5.実害1
月曜日、登校するが何事もなかったかのように挨拶をされ、挨拶を返し、いたって平和に昼休みに突入した。
「誰も覚えてないのかなってくらい普通だね」
「ちょっと気持ち悪いわね」
―でも、都合はいいわ。
眉根を寄せる優実に、そう思いながらあかりは頷いた。自然と声はひそひそとしたものになる。なぜって、あの鞄が浮いた事件はひとまずこの三人と隣にいる武尊だけの秘密ということになるからだ。忘れているなら思い出してもらう必要は一切ない。
「助かるー」
千穂はほっと息をついた。そんな千穂にあかりは口元が緩むのを感じた。同時にそんなにのんきでいいのかと心配になる。
切り札だと言われた。千穂を大切にしようとあかりは思っている。怪我をしないように、怖い思いをしないように。なぜここまで自分が真剣になるのか分からなかったけれど。
―そう言えば
この前の騒ぎの後も静かだったわね。
―人が死んだのに
大丈夫だと言ったのは誰だったか。確か教頭先生だった気がする。
―あの人、何をしたのかしら
―何ができるのかしら
そう考えれば、どこかうすら寒い気がしてきた。
「あかりちゃん?」
千穂に顔を覗き込まれる。
「どうしたー?顔が怖いぞー」
えい、と優実に頬をつつかれる。そんな二人にあかりは笑った。
「そんなことないわ。まあ、期末テストで二人が赤点取らなきゃいいなとは思ってたけど」
「そんな怖いこと言わないでよ~」
「補習にでもなったら最悪」
夏休み減るじゃん。と千穂と優実の反応は真逆だった。千穂は怯え、優実は憤っている。
「テストは青春に不要」
「あら。好きな人と一緒にお勉強なんて素敵じゃない?」
「私は一緒にスポーツ観戦とかしたい!勉強はいい!」
優実はやめたやめたと首を横に振る。そして千穂の方を向く。
「千穂は、好きな人と何がしたい?」
「え?えーと」
―好きな人・・・・・貴ちゃんかな?貴ちゃんとは何をしてたかな。
つきりと胸を痛めながら、千穂は夜空を埋め尽くすように輝いていた星を思い出す。
「星とか、一緒に見たりしたいな」
「案外ロマンチスト?」
「そんなんじゃなくて!地元は田舎だからよく星が見えるの!」
優実の言葉に千穂は叫んだ。もう!と言うのも忘れない。
はあ、と息をつくと、ふと気づくことがある。思い出すことがある。
―やっぱり見られてるんだよね
廊下から開いた扉や、窓からたくさんの小鬼レベルの妖が千穂を、あるいは武尊を見ている。もしかしたら優実やあかりも見ているかもしれない。
―危なくないかな?
危険は感じなかった。感じるのは好奇心だ。ただただ人が多い場所に閉じ込められた妖たちは、初めてこれだけの人間がいることに驚き、その行動が面白いのだろう。武尊がいるからか今まで身を潜めていたけれど、碧が話をつけたから安心して出回っているのだろう。
―変ないたずらしてなかったら良いけど
―というか、なんで碧が話を付けたはずなのに私は危ない目に合うの??
「うー」
「今度は千穂が難しい顔してる」
ぷに、と頬に優実の人差し指が刺さる。それに千穂ははっと思考の海から帰ってきた。
「してないよ」
「そんなに赤点怖い?」
「怖いよ~」
今から泣き出せそうなほど怖い。勉強は得意ではないのだ。運動も得意じゃないけれど。怖い怖いと騒いでいると耳に飛び込んでくる会話がある。
「ねぇねぇ、顔を欲しがってる幽霊の話知ってる?」
「ああ、火事で焼けただれちゃったから顔を頂戴って言ってくる奴?」
「そうそう、とうとう顔を取られた子、出ちゃったんだって~」
「え?マジで?」
「うん。顔が焼けたみたいにひきつっちゃってひどい顔になっちゃったんだって」
「ちなみに誰よ」
「そこまで知らないよ」
武尊とあかりは内心舌打ちした。武尊は未然に防げなかったことに、あかりはその情報を先に得ることができなかったことに。
「部活の帰りに取られちゃったんだって」
「こわーい」
「でも、これでもう顔をくれって言わなくなるんじゃない?」
「そうかもだけど、それじゃその女の子がかわいそう」
「でも、私たちに何ができるって言うの?そもそも本当か分からないのに」
「そうだけど」
そうして、話題は別の物に移って行った。
ちらりと武尊はあかりを見た。あかりはその視線に分かったとでも言うように頷いた。
武尊の側にいたせいか、千穂には何も起こらず平和な一日となった。




