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赤き破壊の魔女と踊れ  作者: 氷魚彰人/慧一
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主④

 主従の契約後、イグルを伴ってジェリドの眠る青い扉の部屋へ行くが、そこにはヴェロニカの姿はなくジェリドを囲むようにしてダート、トルカ、バーク、トライルの四人が座っていた。


「この度は私の軽率な行動により皆様に多大なるご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 入室して直ぐに何時もの無表情、無感情な声で謝罪の言葉を口にしたイグルを四人のクラスメイトは驚きの表情で見た。


「何、こいつ変な物でも食べた?」

「頭を強く打ち付けたとか?」

「新手の詐欺じゃねーの?」

「いや、違うって。こいつ誰かが姿変えの術式で化けた偽者だよ」


 素直に謝るイグルを受け入れられない四人はそう囁き合い、疑わしそうに白銀の少年を見る。

 主人に言われた通りに謝罪したイグルはそれ以上言葉を重ねる事はせずに、床に座っている四人を見下ろした。

 罪悪感の欠片も見られない表情と態度に四人は釈然としないものを感じ、顔を引吊らせる。


「全然謝られた気がしない」

「何だろうこの感情。ムカつく」

「やっぱ、デコピン行っとくか?」

「いや、しっぺだろ?」


 何やら不穏な空気を感じたアークは慌てて間に入る。


「本人もこの通り十分反省していますので、許してやって下さい。お願いします」


 頭を下げるアークにイグルが僅かに動揺してみせる。


「アーク様が頭を下げる事ではありません。謝罪なら私が致します」


 頑なまでに他人を受け入れず、拒絶を貫いていたイグルの態度の変化に四人一斉に驚きの声を上げる。


「「「「アーク様」」」」


 一体何があったのか?

 やはり偽物ではないのかとざわめく四人。

 自分達が主従の契約を結んだ事を隠したいアークは、慌てて呼び方の訂正を小声で言い聞かせる。


「イグル、様は余計だ。アークだけでいい」

「そう言う訳にはいきません」

「頼むからアークと呼んでくれ」

「ですが……」


 付き合いたてのカップルの様な初々しく甘い雰囲気を漂わせ『様』を付ける付けないで押し問答している金と銀の少年を呆れ顔で見詰める四人。

 中々終わりを見せない二人の遣り取りを終わらせるべくダートが咳払いをする。


「あー、ラブラブいちゃいちゃのところ悪いんだが、病人の身体に障るから、続けるなら後で二人っきりの時にしてもらえるか?」


「別にいちゃいちゃなんかしていません!」

「そーかー? 新婚夫婦の空気が滲み出てたぞ」

「そんな訳あるはずないじゃないですか。イグルからも何とか言ってくれ」


 そう主に振られどう答えていいか分からず、紫水晶アメジストの瞳は静かに見詰める。

 無言の返しをされアークも見詰め返す事になる。

 見詰め合った二人に再度咳払いがされる。


「だ・か・ら、いちゃつくなら別室よそでやれ!」


 呆れ半分。イラつき半分のダートにアークは「違う」と訴えるが、聞いては貰えなかった。







 他愛も無い話をしながらジェリドに付き添っていると、ふらりとヴェロニカが戻ってきた。

 だが、ジェリドの様子を確認すると「少し出てくる」と言い捨て、また何処かへ行ってしまった。

 結局その日はジェリドが目を覚ます事は無く、解毒二日目の朝。需給を行うダートを残し他の三人は一度帰宅する事になった。

 ジェリドから離れられないダートの為にアークとイグルは飲食を運び、話し相手となった。

 昼を過ぎた頃、一度ジェリドは目を覚ました。

 アークは手を握り何度か呼びかけるがジェリドは「腹減った」とうわ言を零し、再び眠りに就いた。

 そしてその日の夜。

 再びジェリドは目を覚ました。


「ジェリド」


 アークとダートが同時に呼ぶと真っ直ぐ天井に向けられていた視線が声の方へ向けられる。


「ジェリド。私だ。分かるか?」


 手を握り締め訊ねると、一拍置いて掠れた声がアークの名を呼んだ。

 うわ言の様にアークの名を繰り返すうちに焦点の合っていなかった目が確りと定まる。


「……アーク。お前…平気か?」


 それはこちらが訊きたい事だと思いながら「大丈夫だ」と答える。


「貴方のお陰で私は無事だ」

「そっか……」


 力無い笑みを浮かべるジェリドの手をきつく握り締める。


「私のせいですまない」


 苦痛の表情で謝るアークへ、ジェリドは溜息を漏らす。


「お前が謝る必要なんかねーよ。俺は自分のけつを拭いただけだ。つーか、お前は謝れよ!」


 無言のままアークの後ろに控えているイグルへ投げかける。

『謝る必要がありません』と、何時もの調子でそう返されると思いきや「申し訳ありませんでした」と素直に謝られ、一瞬何を言われたのか分からずにジェリドは固まった。


「は? 今なんて言った?」

「私の軽率な行動のせいでご迷惑をお掛けしてすみませんでした」


 心の篭らない謝罪であったが、それよりも素直に謝るイグルに顔を顰める。


「何こいつ。どうしたんだ? スゲー気持ち悪い!」


 ダート達同様、素直なイグルに対し拒絶反応を示すジェリドにアークは思わず笑ってしまった。







 起きたばかりでまだ本調子でないジェリドを気遣いつつ、オルソン邸襲撃の前後の事。何者かがイグルを餌に誰かを誘き寄せようとしていたかもしれない疑惑。だが、イグルを餌として釣れる人間に心当たりが無い事を話した。

