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赤き破壊の魔女と踊れ  作者: 氷魚彰人/慧一
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救出作戦④*

 高位の剣術師一人から逃げるだけでも難しいが、相手が二人。しかも人質を取られては成す術は無い。

 アークは投降の意思を示す為に発動させていた筋肉強化の術式を解いた。

 すると地に縫い付けた傷の男が追いついてきた。


「なんだ、もう終わり? つまんねーの」


 興醒めだと言わんばかりに大きな溜息を付く。


「じゃあ、行くか」


 傷の男は膝でアークの尻を小突き歩みを促す。ジェリドを抱えた巨漢の男の後ろに付いて屋敷に入ると、先程執事によって案内された部屋にソディンガルは居た。


「一体何事だ?」

「友を救出すべくガキが二匹潜り込んだようだ」


 ジェリドを抱えた男が報告するとソディンガルは顔を顰めた。


「それで、銀髪はどうした?」


 大振りな肘掛け椅子に座り苛立たしげに問うと、傷の男は悪びれも無く「逃げられちゃいました」と軽い調子で返した。


「役立たずが!」


 ソディンガルは手にしていたコーヒーカップを投げつけるが、剣術師である傷の男に当たるはずも無く余裕でかわされた。たるんだ頬を震わせ怒りの形相で睨み付けたが、傷の男は軽薄な笑みを浮かべただけだった。

 ソディンガルは忌々しそうに鼻を鳴らし、のっそりと肥え太った巨体を動かすと部屋の中で一番の巨体を誇る剣術師に近寄り、男が抱えるジェリドの頭を乱暴に鷲掴み顔を持ち上げ容姿の程を確認し、続いてアークへと視線を向ける。


「まぁいい。今日のところはこいつ等で楽しむとしよう」


 好色な笑みを浮かべるソディンガルを前にアークは迷う。

 名を明かすべきか否を。

 名を名乗れば十貴族同士の戦いとなる可能性が高い。そうなればどれほど多くの血が流れる事になるか分からない。

 それだけは避けねばと思うが、このままではソディンガルに嬲り者にされてしまう。

 どうするべきか判断に迷い、気を失ったままのジェリドを見詰める。


『いいか、何があっても名は名乗るなよ。例え俺が刺されようが斬られようがだ。名を名乗る時はお前自身の身に危険が迫った時だけだ』


 作戦を開始するにあたってそうジェリドにきつく確約させられた。もちろんそんな訳にはいかないと食い下がったがジェリドは納得しなかった。


『俺達は魔術師の端くれだけどな戦いの意味も理解しているし覚悟もしている。相手は格上な以上何事もなく出て来れると都合のいい妄想はしてねぇ。いいか、これは俺達の喧嘩なんだよ。作戦が失敗すればヘマした奴が死ぬ。ただそれだけだ。自分のけつは自分で拭く。無関係のお前が俺達の命を背負負うなんて考えるんじゃねぇよ』


 納得が出来ないなら作戦に参加する事は認められないと言われ不承不承頷いたが、これから行われるであろう非道を考えると心が揺らぐ。

 言葉を発しようと口を開くが、名を明かしその後に流れる血の量を考えると喉が引き攣る。

 数だけで言えば二人の血が流れるだけで終わるのが一番被害が少なくて済むのだろう。

 命まで取られはしない。

 屈辱と痛みに耐えられれば大丈夫なのではないかと考える。


 ――だが、自分は兎も角ジェリドが甚振いたぶられる姿を前にして耐えられるだろうか?

