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赤き破壊の魔女と踊れ  作者: 氷魚彰人/慧一
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瓶底眼鏡ちゃん

 剣術師学校と併設され建てられた魔術師学校。

 小中高一貫で、東の塔を小等部。西の塔を中等部。中央を高等部としている。

 普段なら他の塔へ行き交う事は無いが、学園祭を前に小中高の生徒が入り乱れ作業にあたっていた。

 そんな中。一人の生徒が飾り付けに使うであろう装飾品の入った箱を抱え歩いていた。

 魔術師学校中等部女子用の制服に身を包んだその者の髪は茶色く顔を覆うように無造作に伸ばされている。

 視界の邪魔でしかないような丸い瓶底眼鏡を掛け、顔の半分を覆うマスクをしている為、容姿の程は分からない。

 術師学校には傷や刻まれた術式を隠す為のマスクや眼帯などを着用している者が多くいる。容姿不明の者など珍しくもない為誰一人として瓶底眼鏡の生徒の事等気にも留めない。

 皆の無関心に胸を撫で下ろしつつ、嫌な汗を掻きながら目的の人物を捜し求め校内を進みながら瓶底眼鏡の生徒は思う。

 何故こんな事になってしまったのかと……。



 白銀の美少年イグルと邂逅かいこうしたその夜。

 何時も通り稽古を行い、食事を終え、自室に戻ると自然と溜息が零れた。


「恋わずらいか?」


 部屋の明りも点けず部屋に置かれたソファにゆったりと全身を預け寛いでいる赤毛のメイドに問われ、アークは再び溜息を漏らした。


「違いますよ」

「そうか? 稽古中もずっと心此処に在らずって感じだったぞ」


 確かに、イグルの残像と謎の言葉が胸に残り集中を欠いていたかもしれない。


「すみません」

「謝れと言ってない。溜息の理由を聞いている」

「何でもありません」

「何でもないのに貴様はあんな腑抜けた剣を振るうのか?」

「すみません」


 集中を欠いていた事への謝罪であったが、ヴェロニカはそれを恋わずらいの肯定と捉え「修業に身を置く貴様が恋愛など十年早い。今直ぐ告白をして玉砕して来い。そうすればわだかまりも消え稽古に集中出来るだろう」と無茶な要求をした。

 アークは慌てて訂正を入れようと口を開く。


「彼はそういうのではなく……」

「彼? 相手は男なのか?」

「ですから、違います。お願いですから話を聞いて下さい」


 あらぬ誤解を避ける為、仕方なく放課後の出来事を話す。するとヴェロニカは真剣な面持ちで言った。


「つまり貴様はそのイグルと言う少年のメイド服姿に心を奪われたのだな?」

「違います」


 即座に突っ込みを入れ、否定する。


「何をどう解釈したらそうなるんですか!?」

「何処をどう聞いてもそうとしかならんだろう」

「全然違います! 私は彼の危うさが気になるだけです」

「恋の始まりだな」


「そうかそうか」と頷き、一人で勝手に納得し「思春期は多感だからな。色々あるな」と独り言を零す。

 この勘違いをそののままにしては拙い事になると本能で察したアークは必死に説明してみせるものの納得は得られず、容赦ない命令が突き付けられる事となった。


「恋でも何でも良いから、明日告白して来い。これは決定事項だ。異論は無いな」

「は? いえ、あの……」


 ソファから立ち上がり仁王立ちでそう言い放つヴェロニカに戸惑いの目で見ていると更に恐ろしい言葉が続いた。


「結果報告はレポートにて提出。因みにこの命令が執行されない場合、イグルを拉致し、告白するまで貴様共々結界を張った部屋に監禁するからな」

「なっ! 何無茶な事を言っているんですか!」

「何が無茶か。告白し、その結果をレポートにまとめて提出するだけだろう」


 一時間もあれば出来る事だと言う。

 確かに、告白とレポート提出自体は大して時間を要しないだろう。

 だが、そう言う事ではない。

 告白以前の問題だと訴えると赤毛のメイドは巨体を再びソファへと沈めた。


「気になるんだろ?」

「はい」

「奴の事をもっと知りたいと思っているだろ?」

「そう…ですね」

「ならそう言えば言いだけじゃないか」


 これ以上ないくらい丁寧に答えを提示したが納得いかない様子のアークを手招きし、呼ぶ。

 眉が若干釣り上がった事からど突かれる覚悟で近寄る。

 すると腕を掴まれソファへと引き倒された。体勢を入れ替え、アークを押さえ込む形で金色の瞳が見下ろす。


「貴様の事が気になってしょうがない。大人しく全てを私の前へ晒せ」


 息が掛かる程に顔を近付けられ、傲慢な眼差しと蠱惑的こわくてきな笑みを向けられアークは身の危険を感じ鳥肌を立てた。


 ――た……食べられる!?


 当たり障りのない性教育しか受けていないアークには詳しい事は分からないが、何かとんでもない事をされる。

 今直ぐヴェロニカの腕から逃れなくてはいけない!

