救出作戦⑥*
媚薬を注射後直ぐに異常は現れた。
悲鳴を上げ、眼球は忙しなく揺れ動き、鼻血を噴出した。
「おっと、効き過ぎたか」
痛みに耐えるように筋緊張させた身体を揺らし、苦しむ姿を嬉しそうに眺めながらソディンガルは問う。
「苦しそうだな。泣いて頼むなら楽にしてやるぞ」
ジェリドは神経を焼き切られそうな感覚に襲われながら必死に言葉を搾り出す。
「くっ…くたばれ豚野郎!」
媚薬に侵されてなお毒吐く少年に鼻を鳴らすと、ソディンガルは棚から壺を取り出すと、それをジェリドの顔に突き付けた。
「この中に入っている蟲はな、人の体内に卵を産み付ける。孵化した蟲の餌は何だと思う?」
意味深な質問投げかけると壺の蓋を開け、ジェリドの頭で傾けた。
ボトボトと落とされた蟲の気味の悪い感触から頭を振り落とすが、床の蟲は逃げ散る事無くジェリドの身体に集まる。
「その蟲はお前に打った媚薬のニオイに引き寄せられる。いくら振り落としても無駄だぞ」
爪先から上がろうとする蟲を足を振って落とすが、一匹を落としている間に別の蟲が這い上がる、それを落としている間にまた別の蟲が上って来る。
いくら振り落としても後から後から蟲が寄って来ては身体を上って来る。
「気を付けないと体内に入り込んでしまうぞ」
薬の所為で全身が過敏となり、僅かな刺激でも痛みとも痺れともつかない熱に襲われ、それだけでも気が狂いそうになるが、カサカサと下腿を這いずるおぞましい感触と体内に入り込まれるかもしれない恐怖からジェリドは泣き叫ぶ。
「ひぃぃっ! 嫌だ嫌だ嫌だ! たっ、助けてくれ!」
初めて泣き言を漏らす姿にソディンガルは酷薄な笑みを浮かべた。
大腿まで這い上がっていた蟲を取るとジェリドの眼前に突き付けた。
「蟲が嫌か?」
「や、嫌だ」
「そうかそうか。だが、これがあった方が貴様は素直でいいかもしれんな」
持っていた蟲を胸に落とす。
「ひぃぃ!」
「いっそ苗床となるか?」
「やっ、嫌だ。ゆゆゆ、許して……。な、何でも、言う事聞くから…助けて……」
涙と鼻水そして涎でグシャグシャになった顔で懇願されソディンガルは大腿部を這う蟲を摘みそれをジェリドの顔に付けた。
「ひっ!」
「本当に何でもするな?」
「する。します」
「犬畜生のように地に這って私の靴を舐めるか?」
「なめ、舐めます。靴でも何でも舐めます。だ、だから蟲取って! はっ早く!」
媚びへつらうように歪な笑顔を張り付かせた少年に、最早理性も矜持も見る影が無い。
ソディンガルは術師に命じジェリドをフックから下ろした。
崩れるようにその場に四つん這いになると蟲が腕や脚を一斉に這い上がる。
それを半狂乱になりながら払っていると無慈悲な命令が下された。
「何をしているさっさと靴を舐めろ」
「だって、蟲が……」
「舐めないなら直接蟲を入れるぞ。いいのか?」
ソディンガルの言葉に飛び上がり犬のように四肢で移動した。
慈悲を乞うような情けない顔にソディンガルは満足そうに笑う。
「どうした。早くしろ」
命じられ、ジェリドは靴へとそっと顔を寄せた。
次の瞬間。
身体の異変にソディンガルは自身の足を見た。
何が起こったのか理解する前に、それは砕かれた。
「ひっぎぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
情けない悲痛な叫びと共に肥大した身体は倒れ、痛みから無様に床を転がる。
術式で凍結されそして熱せられた右足は踝より下が歪な欠片となり転がっていた。
「騙されてんじゃねーよ。バーカ」
「痛い痛い痛い!」
焦点の合わない目で口元を歪め笑っていると、ジェリドは巨漢の剣術師によって蹴り飛ばされ床を転げた。
魔術師は床に這い蹲る雇い主へ近付くと直ちに治癒術式を施すと痛みが軽減したソディンガルは顔を怒りに染め、叫んだ。
「小僧。貴様ぁぁぁ!」
巨漢の剣術師に胸を踏まれ床に縫い付けられながら狂ったように笑う。
「あははっ。バーカ…バーカ…はははっ……」
忌々しそうに睨むとソディンガルは巨漢の男へ命じた。
「おい、剣術師。今直ぐその小僧の両手足を切り落とし、歯を全部抜け! 今直ぐにそいつを糞袋へと変えろ!」
残酷な未来を告げる言葉が届かないのか理解できないのか、ジェリドはただ笑う。
「ははっ。ぶ、ぶた…し…しね……ふふふっ」
毒吐きながら壊れたように笑い続けた。
連続投稿となります。
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