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赤き破壊の魔女と踊れ  作者: 氷魚彰人/慧一
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白銀のメイド

 強引にアーク付きのメイドという役職を手に入れたヴェロニカは剣術師学校以外の時間を散歩と称して海へ川へ山へと連れて行き、ボロボロになるまで叩きのめした。

 自称メイドのアークへの扱いが酷過ぎると執事長とメイド長から抗議を受けるが眼圧のみで黙らせ、ノエル家に使える剣・魔術師一団からも抗言を受けるがそれらは全て力で蹴散らされてしまった。

 これは保護者である自分が立ち上がるしかないと振るえる心に喝を入れ、赤髪の鬼神の前へ立ちはだかり、勇気を振り絞り息子の待遇改善を訴えた。

 だが、鬼神の無言の威圧によって壁まで追い詰められ勢い良く壁に腕を叩きつけられ、覆い被さるような体勢で「無理だ」と不適な笑みで返されるとテールスは「ですよね」と小声で零しそのまますごすごと引き下がるしかなかった。


 各種多方面から苦情が相次いだが、ヴェロニカは全てを無視しアークを鍛え上げた。その甲斐あって三ヶ月という短い期間で階位が一段上がり、アーク自身は自分の成長に満足していた。

 それを告げるとヴェロニカは鼻の先で笑った。


「第七位が六位になったからといってそれがなんだというんだ? 相手が第一位だとしたらそれ以下の階位は全て同じだ」


 にべもない。


「貴様は自分の力量外の問題は黙認するなんて器用なまねは出来ないんだろう? なら誰よりも強くなるしかないだろうが」


 ヴェロニカの言いは尤もだと、アークは鉛のように重い身体を起こし、剣を構える。


「もう一本お願いします」

「よし、掛かって来い」







 恒例となった朝の特訓を終え、ヴェロニカに問われた。


「私は王族でもなければ貴族でもない。権力を持たない私が今日まで捕らえられる事無く生きているか分かるか」


 そんなものは考えるまでもない。


「そんなの、先生が向かってくる者全てを返り討ちにしているからじゃないですか」

「そうだ。権力はあるに越した事は無いが、所詮それを認めるものにしか通用しない。話し合いなど何も解決しない。最後にものを言うのは力だけだ」

「ですが……」

「人にはそれぞれ独自のルールがあり、信じる正義がある。貴様の信じる正義と相反する正義を振りかざす者が現れた時、貴様はそれを力で捻じ伏せるしかない。そうだろ?」


 ヴェロニカの言いたい事は分かる。

 だが、力で全てを捻じ伏せるという考えは受け入れがたいアークは頷く事は出来なかった。







 剣術師学校へ向かう馬車の中、ヴェロニカの言葉を反芻し、考える。

 力とは…強さとは何かを。

 十貴族のひとつノエル家の嫡男として生まれたアークは物心ついた時には騎士となるべく教育がなされた。

 誰よりも強く正しくあれと育てられ、力の意味も分からぬまま修練に励んだ。

 父と母の喜ぶ顔が見たくて、良くやったと褒められるのが嬉しくてただそれだけの為に頑張った。

 小等部の頃はそれで良かった。

 だが、中等部へと進級し、着実に強き力を身に付けていく今はどうだろう。


 ――何故強くなるのか?

 ――力とは何か?


 ノエル家の人間としての勤めだから。立派な騎士となる為。困っている人を助ける為。愛するものを守る為。信じる正義を貫く為。

 これらは何時も胸にある事だ。

 だが、ウェロニカの言う立ちはだかる者を屈服させる為。己の正義を貫く為に相手の正義を捻じ伏せるのに必要なものと言うのは他者を踏み躙る事など考えた事も無いアークには理解しがたい。

 難問に頭を悩ませていると何時の間にか学校へと到着していた。







 結局。授業を受けている間中考えたが答えは得られず、気付けば放課後を迎えていた。

 日は傾きオレンジ色に染まった空の下、剣術師学校の屋根の上で寝そべり、思考する。

 父は言っていた。

 自分を悪と認識し悪を行うものは少ないと。

 悪を行うものは自分を正義と信じ、遂行するのだと。

 その場合正義と正義の戦いとなる。


 ――勝った方が正義で負けた方は悪となるのだろうか?

 ――だから自分の信じる正義を正義とする為に強くなるのだろうか?