 そう思うのに緊張と恐怖で身体が動かない。


 ――今なら分かる。父の怯えの訳が。


 脂汗を浮かべ顔を引き攣らせていると、ヴェロニカは顔を奇妙に歪ませ、噴出した。


「なんてな」


 並みの男以上の巨体を退かせ、アークを解放する。


「あと十年もすればこのセリフで大概の人間を落とせるだろうが、如何せん今の貴様では迫力が足りんからな」

「へっ、変な冗談は止めて下さい! 本気で身の危険を感じましたよ」


 早鐘を打つ胸を押さえながら身を起こすと赤毛のメイドは悪戯っぽく笑った。


「まあ、子供は子供らしく正攻法でいいんじゃないのか」

「正攻法?」


 ヴェロニカは自分より一回り小さなアークの手を取り、口付ける。


「好きです。付き合ってください」


 ――付き合いたい訳ではありません。そして恋愛感情もありません。


 心の中で訂正をしたが、何を言っても無駄だと諦めたアークは疲れた笑顔を浮かべ「頑張ります」と小さく返答した。






 朝の日差しで目を覚まし、特訓へ向かうべくベッドから出た時だった。

 名ばかりの赤髪のメイドとは違い、アークの身の回りの世話を甲斐甲斐しくしているメイド二人が大きな荷物を持ってやって来た。

 メイド達が支度を手伝いに来るのは特訓後だというのに、どうしたのかと問うと、すらりと背が高く細身のメイドジェーンが答えた。


「ヴェロニカお姉様に聞きました。今日は告白大作戦なのですよね?」


 メイドとして十年も使えてくれているジェーンが何故数ヶ月前にやってきた新人メイドのヴェロニカをお姉様と呼ぶかも謎だが、それよりも何よりも告白大作戦とは一体なんなのかと説明を求めるつもりでジェーンの隣に立つもう一人のメイドリリンを見つめるが「アーク様が三国一の美少女になるお手伝いをさせて頂きます」などと予想外の言葉が飛び出し、アークは困惑した。


 ――美少女?


 全く話が見えないアークは事の発端。首謀者で間違いないヴェロニカを問い詰めようと扉へと向かうが、ノブに手を掛けるよりも早く細い四本の腕にがっしりと捕縛された。


「どちらへ?」


 何時もは清楚で穏やかな微笑を浮かべているジェーンの笑顔が妙におどろおどろしい。

 正直、怖い。


「私は可及的速やかに先生にお会いしなくてはいけません。放して下さい!」


 毅然と言い放つが、目を血走らせたメイド二人には無効だった。


「うふふっ。駄目ですよ」

「逃がしません」


 第六位の剣術師であるアークならば武術をかじった事の無いメイド数百人が束になって掛かって来ようと相手ではない。

 ないのだが、この時たった二人のメイドのえも言われぬ迫力に気圧されたアークはなす術も無くドレスルームへと強制連行されたのだった。






 ジェーンは家事全般を得意とし、細かな気遣いの出来る大変優秀なメイドである。

 地味ではあるが整った顔をし、細身である事からノエル家に使える術師や買い物先の店員など何人もの男性に好意を持たれている。

 そんな彼女が誰とも付き合わない事を不思議に思い、以前好奇心から訳を尋ねた事がある。

 すると返ってきた答えは「私の心の嫁はシュバルト様ですので」と意味不明の言葉だった。

 そして「三次元の心の嫁は勿論アーク様です」とこれまた意味不明の言葉が付け加えられた。

 後にジェーンの言っていたシュバルトがヴェグル国で出版されている英雄を題材とした小説の主人公である事が判明するものの、当時八歳だったアークにはやはり言葉の意味は分からず、益々謎を深めただけだった。


 現在十歳となったアークだが、ジェーンの「心の嫁」発言は未だに謎である。

 だが、恋人がいない理由はたった今、何となくだが分かった気がした。

 膝上二十センチのスカートと太腿まであるハイソックスとの間に存在する神秘的領域(生脚)との黄金比を職人さながらの真剣な眼差しで確認している姿が尋常ではない。

 ハッキリ言って恐ろしい。

 幾度となくチェックし、やっと納得がいったのか額の汗を拭うと一度距離を取り全体を確認すると感嘆の声を上げた。


「ああっ! なんて可愛らしいのでしょう!」


 胸まで垂らした茶色の髪。透き通るような白い肌。人形の様に整った顔に嵌め込まれた蒼氷色アイスブルーの瞳は輝き、頬は薔薇色に匂い立っている。女性物の服を身に付けている事から恥ずかしさでもじもじしているアークをジェーンは鼻息荒く興奮気味で見入った。