 ――いや、無理だ。


 口を再び開くが、保険として設置してきた術式を思い出し、言葉を辛うじて飲み込む。

 最悪の事態を回避すべく最後の望みの綱に縋り付き、アークはキツく口を結んだ。







 ソディンガルは手に入れた少年二人の姿が余りにも汚らしい為、湯浴みをさせろと執事に命令するが隙を衝いて逃げられる事を懸念し、術師数人に付き添う事を申し付けた。

 ジェリドは気を失ったまま巨漢の男に運ばれ、アークは傷の男に肩を抱かれた状態で浴室へと向かった。

 最初に身の清めの為と案内された浴室とは違い優に五十人は入れる程の大浴場に着くと、脱衣所にて身に纏っている物を脱ぐように言われた。

 アークが言われた通りに服を脱いでいると、先程雷撃系の術式で作った剣で腹を刺し殴りつけた魔術師が現れた。

 アークを苦々しい顔で睨みつけ、露になった肌を確認すると他の術師に首を振って見せた。


「身体自体に術式は施されてはない」

「これは?」


 傷の男に持ち上げられたアークの腕にはヴェロニカによって嵌められた色とりどりの紐で複雑に編み込まれた帯状のものがあった。


「これは……」


 魔術師は興味深そうにあらゆる角度から腕輪を調べるが直ぐに興味をなくし顔を上げた。


「失敗作だ」

「は?」

「術式が途中で破綻している」

「なにそれ」

「知らん。ただ言える事は身に付けていたとしても発動はしない」

「ふうん」


 何かが起きる事を期待しているらしく、傷の男の声には不満の色が滲んでいた。

 アーク自身にトラップの類の術式が施されていないと確認が済むと、浴室内に入れられた。

 中では服を脱がされ気を失ったままのジェリドがタイル張りの床に横たわり、執事は意識を取り戻させようとジェリドの頬を軽く叩いていたが、目を開ける気配が無い。

 焦れた巨漢の剣術師は「退け」と執事を下がらせるとジェリドを蹴り上げ、湯気が立ち上る風呂へと叩き込んだ。

 酸素を奪われ強制的に覚醒を促されたジェリドは勢い良く湯から顔を上げる。


「熱っちいなクソ! 何なんだよ!」


 何が起こったのか分からず混乱しつつも周りを見渡し状況を理解すると、一糸纏わぬ姿のアークを見て顔を顰める。


「何でお前まで捕まってんだよ!」

「すまない」


 項垂れる姿に「クソッ!」と吐き捨て、アークが捕まった原因が先に捕まった自分にあると察したジェリドは怒りに任せて湯に拳を叩き付けた。








「それではソディンガル様が来るまでに二人とも身奇麗にしておきなさい」


 執事が言い放つとジェリドは反抗的な目を向けた。


「ふざけんな誰が……」


 後の言葉は続けられなかった。

 巨漢の男によって頭を掴まれるとそのまま湯に沈められ、手足をバタつかせもがくが男の手が緩む事は無く、息苦しさを現す様に激しさを増す手足の動きに焦りを感じたアークは叫ぶ。


「止めろ!」


 駆け寄ろうとするのを傷の男に遮られながら更に叫ぶ。


「頼むから止めてくれ!」


 だが湯から引き上げられるどころか更に深く沈められるの様子に堪らず自分を掴まえて放さない手に縋りつく。


「言う事を聞くから。頼む、彼を殺さないでくれ!」


 傷の男は酷薄な笑みでアークを見下ろすとすぐさま巨漢の男へと向き直った。


「だとよ。旦那」


 巨漢の男はフンと鼻を鳴らし、ジェリドを湯から引き上げた。

 止められていた酸素を突如与えられジェリドは激しく咳き込みながら嘔吐えずいた。


「あまり手間を取らせるなよ小僧。次に嫌だと言いやがったら今度は金髪を沈めるぞ」


 鋭い眼光で睨みつけてはいるが荒い呼吸を繰り返すだけで口答えをしない事を返事と受け取り、頭を掴み乱暴に湯から引きずり出すとそのままタイルの床に転がした。


「早くしろ」


 ジェリドは小さく毒の言葉を吐き捨て、不承不承身体を洗い始め、アークもそれに続いた。

 全身を洗い終わり、魔術師の風を起こす術式で全身を乾かされるとそれを見計らった様にメイドが浴室に入って来た。


「旦那様がお部屋でお待ちです」


 少年二人は裸の状態で両手両足に術師用の拘束具が付けられた。

 革製のそれは間を鎖で繋いでいる為に手も足も肩幅程にしか開けない。

 歩幅を制限され不自由な状態で歩いて行くと、先程とは別の部屋へ通された。

 部屋には調度品の類いはなくその代わり妖しげな道具が収まった棚があり、その前にソディンガルと三人の下男。他に先程気絶させ放置してきた髭面の剣術師、長い髪が顔を覆い隠し容貌の程が分からない剣術師が居る。

  最後の望みである術式が発動するまでどう時間を稼ぐかを考えていると、天井からは幾つも垂れ下がったフックの付いた鎖に少年二人は吊るされると、好色な笑みを浮かべたソディンガルが近付いて来た。


「ほう、これは中々。どちらから食すか迷うな」


 顔を寄せ舐める様にアークとジェリドを交互に見回す。

 醜悪な顔を前にアークは顔を背ける。


「やはり金髪はメインディッシュとして取っておくか」


 ジェリドの正面に立ち、反抗的な視線を受け止める。

 成長過程にある鎖骨を肩から胸に向かって人差し指でて行く。


「金髪に比べればやや劣るが、素材は申し分ない。少年から青年への移行途中の身体がまた堪らんな」

「豚が人の言葉をしゃべるな。胸糞悪い!」


 侮蔑の言葉にソディンガルは富を象徴する大きな宝石の付いた指輪を五指全てに嵌めた左手を振り上げ、平手打ちする。

 だが、術師に身を置く者として暴力とそれによってもたらされる痛みに慣れているジェリドの瞳に恐れは無く、鼻の先で笑うだけだった。


「言葉に気をつけろよ小僧」

「豚が偉そうに……」


 再び手が振り上げられ、今度は宝石がある手の甲で殴られた。頬に引っ掻き傷が四本刻まれるが、顔色一つ変えないジェリドに平手打ちが再度見舞われる。

 口内を切り口の端から血を滴らせるが、失われない眼光の鋭さにソディンガルは鼻を鳴らした。

 もう一発平手打ちを見舞おうと手を振り上げるが、自身の手が痛むだけだとソディンガルは身を翻し、棚から馬鞭を取り出すと軽く手に当てわざとらしい音を鳴らしながら戻ってきた。

 馬鞭の先でジェリドの顎を掬い上げる。


「私は嫌がるのを無理矢理犯すのが好きなんだ。何故か分かるか?」


 豚の趣味嗜好なんか知るかと心で吐き捨て、無言のまま睨みつける。


「泣きながら『止めて、許して』と慈悲を乞う姿が堪らんのだ。そしてそれらを無視して壊れるまで犯すのがまたいい」


 悪趣味な嗜好に顔を僅かに歪めるとソディンガルは愉快そうに笑った。


「お前もいずれ泣いて慈悲を乞う様になる」

「生憎、豚に下げる頭は持ち合わせてねーよ!」


 ヒュンと空気を切り裂く音と共に胸に衝撃が走った。

 ジェリドの胸に赤い蚯蚓腫れが浮き上がる。


「何時までその強がりが続くか楽しみだな」


 馬鞭を手の中で弄び下卑た微笑みを浮かべる姿に、アークは吐き気を覚えた。

読んで頂き有難うございます。

明日の更新はAM7:00となります。

宜しくお願いします。

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