お勉強会2
「思うんだけどさ」
勉強会二日目、優実がそう切り出した。
「あの、千穂の鞄が浮いちゃったのって何だったの?ポルターガイスト?」
目はノートと問題集に定められたままだが、痛いところを突いてくる。
「さあ、でも、鞄も無事戻ってきたし、いいんじゃないかしら」
あかりが話題を変えようと言外に告げる。武尊以外の四人はそのやり取りに冷や冷やしている。
「でもさ、教室だって騒いでたし、みんなの態度が変わらなかったら良いなって」
―そうか、その懸念があるのか
「えー私、無視とかされちゃうの?やだよー」
「もしそんなことになっても、私は千穂と仲良くするし、問題ないよ」
からからと優実は笑う。
「てか、そんなことになったら制裁してやらないとね」
あ、でも、千穂を独り占めするいい機会かもね、と舌をペロッと出して続ける。
「無言で圧力はかけとくよ、金曜の騒ぎは忘れろって」
武尊も武尊で恐ろしいことを言うが、なんだかそれに千穂はほっとする。
「あの時武尊がいればなー浮かした奴の姿見えたのになー」
本当大島ってタイミング悪い。と優実はうーんと伸びをしながら言った。
「千穂とかあかりは何か見えた?」
「なにも?」
千穂は首を横に振る。
「私も見えなかったわ」
実は、白いものが見えた気がしたあかりだったがそこは嘘をついておく。
―碧に体を貸したからかしら
だから、少し見えるようになっているのかもしれない。
「ねー武尊。武尊は何か感じたとかなかったの?」
優実が身を乗り出してダイニングテーブルの方を見やる。
「教室では何も感じなかったよ」
「教室では??」
優実が首をかしげる。
「玄関の外にうようよいるよ」
「今!?」
「そう、今」
「見てきていい?!」
「扉は開けちゃだめだよ。のぞき穴から見てみて」
「了解!!」
優実は立ち上がると軽やかにぱたぱたとリビングダイニングから出て行った。注意が見事に鞄から玄関外の妖に移る。
「優実もなかなか押しが強いわね」
ふーとあかりはため息をついた。
「あかりが言えたことじゃないよ」
「・・・今後は気を付けるわ」
その答えに、武尊はくすくすと笑った。
「でも、明日のみんなの反応は気になるわね」
あかりが復活して考え込む。
「明日にならないと分からないんだから」
気にするなと武尊は続ける。
「それより、千穂と優実と啓太のテストを心配した方がよっぽどいい」
「俺、今回はいける気がする!」
武尊の言葉に、ぐっと啓太は拳を握った。
「・・・・分かった。テスト範囲出たら教えて」
詰め込んであげるから。と武尊は冷たく笑った。
「・・・・・はい」
今度は遠慮するとは答えることはできなかった。
「よかった!これで兄ちゃんも赤点組から脱出だね!」
樹がそれはそれは嬉しそうに笑っていると、しょげた顔で優実が戻ってきた。
「何も見えなかった」
「優実、霊感とか無いでしょう?」
「無いけど!もしかしたら見えるのかなって思っちゃうじゃん!沙也加だって霊感ないのに見たって言うし!」
武尊もうようよいるって言ってたし!たくさんいるなら一匹くらい見えてもいいじゃん!と優実は机に突っ伏す。
「それは残念だったわね~」
よしよしと頭をあかりは撫でてやる。幼子をあやすようだ。
「勉強しないなら帰ってね」
「武尊が冷たい~」
「いつものことじゃない」
「えー」
優実は不満だと上体を起こした。
「もっと仲良いかと思ってた!」
冷たいんだなんて!
「優しいつもりも冷たいつもりもないよ」
「ならいいや」
どういいのかはさっぱりだが、優実はそれで満足らしい。おとなしく勉強に戻った。
―そう言えば、初めての偽本間兄弟による大群での襲撃のときも翌日は騒ぎになっていなかった。
そう思ったのは武尊と優実以外の五人。あかりは襲撃を直接見たわけではないが、騒ぎのわりに周りが落ち着きすぎているとは思っていたのだ。
―今回ももしかしたら
そう願わずにはいられなかった。
※
「ご主人様~」
またかとその男は笑った。ちょっと生徒たちの記憶をいじったのだ。それがこの使い魔は不服らしい。
「笑い事じゃありません」
「いいんだよ漆。私が好きでしたことなんだからね」
男はやっぱり笑っている。
「ご主人様はあいつらに対して甘すぎです!」
「でも、よろしくって貴昭に言われちゃってるからなぁ」
「あんな男の言うこと!守らなくていいんです!」
あんな失礼な人間の言うことなんて!と漆は少女の姿でご立腹だ。
「面白いじゃないか。面倒見てみるのもなかなか楽しいものだよ」
そう言って、さて、と男は話題を変えた。
「私は銀の器には関わるなと言ったんだけれどね?」
それにぎくっと漆は動きを止める。
「―まだあの子を狙っているのかい?だめだよ?あの子に関わったら飲み込まれてしまう。いくら漆が私の使い魔でもね」
あんなに大けがをして。と男は続ける。
「・・・・・はい」
分かりました。あんな奴ら、あいつらにくれてやります。としぶしぶと頷いた。
「いい子だね。―まあ、でも」
つと男は視線をずらした。唇が弧を描き、秀麗な笑みを見せる。
「今回までは見逃してあげよう。次からはだめだ。あの子の求心力に負けてしまうだろうからね」
その言葉に、少女はぱああっと顔を輝かせた。
「でも、気を付けるんだよ」
そう言って、男は漆の頭をなでるのだった。




