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赤き破壊の魔女と踊れ  作者: 氷魚彰人/慧一
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救出作戦⑤*

 ソディンガルが待つ部屋に通され、好色の目に見詰められアークは身体を硬くした。

 性に疎いアークにはこれから何が行われるか、正確には分からない。

 だが、非道で残虐な行為である事は部屋を取り巻く空気で感じ取れた。

 最後の望みである術式はヴェロニカへの伝書を送るものだ。

 作戦が全て失敗に終わる事を考慮し、時限式にしてセットしてきた。

 後衛で援護として残してきた魔術師達に何かあったとしても、時間が来ればヴェロニカの下へ助けを求める手紙が届く。

 但し、それが発動するのは作戦開始から一時間後。

 オルソン邸に入ってからまだ三十分程しか経っていない。

 魔術師であるジェリドよりも剣術師である自分の方が痛みに慣れている。

 精神を鍛える為だと拷問の訓練も何度か受けた。

 肉体を傷付けられる恐怖は無い。

 誇りを失わず、心を確りと持っていれば問題は無い。

 伝書の術式が発動し、ヴェロニカが到着するまでの時間を自分ひとりで稼ぐ事を心に決めると、ソディンガルの注意を引こうと口を開くが、アークが言葉を発するよりも早くジェリドの口から侮蔑の言葉が放たれた。


「豚が人の言葉をしゃべるな。胸糞悪い!」


 平手打ちされてもなお反抗的な態度のジェリドの頬に二発目が叩き込まれるのを見て、ソディンガルを止めようとするが、それをジェリドは視線で制止した。


 余計なマネはするな――と。


 自分が責めを一人で受ける覚悟をしたようにジェリドもまた同じ覚悟をしていたのだ。


 ――それは駄目だ……。


 せめて半分は自分が引き受けると叫ぼうとするが、背後から傷の男によって口塞がれた。

 傷の男は耳元に顔を寄せると囁いた。


「ガキのくせにおとこだな、あいつ」


 わざと悪態を付く事で注意を引き怒りと嗜虐心を煽り、責めを一身に受ける事でアークを守ろうとしている。

 そんな事は止めてくれと叫びたいのに口を塞がれ、出来ない。

 今直ぐ駆け寄り、ジェリドを背に隠したいのに拘束具により自由を奪われ、出来ない。

 反抗的な態度を改めないジェリドに対しソディンガルは馬鞭を持ち出すのを見てアークは焦り、傷の男から逃れようと身を捩るが男の腕は緩まない。

 ヒュンと空気を切り裂く音と肌を打ち据える音が響く。


「……ツ!」


 声すら上げずに打擲ちょうちゃく耐える姿にソディンガルの目に残虐な色が滲み、一打目より重い音を響かせ二打目が叩き込まれ、飛散した血が床を染めて行く。


「これでも鳴かぬか。ならこれならどうだ?」


 三打目が打ち据えられる。

 痛みと言うより反射的に声を漏らしたジェリドに気を良くしたソディンガルは四打目を振り下ろす。

 家畜のように、囚人のように友が鞭打たれる姿に強烈な怒りに頭が侵食され、口を塞いでいる手に食らい付いた。


「痛ぇって」


本当に痛みを感じているか疑問に思うほど平常の声とは裏腹に重い一撃を脇腹に食らい、堪らずに噛んでいた手から口を離すと傷の男も離れた。その一瞬の隙にアークは飛び上がり自身を吊るしている鎖を掴むとフックから拘束具を外すとソディンガルへ飛び掛った。


「ひぃっ!」


情けない悲鳴を上げながら倒れ込むソディンガルに拳を振り下ろそうとするが、薙ぎ払うかのように重く鋭い蹴りが叩き込まれる。

 寸でのところで防御したもののアークの身体は吹き飛ばされた。

 すぐさま立ち上がり強襲に備えると傷の男の拳が左頬を掠めた。

 次の瞬間に死角から右側頭部目掛け拳が迫り、身を屈めそれを遣り過ごす。

 見えない拳を避ける事が出来たのは日々の訓練の賜物か、ただの勘か。

 間合いを取るため跳躍するが、直ぐにそれを詰められる。

 両手の自由を奪う鎖を掴まれ勢いよく投げ飛ばされるが、天井から垂れ下がる鎖を咄嗟に掴み空中で弧を描くと着地した。


 拘束具のあるなしに拘らず倒す事は不可能な相手だ。

 攻撃を避け続け、何とかして時間を稼がねばならない。

 有り難い事に傷の男はアークの悪足掻きを楽しんでいる。

 何処まで自分の攻撃を避け続けられるかを試している。

 その証拠に拳も蹴りも軽い。

 次から次へと流れるように繰り出される攻撃を寸でのところでかわしていると、二人の遣り取りに痺れをきたしたソディンガルが鞭をしならせた。

 鋭い衝撃音が響き、咄嗟に音の方へ意識を向けるとジェリドの胸に赤い筋が増やされていた。


「剣術師。いい加減にしろ!」


 遊びを邪魔された傷の男は雇い主を疎ましそうに睨む。


「それは私の玩具ものだ。お前なんかが遊ぶな!」


 傷の男は舌打ちすると握っていた拳を緩めるとアークへ肩を竦めて見せた。


「金髪。貴様よくも私に楯突いたな! 今度ふざけたまねしてみろ、お前の変わりにこいつを打ち据えてやる」


 自分の傷よりも他人の傷の方に痛みを感じるアークにとってそれは喉元に剣を突きつけられるよりも効果のある脅しだった。

 大人しく投降するとアークは再び鎖に吊るされ、ソディンガルは棚へ戻り何かを手に戻ってきた。


「これが何か分かるか?」


 突きつけられるように見せられたそれは液体の入った注射器であった。


「聖女であっても腰を振ってがる。第一位の魔術師でも解毒不可能な媚薬だ」


 おぞましい効能に少年二人は顔を顰める。


「銀髪に使おうと特別に取り寄せた物だからな。残念な事に一つしかない」


 ソディンガルは意味ありげに二人の少年を見る。


「どちらが使うか相談して決めるか?」


 第一位の魔術師で解毒が不可能ならば、一度体内に取り込んでしまえば一生そのままという事になる。第一位の魔術師よりも格上の魔法使いなら或いは解毒が可能かもしれないが、人の理から外れた存在である魔法使いを国王であっても動かす事は出来ない。

