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赤き破壊の魔女と踊れ  作者: 氷魚彰人/慧一
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救出作戦⑦*

 媚薬入り注射器が首筋に当てられるのを見て、咄嗟とっさに筋力強化の術式を展開させるが鎖は術師対応の為かビクともしない。


「止めろ!」


 祈るように叫ぶが、アークの制止の声は素気無すげなく無視されジェリドの中に媚薬は投入された。

 取り返しのつかない事態に陥り、ショックから視界がグラグラと揺らいだ。

 身体から力が抜けるが鎖に吊るされている為、立っている状態と変わらない。

 その所為で見たくも無い現実が突きつけられる。


 ――私が弱いせいで……。

 ――私の考えが甘かったせいで……。

 ――甚振いたぶられ、なぶられている。


 ジェリドが苦痛に顔を歪める度に激情に駆られ、煮えたぎる様な怒りを力に変え鎖を引き千切ろうと試みるが、硬質な軋みを上げるだけで外れはしない。

 自身の腕を引き千切らんばかりに暴れていると剣術師の腕がそれを阻む様に絡みついた。


「放せ!」

「あんま、暴れてブタの注意を引くなよ。あいつの頑張りが無駄になるじゃねーか」


 傷の男はアークの耳元に顔を寄せそっと耳打ちする。


「もう少しすれば助けが来るんだろ?」


 動揺を悟られないようにするが、僅かな筋緊張から答えを得た男は微かに笑った。


「お前達の行動見てたら分かるって。ブタは気付いていないようだがな。安心しろ雇われている以上助けてはやれねぇけど、聞かれもしない事をベラベラしゃべったりはしないからよ。まぁ、俺としては強い奴と戦えればそれでいいからな」


 だからこのまま大人しくし、助けを待てと。

 目の前の光景に目を瞑り、遣り過ごせと。

 男は言う。


 ――目の前で虐げられているのに。

 ――私を守ろうと身を犠牲にしているのに。

 ――見殺しにする事など出来ない!


 ジェリドの悲痛な叫び声を終わらせるべく、鎖から逃れようと藻掻く。


「止めろ。そいつは低位の術師に壊せるもんじゃない」


 ――煩い!


「例え壊せても、俺ら相手にあいつを守る事は出来ない」


 ――関係ない!


「諦めろって」


 ――誰が諦めるか!


