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ニトさん  作者: 膝小僧
9/10

ニトさんはしらない奇妙な展開

「まず、お前らが編み出してくれた推理の検討から始めようか」

 先輩は人差し指を軽く立てた。颯爽と、さっさと終わらせて似鳥のところへ行こうぜ、と言わんばかりに。男性的な口調とは裏腹にちょっと色気があって、あたしは羨ましく思った。

「どういう順にしようかな。よし、最初は畑山の推理から」

「は、はいっ」優香が敬礼をする。なぜだ。

「畑山の出発点は、奏太──さすがに相川とは言いたくないからね、悪いが名前だけで呼ぶよ──が野球場の発言をしたことから、犯行状況を知っているのではないか、という推理だな。うん、これは()()()()()()()()

 ただでさえ能天気な優香の顔が、一層晴れやかになった。

「そこから奏太が犯人なのではないかという推論を行ったわけだが、その方法が不明、と。せいぜいが、友達二人が共犯だったというくらいだ。しかし、実はこれすらも成り立たない。奏太がカラオケ店に入ったのは刑事の呟きから確かなのだから、どこかで店を出て入らないといけないからね。ここで再入室する際が問題となる。ああいうところは不当に人数が増えることを嫌うから、そういうのは目立つはずだ。受付を通すにせよ通さないにせよ、店員が覚えているに違いない。そして、彼ら三人が入店したことを記憶しているのに、午後じゅういたという店員がそれを言わないなんてことはない。よって、そんな事実は生じていないんだ」

 次々と展開される論理。す、すごい。

「次に志波の推理だな」あたしを指摘され、思わず縮み上がった。なるほど優香が敬礼をしたのもなんとなく分かる。おへそのあたりが締まる感覚だ。

「志波の着眼点は、大地がキネマBで映画を観たのに『次はキネマBで観たい』と言ったり、看板が綺麗だなどと言ったりしたところだな。ここも、目をつけるべき点だと思う」

「あ、ありがとうございます」

「ただ、そこから大地が映画を観ていないという結論に行くのは早計だよ。次はキネマBで観たい、とは確かに奇妙だが、続編が出たら、とマクラにあるわけだし、助詞のずれた用法として片づけることもできる。そして、綺麗な看板についてだ。これは別に矛盾していない」

「あ。そうかも!」

「畑山は察したか? そう、奏太が行ったときに傷があったからといって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう? つまり、映画館側も傷を重く見て、看板を取り換えるなり修理するなりしたんだね。だから、ここの論理展開には飛躍がある」

 先輩の前で、あたしの推理は粉々になった。しかもかなりあっさりと、初歩的なところで。それがとても悔しい。肩を震わせていると、先輩は声のトーンを優しめにした。

「待て志波、お前のその着眼点はあとで活きてくるから。確かに意図通りにはいかないだろうけど、いいんだよ。こういうのは、私みたいなミステリマニアに任せとけ。それに、大地が映画を観ていない、という志波の結論は、実は否定できないんだ。あとで触れるけど」

「はい……」

あまり落ち込んでも先輩を心配させるだけだ、あたしはぐっとこらえた。

「よし。じゃあ最後、細川の推理だな。これが一番、厄介だ」

「そうなんですかー?」雪風が呑気に聞き返した。

「ああ。細川は、一行だけ出てくる『友達』が共犯者なのではないか、という、三人の中でも一番よくない推理をしたね」

「よ、よくない……」

 雪風がしょんぼりとする。一瞬、雪風の周りだけネガポジ反転に見えた。

「そう落ち込むな。これが最も大事なんだよ」少し慌てるように、先輩がフォローを入れた。「なにが大事かって、()()()()()()()()()()()()()()()()、ということだ。作中からはね」

 否定できないことが、重要? どういうことだろう。

「どんな案を考えても、必ずこの可能性は残る。確かに似鳥は犯人当て小説に初挑戦しているから、これをケアレスミスとして捉えることは可能だよ。でも、私にはこんなミスをした理由が全く分からない。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃないか! 映画を観たことを補強する材料は、苦心してもう色々詰め込んでいるだろ? やたらと内容について語ったり、四日に観たことを強調したり」

「確かに」あたしは呟いていた。「書き忘れてミスするならまだしも、()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、おかしいです」

「だろう? 明らかに変だ。この箇所は、絶対に不要なんだよ。そしてさらに踏み込んで言えば、無意識のうちに出てくるような表現でもないはずなんだ。だって、あれだけ一人で映画を観ていたことを強調していたのだから。そしてその友達が、別に映画を観ていないただの友達だということも考えにくい。信也はオタッキーに描かれていたね。それで話が盛り上がるとなれば、やはり映画を観たもの同士でないと不自然だ」

「逆に、私の推理が正解ってことは……」

「ない。というか、それは許せない。ミステリ的にない!」

 ここで少し感情的になる先輩。自分でもやり過ぎたと思ったのか、

「……ゴホン! 悪い、言い過ぎた。でも、やっぱりそれはないと思うんだよ。似鳥はミステリをよく知らない。それゆえ陳腐なミステリになるのは一向に構わないんだ。ただ、これが真相だというには、似鳥は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。畑山が指摘したところなどは、意識的にならないと書けない。やっぱり似鳥が撒いた伏線は、相応の意味があると見るべきだ」

 雪風は説得されたようにこくこくと頷いた。そのまま先輩は告げる。

「だから私は、一つの結論を得た」

 タメが一つ。そして、発言。

「──()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……え?