 ――分からない。


 答えの出ない問題に悩み疲れ、これ以上迎えの馬車を待たせるのも申し訳ないと、思考を一時停止し帰る事を決めた。

 すると、考えに没頭するあまり耳に届かなかった音が入ってきた。

 部活に勤しむ者や下校中の者の声。そして何処からともなく下卑た笑いが耳に付き、身を起こし辺りを見渡した。

 剣術師学校と併設し建てられた魔術師学校の屋上に魔術師特有のローブを羽織った影が見え、目を凝らすとメイド服姿の少女一人を取り囲むように五人の男子生徒が居た。

 友達同士でふざけているのか、もしくは女生徒に対し不埒なまねをしようとしているのか状況が分からず、鷹の目の術式を使い視力を上げ、唇を読む事にする。

 男共は気持ち悪い笑みを浮かべ口々にからかいの言葉を並べ立て、仕舞いにはスカートをめくって見せろと要求している。

 卑劣な行いに怒りが抑えられずアークは空中に防御壁の術式を張り、それを足場とし魔術師学校へと向かった。


「おい。早くスカートをめくって見せろって」

「自分で出来ないようなら俺らが手伝ってやろうか?」


 男子生徒一人の手がスカートへと伸ばされ、アークは怒鳴りつけた。


「止めろ!」


 突如現れた乱入者に少女以外の視線が集まった。


「何だこのちび?」

「手前には関係ないだろう」

「外部の人間が勝手に入ってきてんじゃねーよ」


 自分達よりも一回り小さく、身に付けている制服と学年を現すネクタイの色で剣術師学校の中等部一年と判断した男子生徒達は羽虫でも追い払うように手を振って見せた。


「恥ずかしくないんですか。女生一人を五人で取り囲み、卑劣な要求をするなど、貴方達の道徳心はどちらの方向を向いているのですか!」


 アークの叱責を聞き、男子生徒五人は顔を奇妙に歪ませ、そして噴出した。


「女性?」

「ぎゃははっ」


 笑いの意味が分からず眉間の皺を深めると、下卑た笑いの意味を説明し出した。


「こいつこう見えても男だぜ」

「そうそう。嘘だと思うならパンツ下ろして確かめてみろよ」

「てか、イグルちゃん裸になって男だって証明してやれよ。クククッ」


 イグルと呼ばれた白銀の者を見る。

 魔術師学校に不似合いなメイド服に身を包み、ヘッドドレスと猫耳の飾りを付けている。胸まで伸ばされた白銀の髪。陶器のように透き通る肌に紫水晶の瞳。幼さを残した顔はどう見ても美少女にしか見えないが、男子生徒等の言葉と態度にイグルの容姿に対しての侮蔑を感じる事から白銀の者が男だというには本当なのだろう。

 だが……。


「彼が男であったとして、あなた方の卑劣な行いが許される訳ではありません」


 毅然とした態度でそう言い切るアークを前に、下品な笑い声は消え代わりに明らかな苛立ちを顔に浮かべていた。


「さっきからなんなんだよお前。一年のくせに生意気過ぎ」

「つーか何処の家のもんだよ。名前を言え」

「人に名を尋ねる時は先に名乗るのが礼儀でしょう。礼儀知らずに名乗る名などありません」

「あぁ? なんだと!」

「名乗らないんじゃなくて名乗れないんじゃねーか。生まれが卑し過ぎて」

「何々。イグルちゃんと同じく卑しい平民?」


 男子生徒達の言葉を聞き、ああ。なるほどと理解した。

 術師学校で一番重要視されるのは実力だが、それを持たない者は家柄や学年が上である事を誇示しなけなしのプライドを守る。

 平民が貴族に逆らう事などありえない。あってはならないと信じて疑わない連中は相手の力量を無視し権力で従わせようとするのだ。

 実力の世界でなんともさもしい者達だと溜息を吐くと、その所作に苛立ちを感じた男子生徒は眉を吊り上げた。


「さっきからいちいちムカつくんだよ!」


 一人が火炎系の無詠唱の術式を発動させる。

 すると他の四人もそれに続き火炎系の術式を放った。

 五人の術式はどれもが低位の為威力が弱く簡易防御壁でそれらを受け止めると、最初に術式を発動させた者へと向かった。


 五人の男子生徒にアークの動きを追えた者は居なかった。

 消えたと思った次の瞬間、リーダーである男が組み敷かれ、眼球すれすれにペンが突きつけられていた。


「動くなとは言いません。お好きにどうぞ。但し私よりも早く動ける自信があればですが」


 後方支援を得意とする魔術師が超近距離戦を得意とする反射神経の塊のような剣術師より早く動ける者は少ない。

 困った四人は組み敷かれているリーダーを窺い見ると、男は苦々しく言い放つ。


「こんなまねしてただで済むと思っているのか?」

「心配には及びません。私は十貴族の人間です」


 唯一の拠り所を砕く為にあえてそう告げるとリーダーである男はうろたえ。その他の者達はガタガタと震えだした。

 男達の反応から十貴族に属さない貴族である事は明白だった。

 ペンを突き付けていた手を外し、胸元から覗いていたカード式の学生証を引き出し、名前を確認すると男の上から退き、そのまま胸に学生証を落とす。


「ジェリド・ゾッド・シム。今回は見逃しますが、二度はありません」


 アークの言葉に怒りを覚えるが、実力家柄共に勝てぬと諦めた男達は「クソッ」と吐き捨てるとバタバタとその場を後にした。

 屋上に白銀の少年と二人きりになり、アークが声を掛けるよりも先に白銀の少年は歩き出した。

 アークに一瞥もくれる事無くその場を去ろうとする姿に慌てて手を伸ばす。


「待って!」


 手首を掴むと紫水晶の様な目が向けられた。

 感情を映さない冷たい瞳に見つめられ、掴んでいる手を離しそうになる。


「私はアーク・エス・ノエル。貴方の名は?」

「イグル・ダーナ」


 抑揚の無い静かな声だった。


「イグル。二点お聞きしたい。まず一点。その服は彼らに強要されたものですか?」


 白銀の少年は無表情のまま端的に答える。


「これは文化祭の出し物でクラス全員が着る物です。衣装合わせで着ました」

「そうですか」


 嫌がらせの為に無理矢理着せられたのではないと分かりそっと胸を撫で下ろす。


「二点目。貴方はあの五人よりも強い。なのに何故逃げる事も追い払う事もしなかったのですか?」

「ターゲット以外の人間を殺す事は許されていません」

「は?」

「二点答えました。もう、用はありませんね」


 そう言うと手首を返しアークの手を外すと視線を出入り口へと定め、足音ひとつ立てずに屋上を後にした。

 イグルの残した言葉の意味が分からず、アークは白銀の少年を飲み込んだ出入り口を見つめたまま暫くその場に立ち尽くした。

読んで頂き有難う御座います。

私の文章では分かり辛かったと思いますが、アークパパは壁ドン☆されたのでした。


明日の0:00に更新いたします。

宜しくお願いします。

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