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赤き破壊の魔女と踊れ  作者: 氷魚彰人/慧一
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地下室

 荷馬車が止まり、促され下車するとそこはノエル家の敷地内であった。

 裏門から入ったらしく辺り一帯を木々に囲まれ、屋敷は遠くに屋根が見えるだけであった。

 ノエル家の騎士である男が先導する形で歩いていくと、普段は使われていない別邸へと辿り着いた。

 アークは何度か訪れた事のある別邸の扉を開き中に入ると、普段使われていないというのが信じられないくらいに磨き上げられた床に驚く。

 天井や壁など清掃の行き届いた廊下を進み中央広間に行くと、反対側の廊下から赤毛のメイドは近付いてきた。


「たった一日で随分と男前になったなアーク」


 敵わない相手に立ち向かったアークを称える言葉なのかもしれないが、何も出来ず誰も救う事が出来なかったアークにとっては皮肉にしか聞こえなかった。


「あんたがヴェロニカさんですかい?」


 最後尾に付いて来たチェブランカの手下はジェリドを抱えたまま無遠慮に近寄った。


「こいつ、ちょっと厄介な事になっているみたいなんですよね……」


 ヴェロニカは外套に包まれた少年を覗き見た。


「あの時のメイドか」


 ヴェロニカは外套の隙間から手を滑り込ませ胸から腹部を撫でた。


「何この程度、問題無い」


 体内の毒に気付いていないのだとアークは口を開くが、声を発する前に金色の双眸にそれを制された。


「アーク。大丈夫だ」


 声には全て承知しているという響きがあった。

 アークは言葉を飲み込むと頭を下げた。

 彼を助けて下さいと。

 四人の少年達も次々と頭を下げた。


「お前達腹が減っているだろ?食事を用意させておいたから適当に食ってろ。私達はこいつの治療をしてくる」

「先生。付いて行っていいですか?」

「駄目だ」

「邪魔はしません」

「付いて来たいと言っている時点で邪魔をしているだろうが」

「ですが」

「何か。貴様は私を信じられないのか?」

「そんな事はありません」

「ならそっちの四人と仲良く飯でも食っていろ」


 そう言うとヴェロニカはジェリドを抱きかかえている男を伴って屋敷の奥へと消えて行った。







 中央広間に取り残されたアークは助けに来た騎士に勧められ、着替える事にした。

 騎士は何を何処に用意してあるかを聞いていたようで、案内された部屋には普段着用している服がテーブルに幾つも置いてあった。

 騎士に礼を言い、部屋に一人になったアークは緩慢な動作でテーブルに近付くと適当な服を手に取った。

 ふと部屋の片隅に置かれた姿見に映る自分の姿が視界に入り、そちらへ足を向ける。

 手が触れる程まで近付き、見ると酷い有様だった。

 髪はボサボサ。顔色は青白く、目元は赤く腫れ、頬には涙の跡が残っていた。

 裸に外套を羽織っただけの惨めな姿。

 これが今の自分なのだ。

 才能があると言われ、父のようになれると信じ努力した。

 結果同年代の少年に比べ剣術師の階位は上にあるが、それだけだった。

 誰も……自分すら守れない力の無い子供。

 アークは目頭が熱くなるのを感じ、歯を食い縛った。

 今は泣く時ではないと。

 毒に犯され苦しみ続けている友人を思い、必死に涙を堪えた。






 着替え顔を洗い身形を整えて戻るとダート等四人の姿は無かった。

 騎士に案内され食事の用意されている部屋へと移動すると、扉向こうから騒がしい声が聞こえ扉を開くと、四人の少年達は食卓を囲み忙しなく食べ物を口に運んでいた。

 食事と言うより腹ペコの獣が餌に貪り付いている様な光景に呆気を取られていると声が掛けられる。


「ようアーク。先にやっているぜ」


 ダートは手にチキンを持ってまま手を振り、他の三人も魚や肉などを手にしたまま手を振って見せた。

 振り返り挨拶をしたバークがテーブルへと向き直るとそこに一瞬前まであった物が消えうせたらしく大きな声が上がった。


「あぁ! それ俺のだろうが!」


 正面に座っていた犯人を睨みつける。


「何言ってんの。こういうのは早い者勝ちでしょ?」


 悪びれ事無くトルカは奪い取った串刺しの焼き魚をバリバリと食べてしまった。

 大切な焼き魚を失ったバークは大皿に盛られた骨付きチキンを五本まとめて自分の皿に乗せるとトルカに向かって不適に笑ってみせる。


「あぁー! 一気取りは反則だろう?」

「知るか!」


 取られまいと皿を抱えるようにして食べるバークに向かってトルカは食べ終わった焼き魚の骨を投げつけるが、対象物にぶつかる事無く骨は床に落ちた。

 とても貴族の食事風景とは思えない光景に固まっていると、むくれ面のトルカの隣で熱心に麺類を頬張っているトライルが口に入れた麺を飲み込むと、口を開いた。


