撤収
抱きかかえられた状態で屋敷から運び出されると、庭では傷の男がチェブランカの手下と戦っていた。
髭の男と魔術師は相手が闇世界のドンである事を知り早々に戦いを放棄したらしく、戦闘狂のお遊びを静観していた。
傷の男はアークに気付き、軽く手を振ると直ぐに眼前の強敵との死のダンスに意識を戻しそのまま踊り続けた。
傷の男を尻目に門へ運ばれて行くと、そこには大型の荷馬車が着けられていた。
男が声を掛けると中から扉が開かれた。
男の腕から降ろしてもらい中に入ると荷台の左右の壁に直接設置された長椅子にダート、トライル、バーク、トルカの四人が座っていた。
「皆、大事無いですか?」
開口一番に安否を訊ねられ四人は「大丈夫だ」と口々に返すが、裸で外套に包まれているアークの姿を前に四人は俯く。
「すまない。俺達が役に立たなかったばかりに……」
ダートの硬く震える声に四人が何を想像しているか思い至ったアークは慌てて訂正を入れた。
「違います。これは汚いから風呂に入れと言われ入っただけで何もされていません。私より……」
ジェリドの事を何処まで話していいのか。どう説明していいのか分からず口篭っていると荷台の扉が開きジェリドを抱き抱えた男が入って来た。
大量の汗を掻き目元には涙の痕、そして血で赤く染まった顔と外套に染みを作っている胸元の傷を目にしアークを含め五人の少年は顔を顰めた。
「すまない。私が付いていながらこんな事に……」
悲痛な面持ちで零すとダートは目の前まで近付いた。
「お前のせいじゃないだろ」
「でも、私を庇ったせいで……」
「そんなのジェリドが勝手にやった事だろ?」
「それは……」
「アイツとは十年の付き合いだから、聞かなくてもどういう行動を取ったか分かるって」
「すまない」
「だから、謝らなくていいって」
ダートはアークの頭をグシャグシャと撫でるとジェリドを抱える男へ向かう。
「あの。コイツやばかったりしますか?」
「ん? 術式で眠らせているだ。命に別状はないよ」
「そうですか」
胸を撫で下ろすダートの姿にアークの胸は重くなった。
第一位の魔術師でも解毒不可能な毒に犯されている事を告げるべきかを迷う。
「身体の傷は術式で何とでもなるからな。それに傷は術師の勲章って言うし。だからお前もそんな顔すんなって」
自分の罪悪感を軽くしようと笑顔を向けるダートに対し、アークは何も言えなかった。
目を伏せ黙るアークの頭を再び撫でるとダートはジェリドを抱えている男へ向き直った。
「あの、コイツ俺が引き受けます」
友人を受け取ろうと手を差し出す。
「んー。おいちゃん見た目通り雑な術式しか作れないから、ちょっとでも離すと術が解けちゃうんだよね。悪いけどこのまま目的地までおっちゃんが抱っこしとくよ」
そう断るとお世辞にも優しそうとは言えない笑顔を作って見せた。男はジェリドを抱えたまま荷台の奥へ行き、運転席とを隔たる壁を小突くように何度か蹴飛ばした。
壁に設置されている小窓から人が覗く。
「出せ」
窓の向こうの人物が頷き、少しして荷馬車は動き出した。
救出され、自分の家の騎士がいる事から疑ってはいないが、行き先が分からないと不安を感じてしまう。念の為にとチェブランカの手下に確認する。
「あの、この馬車は何処へ向かうのですか?」
「何処って、赤毛の旦那のとこだよ」
「先生……。赤毛の人は何処で待っているのでしょう?」
「んー。ノエル家って聞いてるよ」
「このまま直接向かうのですか? 彼らも一緒に?」
ダート達を途中で降ろしはしないのかと問う。
「全員取り合えず連れて来いって言われてるからね」
「そうですか」
アークは手下の男から離れダート達へ近付く。
「皆、もう暫く付き合ってもらう事になるけど大丈夫ですか?」
「は? 何言ってんの。元々付き合わせてるの俺達じゃねーか」
ダートは苦笑し。
「つーか。俺等普段から遊び歩いているから一週間くらい家に帰らなくても問題ないし」
トルカはイタズラっぽく笑い。
「そうそう」
トライルは頷き。
「気にすんなって」
バークは優しく微笑んだ。
四人それぞれが背中を叩き、アークの心配を払拭した。
「それじゃ、目的地までの時間が勿体無いから情報交換でもするか」
ダートに促され一緒に長椅子に腰を下ろすと反対側にバークが座り、トライルとトルカは正面にと床に座り込んだ。
「まずは後方支援が出来なくて悪かった」
ダート頭を下げるとそれに習い他の三人も次々と頭を下げた。
「いえ……」
「情けない話だけど俺ら四人とも眠らされちまってな」
「え?」
