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Jackの末裔  作者: まみぃーのつぼ漬け
2/2

ボロアパートのジャック

一日が終わると、わたしとタクマは、めずらしくいっしょに下校した。

いつもはたがいの友達を連れだってバラバラに帰るのに、今日は自然にそうなってしまった。

学校の校門をぬけると、タクマは「今朝はマジで助かったぜ。サンキュー」と、お礼を言った。

わたしは「べつに助けたつもりないし、わたしも反対派だよ」と、そっけなく言う。

「ナイトランドへ行くのやめなよ、タクマ」

「イヤに決まってるじゃん」

タクマはまゆを寄せた。

「すっげーキレイなところだぜ? アオイも来たら気に入るって」

「でも、いつ、もどれなくなるか、わからないじゃない」

「バカだなあ。だいじょうぶだって」

 わたしはあきれ返った。

「ねえ、やっぱりつき飛ばされた時に、頭とかぶったんじゃないの?」

「ちげぇよ。オレにはわかるんだ。『ジャック』っていいやつだよ」

「どうしてわかるの?」

「なんとなくだよ。なんとなく」

 こっちの心配をよそに、タクマは新しいおもちゃを見つけたような、はずんだ口調で言う。

 わたしはあの手この手でタクマを説得しようとした。けれどタクマはあっさりと笑って、「だいじょうぶ」に「絶対」までつけてくる。

 あまりに腹が立って、我に返った。もう、垣根にとりかこまれた十字路にたどりついている。

右に行けばタクマの家で、左に行けばわたしの家だ。

タクマはわたしに、こんしんの「だいじょうぶ!」を言ってのけると、「じゃあな!」と手をふり、自分の家のある方へ行ってしまった。

もう知らない!

