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赤き破壊の魔女と踊れ  作者: 氷魚彰人/慧一
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保健室①

 あるじとは離れないとごねると思っていたが、魔術師学校の門の前でアークと大人しく別れ、何時もと変わらぬ様子で登校する姿をジェリドは不思議な面持ちで見た。

 離れて平気かとイグルに問うと、無機質な人形の様な少年は視線を合わせる事もせずに答えた。


「アーク様に自分の代わりに魔術師学校で学ぶよう命を受けています。背く事は許されていません」


 表情にも声にも感情は感じられないが、だからこそか、バカな質問をするなと言っているように聞こえた。

 自分が眠っている間に一体何があったのかといぶかしむが、訊いたところで答えはしないだろうとジェリドは肩を竦めた。


 雑木林に挟まれた校舎へと続く舗装路をイグル、ジェリド、ダート、トルカの四人が進んで行くと登校中の生徒……おもに女子生徒が近寄ってきた。

 ミルフィーやメリーから何か聞いたのか、顔を赤らめながらイグルへアークとの関係を質問するが当の本人は完全無視をし、代わりにジェリド達が「くだらない事を訊くな」「あっちへ行け」と追い払う。

 質問者は校舎に近付く程に増え、揉みくちゃ状態となり、中等部三年の教室に着くまでにイグルを除いた三人はすっかり疲れ果てていた。

 そこへ諸悪の根源であるピンクのツインテール頭のミルフィーと幼顔のメリー二人がやって来た。


「おやおや。朝から疲れた顔をしているね。大丈夫?」

「誰の所為だと思ってんだよ。ブス!」


 何時もと変わらないミルフィーの笑顔。それゆえに苛立ちを覚え暴言を吐く。

 するとミルフィーの隣に立っていたメリーに行き成り顔面を鷲掴まれた。


「あ? 誰がブスだって?」


 ギシギシみしみしと軋む頭蓋骨。

 ジェリドはメリーの腕を引き剥がそうと両手で掴むがビクともしない。それどころか五指の圧は強まるばかりだ。

 背は低く顔も幼い。一見して小等部の生徒にしか見えない小柄な少女の何処からこんな力が出てくるのか……。


「ごめんなさいは?」

「うるせぇメスゴリラ。離せ!」

「ごめんなさいは?」

「あだだだだっ!」


 そんな何時もの遣り取りを繰り広げていると、遅刻擦れ擦れで教室に着いたバークとトライルがジェリドのピンチに慌てて駆け寄るが、荒ぶる少女メリーの敵ではなく、返り討ちとされ終わった。


 一時間目を告げるチャイムと同時に教官が入室するした事でメリーのアイアンクローから解き放たれたジェリドは、痛むこめかみを摩りながら自分の席に着くき、三つ列を挟んだ斜め前の席を見るとイグルは既に勉強道具を机に並べ終え、姿勢正しく黒板を向いていた。