 取り除く事の出来ない毒に恐れと不安からアークは押し黙るとそれを感じ取ったジェリドが笑う。


「そんな媚薬もの使わねぇーとイかせられないってどんだけ下手糞なんだよ。つーか、豚のナニじゃ小さ過ぎて届かないのか?」


 嘲り笑うジェリドの胸に鞭が振るわれる。


「いい加減自分の立場を理解しろよ小僧」

「何が立場だ。高位術師に側に付いてて貰わなきゃガキを殴る事もできない小心者が!」


 ビシッ!

 皮膚を引き裂き鮮血が滴り落ちる。

 苛立たしげに顔を卑屈かせるソディンガルをジェリドは嘲笑する。


「テメーは自分で自分がクズだって分かっているんだ。だから自分より弱い少年にんげんを甚振る事で自分が上等な人間だと思い込もうとしてんだろ?」


「黙れ!」


 ビシッ!


「安心しろよ。俺が泣こうが叫ぼうが、テメーがクズである事実は揺るがねーからよ!」


 ビシッ! バシッ!


 力任せに鞭打たれた胸は幾重にも細く引き裂かれ、血を滴らせている。

 痛みなど感じていないかのように嘲笑い続ける顔へ馬鞭を叩き込むと、衝撃から顔を歪めるジェリドを見て今度はソディンガルが笑った。


「お前のような奴は薬が入って調度良いくらいなのだろうな」


 これ以上は駄目だと、ついに名を呼んだ。


「ソディンガル・マス・オルソン。話がある!」

「ん? 話?」

「止めろ金髪! 余計な事言うんじゃねぇー!」

「私の名を明かしたい」

「名前……だと?」


 態々名を明かすと宣言する意味を察したソディンガルは笑った。


「その必要は無い」

「何を! 私は……」

「お前が何処の誰であろうと関係ない。例えお前が王太子だったとしてもだ」

「関係ない……?」

「この屋敷内では私が神だ。お前達を探しに誰が来たとしても証拠も無く敷地内に入る事は出来ない。爵位が高ければ高いほどにな。もしもめんどうな事になりそうならお前達二人を跡形もなく消してしまえば問題ない」


 本気で言っているのだろうかと伺い見るが、ソディンガルの目に迷いは無い。

 心からそう信じているのだ。

 余りの考えの無さに眩暈がした。


「豚に人の言葉は通じねーよ。無駄だ」


 アークへの諭しの言葉にソディンガルはジェリドの横っ面を殴りつける。


「止めろソディンガル・マス・オルソン! 貴様には貴族としての誇りは……人としての羞恥心はないのか!」

「何を言う。これは選ばれし者に与えられた楽しみではないか。私は十貴族であり、選ばれた人間なのだ。下賎な者をどう扱おうと私の自由だ」


 自分を特別な存在と信じて疑わない姿に愕然とする。

 これまで自分の側にいた大人達と明らかに異質な存在。

 信じるものも見ている方向も違う。言葉の通じない相手。


『権力はあるに越した事は無いが、所詮それを認めるものにしか通用しない。話し合いなど何も解決しない。最後にものを言うのは力だけだ』


 ヴェロニカの言葉が頭に響く。


『人にはそれぞれ独自のルールがあり、信じる正義がある。貴様の信じる正義と相反する正義を振りかざす者が現れた時、貴様はそれを力で捻じ伏せるしかない。そうだろ?』


 受け入れ難かった言葉が事実として突きつけられる。

 だが、自分の正義を貫くだけの力が無い。

 十貴族の人間である事も無意味。

 頼るものが無く、身一つしか持たないアークは喉を引き攣らせ、振るえる声で言う。


「薬は私が頂く…から、その者には何も……し、ないでくれ」


 どうなるか、何をされるか想像も付かないが、自分が災厄を引き受ける事でジェリドを守れればと、ただそれだけだった。

 少年の乞う様な言葉にソディンガルは媚薬入りの注射器をジェリドから放しアークへと向ける。


「これが欲しいのか?」


 忌々しい薬など欲しくはないが、否とは言えず頷いて見せる。


「テメー金髪! ふざけんな!」

「お前は少し黙っていろ」


 怒鳴りつけるとソディンガルはアークへと再び視線を向けた。


「これが欲しいならくれてやる。但し、新しい物をな」


 突き付けられていた注射器はジェリドへと戻される。


「だが、これはこいつのだ」

「何を!」


 ソディンガルは注射器をジェリドの首筋に針先を押し当てた。


「止めろ!」


 アークは鎖で繋がれた身体を揺らし必死に叫ぶが、言葉は無視され媚薬は注入された。

読んで頂き有難うございます。

次話の改編作業が済んでおりません。1週間以内にはUP出来ると思いますが更新日未定です。

更新が出来ましたら活動報告&ツイッターでお知らせいたします。

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