 両手を組み合わせ、全身をくねくねと踊らせながら「萌ェ! きましたよコレ」と謎の言葉を連呼している。

 確かな事は分からないが、ジェーンが重大な何かを抱えているのだと身を持って理解したアークはそっと視線をそらせた。

 真っ直ぐ見てはいけない気がして……。


「今のアーク様でしたらどんな殿方でもイチコロですわ」


 ――イチコロにする必要は無いです。


 心の中でそっと訂正する。


「アーク様、素敵過ぎて生唾が止まりません」


 引っ込み思案で言葉数の少ないリリンまでもがそんな事を言い出し、乾いた笑いを垂れ流していると迫力の巨体が現れた。


「随分と可愛らしい姿だな」


 楽しげに笑うヴェロニカを恨みがましい目で睨む。


「先生。彼女達に何を言ったんですか!」

「ん? 何。今日、男子生徒に告白する為に魔術師学校へ潜入するから、魔術師学校の生徒に見える様に変身させてやってくれと言っただけだぞ」


 確かに、魔術師学校の生徒に見える。

 見えるが……。


「ジェーン。私が女装する意味は何なのだ?」

「うふふっ。そ・れ・は……」

「「私達の趣味です」」


 二人のメイドにはっきりキッパリ言われ、脱力した。


「着替えます。男子用の制服を用意して下さい」

「そんなものはご用意していません」


 予想していた答えではあったが、眩暈を覚えその場にへたり込んだ。

 するとスカートの中が僅かに覗き、ジェーンの目が光った。


「アーク様。下着は何を履いておりますか?」

「え? 何時ものものだけど……」

「なりません!」


 そう言うと魔術師学校の制服が入っていた鞄を漁り、何かを手にし、戻ってきた。


「美少女の下着はイチゴの柄か水色と白のストライプ柄と決まっています!」

「は?」

「私の好みとしましてはストライプ柄ですが、アーク様がイチゴ柄をお好みでしたらイチゴ柄でもいいです」


 差し出された物は小さく愛らしいイチゴとストライプ柄の女性用下着であった。


「いや、その女性物の下着はちょっと……」

「ご安心下さい。女性物だと男性の大切な部分がはみ出してしまう事を懸念されるかと、処置は済ませております。ね、リリン」

「はい。徹夜で補修しました」


 さすがは気遣いのジェーンだと感心する反面、その気遣いは今はいりませんと心の中で断る。

 何故なら履きませんから。


「ジェーン、私は……」


 次に続く言葉を察してか力強く二種類の下着が突き付けられる。

 二者択一。

 それ以外の正解はないと言わんばかりに。


「後生ですからお履き替え下さい」

「一生に一度の願いをこんな事に使わないで下さい」

「良いじゃないか、下着くらい履き替えてやれよ。別に人に見せるものじゃないんだ。構わんだろ?」

「適当な事を言わないで下さい。あと、見せるものでないなら履き替える必要もないですよね!」

「いえいえ、アーク様。突風と言う予期せぬ事故で見られてしまう可能性が御座います。ですから……」

「見られる可能性があるなら余計に履きたくないです!!」


 断固として拒否する。

 するとそれまで黙ったままのリリンが口を開いた。


「あの、ブルマだったら大丈夫ですよね?」


 女性徒が体育の授業で履く紺色の体操着を差し出され、何がどう大丈夫なのか分からない。


「ああ、ブルマも捨てがたいですよね?」

「私的にはクマさんのパンツもありです」

「クマさんはツンデレさんにこそ履いて欲しい柄ですね。アーク様はツンデレではありませんので、やはりここはストライプ柄ですよ」


 メイド二人が何故かパンツについて熱く語っている。

 妙な熱気を帯びたこの場の空気にアークは身の危険を感じた。

 これ以上此処にいたら何か大切なものを失う。

 そんな予感が背中を駆け上がり、身震いする。

 今この場を迅速かつ確実に離脱する尤も有効な手段であるヴェロニカの腕を掴む。


「先生。学校へ行きましょう!」

「ん?」

「今が千載一遇の告白タイムだと私の信じる神が告げています!」

「んん?」


 パンツ論議に花を咲かせていたメイド二人はアークを逃すまいと手を伸ばすが、ヴェロニカを盾とし防御する。


「何をしているんです。今直ぐ、とっとと行きましょう!!」

「ん。ああ。貴様がそう言うなら行くか」


 絶世の美少女を肩に軽々と担ぐとベランダへと歩いて行く。


「待って下さい。ヴェロニカお姉様。パンツが…パンツがまだです!」


 聞くも恐ろしい制止の言葉に必死に訴える。


「先生。私は一分一秒でも早く彼に会いたいのです。お願いですから歩みを止めないで下さい」

「分かっている。そう急くな」


 宥める様にポンポンと尻を軽く叩かれ、小さな悲鳴を上げるとヴェロニカは楽しそうに笑った。

 上体を逸らし、メイド達を振り返ると「悪いな二人とも」と断り、そのままベランダに足を掛け、美少女を担いだまま赤毛のメイドは颯爽と飛び出して行った。

読んで頂き有難うございます。

明日の更新も0:00となります。

宜しくお願いします。

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