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赤き破壊の魔女と踊れ  作者: 氷魚彰人/慧一
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主③

 告げられた言葉に驚きながらも、アークは平静を装い動揺を隠す。


「イグル順を追って話してくれ」


 静かに告げるとイグルは「分かりました」と返事をし、前の主からテールス・エス・ノエルの抹殺を命じられヴェルグ国に来た事。本邸は警備が厳重な為、夜会に参加した際に髪を金色に染めテールスの息子のフリをし、空き部屋へ呼び出した事を説明した。


「それで父は騙されたのか?」

「それが……呼び出して直ぐに部屋へ行き、標的が来るのを待つつもりでいたのですが、部屋には既に人がいたのです」

「空き部屋ではなく使用中だったのか?」

「いえ。部屋は誰も使用出来ないように手配していました。だと言うのにあの者はいたのです」

「あの者?」

「ロロ・ダーナです」

「ロロ・ダーナって魔法使いの?」

「はい」


 思いがけない名前の登場にアークが目を丸くしているとイグルは先を続けた。


「あの者は占いがどうとか運命だとか、よく分からない事を色々言っていましたが、察するに私を一目で気に入り、持ち帰ったのです」

「持ち帰ったって……」

「魔法で全身を拘束され、転移の魔法であの者のねぐらへ運ばれました」


 相手の意思も何もかも無視した行動に既視感を覚え、眉間を押さえる。


「今日から自分がパパだとか養子縁組するなどと意味不明な事を言われたので、私には主がいるので無理だと訴えました。するとあの者は主の首を持って来ました」

「持って……来た?」


 嫌な予感に顔を引き攣らせると、その予感を肯定する言葉が告げられる。


「はい。たらい桶に入れて」


 とんでもない魔法使いの行動にアークは顔を顰める。


「サトゥー・クでは主を殺した者が新たな主になる決まりです。私はロロ・ダーナに主となる契約を求めましたが、あの者は自分はパパだ。親子になるのだと言われ断られました」


 一通りの話を聞き終え、アークは情報の整理をする。


「私の父を殺すよう命じたのは前の主で、それは失敗に終わった。その命令は今でも生きているのか?」

「いえ。前の主が死んだ時点で無効となります」


 それを聞きアークは胸を撫で下ろす。


「貴方が言っていた仮の主は魔法使いロロ・ダーナの事だな?」

「はい」

「そうか」


 アークはイグルの両手を握り締めた。


「話してくれて有難う」


 アークの笑顔を前にイグルは暫し反応が出来なかった。

 これまで主の意に副わぬ結果を報告すれば必ず悪鬼の形相で睨まれ折檻を受けた。

 だというのにアークは微笑みを浮かべ、手を握っている。

 訳が分からず、つい確認してしまう。


「お咎めは無いのでしょうか?」

「咎める事なんか何も無いじゃないか」

「アーク様が主になる前の事とはいえ、私は貴方の父親を殺そうとしました」

「でも、剣を向ける事無く失敗に終わったんだよな?」

「はい」

「なら何の問題も無いじゃないか」

「ですが、一度は殺す事を考えました。それだけで怒るには十分な理由になるはずです」


 ふと、魔術師学校での言葉が思い出される。


『私の何が気に入ったのかは知りませんが、必要以上に近寄らない方がいい。私を殺す時に邪魔になります』


 アークは暗殺という殺伐とした世界に身を置いてきた者の言葉だとばかり思っていたが、父の暗殺を知り何らかの報復に来る事を予期した言葉だったのかと問えばイグルは小さく「はい」と肯定した。


「主になる前に報復に来たらのなら、敵わないにしても戦いました。主となった今、アーク様が死を望むのでしたら死にます。折檻で許して頂けるのでしたらどのような折檻でも受け入れるつもりです」