 そ、そんなところ? あたしたちは呆然とした。だって、それを言い出したら……

「勘違いしないでよ。別に、似鳥が書き方を間違えたとは言っていない。そうじゃないんだ。『シネマリバイ』を構成する五枚は、()()()()()()()()()()んだ。具体的に言うと、()()()()()()()()()()()()()なんだよ」

 完全に予想外な状況に、思わずあたしは口をあんぐりと開けた。優香も、雪風もだ。今聞いたことが、信じられそうもない。

ただ、それでも震える手で、実際にやってみる。ページを入れ替えてみる。そして、読む。

 ……()()()。大地と信也の証言の順が逆になり、さらに今まで奏太の証言の後半部分と思われていたところが大地のそれに、大地のそれが信也のそれに、信也のそれが奏太のそれに変わってはいるのだが、それでも読めるのだ。内容が分かるのだ。

「そ、そんな……ことって……」

「ああ。私も信じがたいが、そうなんだ。そうすれば、『友達』は奏太の証言となって、単に彼が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう? ちなみに他にも根拠はあるぞ。まず、似鳥がページ番号を振ったという意味で四ページ目の証言部分。これはさっきまで、大地の証言だと思われていたね。その最後、『大学が……』とある。少し奇妙だ。大地は今まで()()()()()()()()()()()()()()()()。むしろこの表現は、午前中に大学に行っていて、最近それが忙しい信也のものではないか? 実際、ページを入れ替えるとそうなる」

 た、確かにその通りだ。

「あと、三つ子の名前だな。奏太、大地、信也というのは、明らかに天地人から来ているね」

「え! あ、確かに漢字が入ってる!」優香が素っ頓狂な声をあげた。

「ならば、特に断りのない限り、証言もこの順で並べるのが普通じゃないか? 事実、奏太の証言中にも、『大地と信也』というものがある。やっぱり順番はこうなんだよ。そして、そう考えるとすべての辻褄が合うことになるんだ」

 一息ついて、相川先輩は着実に推理を展開させていった。あたしたちはもはや、口を挟むことすらできない。しばらくは先輩の独壇場が続く。

「まず、さっき志波が指摘してくれた点。これは大地の証言としていたが、ページが入れ替わった今、信也の証言に変わったね。さて、すると『次はキネマBで観たい』という証言はなんでもなくなる。信也は藤村劇場で観たのだから。しかし、そのあとの『看板綺麗だったし』はどうだ? もちろん、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを示している。だから、信也は二時からの藤村劇場には行っていない。キネマBの一時から三時の回を観ていたんだ」

 憶測でものを言うなら、看板の話題なんて出すはずがない、という補足も添えられた。

「あれ、おかしいぞ。それを観ていたのは大地ではなかったか? ここで、畑山の指摘が重要になる。あれは奏太の証言とされていたが、今はもう大地のものだね。つまり、ここでは()()()()()だ、とするのが()()()んだ。そして、信也が当該時間に映画を観ているということを合わせると、トリックが一つ浮かぶね」

「……三つ子の、()()()()()、ですかあ」

「その通りだ細川。きっと真相はこうだ。最後に家を出た大地は、信也と同じ服装をして行った。三つ子は服のセンスが似ていると信也が言っている。そしていざ映画を観る段になると、わざとギリギリの時間に行って信也が既に劇場内に入ったのを確認してから、バラバラで座って外で落ち合おうと提案する。ここはメールだったか、まあどっちでもいいね。そうして大地の彼女は単身映画館に入り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。ページが入れ替わったことで、信也は前のほうが好きだと言っているし、大地の彼女は後ろが好みだという。隣り合わせることはまずなかっただろう。志波、分かったか? 確かに大地は映画を観てはいないんだ」

 あとはあたしでも分かる。空いた二時間で、大地はまず藤村劇場に向かってチケットだけを買い、半券の状態にした。自転車を使ったのだろう。そしてアパートに行き、殺害。二時半過ぎという時間も合っている。それからキネマBで彼女と再会し、デートに戻った。

「信也が嘘をついた理由は、大地にそそのかされたからだろう。アパートの近くの映画館で一人でいたなんて言ったら疑われるぞ、丁度僕は藤村劇場で彼女と映画を観ていた、どうせならそれを逆にしようぜ。なんて言ってな。きっと、自分が利用されたことにも気づいていないだろう……まあ、そんな感じで推理終了、犯人は相川大地ということでいいだろうね」

 ちなみに相川信也の「看板綺麗だった」発言は、大地からの伝聞と弁解することができるのだが、大地が犯人なのは明らかだから映画館の中はろくに見ていないだろう、とのこと。

「大地と信也が共犯だってことはあります?」優香が訊いた。

「そうだな……それなら信也が大地のフリをして彼女に接触するはずだ。映画館内ならまずバレない。暗いし、二人は付き合いたてだそうだし」

 どうだ? と相川先輩はこちらにウィンクを寄越した。平素にはない茶目っ気だから、きっと少しだけハイになっているのだろう。

「す、すごいです……」

 あたしはもう、それくらいしか言えなかった。まさか、ページの順序が違っていただなんて……あれ?

「あ、あのっ。だったらなんで、ページ番号はこの通りなんですか?」

「昨日一日で書き上げて、急ぎに急いだ似鳥のことだ、きっと一回ごっちゃになって、間違ったまま番号を振ったんだろう。なにせ()()()()()()()()()()()()んだからね。いや、これは奇跡かもしれないなあ!」

 くっくっと笑う。やっぱりいつもとは違うな……しかし、蓋を開けてみれば、ニトさんが書いたのはかなりしっかりしたミステリではないか。正直、予想外である。

「じゃあ、病室に行きましょー」

 屈託のない雪風の声に導かれるように喫茶店を出て、隣の病院に向かいながらも、あたしはまだまだ脳細胞が混乱しているのを感じ、新たにコーヒーが欲しくなった。



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