそうまくいく」
「何回やっても無駄だ」
「うるさい!ぽっと出の癖に!!」
またも強風が吹き上げる。武尊はその衝撃に手を放してしまった。
―しまった
そう思った時はすでに遅く、幽霊はまた姿をくらませてしまった。
「ちっ!」
舌打ちしたと同時に携帯が鳴る。あかりからだった。
「顔を取られた子、誰だか突き止めたわよ」
「―さすが」
武尊は笑ってそう答えた。