 イグルに恐怖の色は無い。

 彼にとって暴力も死も常に傍らにあり、感覚が麻痺しているのだろう。

 これまでの人生でイグルがどのような目に遭って来たのかを思うと胸が痛んだ。


「この件に関して私は貴方を許す。だからこの話はこれっきりだ。いいな?」

「主がそうおっしゃるなら、私に異存はありません」


 紫水晶アメジストの瞳を伏せ了承の意を確認すると、アークは握っていた手を離した。






 布一枚を纏っただけの姿でいるイグルを不憫に思ったアークは自分の衣服が置かれていた部屋へ走り、ありったけの服を持って部屋へ戻った。


「私の服で申し訳ないが、好きな物を着てくれ」

「主の服を頂く訳には……」

「お願いだから着て。ね!」


 お願いされては否とは言えず、イグルは大人しく着替えを始めた。

 纏っていた布をするりと足元に落とし、躊躇いなく全身を晒す様子にやましい気持ちは無いものの目のやり場に困り、アークはイグルへ背を向ける。

 背後で衣擦れの音を聞きながらアークは胸に引っかかったままの疑問を口にした。


「一つ訊きたいんだが、貴方が捕まったと聞いて助けに来る者に心当たりは無いかな?」

「ありません」

「サトゥー・クの者は?」

「私は使い捨ての道具です。誰も回収になど来ません」

「なら、ロロ・ダーナは?」

「あの者は異界に行くと言っていました。そこは魔法使いしか行けないところだと聞いています。連絡の取りようがありません」

「そうか……」


 手がかりを得られず小さな溜息を零す。

 するとイグルから遠慮がちに言葉が発せられた。


「私を……助けに来るお人好しはアーク様やジェリド達くらいです」


 着替える音が止み、振り返りイグルを窺い見ると表情は何時も通り無表情であった。

 だが、誰も助けに来ないと確信しているイグルが少なくとも自分とジェリド達だけは助けに来るのだと認識してくれている事にアークは嬉しさから笑みが零れた。






 アーク等を残しヴェロニカは解毒した少年の様子を見に向かうが、中央広間で所在無さ下に椅子に腰掛けている人相の悪い男の姿が目に入った。


「どーも」

「暇そうだな」

「はあ。ガキ共に後は自分達で何とかすると追い出されてしまいましてね。やる事無くなってしまいましたよ」


 チェブランカの手下の男は「あははっ」と笑いながら頭を掻いた。


「それで大人しくヴェロニカさんが来るのを待っていた訳です」

「私を? 何か用か?」

「いやぁ。オヤジがそこまで来ていましてね。ただ自分が敷地内に入るのは良くないだろうと敷地外そとで待っているんですよ。一緒に来てもらって良いですかね?」


 解毒した少年は目覚めるまで時間がある。

 その間に昔馴染みに礼を伝えに行くのも悪くないと、ヴェロニカは男と一緒に屋敷を出る事にした。


 男と共にノエル家の敷地を抜け、少し歩くと重厚な作りの馬車が止まっていた。

 男が御者に声を掛けると馬車の扉が開かれヴェロニカは「入るぞ」と断りを入れるとそのまま馬車へ乗り込んだ。

 中には威厳を纏い屈強な身体をした老人が相好を崩して座っており、親しげな声が出迎えた。


「よぉ。ヴェロニカ。生きているうちにまたお前さんに会えるとは思わなかったぞ」

「私もだ。まだ生きているとは思わなかった」


 ヴェロニカは憎まれ口を叩きながら座席に腰をかける。

 チェブランカはヴェロニカを上から下までじっくりと眺め懐かしそうに目を細めた。


「お前さんは昔のままだな」

「貴様は渋みが増したな」

「ものは言いようだな」


 チェブランカはニヤリと笑い、座席脇に備え付けられているクーラーボックスからワインを取り出し注ぐとグラスをヴェロニカに差し出した。


「まずは再会を祝して」


 グラスを傾けられそれに軽く合わせるとヴェロニカは一気にそれを飲み干した。


「相変わらず良い飲みっぷりだな」


 チェブランカが二杯目を注ごうとするが、ヴェロニカはそれを手で制した。


「なんだ。禁酒でもしているのか?」

「私が飲むには勿体無い上物だ」

「何、気にする事はねぇよ。こういうのは雰囲気を楽しむものだ。良い女と良い酒を飲む。男にはそれだ十分なんだよ」


 瓶を傾けられ、ヴェロニカは苦笑気味にグラスを差し出した。

 そのまま二人は二杯三杯とグラスを空け、二本目のワイン瓶を新たに開ける為チェブランカがグラスを置いたのをきっかけにヴェロニカは口を開いた。


「今回は詰まらん事を頼んですまなかったな」

「何。お前さんには借りが幾つもある。一つでも返せて俺としては嬉しい限りだ。それにしてもあんなザコお前さんなら簡単に始末できただろう」

「まあ、そうだな。だが、今目をかけている奴が出来る限り血を流したくないと言うんでな」

「お前さん、昔からバカな男に目がないからな」

「耳が痛いな」


 ヴェロニカは悪戯っぽく笑う。


「こんな老木でもまだまだ若い者に負けねぇよ。困った事があれば何時でも幾らでも言ってくれ。力になるぜ」

「頼もしいな。もしかしたら近いうちにまた力を借りる事になるかもしれないが、その時は宜しく頼む」

「任せておけ」


 ヴェロニカは手にしていたグラスをチェブランカに手渡すと腰を上げ馬車の扉を開いた。


「ヴェロニカ」


 呼ばれ、振り向くとチェブランカは先程からの笑顔そのままで訊ねた。


「お前さんの羽は何枚だ?」


 一瞬表情を失うが、直ぐに妖艶な笑顔を浮かべる。


「野暮な事を聞くなよ、チェブランカ」


 答えない事で自分の期待する答えは無いのだと察したチェブランカは寂しげな笑顔で持って、その背中を見送った。

読んで頂き有難うございます。

明日の投稿はAM7:00となります。

宜しくお願い致します。

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