 鎖を壊すべく術式を紡ぐが鎖はひび一つ入らない。

 責められ切羽詰ったジェリドの声に焦りを感じながら必死に術式を紡ぎ続ける。


「無駄だって。それは対術師用に作られたもんだ。第一位でも破壊は困難なしろものだ」


 微かな希望を砕く言葉を聞いてもなお術式を紡ぐ事を止められなかった。

 止めればジェリドを見捨てるような気がして。


「やっ、嫌だ。ゆゆゆ、許して……。な、何でも、言う事聞くから…助けて……」


 虚ろな目をし、情けなく泣き縋る友人の姿に悔しさから涙が零れる。


 ――もう、止めてくれ……。


 鎖を壊す為に紡いでいた術式は何時の間にか祈りの言葉となっていた。


 ――これ以上彼に酷い事をしないでくれ……。


 涙で歪む視界を細め、閉じた。

 次の瞬間。

 情けない悲鳴が上がり、目を開けるとソディンガルは床を転げ回っていた。


「騙されてんじゃねーよ。バーカ」


 焦点の合わない目で口元を歪め笑っていると、ジェリドは巨漢の剣術師によって蹴り飛ばされ床を転げた。


「あははっ。バーカ…バーカ…はははっ……」


 瞬きを忘れたかのように目を見開き、涙を流し続け笑う。

 狂気を孕んだ笑い声にアークは恐怖を感じた。


 ――壊れてしまう。


 いや、もう壊れているのかもしれない。

 それを認めたくなくて必死に祈る。

 彼を壊さないでくれ……と。

 狂ったように笑い続ける友人へ手を伸ばしたいのに、鎖によって阻まれ出来ない。


「おい、剣術師。今直ぐその小僧の両手足を切り落とし、歯を全部抜け! 今直ぐにそいつを糞袋へと変えろ!」


 非道な行為から守る為、慈悲を乞おうにも傷の男に口を塞がれそれも出来ない。


「ははっ。ぶ、ぶた…し…しね……ふふふっ」


 巨漢の男が拘束具から片手だけを外し、下男に持たせる。

 切り落としやすいように肩と同じ高さに持ち上げられた。

 これまで剣術師の訓練で手足が切り落とされる光景は何度も見た。

 アーク自身も切り落とされた事がある。

 それは戦いの果ての結果で、それ以上もそれ以下もない。

 残虐非道だと感じた事はない。

 だが、これは違う。

 一方的な暴力。

 貶める為の行為。

 人から尊厳を奪い、人以外のものに作り変える行為だ。

 認められないと。

 許してはならないと。

 魂が叫ぶのに、ただ涙を流し祈り願う事しか出来ない無力な自分に怒りを覚え、絶望を感じ心が引き裂かれる。


 巨漢の剣術師の剣が高らかに掲げられる。

 止めろと。

 彼を壊さないでくれと。

 自分を捕らえて放さない忌々しい腕の中で必死に藻掻く。


 剣先が揺れ、剣が振り下ろされると身を硬くしたが、剣は静止したまま動かなかった。

 部屋に居る術師全員が何かを探るようにしていると、突如屋敷が揺れた。

 揺れが治まるより早く傷と髭の剣術師二人。そして魔術師が部屋を飛び出していった。


「何だ! 何が起きた!」


 慌てふためくソディンガルを余所にアークは一人安堵の溜息を漏らした。

 やっと先生が助けに来てくれたのだと……。

 だが、それは間違いである事に直ぐに気付く。

 近付く気配は一人ではない。

 威嚇するように放たれる気配は第一位の剣術師と同等かそれ以上。

 もしや父が事態を知り駆けつけたのではないかと、身を捩り扉へと目を向ける。

 荒々しく開け放たれた扉から入って来た二人の男を見てアークは眉根を寄せた。

 見覚えの無い顔に困惑していると、突然の闖入者にソディンガルが怒鳴り散らす。


「何だ貴様ら! 此処を何処だか分かっているのか! 私は十貴族だぞ!」


 何処の者だ。名を名乗れと喚き散らしていると、新たに三人の男が部屋に入って来た。


「おいおい。俺は何時から名前を名乗らないといけないほど落ちぶれたんだ?」


 中央に立ち、風格と威厳を纏った男は髪は白く戦歴と生きた年月を深く刻んだ顔に剣呑な光を帯びた瞳をした、年齢に不釣合いな屈強な身体を持った老人であった。

 男の顔を見るなりソディンガルはわなわなと震えた。


「ち…チェブランカ! 何故貴様が此処に……」


 ソディンガルの口にした名前に覚えのあったアークは眉根を寄せた。

 チェブランカ――。

 ヴェグル国の闇社会を一手に仕切っている人物の名だ。

 そんな人間が何故今この場に現れたのか……。


「ディオンガルの洟垂れは口の利き方も教えなかったのか?」


 父ディオンガルを洟垂れと呼び、明らかに自分を格下扱いする男へ一瞬不満げな表情を浮かべるが、慌てて繕い笑顔で張り付かせた。


「失礼しました。チェブランカ。何故貴方が此処に?」

「なに。俺は自分ところの商品を回収しに来ただけだ」

「商品?」

「鎖で吊るされているガキと床に転がっている奴だ」

「へ?…あっ…商品?」


 ソディンガル同様アークもチェブランカの言葉に動揺する。

 何故、チェブランカが自分達を商品と呼ぶのか。

 もしや、後方支援に残した誰かが姿変えをしているのかと一瞬考えるが、眼前の人物が放つ威厳がその考えを瞬時に否定した。

 引き連れた手下は皆第一位の実力を持った人間達だ。

 間違いなく本物だろう。

 そして最初の疑問に戻る。

 何故……。


 狼狽えるソディンガルを静かに見詰めたまま男は指先のみで指示を下す。

 左右に控えていた男達は一人はジェリドの下へ行くと狂ったように笑い続ける少年へ手を伸ばし、顔を覆うと術式で強制的に眠りへ就かせ鎖から解き放ち、外套で包むとそのまま抱きかかえた。


 そしてもう一人はアークへと寄った。

 事態が掴めず警戒を露にするアークへ男は掛けていたサングラスをずらして見せる。

 髪型も服装も何時ものそれと違うが長年ノエル家に使えてくれている騎士を見間違える訳も無く、警戒を解くと男はアークが壊す事の出来なかった拘束具をいとも容易く壊した。

 へたり込むようにして床に崩れたアークへ外套をかける。


「大丈夫か?」

「はい」


 頷き答えると、男に抱きかかえられた。


「それじゃ行くか。赤毛・・の旦那が待っている」


 その言葉で闇世界のドンが現れた訳も、その手下の中にノエル家の騎士が紛れ込んでいるのかも分かった。

 アークを抱え、男が部屋から出ようとするのをソディンガルが慌てて止める。


「待て! それは私のだ」

「私の……だと?」

「いや、その……そうだ買い取る。二人とも買い取るから置いてってくれ」

「ふざけているのか?」

「ふざけてなどいない。金を払うと言っているのだから問題なかろう」

「おい。小便垂れ」

「しょ……!」

「あのガキ共はまっさらな状態で得意先に卸す予定だったんだ。それをお前がふざけたマネをしたせいで出来なくなった。それがどういう事か分かるか?」

「だから金は払うと……」

「金の問題じゃねーんだよ。俺は得意先からの信用を失ったんだ。分かるか? お前は俺の顔に泥を塗ったんだ」

「それならその分も上乗せして……」

「バカと話をするのは疲れるな」

「バカ……っ!」


 チェブランカが指で指示を出すと先行して部屋に入って来た二人の男がソディンガルの左右の脇に腕を通し固めた。


「はっ、放せ! 無礼だろう!」


 老人は剣呑な目をソディンガルの側に控えていた巨漢の剣術師へ向けた。


「お前は何処の者だ?」

「俺は<竜の鱗>に所属している」

「ギルドには俺から話を通しておく。もう帰っていい」


 懐から幾らかを手渡すと、追い払うように手を振った。巨漢の男は頷くとそのまま出て行った。

 次にチェブランカは少年を抱えた男達に目を向ける。


「赤毛には後で挨拶に行くと伝えといてくれ」


 男達が返事をするとやはり追い払うように手を振った。


「さて。それじゃあゆっくりじっくり話し合いと行こうか?」

「まっ待て、助けてくれ!」


 男達に連れ出され禍々しい部屋から一歩ずつ遠ざかり室内の遣り取りも遠くなる。

 言葉は不明瞭になり何を話しているかは分からない。途中で悲痛な叫び声が響いたがジェリドへの仕打ちを考えるとアークは同情する気にはなれなかった。

読んで頂き有難うございます。

明日の更新はAM7:00となります。

宜しくお願いします。

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