 授業中は放っておいても平気だろうとイグルから目を離し、ジェリドは座学の用意をした。


 退屈な座学の授業は一時間。また一時間と過ぎ、やっと午前の授業が終わったとジェリドが伸びをしているとイグルが近寄ってきた。

 見れば手にはアークに持たされたと思われる弁当がある。


「一緒に食うのか?」

「はい」


 その一言で教室中がざわめいた。

 これまで昼食時間になると何時の間にか姿を消し、何時の間にか席に戻っていたイグルが教室で食べる。

 この機会を逃してたまるものかと女子達はジェリドを蹴散らし、イグルの腕を掴むと女子の輪に連行しようとする。


「おい。そいつは俺等と食べるんだよ」

「駄目」

「はぁ?」

「イグルの初教室食べは私達女子が頂きます!」

「何言って……」

「どうしてもって言うなら、魔術師らしく力できなさい!」


 イグルを連行する二人は勿論、後ろに控えるクラス全員の女子の目に妙な熱が篭っている。


「ジェリド、諦めろ」


 右肩を掴み首を横に振るダートを見ていると、左肩に新たに手が置かれた。


「獲物を前にした女に男は勝てねぇーて」


 溜息混じりのバーク言葉にジェリドは一瞬言葉を失う。

 そうしている間にイグルは女子の輪に組み込まれてしまい、救出は不可能となった。







 昼食が終わり、教室中の生徒が午後の実技訓練の準備をしているとバタバタと廊下を走り、担当教官がやって来た。


「皆さん! ちょっとした手違いで、来月の予定だった交流戦が本日となりました!」


 訳が分からず呆然とする生徒を急かすように教官は手を叩く。


「惚けている場合ではありません。相手校は既に競技場に着いています。先生が三人がかりで皆さんを転移させますのでさっさと準備しましょう」


 教室中の生徒が一気に慌しく荷物をまとめる中、イグルは一人静かに教官へと近付いた。

 耳打ちするように話す姿を見ていると教官に呼ばれ、ジェリドは急いで駆け寄る。


「廊下へ」


 促されイグルと共に廊下に出ると教官がなにやら術式を呟き、あっと言う間にジェリド左手とイグルの右手が五十センチ程の鎖付き手錠で繋げられた。


「なっ! 何だよこれ!」

「交流戦不参加のペナルティです」

「はぁ? ちょっと待てよ!」

「私が戻るまで保健室で大人しく待っていなさい」

「いや、だから…」

「それでは時間がないので先生は行きます」


 踵を返し教室に戻る教官の背に呼びかけようとするが、イグルが腕を引いてそれを止める。


「行きましょう」

「行くって何処にだよ」

「保健室です」

「はぁ?」

「騒がない方がいい。こんな姿を見られたらまた冷やかされます」


 ジェリドは左手に付けられた手錠を見て舌打ちすると、身に付けていたローブを外し手錠を隠すようにして腕に掛け、荒々しく歩き出した。


「つーか、交流戦不参加って何だよ」

「私と貴方はここ数日の出来事で魔力の消耗とそれによる身体のダメージが残っています」


 確かに本調子に程遠い状態である。

 だからと言って不参加にする必要など無いだろうと眉を顰める。


「もしかして、アークの元に直ぐに駆けつけられない距離に行きたくないとかそういうふざけた理由じゃないよな?」

「それもあります」

「それもって、お前なぁ!」

「それよりも貴方が……」

「あぁ? 何だよ?」

「いえ。何でもありません」

「気持ち悪いな。最後まで言えよ!」

「行きましょう」

「行きましょうじゃねーよ!」






 すれ違う人に訝しげな目で見られながら一階にある保健室に辿り着くとノックもせずに扉を開いた。

 中にいたのは養護教諭ではなく、青色の短髪に目付きの悪い、高等部三年の制服を身に纏った男子生徒であった。

 中等部に身を置くジェリドやイグルにとって高等部の生徒は馴染みがないが、何かとお騒がせなアレイスターのお目付け役の一人。生徒会役員のジャックの顔と名前は記憶にあった。