「つーか、ボォーとしてっとお前の分、なくなっちまうぞ」


 それだけ言うと、再び怒涛の如く麺を啜り出した。

 ジェリドの件で気落ちしている上、四人の余りに見事な食べっぷりに当てられ、食事を辞退すると伝えた。すると尻に軽い膝蹴りが入った。


「何言ってんだよ。何時戦闘になってもいいように食える時に食って、眠れる時に寝る。術師の基本だろうが」


 ダートに肉料理の乗った皿を無理矢理に手渡され、仕方なしにナイフとホークを探し視線を彷徨わせる。


「何探してんだ?」

「ナイフとホークを……」

「んなもん使ってたら食いぱくれるぞ。男なら素手で行け!」


 それはマナー違反であり行儀の悪い事だ。

 躊躇いを覚え固まっているとダートが肘で腕を突っついて催促する。


「ほら早く」


 見れば麺類を食べているトライル以外の者は皆素手で食べている。

 郷に入っては郷に従えでは無いが、ここでマナーに固執するのは無粋だろうと肉を一切れ摘み口に運んだ。

 咀嚼し飲み込んだ。

 更に乗せられた五切れの肉を全て食べ終わる頃には四人に対し妙な親近感が生まれていた。

 いい事でも悪い事でも同じ行動を取る事で仲間意識が芽生えるという。

 それだろうかと思案していると次から次へと料理が差し出された。

 一口ずつではあったがそれら全てを食べていくと四人の表情が徐々に緩んでいくのが分かった。

 ジェリドの事で誰よりもダメージを受けている自分を元気付けようとしてくれている。

 仲間意識を持たせる事で『一人で落ち込むな』と言われている気がして胸が詰まった。

 泣いては更に気を使わせてしまうと涙を飲み込む。


「有難う御座います」


 震える声で礼を言い、アークはただ只管に出された物を食べ続けた。






 騒がしく行儀の悪い食事が終わって暫くすると重厚な扉が開き赤毛のメイドが入って来た。

 弾かれたようにアークは席を立ち駆け寄る。


「先生。彼は……」

「問題無いって言ったろ?」


 力強い微笑みを向けられジェリドが助かったと確信し、安堵から力が抜け崩れ落ちそうになるのをヴェロニカの腕が支えた。


「確りしろ」

「すみません」


 体勢を立て直し支えの手を離れると、ヴェロニカは四人の少年に向かって声を掛けた。


「お前達、需給の術式は使えるか?」


 四人は顔を見合わせるとダートとトルカの二人が手を上げた。


「俺等二人だけですけど使えます」

「二人だけか。まぁいい。あの小僧は治療で相当体力を消耗している。最低でも三日は目覚めないからその間、交代でエネルギー供給しろ」

「あの、俺達は?」


 バークとトライルが問う。


「役立たずに用は無い。好きにしろ」


 ハッキリきっぱり言われ困った二人は伺いを立てるようにダートを見た。


「行くぞ」


 促され、役立たずの烙印を押された二人共に立ち上がり扉に向かう。


「奥にある青い扉の部屋だ」


 ダートは赤毛のメイドに礼を言うと出て行った。

 トルカ、バーク、トライルが出て行く中、それに続こうとするが腕を掴まれた。


「何処へ行く?」

「私も彼に付き添います」

「剣術師の貴様が付き添って何になる?」

「それは……」

「お前には別にやる事がある。付いて来い」


 手を引かれ部屋を出る。

 そのまま引き摺られるようにして歩いて行くと地下へと続く階段へと行き当たった。


「先生。一体何ですか?」

「付いてくれば分かる」


 別邸を訪れる度、冒険と称してアークは地下室に潜り込んでいた。

 その時は何も無いただの空間だった。

 そんな場所に何の用があるのだと疑問に思いながら光の術具に照らされた階段を下りて行く。

 地下室の扉の前に辿り着くと、ヴェロニカは封印の術式を解いて重厚な扉を開けた。

 外の光が一切入らない地下室内は暗く、何も見えない。

 だが、何か生き物の気配を感じ室内を探っていると、掴まれたままの腕を引っ張られ部屋の中に押し込められた。

 闇に目が慣れるよりも早く室内に設置されていた術具に光が灯り、眩しさから目を伏せる。

 少しして光に慣れ、瞳を僅かに開くと部屋の真ん中に猿轡さるぐつわをされ全身を布で包まれ拘束された人物が横たわっていた。

 無表情の顔が無言で睨みつける。

 訳が分からず、アークは背後のヴェロニカを振り返る。


「先生。何で彼が……」


 ヴェロニカはアークの問いには答えず床に横たわった少年へ話しかける。


「約束通りご主人様を連れて来てやったぞ。銀髪」


 否を訴える様に眉を寄せ目を細める少年を見下ろしながらヴェロニカは地下の扉を閉じた。

読んで頂きありがとうございます。

更新は明日AM12:10くらいになります。

宜しくお願いします。

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