 ジェリドは暫し考え。


「元々こいつに恨みを持つ誰かがソディンガルの性玩具おもちゃにする事で憂さを晴らそうとしたとかじゃないのか?」


 そう指摘するが、イグルがそれを否定した。


「恨みを買った覚えは無いって言うのか?」

「いえ。そうは言いません。ただ、その方法では憂さを晴らす事にはならないでしょう」

「どういう意味だ?」


 無表情のクラスメイトを窺い見ると、静かで硬質な声は答える。


「痛みを覚えない人間に痛みを与えても無意味だと言う事です」


 暗に犯される事に対し何も覚えないと言うイグルをジェリドとダートは苦々しい顔で見る。

 以前よりその存在を異質と感じていた二人は言葉の裏にある過去をあえて詮索はしなかった。


「そっかー。それじゃお手上げだなー」


 暗い空気を払拭するように明るい調子でダートが話を投げた事で、その件については一旦終了となった。






 三日目の朝。

 バークとトライル。そして需給の交代の為にトルカがやって来た。

 既に目覚め、床に胡坐を掻いた状態で普通に食事を取っているジェリドに「この野郎!」と三人は飛び掛り「ふざけるな!」「バカ野郎!」と一人は頭をグリグリと撫で回し、一人は胸倉を掴み揺すり、一人は腹に抱き付いた。


「心配かけんな!」

「頼んでねーよ! つか、飯が零れるだろうが!」


 鬱陶しい。放せと訴えるが三人はそれを無視し、ジェリドを放さない。


「おい、アーク! このアホ共何とかしろ!」


 助けを求められるものの、引き剥がす事に躊躇いを覚えたアークはバークを窺い見た。

 バークは肩を竦め「ほっといて良いよ」と言うので、そのまま三人の好きにさせる事にした。

 少しすれば落ち着くかと思っていたが、放すどころか床に引き倒され揉みくちゃにされる姿に流石に止めに入った方が良いだろうかと思っていたところへ扉が開かれた。


「何だ。もう起きていたのか。思ったより体力が有った様だな」


 巨体のメイドは部屋に入るなり、ジェリドに引っ付いている三人を取っ払うと頭から足の先まで一通り見た。


「大丈夫そうだな。問題なければ帰って良いぞ」


 メイド喫茶。そして解毒の術式とヴェロニカに対し羞恥、感謝、恐怖等の複雑な感情からジェリドは顔を引き攣らせる。


「あっ。はい。どーもです」


 微笑とは言えない歪んだ顔で返すと、オルソン邸でも見せなかった縋るような目でアークを見た。

 その視線の意味を理解したアークは顔を引き攣らせた。


 ――先生一体何をしたんですか?






 病み上がりのジェリドは大事を取ってもう一日休む事になったが、ダート、トルカ、バーク、トライルの四人は欠席に対する課題の量を少しでも減らす為に慌てて学校へと向かった。

 家具は無く八人を収容しても息苦しさを感じない広い部屋が更に広さを取り戻し、閑散とした。

 ヴェロニカとイグルに席を外してもらい部屋に二人きりとなり、アークはずっと確かめたかった事を訊いた。


「大丈夫か?」


 あんな目に遭ったのだ。精神的ショックを受けている事を案じての質問だったが、どう訊けば傷付けずに済むのかが分からずしどろもどろとなる。


「別にあんなのたいした事じゃねーよ」

「だが……」

「大体、薬入ってからは頭ぶっ飛んでて記憶殆どねーし。それに……」

「それに?」

「解毒の術式の方が強烈でブタの事なんかどうでもいいつーか。何つーか……」


 恐怖で顔を曇らせている自分を心配な面持ちで覗き込むアークに気付き慌ててジェリドは表情を取り繕った。


「いや。何でもねー。今の無し!」

「でも……」

「いいから忘れろ!」


 強く言われ思わず「はい」と答えていた。


「つーか。俺はマジで平気。何ともねーよ」

「でも……」

「デモもストもねーよ」

「もしも何かあったら相談して下さい。私では力量不足かも知れませんが、出来る限りの……」

「絶対やだ」

「なっ!」

「だってお前に相談なんかしたら絶対に思い詰めるだろーが」


 そんな事は無いと言えず押し黙る。


「何かあったらバークかトルカのアホに相談するつーの!」


 普通の悩みならばそうだろうが、内容が内容だ。

 例え友人相手でも相談するのは難しいのではないかと思う。

 そんな心の内を察してかジェリドはアークにデコぴんを見舞った。


「年下のくせに頼れなんて十年早いんだよ」


 衝撃を受けたばかりの額を押さえながら見ると、ジェリドは口の端を吊り上げた。


「まあ、お前が俺を頼るのはありだけどな」


 そう言って微笑む友人の強さと頼もしさにアークはほっと息を吐いた。






 話が終わったのを感じ取ったのか控えめなノックと共に声が掛けられ入室を許可するとイグルが入ってきた。


「赤毛の方が呼んでいます」

「そうか」


 自分の代わりにジェリドを看ていてくれと頼むとアークは部屋を出て、ヴェロニカが待つ中央広間へと向かった。

 圧倒的な存在感を持った姿を視界に認め駆け寄ると、赤毛のメイドは不適な笑みでアークを迎えた。


「何かありましたか?」


 見上げるようにして訊ねるとヴェロニカはそっとアークの頬を撫でた。


「先生?」


 今まで乱暴に扱われる事はあっても優しく触れられる事など無かった。

 何時もと違うヴェロニカの手に戸惑っていると、それは唐突に告げられた。


「私は明日、ヴェグル国を出る」

読んで頂きありがとうございます。

明日の更新は0時少し回ったくらいになります。

宜しくお願いします。

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