わたしはべーと舌を出し、見捨ててやるように、そっぽをむいた。


わたしの家は、最寄り駅の地下道をくぐった北側にある。田舎か都会かといえば、田舎寄りだけど、駅前の商店街は、人通りもそこそこある。

昔ながらの布団屋さんや床屋さんのあいだには、かわいらしい雑貨屋もあって、おしゃれだし、かわいいし、わたしもよく重宝していた。

今はハロウィンのオレンジと黒色の配色がよく目立っていた。

わたしは駅うらにまわると、ロータリーをぬけて、シンプルな住宅街を歩いた。しゃれたアパートと、ささやかな高さのマンションを通り過ぎる。

我が家は、その先のオンボロアパートの横にある。

すれちがう人に頭を下げながら歩き、家の近くまでくると、むかいから背の高い男の人がやってきた。

やけに肌の白い人だと思ったら、外国人だった。

高校生くらいに見える。洗いざらいの白いシャツを着て、手には紙ふくろを持っていた。

栗色のやわらかそうな髪の毛の下には、ガラス玉をうめこんだような青いひとみがある。

ふいに外国人と目があった。

わたしはあわてて視線をはずし、自分の家の前で止まった。するとなぜか外国人もわたしの家の前で歩みをやめてしまった。

わたしはびっくりして外国人を見あげた。

外国人もわたしをしげしげとながめ、わたしの家に視線をうつすと、やわらかくほほ笑み、また視線をこちらにもどした。

「こんにちは。この家の人?」

なめらかな日本語だった。

わたしは「そうです……」とこわごわうなずいた。

「お父さんかお母さん、いる?」

外国人は大きな一歩でこちらに近づいた。

わたしは身をすくませながら、かすれた声で「呼んできます」と言って、家の門をくぐった。

玄関のドアをあけて、お母さんを呼ぶと、リビングから「ただいまを先に言いなさいよ」ととおる声が飛んできた。

「ただいま。お母さん、お客さん!」

 言い直すと、お母さんは目を丸くしながら、リビングから顔を出した。手ぐしで髪を整えながら小走りでやってくる。

 外国人は笑みをくずさないまま、門をくぐり、家に入ってきた。

お母さんもおどろいているみたいだった。それくらい外国人が家をたずねてくるきかいなんて、ないのだ。

外国人は「こんにちは」と言って、頭を下げた。

「おとなりのアパートに引っ越してきた者です。ジャック・ウォードと言います」

「ジャック!? 」

 わたしはあわてて口をつぐんだ。

学校で、ずっと通り魔の『ジャック』の話ばかりしていたせいだ。

ジャック・ウォードと名乗った外国人は「ありきたりな名前でしょ?」とわたしにウインクをよこしてから、お母さんにむきなおった。

「おれの部屋の窓と換気扇が、お宅の窓とくっつくような位置にあるんです。うるさくなりますが、よろしくお願いします」

そう言って、白い紙袋をお母さんにさし出した。商店街にある和菓子屋さんの名前が印刷されている。

「まあ、ごていねいに」

 お母さんはうやうやしく紙袋を受けとった。

「この子の部屋の窓なんですけど……。まあ、勉強に集中するタイプじゃないので、お気づかいなく」

わたしがあわてて頭を下げると、ジャック・ウォードは「うるさかったら、教えて」と言った。

 まるでソファーにくつろいでいるような表情をしていて、わたしはぎゃくに緊張しっぱなしだ。これではどちらが家の住人なのかわからない。

ちょっとだけイヤな気分になった。

わたしはくつをぬぐタイミングものがして、お母さんとジャック・ウォードのやりとりをながめていた。

すると妹のイノリが大きな足音を鳴らして、かけてきた。

「おかあさん、だれがきたのー?」

イノリは幼稚園の制服を着たまま、お母さんの足にからみつくと、ぶえんりょにジャック・ウォードを見た。

「やあ、こんにちは。となりに引っ越してきたんだ。よろしくね」

 ジャック・ウォードは背中を丸めて、あいそよくイノリとあくしゅした。

イノリは「おっきい!」と正直な感想を言って、それから「じゃあね。これあげる!」とポケットから、乱雑に作られた折り紙をとりだした。

オレンジ色の……、たぶんハロウィンのカボチャだ。目と口がクレヨンでアンバランスにぬりつぶされている。

「すごい。よくできているね。ありがとう」

 ジャック・ウォードはだいじそうに折り紙を受けとると、もう一度「よろしくお願いします」とおじぎをして、笑みを絶やさないまま玄関から出ていった。

お母さんが紙ぶくろを見ながら、にへぇと、ほおをゆるめた。

「すごくかっこいいわね。それにすごくいい子」

「知らないよ。そんなの」 

「わざわざお菓子をもって、あいさつしに来てくれたのよ」

「近所のみやこ屋さんじゃん」

お母さんが「あんた。かわいくないわよ」としてきする。

「……でもさ。あの人、どうしてあんな古いアパートに住むの?」

 お母さんは感心なさそうに「さあ?」と言った。

「ほかに空きがなかったんでしょ? ここって交通のべんがいいし、人気なのよ」

わたしは「ふーん」と言って、ランドセルを玄関におくと「ちょっと偵察してくるー」と庭に出た。

「ち失礼なことはやめなさいよ!」とお母さんが注意した。

わたしはお母さんをムシして、門のかげから、ジャック・ウォードの背中をぬすみ見た。

 ジャック・ウォードはゆったりとした歩調で歩いていた。そしてイノリの折り紙を、おもむろに顔によせると、マジマジと見て、指のすきまからハラリと落とした。

わたしは思わず「うわ……」と、声をもらした。

ジャック・ウォードがいなくなるのをまって、折り紙の落ちた場所まで走ると、側溝の穴をのぞいた。

イノリの折り紙が転がっていた。運悪く、泥の岸辺に引っかかっている。

ここらへんって、イノリがしょっちゅうのぞきこんで遊んでいるのに。百パーセント見つかる。

わたしはあわてて、家の物置から朝顔を育てるために使った花の支柱を持ってくると、側溝のすきまにつっこんだ。泥と水を引っかき回して、どうにか折り紙を見えないところへ押しやる。

作業を完了すると、庭先からお母さんの声が飛んだ。いそいで支柱を物置にもどし、そ知らぬ顔をとりつくろって家にもどった。

お母さんが仁王立ちして、待ちかまえていた。

「ちょっと! 盗み見なんて、失礼なことはやめなさい」

「べつにバレてないよ」

「それでも失礼でしょう。絶対やめなさいよ」

「はーい」

 わたしはてきとうに返事をして、床に転がったランドセルを拾い上げると、自分の部屋にもどった。

部屋に入ると聞きなれない音がした。勉強机の前にある窓を見ると、ジャック・ウォードのいる部屋の換気扇が苦しそうにまわっている。

 ブォーン、ブォーン、ブォーン。

……うるさい。

 バカ。

リビングにもどると、ジャック・ウォードからもらったみやこ屋のおまんじゅうをおやつ代わりに食べた。

おまんじゅうのうす皮の部分をかじる。おいしいと思いながら、まずい、泥だんご、と頭の中でののしった。

イライラしながらいっきにかぶりつくと、お母さんが「そうだ」とわたしを見た。

「今日、タクマくんが登校して来たんでしょ? どうだった?」

「ふつうに元気。ひょっとしたらいつもより元気かも」

 お母さんはホッとした顔をして、「さすがタクマくんね」と笑った。

「あの子、昔から立ち直りが早いのよ」

「立ち直ると言うか、三歩、歩けば忘れるんだよ。にわとりみたいに」

わたしはジュースを飲みながら「そうそう」と続ける。

「通り魔がね。タクマに『おれはジャックだ』って名乗ったらしいよ。犯人って、ボロアバ―トに引っ越してきた人じゃない?」

 そう言うとお母さんは「ばかねぇ」とイヤそうに言った。

「本名をわざわざ名乗るわけないでしょ。それに、あんないい子が通り魔なんてするわけないじゃない」

わたしは「いい人だと思う?」とたずねた。お母さんはあたり前でしょ? って顔をした。



 その日の夜は、なかなか寝つけなかった。

 タクマの顔と、側溝の奥に押しやられたかわいそうな折り紙が、頭の中をぐるぐると回った。

タクマもお母さんも「ジャック」って名前の人間を「いいやつ」、「いい人」って言う。

でも、わたしは、大きらい。

わたしは布団の中でうつぶせになると、ため息をついて、寝返りを打った。



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