 ジャックは読んでいた本を閉じると、目を細めるようにして二人を見た。


「何だお前等。仲良くサボリか?」

「それはあんただろ?」

「アホ抜かせ。養護教諭せんせいが引率で交流戦に行く事になったてんで、保健室ここの留守を生徒会として任されてんだよ」


 ジャックは教諭用の机から飛び降りると空中で一回転し、二人の前に降り立つとおもむろにジェリドの頭を鷲掴んだ。


「つーか、口の利き方を気を付けろよ中坊」


 顔を近づけ、睨みつけるジャックの目が細められる。


「…サボリの理由はこの匂いの所為か?」

「匂い?」


 意味が分からずジャックを見返すが、ジャックの視線はジェリドではなく隣に立つイグルに向けられていた。

 暫し答えを待つが、イグルに口を開く気配が無い事でジャックはジェリドへ視線を向け凝視する。

 視線の意味が分からず訝しんでいると、頭をグシャグシャと乱暴に撫でられた。


「まぁ、どうでもいいや。お前等一応具合悪いんだろ? そこのベッドで仲良く寝てろよ」


 顎で指し示された方を見れば、屋根うえの部分が三分の一斜め切りにされた大型の卵のような物体があった。


「何だよこれ」

「術具製作に色々捧げているイタイ奴が作った、寝ているだけで気力体力魔力が補われるスーパー術具『らくちん寝』だ。因みに生徒が作った物だから効能は程ほどだ」


「ひでぇネーミング……」

「俺が付けたんじゃねぇーよ。つーか、さっさと寝ろ」


 蹴飛ばされる形でジェリドがベッドへ倒され、それによって手錠で繋がれているイグルもベッドへと崩れ倒れた。


「痛ってぇ。つーか重い! イグル退け!」


 重なり合う様にしてベッドに横たわる二人を半笑い気味にジャックが見下ろす。


「不純同性交友禁止な。頼むから面倒は起こすなよ」

「キモイ事言ってんじゃねーよ!」

「はいはい。これ貸してやるから」


 何処からともなく取り出された枕を投げ込まれ、ジェリドはそれを顔面で受け止めた。


「痛ってぇな! 何だよこれ!」


「術具製作大好きな変態共の血と汗とあと良く分かんないもので作られた『いい夢見ろよ枕』だ。これで気持ち良くなれよ」

「意味わかんねーし!」

「聞き耳立てる気はないが、寝言その他声は控えめにな」


 それだけ言うとジャックは手をヒラヒラと振って教諭用の席に戻って行った。

 イグルを退かせ上半身を起こすし「意味わかんねーよ」と繰り返すジェリドに、イグルはそっと耳打ちする。


「養護教諭の代わりを任されるくらいですから、あの者は人の異常に敏感なのでしょう」

「もって回ったような言い方すんなよ。俺がなんだってんだ」

「……貴方、匂うんです」

「あ?」

「その…雌くさいんです」

「…メ…ス……?」


 何を言われたのか分からず、ジェリドは固まる。


「多分、薬の後遺症だと思いますが……」


 その言葉にジェリドは自分の腕の匂いを嗅いでみるが、特にこれといった匂いはしない。


「自分では分からないと思います。性的欲求を満たす為に雄を引き寄せるモノいですから」

「う…嘘だろ……」


 顔を引き攣らせているとイグルが静かに言葉を続ける。


「匂いと言っても、今は微かにする程度です。余程敏感な者でない限り気付きませんし、気付いたとしてもこれと言って行動を起こしたりはしません。ただ、興奮状態の人間は動物に近いので襲ってくる危険性はあります」


「あっ…そ、それで、交流戦不参加か……」

「貴方に何かあればアーク様が胸を痛めますから」


 たいした忠臣振りだと感心するあまり、乾いた笑いが零れた。


「さっき、今はって言ってたよな? それって……」

「性欲が堪ればそれに応じて匂いは濃くなります」

「なっ……」

「ですが、性欲を溜めなければ問題はありません」

「どうすりゃあいいんだよ……」

「自慰した事くらいはあるでしょ?」


 とんでもない質問に否定も肯定も出来ずにいると、イグルは更に言葉を続ける。


「あの薬の後遺症は一時的なものです。一ヶ月もしないうちに消えるでしょう。それまで気を付ければいいだけです」

「だから、どうやってだよ!」

「毎日、自身で捌かせればいいだけです」


 何でもない事の様に淡々と言われ、眩暈を覚え、ジェリド眉間を押さえる。


「ただ、後ろはあまり触らない事をおすすめします。癖になると大変だと聞いていますから……。出来るだけ前だけで……」

「わーー! もういい! 何も言うな!」


 いたたまれなくなったジェリドは両手で顔面を覆った。


「強烈な解毒の術式に堪えたっつーのに。何なんだよ! クソ!」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃねーよ! 精神的に色々アレだよ!」


 噛み付かんばかりの勢いで吐き捨てると、イグルは一瞬考え込み、そして……。


「原因の一端は私にもあります。もし必要とあればお手伝いしますが……」

「なっ…要らねぇーよ! てか、ふざけた事言ってるとアークに告げ口すんぞ、コノヤロー!」


 少しはまともになったと思ったイグルのすっ飛んだ申し出に、ジェリドは足元に転がっていた『いい夢見ろよ枕』を掴むと、その端正な顔を殴りつけたのだった。

読んで頂き有難うございます。


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