「そうそう。準備万端で合図を待っていたらいきなりガツッとな」
バークが衝撃を受けた場所を摩りながら言うと、情報を捕捉するようにトルカが続けた。
「多分雷撃系の高電圧電流だと思う」
「つーか、強烈な衝撃を食らって直ぐに意識飛んで、次に目を覚ましたら組んでいた術式が破壊されてたんだよ」
苛立たしいげにトライルは零す。
「目を覚ましたって言うより起こされたんだけどな」
「そう言えばダート。お前はイグルに起こされたんだっけ?」
「イグル?」
「ああ。ジェリドイコール俺達が近くに居るって思ったみたいで俺等を探したらしいんだ」
「彼が……」
「でもよ、お前達が捕まったかもしれないから助けに行った方が良いって言うなり、自分は行く所があるってどっか行っちまいやがったんだよアイツ!」
「それは……」
主第一主義の彼らしい選択であるし、主以外は興味も価値も持ち合わせていない彼にしては上出来な行動と言える。
だがイグルがどのように育てられたかを知らないダート達は額に青筋を立て、眉間に深い皺を刻み口元を奇妙に歪めて愚痴る。
「誰の所為でこんな事になっていると思ってんだよなぁ?」
ダートは青筋を立て。
「本当だよな」
トルカは同意し。
「つーか、アイツは舐めてんのか?」
トライルは顔を引き攣らせ。
「予想通りの反応だけど、ムカツクな」
バークは乾いた笑いと共に吐き捨てた。
「お前もそう思うだろアーク?」
同意を求められ「否」とは言えず曖昧に頷いて誤魔化した。
「次ぎ会ったら冷静でいられる自信がねーよ。アイツの鼻にピーナッツ詰めちまうかもしれないな」
「つーか。デコピンあんどしっぺの刑じゃねぇ?」
「いや、全身くすぐりの刑だろう?」
「いやいや。裸で土下座でしょ?」
バークの提案した刑に四人は沈黙した。
「……」
「……」
「……」
「……」
各々その光景を想像し、溜息を吐く。
「無いな。アイツを裸にしたらしゃれになんねーよ」
「つーか。変態になった気分になる」
「アイツは裸で土下座ぐらいじゃ泣き入んないって。俺等の方が精神的ダメージ食らうわ」
「確かに」
想像だけでダメージを食らった四人にアークはやんわりと話の軌道修正すべく質問をする。
「それで、高電圧電流を流した相手を見てはいないのですか?」
四人は顔を見合わせ、同時に首を左右に振った。
「後ろからいきなりだったからな」
「そうですか」
ソディンガルの雇った術師の仕業だろうかと考える。
だが、屋敷に居た術師の中に雷撃系は居なかったはずだ。
雷撃系でなかったとしても魔術師であれば使えるかもしれないが、自分が対峙した魔術師は雷撃系の術式を上手く中和する事が出来ていなかった。たぶん基本属性が雷撃系を苦手とする水系なのだろう。
第一、自分達が捕まった時点で禍々しい部屋に術師は全員揃っていた。
もしかしたら中だけでなく、外を巡回する役目を負った術師が居たのかもしれない。
そう考えれば納得がいく。
だが、もしもそうでなかったとしたら……。
ダート達を襲った人間がソディンガルが雇った術師でなかったとしたら。
全てが意味を変える。
黙ったまま何かを思い悩む姿にダートはアークの抱いた疑問を口にする。
「イグルは餌だったのかもしれないな」
「彼を使って誰かを誘き寄せようとしたんでしょうか?」
「多分な。でもそれは俺達じゃない。俺等が目的なら今頃連れ去られているか、殺されるかしていただろう」
「確かに。俺達は偶々連れ去られるところを目撃して、勝手に追跡しただけだからな」
「つーか。変態貴族にイグルの事をリークした奴にとって俺等は予定外の事だったんじゃないか?」
「それじゃ、その誰かは予定が狂った為、早々に退散したのでしょうか?」
「そうなんじゃねーの?」
イグルを餌に誘き寄せる事が出来る人間。
暗殺一族サトゥー・クだろうか?
もしくは彼が現在仮の主としている者だろうか?
それとも自分が知らない誰かなのだろうか?
存在の見えない相手とその目的を思案するが答えなど出る訳も無く、溜息が零れた。
胸に渦巻く気持ち悪さをそのままにアークは自分がオルソン邸に潜入してからの出来事を説明した。
勿論ジェリドの名誉に傷が付くような事は伏せて。
そうしている間に荷馬車は目的地へと近付いていた。
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明日の更新はAM7:00となります。
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